事情通・久松剛がいち早く考察
最近HOTな「あの話」の実態〝流しのEM〟として、複数企業の採用・組織・制度づくりに関わる久松 剛さんが、エンジニアの採用やキャリア、働き方に関するHOTなトピックスについて、独自の考察をもとに解説。仕事観やキャリア観のアップデートにつながるヒントをお届けしていきます!
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事情通・久松剛がいち早く考察
最近HOTな「あの話」の実態〝流しのEM〟として、複数企業の採用・組織・制度づくりに関わる久松 剛さんが、エンジニアの採用やキャリア、働き方に関するHOTなトピックスについて、独自の考察をもとに解説。仕事観やキャリア観のアップデートにつながるヒントをお届けしていきます!
「ITエンジニアは依然として圧倒的な売り手市場だ」――。
そう信じて疑わないエンジニアは少なくありません。確かにデータを見れば、その認識は間違っていないように見えます。
公的な有効求人倍率は、データでは約1.55倍(※)ですが、IT業界の実態を反映する民間サービス(求人サイトや転職エージェントなど)経由では、依然として10倍以上の倍率を記録しています。
しかし、各社の有効求人倍率の推移を見てみると事情は異なります。
コロナ禍の採用過熱ぶりと比較すると、2021年をピークに鈍化している状態です。
※厚生労働省「一般職業紹介状況」2025年10月分より、ITエンジニア(分類名:情報処理・通信技術者)の数字を抽出したもの。ハローワークを経由した求人から算出した数値
この背景には、コスト高や投資の冷え込みがあるのは事実です。特にコロナ禍の金余り現象でニューノーマルを信じてSaaSやスタートアップに夢中だった投資家達も、AIや他業界へと興味を移しています。
しかし、理由はそれだけではありません。もっと残酷で、構造的な変化が水面下で進行しています。それは、エンジニアに対する企業の期待値が「量的拡大」から「質的選別」へと、不可逆的にシフトしてしまったという事実です。
中途採用の市場をつぶさに見ていると気づくこと、それは1999年から2000年初頭に起こったドットコムバブル時代に、大挙してIT業界に参入したエンジニアたちが40代後半から50代に差し掛かっているという事実です。
私の見立てでは、90年代後半から2000年代前半に続々と立ち上がった「老舗」IT企業の多くが、事業貢献に対して年収レンジが高止まりしたこの世代の人件費に頭を悩ませており、新規採用数の抑制に影響を与えている可能性は否めません。
解雇規制が厳しい日本では、組織の若返りを理由に人員を削ることはできないため、こうした悩みを抱える企業の中には、シニア世代のキャリア構築を後押しすると謳い、事実上の希望退職を募るケースも見受けられるようになりました。
記憶に新しいところでは、LINEヤフーが40代以上の社員を対象に「ネクストキャリア支援制度」と銘打ち、希望退職を募ったことが大きなニュースになりました。また、NECの「セカンドキャリア支援制度」、Panasonicの「ライフプラン支援制度」「特別キャリアデザインプログラム」富士通の「セルフ・プロデュース支援制度」といった事例もあり、リストラとは銘打っていないポジティブな印象を与えたい何かが横行しています。
もし年収レンジが見合わないシニア層のだぶつきを解消できれば、筋肉質な組織になるばかりか、若手エンジニアを責任あるポジションに押し上げ、高い報酬で報いることも可能になり、経営上の合理性があります。
ただ、20代、30代の若い世代であれば、無条件に歓迎されるかというとそうとはいえません。
今、エンジニアを必要とする多くの企業において、単にコードを書くだけの「単能工」から、プロジェクト全体を設計・統括できる「多能工」を求める声が高まっており、エンジニアの「量的拡大」路線から「質的選別」路線へと舵を切りはじめているからです。
その背景にあるのは、生成AIの大幅な進化があるのはいうまでもないでしょう。
最近の話ですが、シニアクラスのプログラマーを多く抱えるSES企業の経営者から、「病み始めている社員が出てきた」という相談を受けました。2015年のアベノミクス以降、追い風が続いてきた技術職キャリアにおいて、案件の短期終了や、求められる役割の変化を目の当たりにすることで、急激な需給ギャップを感じ取り、将来不安を強めているというのです。
世界のITを牽引する米国では、ここ数年、経営者の口からAIを雇用抑制の主因と位置づける発言が相次いでいます。
AIで代替不可能な証明がない限り人員は増やさない(Shopify CEO トビアス・リュトケ氏)
AIによって初級者向け職種の半分が消滅し、5年以内に失業率は20%に上昇する可能性がある(Anthropic CEO ダリオ・アモデイ氏)
一方、日本ではここまでストレートな物言いをする経営者は少数派ですが、採用の現場で耳にする限り、AI活用に成功している企業ほど、新規採用に慎重になっている印象があるのも確かです。かつては新卒優秀層を積極採用していた大手メガベンチャーなども、26新卒では2023年と比較すると1/3程度の入社者数で着地していたりします。
もちろん技術的なスキルの高さは、エンジニアの「売り」であるのは今も昔も変わりません。
ただスペシャリストとしてみなされるレベルは、AIの進化と歩調を合わせるようにこの数年で着実に上がっています。
著名な研究室で修士号を取得し、実務経験も豊富なハイエンドなエンジニアは別ですが、採用の現場では特定の技術領域にのみ特化した「自称」スペシャリストが、最終選考にすら残れないことはよくあります。
今求められているエンジニアの主流は、一定の技術力をもとに課題解決に導けるエンジニアであり、持てる技術力を生かしてビジネスオーナーや顧客の声に耳を傾け、見定めたゴールに導ける推進力を持ったエンジニアだからです。
つまり、技術力の高さが採用の決定打になるのは、ごく一部のハイエンド層に限られ、それ以外のエンジニアにとって、一定水準の技術力は「必要条件」であったとしても「十分条件」にはなりえなくなっているのです。
そしてそれは新卒にもしっかりと反映されています。初任給の見直しと共に、中途と同等の姿勢やスキルが求められています。
その結果「技術力さえあれば転職できる」というバブル期の感覚が抜けないエンジニアの多くが、企業の期待値とズレた自己PRを繰り返し、不採用の山に首をかしげることになります。
実際、現実はシビアです。内定率から逆算して大量応募させるタイプの人材紹介社では、未経験者やリーダー経験のない50代で70社、30代の中堅層ですら30社ものエントリーをさせているのが実態です。
もちろん、エントリーレベルのエンジニアでも、ポテンシャルが評価されることはありますし、マネジメント経験やリーダー経験が乏しい中堅エンジニアにも転職のチャンスはあります。
ただ、エンジニア採用が最盛期だった頃のように「引く手あまた」ではなくなっている、今の採用市場の温度感は知っておくべきでしょう。
すでにAI活用することで、多能工たるエンジニアに仕事を集中させ、効率的に業務を進めてもらったほうが着実に収益を上げられるのであれば、あえて企業がコストをかけ、未経験エンジニアをイチから育てたり、マネジメントやビジネスにあまり関心がないエンジニアを再教育したりすることに熱心でなくなるのは当然といえば当然です。
AIの台頭を引き合いに出し、エンジニアの採用抑制を語る経営者は少ないからといって「日本はまだまだ大丈夫」と安心するのは早計と言わざるを得ません。
古くからある「米国がクシャミをすれば、日本は風邪を引く」というレトリックは、AI時代の今でも通用するというのが、筆者の見立てです。
2010年代初頭にさまざまな領域で忌避されていたパブリッククラウドも、いまや金融機関や医療機関などでも活用が広がっています。それはおそらくAIも同じです。
仮にAI浸透がなかなか進まない領域があったとしても、いつまでもサンクチュアリとして残り続けると考えるのはいささか楽観的過ぎます。
そうした意味で、これからのエンジニアにとって「AI技術の習得は必須」というのはもちろんなのですが「AI技術を身に付ければいい」のかというと、それもまた短絡的といえます。
先ほども触れた通り、企業のニーズは「単能工」から「多能工」へと移りつつあり「エンジニアの多能工化を後押しするのがAI」という位置づけであることを理解していなければ、ただ単にAI驚き屋になってしまいかねません。
IT革命があった2000年から、「技術一本で生きる」ことに美学を感じる職人肌のエンジニアは少なくありません。技術の研鑽は格闘漫画的な格好良さもあります。
しかしそれをそのまま地でいくと「キャリアの断絶」というリスクが伴います。
2008年の事業仕分け以降、国プロと呼ばれる国家予算を獲得するために基礎研究であっても「将来的にどのように国民の生活に影響が与えられるのか」ということをプレゼンしなければならなくなりました。またマイナースポーツのプロアスリートのように企業営業をし、産学連携プロジェクトを模索する必要も出てきました。
「ITエンジニアを何人正社員雇用するか」という話はエンジニアバブルの期間中、投資のような位置づけだったため、放っておいてもスキルや経験に値段がつきました。しかしこれからは研究者の姿勢と同じく、エンジニアも技術を学ぶのと同じ熱量で、マネジメントやビジネス、業務など、非技術領域の学びを深め、アピールしていく必要があります。
とりわけ重要なのは、投資家や経営者が何に関心を持ち、どんな意図で予算配分を決めるのかを知ることです。自分に与えられる報酬の源泉はどこにあり、顧客は何を根拠に財布を開くのか。こうした視座が市場価値の把握に直結します。
最近、筆者はエンジニアを志す学生向けのセミナーで、こう伝えています。
「君たちは、投資対象だ」
なぜなら、自分が何をやりたいかだけでなく、あなたに報酬を支払う人物が、何を求めているかを理解することが、今後エンジニアの生き残り戦略を描く上でますます大事になると考えるからです。
AIによるエンジニアの代替は、もはや可能性ではなく迫りくる現実です。
刻一刻と変わるエンジニアに求められるニーズをいち早く汲み取り、対処するよう努めてください。それが、時代が大きく変わったとしても、使い捨てされないエンジニアであり続けるための唯一確実な戦術です。
博士(慶應SFC、IT)
合同会社エンジニアリングマネージメント社長
久松 剛さん(@makaibito)
2000年より慶應義塾大学村井純教授に師事。動画転送、P2Pなどの基礎研究や受託開発に取り組みつつ大学教員を目指す。12年に予算都合で高学歴ワーキングプアとなり、ネットマーケティングに入社し、Omiai SRE・リクルーター・情シス部長などを担当。18年レバレジーズ入社。開発部長、レバテック技術顧問としてキャリアアドバイザー・エージェント教育を担当する。20年、受託開発企業に参画。22年2月より独立。レンタルEMとして日系大手企業、自社サービス、SIer、スタートアップ、人材系事業会社といった複数企業の採用・組織づくり・制度づくりなどに関わる
構成・執筆/武田敏則 編集/玉城智子(編集部)
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