代表取締役
篠田義一さん
一貫してコンピューターサイエンスの世界でキャリアを積み、20代から国内外のベンチャー企業を渡り歩く。社会に出て間もない頃、当時市場に出始めたばかりのFPGA製品と出会い、その可能性に着目。以降はFPGA専門のエンジニアとして活躍。2008年、ベクトロジーの前身となる組合を発足。2016年に株式会社化
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ドローンやヒューマノイド、遠隔操作ロボットにモビリティーの自動運転ーー
これらの最先端技術を実用化するために不可欠なものがある。現場の状況を広範囲かつ正確に認識するための映像データだ。産業界での実用を目指す上では、遅延なくリアルタイムでデータを処理する技術と高い精度が求められる。
そんなニーズに応えるプロダクトとして注目を集めるのが、180度リアルタイム4Kパノラマカメラ『Accuvision』。2025年春に誕生したこの画期的製品は、その後も改良や機能追加によってバージョンアップし、各業界の現場で実用化に向けた実証実験も進んでいる。
開発を手掛けたベクトロジーの代表取締役・篠田義一さんとプロジェクトディレクターの山田将豪さんに、リリースの経緯や背景を聞いた前回の取材から10カ月。Accuvisionはどのような挑戦を続けてきたのだろうか。
代表取締役
篠田義一さん
一貫してコンピューターサイエンスの世界でキャリアを積み、20代から国内外のベンチャー企業を渡り歩く。社会に出て間もない頃、当時市場に出始めたばかりのFPGA製品と出会い、その可能性に着目。以降はFPGA専門のエンジニアとして活躍。2008年、ベクトロジーの前身となる組合を発足。2016年に株式会社化
プロジェクトディレクター
山田将豪さん
通信会社の代理店営業を経て、FPGAの受託開発企業に転職。当初は営業担当だったが、途中でソフトウエアエンジニアにキャリアチェンジする。その後、創業間もないトリロバイト社へ参加。2022年11月、ベクトロジーへの事業移管に伴い、同社に転籍
魚眼レンズで撮影した視野角180度の映像を、人の目で認識しやすい高解像度のパノラマ映像にリアルタイムで変換する。これが『Accuvision』の特徴であり、従来の類似品にはなかった画期的な点だ。
少子高齢化等による人手不足が深刻化する中、各業界の現場では、人間に代わって業務を遂行するロボットや遠隔操作システムの導入が急がれている。だがそのためには、現場の状況を正確に認識するための映像データが欠かせない。
魚眼レンズを使えば1台で広範囲を撮影できる。しかし、映像にゆがみが生じるデメリットがあり、高い正確性や視認性を求められる産業界では活用が進まなかったという歩みがある。
この課題を解決すべく開発されたのが、Accuvision。正距円筒投影法という技術を用いて魚眼映像のゆがみを正確に補正し、わずか0.05秒以下で高解像度のパノラマ映像に変換。映像データの品質向上によりAIによる処理も軽量化され、幅広い用途や場面への応用が可能となった。
篠田さんはAccuvisionについて、「これは単なるカメラではなく、人間の『眼』を再発明したようなもの」と語る。世の中には人間の目視に頼っている作業や業務が数多くあり、Accuvisionがサポートすることで、生産性向上や人手不足解消への貢献が期待されるというのだ。
「2025年春のリリース以降、あらゆる業界の企業やロボティクスの研究者などからヒアリングを重ね、各現場でのニーズに応えるべく機能のバージョンアップや応用アプリケーション開発を続けています。
その一つが、カメラのピッチ(上下動)とロール(左右への傾き)をリアルタイム補正する機能です。カメラの向きや角度が変わっても常に映像を水平に保てるため、FPVドローン※1 やロボティクスへの応用を目指しています。
また、ドローンや自律走行車に使われるVisual SLAM※2 という技術に対応するため、自己位置推定に必要な点群データをカメラ映像から高速かつ大量に取得するアプリケーションを開発し、実証実験を行っているところです」(篠田さん)
時代のニーズに応える先端機能を次々と開発できるのは、AccuvisionがFPGAと呼ばれる集積回路を用いているからだ。
FPGAは超低遅延が最大の特徴で、データ量の多い高解像度の映像もリアルタイムで変換処理できる。また、製品化した後であっても何度でもロジックを書き換えられるため、プロダクト開発における試作や実験にも適している。FPGAなら低コストで機能をカスタマイズできるのが強みだ。
しかし、FPGAの応用技術を研究開発している民間企業は世界的に見ても少ない。ベクトロジーはそのうちの1社であり、国内で唯一FPGAを専業とするプロフェッショナル集団として、比類なきポジションを築いている。Accuvisionという前例のない先進的プロダクトを開発できた理由は、そこにあると言えそうだ。
※1 FPVドローン:First Person View(一人称視点)ドローンの略。ゴーグルやモニターを使い、まるで自分がドローンに乗っているような感覚で操縦できる
※2 Visual SLAM:カメラ映像をもとに自身の位置を推定しながら、周囲の環境地図を同時に作成する技術。ドローンやロボットがGPSに頼らず自律的に移動するために用いられる
Accuvisionは、すでに産業界との協業による実証も進んでいる。その一つがJR東日本の車両点検への活用だ。
人間が作業しにくい車両の床下といった外観検査にAccuvisionを用いて、検査員が遠隔で点検できるかを検証している。映像の品質については、現場で人間が目視するのと同じレベルで正確に視認できることが証明され、現在は撮影を自動化するための検証へと進んでいるという。
また、25年8月からは、日立建機の研究開発施設においてAccuvisionを用いた物体検知システムの実証を開始。土木・建設現場で使う大型機械と連携した活用法を検証している。
「実証を始めたきっかけは、日立建機から建設現場のICT化に取り組む中で直面している課題をお聞きしたことです。リモート環境からの遠隔監視や、作業員の位置情報取得などを目指す上で、現場の状況を映像でリアルタイムに把握する技術が必要とのことでした。
現在は、レーザー光を照射して周囲の状況を観測する『LiDAR SLAM』と呼ばれる技術を使っているものの、それだけでは検知した物体が何かまでは特定できない。動くものがあることは分かっても、それが人間の作業員なのか、犬や猫なのかさえ区別がつかないのです。
Accuvisionと連携すれば、LiDAR SLAMが検知した物体を映像で判定できます。リアルタイム水平補正機能があるので、地形の起伏や障害物が多い建設現場でカメラに揺れや回転が生じても、離れた場所にいる監督者は常に水平で見やすい映像を確認できるのもメリットです。Visual SLAMの精度の大幅向上に寄与します」(篠田さん)
実証を進める中で、現場で実用化するにはいくつかの技術的な課題をクリアしなければいけないことが判明したが、「どうすれば解決できるかはすでに分かっています」と自信を見せる篠田さん。ただし、開発スピードを加速し、早期の実用化を実現するには、「私たちと一緒に取り組んでくれる仲間がもっと必要です」とも話す。
FPGAを専業とするベクトロジーだが、求めているのはハードウエア人材だけではない。現場で撮影した映像を活用するにはクラウドとの連携が必須であり、そのためにはソフトウエアエンジニアの力が不可欠だ。
ベクトロジーでは広島にクラウド研究所を設立するなど、ソフトウエア領域の開発を強化してきた。研究所の責任者を務める山田さんは「Accuvisionから送られた映像をどう活用したいかは、お客さまによって様々。そのニーズに応えるのがソフトウエアエンジニアの役目です」と語る。
「お客さまのご要望で多いのが、映像を多拠点で同時に閲覧したいというもの。既製の映像配信用ソフトなどにつなぐ方法では、Accuvisionの強みである低遅延性を最大限に発揮できないため、今はAWSのWebRTC技術を活用したビューアの構築に力を入れています。
また『現場にカメラを設置した後も、状況に応じて遠隔でカメラの向きや角度を調整したい』というニーズに応え、最新バージョンではブラウザからカメラのピッチとロールを変更できる機能を追加しました」(山田さん)
実証の結果を受けて、ハードウエアの改良が必要となる場面も当然出てくるが、どうしても一定の工数と時間がかかる。そこをカバーするのも、ソフトウエアエンジニアの重要な役割だ。
「ソフトウエアなら、仕様変更や機能の追加にも柔軟かつ迅速に対応できる。われわれがお客さまのご要望を運用面からスピーディーに実現することで、ハードウエアの開発をサポートしていく姿勢が大事ですし、そこにソフトウエアエンジニアとしてのやりがいがあると感じています」(山田さん)
各業界への積極的なヒアリングと実証実験の進行により、Accuvisionの新たな可能性も見えてきた。篠田さんは26年に取り組む2大テーマとして「自己位置推定技術」と「ハードウエアLLM」を挙げる。
自己位置推定技術に着目したのは、ある土木関係の企業からトンネル検査に関する悩みを聞いたからだ。検査結果は国交省が定めるフォーマットに則った映像で提出しなければいけないが、その作成に現場が苦労しているという。
「長いトンネルのどこにひび割れや劣化があるかを示すため、トンネル内部を撮影した映像をつなぎ合わせ、帯状に加工して提出するよう定められているのですが、その作業にとにかく手間がかかる。真っ暗なトンネル内を移動しながら何台ものカメラを使って撮影し、映像を切り貼りするのですが、完成までに数週間を要するそうです。
Accuvisionは1台で180度のパノラマ映像を歪みなく撮影できるので、切り貼りする作業をかなり軽減できます。さらに自己位置推定機能を搭載すれば、カメラが移動した距離や速度をAIが判定し、必要な箇所を切り出してその場で映像を自動生成できるので、大幅な省力化が期待できるでしょう」(篠田さん)
もう一つのハードウエアLLMとは、例えるなら「インターネットに接続しなくても使えるChatGPT」のようなもの。これはドローンの活用シーンを広げる上で鍵を握る技術になる。
篠田さんによれば、産業現場で使われているドローンは、あらかじめ設定した通りの航路しか飛べないものがほとんど。ドローンに搭載されたカメラ映像の遅延が大きく、画質も低いので、人間がリアルタイムで操縦するのが難しいためだ。
「Accuvisionなら、画質と遅延の問題はすぐにクリアできます。残された課題は、通信ネットワークにつながらない環境でも知的な判断ができることです。
特に土木建設やインフラ開発は、地方や山間部など通信ネットワークがカバーしていない場所での作業が多い。私たちはFPGAを用いて、LLMそのものを現場のデバイスで動かそうとしています。ネットワークを介さず手元のFPGAで直接処理をすることで、圧倒的に低遅延な言語理解と映像解析が可能になります。
FPGAベースのLLMとAccuvisionを組合わせることで、リアルタイム映像を見ながら、音声でドローンに指示を出す操作も現実になります。例えば、建設現場のライブ映像を見ながら『5番のヘルメットをかぶった作業員を探して』と指示すれば、AIが映像データから場所を特定して飛んでいき、作業状況を確認できる。そんな未来を実現したいと思っています」(篠田さん)
自己位置推定技術もハードウエアLLMも、実現すれば産業界における多くの課題を解決し、社会的インパクトをもたらすことが期待される。その実現を支えるのは、やはりFPGAというデバイスの存在だ。
篠田さんも「あくまでAccuvisionは、FPGAという技術を世の中の人たちに活用して頂くための手段の一つ」と強調する。
「Accuvisionによって、人間の『眼』となって働くプロダクトを実現できた。音声で会話しながら操作できるハードウエアLLMは『耳』や『口』を作るようなものだし、今後は遠隔操作ロボットやヒューマノイドなど、『手足』となって現場で実際に作業する技術も求められるでしょう。
FPGAを用いて、より幅広い領域で人間の仕事をサポートしていきたい。それが私たちの思いです」(篠田さん)
山田さんもFPGAとソフトウエアの連携により、汎用性のあるサービスを開発して、今後はSaaSビジネスとして展開していきたいと展望を語る。
「現在構築中のビューアは、Accuvision以外のカメラで撮影した映像にも対応できる仕様にしており、一般的なIPカメラなどの映像をつなぐことも想定しています。お客さまに話を聞くと、使いやすく汎用的なビューアは少ないそうで、『Accuvisionを導入するなら、同時にIPカメラの映像も確認できるようにして欲しい』との声に応えたいと考えました。
こうしてお客さまのニーズに応えていけば、カメラ用ビューアをSaaSとして展開できる可能性も出てくる。FPGAという技術を持つベクトロジーだからこそ出会えるお客さまや研究者も多いので、私たちに寄せられる依頼や相談に応えていくことで、今までにないSaaSビジネスを構築できると考えています」(山田さん)
この社会には見過ごされている課題が山ほどあり、FPGAはそれらを解決できるだけの大きなポテンシャルを秘めている。篠田さんは自分たちが開発に取り組む意義を力強く語った。
「FPGAの超低遅延処理技術を活用すれば、人間にとって負担が大きい業務や危険な場所での作業をサポートできる。これは生成AIにはできない仕事です。
今後は多くの仕事がAIに奪われると言いますが、私たちはAIにはできない仕事をしているという自負がある。ベクトロジーが目指すものを理解し、共感してくれる人がいれば、ぜひ仲間に加わって頂けたら嬉しく思います」(篠田さん)
取材・文/塚田有香 撮影/桑原美樹 編集/秋元 祐香里(編集部)
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