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ドラ1ルーキー復活、隠れた才能の開花。AIで「真の制球力」を可視化した横浜DeNAベイスターズのデータ戦略

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今やスポーツの現場でもデータとAIの活用が競争の前提となり、勝敗を分ける大きなファクターとなっている。そんな中、日本のプロ野球界において、テクノロジーの力で特筆すべき変革を起こしているのが横浜DeNAベイスターズだ。

同球団は2025年シーズンより、AIプロダクト「投手AI」を本格導入した。これはピッチャーの現在地と「一軍レベル」とのギャップを専用のスコアで可視化するもので、データに基づいた明確で納得感のある育成目標を立てられるようになる。

導入の結果、チームの投手貢献度(WAR)や防御率は前年のセ・リーグ5位から2位へと上昇。不振に苦しんでいたドラフト1位ルーキーの復活や若手投手の台頭など、目覚ましい成果を裏から支えることとなった。

そんな「投手AI」の開発・導入をリードしたのが、DeNA IT本部 AI・データ戦略統括部 AI技術開発部の大西克典さんだ。

「データを表面的に読んで伝えるだけなら、正直誰でもできる。僕らが実現したいのは、データの力で全ての選手のポテンシャルを最大限引き出すことです」

AIを武器に、スポーツの世界で新たな価値創造に挑む一人のエンジニア。そのエキサイティングな仕事の裏側に迫る。

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株式会社ディー・エヌ・エー|DeNA
IT本部 AI・データ戦略統括部 AI技術開発部 ビジョン・スポーツグループ
大西 克典さん

東京大学でComputer Visionの研究に従事し、主著論文をCVPR・ACMMM・AAAIなどの国際会議で発表。修士号取得後の2017年にDeNAへ新卒入社し、入社と同時に横浜DeNAベイスターズのチーム強化にAIを活用するプロジェクトを立ち上げ、現在はプロダクトマネージャーとしてチームをリードしている

AIの力で「真の制球力」を可視化する

テクノロジーを現場に導入し成果を出し続けるために、ベイスターズ球団とDeNAは、球界でも類を見ない強固な協業体制を敷いている。

球団内には、バイオメカニクスアナリストやデータサイエンティスト、データアナリストらを擁する専門のR&Dがチームが存在し、そこにDeNA本社のAIチームが合流。お互いの強みを掛け合わせながら、野球界最先端のデータ活用を進めている。

DeNAのAIチームをPMとして率いるのが、大西さんだ。

「ベイスターズのR&Dチームは、現場でスピーディーに分析サイクルを回していく役割を担っています。一方で、僕たちDeNAのチームは、インフラやAIのパイプライン構築、フロントエンド・バックエンドを含めた『腰を据えたプロダクト開発』が強みです。両者が密に連携することで、一緒に良いものを作っていく体制ができています」

大西 克典さんが、ベイスターズ球団とDeNAによる「AI×野球プロジェクト」のチーム体制について話す様子

2026年現在、DeNAの開発チームは9名体制。大西さんがプロダクトオーナーで、スクラムマスターが1人。AIエンジニアが3人、残り3人がフロントエンドからクラウドインフラまでを担うデータエンジニア。スポットでデザイナーも1人入っている。AIエンジニアはAIのことだけをやるのではなく、バックエンドの手が足りなければ同じようにPythonでコードを書くなど、お互いに領域を横断しながら進めるスタイルだ。

この協業体制の下、2025年シーズンから本格導入された「投手AI」。開発のきっかけは、投手コーチからの「ピッチャーの制球力を正しく評価したい」という切実なリクエストだった。

野球におけるピッチャーの制球力は、一般的に「コントロール」と呼ばれる。これは「ストライクゾーンの中に投げる能力」を指す。

しかし、現場が求めていたのは別の指標だった。

「例えば2023年シーズン、コントロールの良し悪しを表す『与四球率(フォアボールの少なさ)』が一番良かったのは今永昇太投手(現カブス)で、次が大貫晋一投手でした。

でも実際のところ、今永投手は変化球のキレが凄まじく、ボール球でも三振が取れてしまうからフォアボールになりにくいんです。一方で大貫投手は、とにかく際どいコースに投げ続けるスタイルで、フォアボールの数はどうしても増えてしまう。

真の制球力という意味では大貫投手の方が若干上だったのですが、これまではそこまで分析できていなかったんです」

そこで大西さんたちは、Computer Visionの技術を用い、映像から「キャッチャーがミットを構えた位置」と「実際にボールが来た位置」を計測。単純なストライク/ボールではなく、狙ったところにどれだけ投げられているかを定量化する「コマンドスコア」を作り上げた。

コマンドの解説とDeNAのAIチームが実践した「コマンドスコアの可視化」について

データをただ「測れるだけ」では意味がない

見事にコマンド能力を計測できるようになった大西さんたちだったが、ここで一つの壁にぶつかる。

「コマンドが計算できるようになったら、コーチから『一軍レベルのコマンドってどれくらいの数字なの?』と聞かれたんです。調べてみると、スコアが良くても活躍できない選手もいれば、悪くても活躍する選手もいて……明確な評価基準が見つからなかった。

『コマンドを測れるようになっただけでもありがたい』と言われましたが、ユーザーが嬉しいというだけで終わっていいのかと頭を悩ませました」

そこで大西さんら開発チームは、「プロダクトの4階層フレームワーク」を用いて開発方針を大きく変更した。

「高精度な計測システムを作ることに固執するのをやめて、もっと多くの選手を一軍レベルに引き上げたいという本来の目的に立ち返りました。

コマンド単体ではなく、他のデータ(球速など)と組み合わせることで、『あなたの場合は、この力をこれだけ伸ばせば一軍レベルになりますよ』と、投手の現在地と一軍ラインのギャップを可視化できるようにしたんです」

こうしてできあがった「投手AI」は、2024年シーズンに簡易版システムでプロトタイプの運用を実施。想定以上のニーズと価値が見えたことで、本格的にデータ分析できるWebシステム化を実装する。

投手の育成目標や日々の状態をより把握しやすくなり、2025年シーズンより本格的に現場導入された。

開発方針をピボットし、一軍ラインの可視化ができるツールを作る判断にいたったDeNAのAIチームの取り組み内容

どうすれば、このデータを「真に現場が使えるツール」にできるのか。大西さんがここで「高精度な計測システムを作って終わり」にしなかったのには、明確な理由がある。かつて彼自身が「技術ドリブン」で手痛い失敗を経験していたからだ。

その失敗を語るには、大西さんがDeNAに入社し、「ベイスターズ×AIプロジェクト」を立ち上げるまでの経緯を振り返る必要がある。

「君の入社でプロジェクトが動いた」と告げられた日

今から約10年前。日本にAIブームの波が本格的に押し寄せようとしていた頃、大西さんは東京大学大学院でComputer Visionの研究に没頭していた。

CVPR(*1)やAAAI(*2)といった、世界最高峰の国際会議で主著論文を発表するほどの目覚ましい成果。しかし当時はまだ、その高度な専門性を一般企業で活かせる環境は少なかった。

研究所へ進むべきか、AIとは別のIT領域に就職すべきか。周囲が別の道へと進路を決めていく中、大西さんの胸の内には、AI研究と同じくらい熱を帯びているものがあった。それが、横浜DeNAベイスターズだ。

「本格的にのめり込んだのは、2014年のシーズンから。もともと個人的に好きだった中村紀洋選手が、ベイスターズに移籍してきたことがきっかけです。その頃は院試の勉強をしていて、研究が無いので自由な時間が多かったんですよね。毎晩、TVK(テレビ神奈川)をつけて試合を見ていました」

ベイスターズファンになったきっかけについて語る大西さん

「中畑監督(当時)が『巨人だけには絶対勝つ!』と熱く語っていた頃で、そこで桑原将志選手やグリエル選手が出てきて……『このチームおもしろ!』って感じで、すっかりファンになりました」(大西さん)

AIという自身の専門性と、ベイスターズが好きという情熱。

この二つが交差する中、本格的に就職活動を始めた大西さんの元に思わぬ朗報が入ってくる。DeNAが、高いAI知識を持った学生のための採用枠「エンジニア職AIスペシャリストコース」を設けたのだ。

ここなら、自分の専門性を生かした仕事ができる。大好きなベイスターズに関わるチャンスもあるかもしれない。そう直感してDeNAの門を叩いた大西さんだったが、予想よりはるかに早く、夢のような仕事が舞い込んだ。

「内定者時代、DeNAのオフィスがある渋谷のヒカリエに急に呼び出されたんです。軽くランチを終えた後、案内された会議室のドアを開けたら、画面の向こうに当時の球団社長と戦略部部長がいて、こっち側にも、DeNAの偉い人たちがずらりと並んでいて……。

一体何が始まるのか戸惑っていたら、『AI×野球のプロジェクトをやろう』という話が始まりました。後から、自分の入社が決まったからこのプロジェクトが動き出したと聞いて、びっくりしましたね(笑)」

こうして2017年10月、DeNAに入社した大西さんは入社と同時に「ベイスターズ×AIプロジェクト」を立ち上げる。

(*1)CVPR | IEEE Conference on Computer Vision and Pattern Recognition(コンピュータビジョンとパターン認識に関する国際会議)の略称。世界最大級かつ最高峰の、AIと画像処理・コンピュータビジョンに関する国際学会

(*2)AAAI | Association for the Advancement of Artificial Intelligence(アメリカ人工知能学会)
の略称。1979年に設立されたアメリカ人工知能学会であり、AI分野で世界最高峰の権威を持つ国際学術団体

技術ドリブンで陥ったプロダクト開発の落とし穴

入社当時、大西さんにはある種の確信があったという。

東大のAI研究室で培った自身の専門性と、DeNAというIT企業が持つアプリケーション開発での確かな実績とノウハウ。この二つを掛け合わせれば、ベイスターズを支える画期的なプロダクトを必ず生み出せるはずだ、と。

東京大学の大学院でAIの研究をしていた頃の思い出について語る大西さん。

「今でこそAIの研究室はいろんな大学にありますけど、当時はあまり数も多くなかった。客観的に見て、AIの専門的知見を持っていることは結構貴重な存在だったと思います」(大西さん)

だが、現実はそう簡単にはいかなかった。大西さんの自信は、あるプロジェクトで手痛い失敗として跳ね返ってくる。

「具体的に何を作ったかは言えないのですが、最初から『機能モリモリのスーパーなプロダクト』を作ろうとして大失敗してしまったんです。実際に現場の選手やコーチたちが欲しかったのは、その中のごく一部のシンプルな機能だけだった。

当時の僕には、何のためにプロダクトを作るのかという、プロダクトマネジメントの視点が欠けていたんです。技術ドリブンで進めてしまった結果、現場にはあまり刺さらず、せっかく作ったものもほとんど使われない……という状態に陥ってしまいました」

この苦い経験から、大西さんたちは開発体制を大きく転換する。スクラムの導入だ。

「決められたスパンで、まずはプロトタイプを作り上げる。常に何かしら動くものがある状態なので、とりあえず動かしてみて問題点が分かります。実際に現場のユーザーに使ってもらって、方向性を軌道修正しやすい。現場のフィードバックをもらって、すぐ直すというサイクルが回せるようになったのが、一番の大きな変化でした」

日本一を裏から支えた「キャッチャーAI」

2020年、アジャイルな開発体制への転換が劇的な成果を生む。大西さんたちにとって大きな転換点となった、キャッチャー(捕手)の能力を定量評価するプロダクトだ。

当時、キャッチャーの「ブロッキング(ワンバウンドの投球などを止める技術)」の評価には課題があった。従来は、ボールが後ろに逸れた際に「ピッチャーの暴投」か「キャッチャーの捕逸」のどちらかに分類されるだけの減点方式。どんな難易度の球でも、全球一律で評価されていたのだ。

そこで大西さんたちは、一球単位で「捕逸する確率」をAIで推定。投手と捕手の責任割合を分解し、難易度の高いボールをキャッチャーが止めたら加点するなど、評価に濃淡をつけた。

「当時コーチだった藤田和男さん(現アマチュアスカウト)にプロトタイプを見せたら、すごい良い反応をしてくれて。個人的にも凄く手応えを感じていたのですが、『これがキャンプの時からあったらな〜』と言われてしまって」

しかし、運命のいたずらか、その年はコロナ禍によってプロ野球の開幕が急遽延期となった。開幕前の約2カ月間が、「ミニキャンプ状態」になったのだ。

「これはブラッシュアップするチャンスだと思って、急いで開発を進めました。以前の失敗の教訓から、とにかくスコープを絞り、現場ですぐに使えるものにフォーカスしたんです。具体的には、データの収集だけでなく詳細な分析もできる可視化ツールを作成しました。結果として、現場への導入も非常にスムーズに進みました」

キャッチャーの能力を定量評価するプロダクト「キャッチャーAI」について語る大西さん。

「ベイスターズに関しては、コーチ陣がデータにすごく興味を持ってくれているというのも大きいですね。かなり詳しい知識を持っている方もいますし、専門的な話も進めやすいです」(大西さん)

客観的なデータに基づく振り返りが可能となり、伸びしろの大きい若手選手たちの育成が加速する。チーム内に高レベルな競争が生まれた。

打撃を含め、様々な能力を定量的に評価するプロダクトに進化させて以降、数シーズンかけてベイスターズは球界屈指のキャッチャー層を誇るチームへと変貌していく。そして2024年には、26年ぶり3度目の日本一に輝いた。

同シーズン、チームの正捕手を務めた山本祐大選手はゴールデングラブ賞とベストナイン賞を受賞。また頼れるベテランとしてチームを支えた戸柱恭孝選手は、控え捕手ながらクライマックスシリーズの最優秀選手を受賞した。

データが導いた、ドラフト1位ルーキーの復活劇

「技術ドリブン」による手痛い失敗と、そこからスクラム体制へと転換して掴んだ「捕手AI」での成功。

この体験があったからこそ、大西さんたちは「投手AI」の開発において、コマンド能力が測れるようになったという技術的な達成だけで満足することはなかった。「一軍の基準が分からない」という課題にぶつかった時、かつての教訓が活きたのである。

では、実際に「投手AI」ではどのような成果が生み出されているのだろうか。2024年10月に行われたプロ野球ドラフト会議で1位指名で入団した、竹田祐投手の事例から見てみよう。

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理由も分からず夢破れて去って行く選手をなくしたい

「投手AI」をはじめとするデータプロダクトの数々は、2025年シーズンの横浜DeNAベイスターズの躍進を裏から力強く支えた。だが、大西さんは「僕たちはデータを示しただけで、頑張ったのは選手本人であり、導いたのはコーチやスタッフです」と謙遜する。

現在はベイスターズの一軍に帯同し、現場の熱量と直に触れ合いながら開発を続けている大西さん。プロ野球という真剣勝負の過酷さを、肌で感じる日々だ。

「コーチの方々って、よくこんなしんどい環境で毎年やっているなというのが正直な感想です。選手たち自身が何より『勝ちたい』と強く願っていて、その真剣勝負の繰り返しの中で勝てない時は、本当にしんどい。

でも、だからこそ勝った時の喜びは凄まじいんです。僕自身も、他人のプロダクトを作っている感覚ではなく、チームの成績を良くするためにどれだけやれるかという観点で仕事ができている。この環境は、本当にやりがいがあります。

強いていうなら、プライベートの趣味が一つ減ってしまったのだけは辛いですね。趣味が完全に仕事になってしまったので(笑)」

冗談めかして笑う大西さんだが、その視線の先には、すでに日本のプロ野球界を超えた高い目標が据えられている。

「現在僕たちが実現できている領域は、まだ限定的です。キャッチャーやピッチャーの能力は可視化できるようになってきましたが、まだ100%ではない。バッターの動作解析もプロトタイプの段階です。ここをもっと幅広くして、ベイスターズの全ての土台をAIで支えられるようにしたい」

ベイスターズにおけるAI・データ活用の未来について語る大西さんの様子。

「そしてその先には、MLBすらも超えて、あらゆるスポーツチームの中で『世界最先端のAI・データ分析組織』になりたいという野望もあります」(大西さん)

現状、MLBとの規定で直接的な技術交流は行えない。だからこそ、自分たちの頭で考え、現場とすり合わせ、世界トップクラスの技術を自らの手で切り拓いていくしかない。

最後に、AIの力で野球というスポーツはどこまで進化できるのかを尋ねると、大西さんはエンジニアとして、そして一人の野球愛好家として、最も大切にしている想いを語ってくれた。

「エンタメや興行としての形は変わっていくかもしれませんが、僕が常々思っているのは『選手の持っているポテンシャルをもっと引き出せるはずだ』ということです。何かしら光る素材を見抜かれてプロの世界に入ってきたのに、『あの選手、活躍できなかったのもったいないな』と感じることがある。そういうのを、AIの力でもっと減らしたいんです。

全員がプロで大活躍できるわけではありません。結果的に志半ばで引退していく選手がいたとしても、なぜダメだったのか原因も分からないまま去るのではなく、『自分にはここが足りなかったんだな』と、納得感を持って次のステージへ進める環境を作ってあげたい。それが、僕らの目指す本当の理想なんです」

東京大学のAI研究室から、プロ野球の現場に飛び込んだ一人のエンジニア。その眼差しは、今日もグラウンドで戦う選手たちの「隠れた才能」と向き合い続けている。

写真/桑原美樹 取材協力/阿部 昌 取材・文/今中康達(編集部)

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