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AI時代のエンジニアはボスの仕事を奪え。「思い通りにいかない現実」を経験せよ【冨山和彦】

働き方

生成AIの進化は、我々の仕事から「思考」を奪うのか。かつてのDXが業務を効率化する「補完財」だったのに対し、AIは脳の機能を代替する「代替財」として、ホワイトカラーの職能を根底から揺さぶっている。

日本共創プラットフォーム(JPiX)会長・冨山和彦氏は、「アメリカではすでにコンピューターサイエンス系の新卒採用が急激に悪化している。この地殻変動の波は必ず日本にも来る」と断言する。

「ファクトとロジックの勝負でAIに勝てる人間はいない」。そうした時代に、自らの市場価値をどう証明するのか。プログラマーやITコンサルタントといった、これまで「知的労働」の担い手とされてきたエンジニアたちは、キャリアの再定義を迫られている。

スキルや知識がコモディティー化する未来で、若手エンジニアが真に「代替不可能」な存在となるためのキャリア戦略とは──。

プロフィール画像

日本共創プラットフォーム(JPiX)
代表取締役会長
冨山和彦さん

ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、産業再生機構COOに就任後、2007年経営共創基盤(IGPI)、20年日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立。日本取締役協会会長など務める。東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士、司法試験合格

歴史とAIが示す「ホワイトカラーにとって不都合な真実」

昨今の売り手市場は、学生や若手にとって追い風のように感じるでしょう。ですが、歴史を振り返れば、市場が良い時にキャリアをスタートさせるのは、長い人生で考えると実は危険なことが多いのです。典型的なのがバブル期入社組で、企業が過剰採用に走った結果、入社後に「人余り世代」として多くの人が苦労しました。

加えて、今は生成AIの劇的な進化による、全く新しいゲームチェンジが起きています。過去の産業革新が「産業別」だったのに対し、今回は「職種別」に破壊が起きる。AIは人間の脳機能を代替する「代替財」ですから、知的労働の典型であるホワイトカラーの仕事に対して、明らかな代替性を持っています。

その未来はすでに現実のものとなりつつあります。アメリカでは、プログラマーと文系ホワイトカラー予備軍を中心とした新卒の就職市場が急激に悪化している。あれだけ成長を続けてきたビッグテックでさえ、大規模なリストラを敢行しています。この地殻変動の波は、いずれ日本にもやってくるでしょう。

これまで理想とされてきた「良い大学を出て、大企業のホワイトカラーになる」というモデルは、まさに今、崩壊しつつあるのです。

人材市場の大規模な変動イメージ

SaaSが死に、コンサルが不要になる時代。生き残る仕事、3つの共通項

AIが知的労働を代替する時代に、これまで専門性が高いとされてきたITコンサルタントや、特定の課題解決を担ってきたSaaSビジネスの価値もまた、見直しを迫られます。

なぜなら、これまで企業がコンサルティングファームに外注してきた高度なリサーチや分析業務の多くは、生成AIによって内製化が可能になるからです。また、個別のSaaSが提供してきた機能も、より汎用的なAIプラットフォームが吸収し、代替してしまう未来がすぐそこまで来ています。「このリーガルテックSaaSより、ChatGPTの方が優秀」のような事態が、あらゆる領域で起こりうるのです。

では、これからの知的労働者にとっての「いい仕事」とは何でしょうか。それは「AIに代替されない仕事とは何か?」という問いに変換できます。

その答えは大きく三つに集約されます。

一つ目は、一次情報にアクセスする仕事。例えば、顧客の現場に足を運び、対面でリサーチを行うような仕事です。データ処理の価値が下がるからこそ、その元となる一次データを集める「現場・現物・現人」の世界の価値は増していきます。

二つ目は、感情労働です。人間は、人間の感情的なシンクロにお金を払います。エンターテイメントや、フェイス・トゥ・フェイスのサービス業がその典型。BtoBのビジネスであっても、最終的な意思決定の機微に触れる部分は、人間が担い続けるでしょう。

そして三つ目が、意思決定と、その結果責任を負うという、AIが決してできない部分を担う「ボスの仕事」です。

これら三つの仕事の源泉となるのが、「経験」です。従来のホワイトカラーや専門職は、知識やスキルの非対称性で成り立っていました。しかし、それらをAIが補う今後は「経験の非対称性」がキャリアを左右します。

経験の非対称性イメージ

20代で「経験の非対称性」を築くキャリア戦略

「経験が大事」と言われても、若手はどうすればいいのか。その鍵は、35歳まで、特に20代の過ごし方にあります。

まず前提として、基礎知識やスキルが不要になるわけではありません。むしろ、AIを使いこなすための「必修科目」として、その重要性は増しています。コンピューターの基本構造を理解していなければ、AIに的確な指示を出すことすらできませんから、これらの学習は経験を積むための土台となります。

その上で、最も重要なのが「意思決定の経験」を積める場に身を置くことです。

仮に将来、経営層やプロダクトの責任者を目指すならば、キャリアの早期から意思決定に関わり、その結果責任を負う経験を積まなければなりません。その意味では、巨大組織の末端で「優秀な部下」として何年も過ごすよりも、たとえ失敗のリスクがあったとしても、スタートアップで経営者の片腕として意思決定に関わる方が、はるかに大きな成長機会につながります。

これからの時代、言われたことを的確にこなす「部下力」の価値は無価値に近づいていく。むしろ、若いうちから「ボス」の立場で、思い通りにいかない現実や、生身の人間とのコミュニケーションの難しさを経験することの方が、よほど重要です。

考えこんでいる男性のイメージ

常識を疑い、自分の頭で考え抜け

こうしたキャリア戦略は、まさに世の中の「当たり前」から距離を置き、自らの頭で考えることから始まります。

私自身、自分の仕事人生に何の後悔もありません。そう思えるのは、世の中の常識に対して常に懐疑的だったからです。

私が就職した80年代、「大学から一流銀行へ」というのが花形のキャリアでした。しかし「会社の寿命は30年」という言葉を基に歴史を遡れば、50年代の花形は繊維産業。さらに30年さかのぼると、優秀な学生は帝国陸海軍に就職していました。

要するに、30年経てば常識はひっくり返っている可能性が高く、その時々の「正解」がいかに儚いものかが分かります。

未来は予測できません。だから私は、どう転んでも飯が食えるように、若いうちに法律や財務、英語といったポータブルスキルを身に付ける戦略を取りました。

私が当時、世間の王道を選ばなかったことに不安がなかったのは、自分の頭で考え抜いたファクトとロジックに自信があったからです。そこまで思考を深めることが、キャリア戦略の第一歩であり、ゴールとも言えます。

AIの思考は、過去のデータに基づく巨大な借り物です。一般的な正解を導き出す能力は抜群ですが、未来の不確実性に対応する力には限界があることを理解してください。

これからの時代は、若い人にとって間違いなく面白い時代です。中途半端なオジサンたちの経験則は、もはや何の価値も持ちません。だからこそ、自分自身で新たな「経験の非対称性」を能動的に築いていくチャンスがある。

ゲームチェンジの時代に、どこに身を置けばリスクを下げ、リターンを最大化できるのか。それを本気で考えた人と、ぼんやりと過ごした人では、20年後の人生の「愉快さ」に、天と地ほどの差が開いているはずです。

取材・文/天野夏海 写真提供/NHK出版 編集/大室倫子(編集部)

本記事は2025年11月発売予定の雑誌『type就活』に掲載予定の内容を一部編集し、先行公開しております


【著者情報】

『ホワイトカラー消滅:私たちは働き方をどう変えるべきか』(NHK出版新書)

ホワイトカラー消滅:私たちは働き方をどう変えるべきか』(NHK出版新書)

人手不足なのに、なぜ人が余るのか?

少子高齢化による深刻な人手不足と、デジタル化の進展による急激な人余りが同時に起きつつある日本社会。人手不足はローカル産業で生じ、人余りはグローバル産業で顕著に起こる。

これまでの常識に捉われたホワイトカラーは、生き残る選択肢がほとんどなくなってゆく。

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