レイオフのニュースやAIの進化を前に、「就活をはじめ、転職市場がますます厳しくなるのでは…」と感じている人は多いはずです。しかし、採用動向に精通する人材研究所代表の曽和利光さんは「今はむしろチャンスが広がっている」と強調します。
AIが仕事の形を変えつつある今、企業はなぜそれでも新卒採用を続けるのか。日本の雇用の現実を示すデータから、その理由をひも解きます。
人材研究所 代表 曽和利光さん(@toshimitsu_sowa)
主に企業の人事部への採用コンサルティングなどを行う。1971年、愛知県豊田市出身。灘高等学校を経て1990年に京都大学教育学部に入学、1995年に同学部教育心理学科を卒業。 (株)リクルートで人事採用部門を担当、最終的にはゼネラルマネージャーを務めたのち、(株)オープンハウス、ライフネット生命保険(株)などで人事を担当。企業の人事部(採用する側)への指南を行うと同時に、これまで2万人を越える就職希望者の面接を行った経験から、新卒および中途採用の就職活動者(採用される側)への活動指南を各種メディアのコラムなどで執筆する。著書に『人事と採用のセオリー 成長企業に共通する組織運営の原理と原則』、『組織論と行動科学から見た 人と組織のマネジメントバイアス』(ソシム)がある
近年、欧米のテック企業では数千人単位のレイオフが相次ぎました。では日本はどうか。コンサルティング業界のようにAIをバリバリ使って生産性が上がっている現場では、「AIに代替される業務」も既に出ています。新卒が担ってきたシンプルなリサーチ作業などは、AIなら一瞬で処理できますからね。
ただ、その一面だけを切り取って「人が要らなくなる」と結論づけるのは早計です。なぜなら、日本はそもそも人材が圧倒的に足りていないからです。
特に管理職に絞ってみると、現状がより鮮明になります。普段あまり目にする機会がない数字だと思いますが、日本の全労働人口のうち、管理職に就いている人は約10%(*注1)にすぎません。
内訳は、課長職が約7%、部長職が約3%(*注1)。つまり、AIがいくら優秀でも、そのAIに指示を出し、アウトプットに基づいて意思決定を下す人間が足りないという矛盾が起きるのです。こうした矛盾はあらゆる業界で見られます。
AIで代替できる作業はAIに任せ、人間にしかできない仕事を人間が担う。そうなれば自然と業務の質が高まり、量も増え、これまでになかった職種やポジションが生まれる。結果的に、人材はむしろ必要になっていくはずです。
だからこそ企業は、若い人の育成を止めることはできない。私はそう考えているので、過度に心配する必要はないと思います。実際、企業が新卒採用を続けるのは、将来の年齢バランスを見据えているからです。
転職する人が増えたとはいえ、日本の離職率は15%程度と、アメリカほど人材の流動性は高くありません。優秀な人材を外から採ろうとすれば、希少性が高すぎてコストが莫大になります。だからこそ、AIを使いこなせる人材は自社で育てるのが合理的なのです。
データを見ると、大卒新卒者の求人倍率は約1.66倍(*注2)と、中途採用(2倍超)や高専卒(10倍超)に比べて低く、相対的に採用しやすい。だから多くの企業は、長期的な視点から新卒採用を続けているのです。
数字を並べると味気なく感じるかもしれませんが、なぜ「新卒採用がなくならない」といえるのか、背景を知ってもらいたくて紹介しました。
その上で進んでいるのが、スキルベース採用やAI面接です。私は、学生にとってプラスに働く部分が大きいと見ています。人による面接は10年前から「精度が低い」と問題視され、適性検査や構造化面接などが導入されてきました。その流れの中でAI面接が新たな選択肢として登場したのです。
ジョブ型雇用の限界? 世界は既に「スキルベースドハイヤリング」の時代へ 『転職2.0』著者・村上 臣
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実際には、まだAIだけで面接を行う企業はほとんどなく、一次選考のエントリーシート代わりに活用されているのが実態ですが、今後はさらに使われ方がアップデートされていくでしょう。
スキルベース採用についても、導入した企業からは「入社後のミスマッチがなくなった」という声が聞かれました。
新卒3年以内の離職率は34.9%(*注3)と、過去15年で最高値を記録しています。その改善につながるのは間違いありません。
AIで雑務が減っても、最終的な判断や意思決定を担う人は必ず必要です。その役割を果たせる人は限られています。だからこそ企業は新卒を採り、時間をかけて育てようとしているのです。
ニュースを見て不安になることもあるかもしれませんが、実際には今、「公平に見てもらえる機会」が広がり、「将来のリーダーとして期待される立場」に立てる時代が来ています。AI時代の就活は、皆さんにとって大きなチャンスだと、私は強く思っています。
*注1:本記事で示す管理職比率、および課長職・部長職の割合は、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」における常用労働者(企業規模10人以上)・一般労働者の役職分布(部長級・課長級など)をもとにしています。非正規雇用者や小規模事業所、自営業者は含まれていません。
*注2:出典 リクルートワークス研究所/第42回ワークス大卒求人倍率調査
*注3:出典 厚生労働省/新規学卒者の離職状況 2021年卒
編集/玉城智子(編集部)