世界中で愛され、エンジニアから根強い支持を集めるプログラミング言語「Ruby」。そのRubyを用いて開発され、革新性や将来性に優れたものを表彰するグランプリが『Ruby biz Grand prix』だ。
2025年開催では、合計17の商品・サービスがエントリーし、うち7つがファイナリストに選出。25年11月6日、島根県松江市のくにびきメッセにて、ファイナリストの中から「大賞」「特別賞」「AIxRuby賞」を決める表彰式が行われた。
ファイナリストに選ばれた企業の取り組みに着目すると、Rubyの持つ「柔軟さ」を活かして開発スピードを上げることで、刻々と変化する市場ニーズへの即応力を高めていることが伺えた。
本記事では、表彰式の模様とRuby活用の最前線について、審査委員長を務めるまつもとさんのコメントも交えながらお届けする。
『Ruby biz Grand prix 2025』受賞結果
「Ruby biz Grand prix」は2015年から開催され、今年で11回目を迎える。単にRubyを用いるだけでなく、どのように「ビジネス価値の創出」に貢献しているかに光を当てる点が特徴だ。
2025年開催では「大賞」「特別賞」「AI × Ruby賞」の3カテゴリーで、計7サービスが表彰されている。
大賞に輝いたのは、店舗運営に必要なサービスをまとめて提供するプラットフォームサービス「STORES 」と、月額制のコンビニジム「chocoZAP 」。特別賞には、MDM(モバイルデバイス管理)サービスの「OPTiM Biz 」、AI家計簿アプリ「ワンバンク 」、水産物の卸売サービス「魚ポチ 」の3つが続いた。
さらに、AIとRubyを組み合わせた先進的な取り組みを評価する「AIxRuby賞」は、AIを活用した電話自動応答サービス(IVR)「アイブリー 」とAIで請求書受領・明細突合を自動化するクラウドサービス「トッツゴー 」が受賞している。
Ruby biz Grand prixとは
プログラム言語「Ruby」を活用して、ビジネスの領域で新たな価値を創造し、今後の発展が期待できるサービスや商品を表彰するグランプリ。Rubyがもたらす革新性を国内外に広く発信し、IT産業全体の振興に貢献することを目的としている。
■審査選考委員 ※50音順・敬称略
委員長:まつもとゆきひろ|Rubyアソシエーション 理事長
委員:笹田耕一|Rubyアソシエーション 理事
委員:寺田雄一| マジセミ株式会社 代表取締役社長
委員:中村建助|株式会社KMC 代表
委員:森 正弥|株式会社博報堂DYホールディングス執行役員・CAIO
Ruby biz Grand prix
rubybiz.jp
Rubyでサービスを「素早く、しなやかに」育てる
現代社会ではユーザーニーズが絶え間なく変化し、新たな競合や体験価値が次々に生まれている。こうした時代のサービス開発においては、「一発で正解を見つけること」よりも「正解に近づくために高速に試行錯誤すること」が重要だ。
この改善サイクルを高速化する上で、Rubyの持つ「柔軟さ」という特性は大きなアドバンテージになる。
Rubyの生みの親であるまつもとさんは、これまでインタビューを通して「Rubyが広く支持されているのは、人間中心の設計哲学である部分が大きい」と語ってきた。この「人間中心」という思想は、単なる記述のしやすさにとどまらず、エンジニアの思考スピードを損なわず、必要なときに迷いなくコードを書き換えられる「自由度」を意味する。
Rubyは可読性が高く、仕様変更や設計の見直しによる開発負荷が比較的小さい。そのため、改善のたびに大きな摩擦が生じにくく、組織全体のスピードを落とすことなく機能を追加・修正できる のだ。
いかにしてサービスを「素早く、しなやかに」育てられるか。それが勝負を決める現代において、Rubyはその成長速度を底上げする強力なエンジンとしての役割を果たしている。
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type.jp
基盤をRubyに統一し、スピードを底上げ
実際、今回の受賞企業の多くがRubyによる「開発の統一」 を強みとして挙げている。
大賞に輝いた「STORES」では、ECや決済、店舗支援など複数のプロダクトを抱えているが、そのほぼ全てをRubyで開発しているという。技術スタックを統一することで、コードの読み直しや設計思想の理解にかかるコストを削減し、エンジニアがプロダクトを横断して機動的に動ける体制を構築しているのが特徴だ。
もう一つの大賞である「chocoZAP」も同様だ。アプリのフロントエンドやバックエンドに加え、店舗の入退館システムやIoT連携といった周辺領域までRuby(Ruby on Rails)で統一することで、立ち上げからの爆発的な急成長フェーズを乗り切ってきた。
また、特別賞を受賞したフィンテック領域の「ワンバンク」も、創業当初から基幹システム全体にRuby on Railsを採用しており、コードベースの約9割がRubyで書かれている。金融サービスは厳格な運用や規制への対応が不可欠だが、技術基盤が一本化されていることで、仕様変更や機能追加をスピーディーに実現している好例といえるだろう。
そしてAIxRuby賞の「トッツゴー」を開発するネクスウェイは、2010年に開発体制を内製化するにあたってRubyを主要開発言語に選定。現在は、開発する八つのプロダクト全てにRubyを採用しているヘビーユーザーだ。
表彰式では、ファイナリストに選出された7社の代表者たちによるプレゼンテーションも行われた。
Rubyの柔軟さは、複雑な課題も解決
Rubyの強みは、開発スピードだけにとどまらない。複雑に入り組んだ業務フローや、物理的環境に縛られる現場課題に対しても、高い適応力を発揮する。
この点で印象的なのが、特別賞を受賞したMDM(モバイルデバイス管理)サービスの「OPTiM Biz」だ。同サービスでは、膨大な設定項目を扱うMDM領域において、Rubyのメタプログラミング機能を活用した独自DSLを構築。複雑化しがちな機能追加を軽やかに行うための仕組みとして機能している。
同じく特別賞の「魚ポチ」は、水産物流通というアナログな現場を支えるため、Webでの受発注だけでなく、計測・制御機器(PLC)との連携にもRubyを活用している。現場で発見された改善点をそのままシステムに反映しやすい構造を作っている点が特徴的だ。
そして、AIxRuby賞を受賞した「アイブリー」は、電話対応という労働集約的な業務の課題解決に取り組んでいる。人手不足が深刻なコールセンター業務において、AIによる自動化を実現するために、機能の9割近くをRubyで開発。累計6,000万件超という膨大な着電データを、安定して処理し続けている。
技術コミュニティーへの貢献も、サービスの成長を後押しする
ファイナリストに選ばれた各企業は、Rubyを単なるツールとして消費するのではなく、自らもエコシステムの一員としてその発展に寄与しようとする姿勢が共通して見られた。
STORESは社内にRubyコミッターが在籍し、RubyKaigiや教育イベントへの支援を行っている。IVRyやワンバンク、OPTiM Bizの開発チームも、国内外のカンファレンスへの協賛・登壇を通じてRubyのエコシステムを支える側に回ってきた。
Rubyはオープンソースであり、言語やライブラリが進化すれば、それはそのまま自社の開発基盤の強化につながる。日々の改善サイクルを止めないためには、基盤となるRubyそのものが健全に育ち続けることが欠かせない。
ビジネスの成功がコミュニティを潤し、進化した技術がまた新たなビジネスを加速させる 。この「正の循環」が健全に回っていることこそが、日本のRubyビジネスが持つ最大の強みと言えるだろう。
本グランプリの審査委員長を務めるまつもとさんは、表彰式の締めくくりに際して次のように語った。
「Rubyはエンジニアのための言語になるようにと願いを込めて作りました。だからこそ、そのRubyを使って、人のためになる多様なサービスが生まれているのだと思います。
開発者である皆さん自らが公表していただかないことには、そのサービスがどのプログラミング言語で作られているのかは分かりません。世の中に大きなインパクトを与える素晴らしいサービスが、Rubyでつくられていると発信できるこの機会を嬉しく思います。
ぜひ来年も、多くの企業からのご応募をいただけますと嬉しいです」
今年で11回目を迎えた『Ruby biz Grand prix 2025』。そこで示されたのは、変化の激しい時代を生き抜くための「開発スピード」と、複雑な現実世界の課題に立ち向かう「適応力」だった。
Rubyというプログラミング言語を用いて、次はどのような「人のための」ビジネスが生まれるのか。来年の開催にも期待が高まる。
写真提供/Ruby biz Grand prix実行委員会 取材・文/今中康達(編集部)