※本記事は、2026年2月28日(東京大学 伊藤謝恩ホール)に行われた暦本純一教授の最終講義の内容を、AI時代に生きるエンジニアへの「道しるべ」として、一部抜粋・編集してお届けします。
「未来はすでにここにある」暦本純一が最終講義で語った、これから10年の技術者の仕事
NEW! 働き方
PCを「操作」する時代から、スマホに「触れる」時代、そしてテクノロジーを「自分の一部」にする時代へ――。
常にインターフェースの最前線で「未来の当たり前」を形にしてきた東京大学の暦本純一教授が、18年半におよぶ東京大学での教員生活に幕を閉じた。その最終講義は、意外な問いかけから始まった。
「なぜ私たちは今、チャットUIという『テキスト入力』に先祖返りしているのか?」
生成AIの爆発的な普及により、開発効率は劇的に向上した。しかし暦本氏は、「果たしてこれは本当の進化なのか」と、その合理性の裏にある不自然さに疑問を投げかける。
かつてスティーブ・ジョブズがその才能を渇望し、Appleの特許をも無効化させた研究者。暦本氏が40年の歩みで辿り着いた「現時点での結論」とは何か。
AIと人間が溶け合う時代において、暦本氏は何を考え、次世代に何を託そうとしているのか。
そこには、これからの10年をつくるエンジニアが持つべき指針と、「作るべきもの」と「守るべき喜び」の境界線が明確に示されていた。
辿り着いた「現時点での結論」
「最終講義というものに不慣れなもので、このような進め方で良いのか戸惑っていますが……」
そんな冗談めかした言葉で会場の緊張を解き、静かに語り始めた暦本氏。
壇上のスクリーンに映し出されたのは、およそ「未来」とは対極にあるような、一台の古びた端末だった。1970年代に登場したビデオ表示端末「VT100」だ。
「修士論文の頃は、これを使ってEmacsでプログラムを書いていました。コマンドラインの時代から、画面上の対象を直接いじる『直接操作』の時代を経て、今の私たちは、テクノロジーを身体の一部にする『人間拡張』へと進んできた。けれど、今起きていることは非常に面白いんです」
暦本氏が指摘したのは、ユーザーインターフェース(UI)の歴史における「先祖返り」だった。
左端に写っているのが、1970年代に登場したビデオ表示端末「VT100」 編集部撮影
かつては、黒い画面に呪文のようなコマンドを打ち込まなければコンピュータを動かせなかった。それがマウスでアイコンを掴めるようになり、スマホの登場で「画面に直接触れる」ことが当たり前になった。
そして今、暦本氏が提唱する「人間拡張」は、デバイスを外側から操作する段階を終えようとしている。義手やAI、ウェアラブル機器が、まるで「生まれ持った肉体」と同じ解像度で自分の身体に馴染み、機能する次元。
テクノロジーを「道具」としてではなく、「自分自身」の一部へと統合していく。このパラダイムシフトこそが、暦本氏が長年提唱し続け、今まさに現実のものとなりつつある未来の姿だ。
ところが、現実はどうだろうか。
私たちが「進化」と信じて疑わなかったその道のりの果てに、今、世界中のエンジニアが辿り着いているのはChatGPTやClaudeの「チャット欄」——。つまり、かつてのVT100時代と同じく、ひたすらテキストを打ち込むタイピングの世界なのだ。
「結局、キーボードを叩くところに戻っているのではないか。インターフェースの歴史が一周して元に戻ったのか、それとも次のサイクルへの進化があるのか。これが今日の課題意識の一つです」
コンピュータの並列処理に、人間が追いつかない
なぜ、私たちは再びテキストに戻っているのか。それは、これまでのUIが抱えていた「道具と人間のアンバランスさ」が限界に達したからだ、と暦本氏は分析する。
かつて暦本氏自身がその普及に大きく寄与した「ダイレクト・マニピュレーション(直接操作)」というパラダイム。それは、人間がマウスや指を動かして「直接いじらなければ動かない」ことを前提にしている。しかし、背後にあるAIやコンピュータの処理能力は、すでに数千万のプロセスを並列で回せるほどに巨大化しているのだ。
「コンピュータ側はこれほどマルチタスクなのに、人間が直接いじる操作は本質的にシングルタスクです。つまり、凄まじい処理能力を持つマシンの前で、人間が最大のボトルネックになっているんです。この不自然さを超える段階に、ようやく来ているのだと思います」
その「不自然さ」を解消すべく、暦本氏がここ5年ほど没頭しているのが「サイレントスピーチ(口パク)」の研究だ。
例えば、カフェや電車内。周囲に人がいる場所では、AIと音声でやり取りしたくてもプライバシーや迷惑が気になって声が出せない。結果、私たちはスマートフォンを取り出し、せっせと「タイピング」を始めることになる。これもまた、現代のUIが生んでいる不自然な光景の一つだ。
「だったら、声を出さずに口パクで発話すればいい。喉元に超音波センサーを装着し、口の中の動きを観測して、それをニューラルネットワークで音声データへと変換する。そうすれば、周囲には何も聞こえないのに、AIとは数倍の速さで意思疎通ができるようになります」
テレパシーのようなインターフェースへ
この研究の背景にあるのは、単なる利便性の追求ではない。暦本氏は、その先にある「思考とAIの接続」を見据えている。
「囁き声や口パクだけで意思伝達ができれば、外部からは一種のテレパシーのように見えるでしょう。現在はAIに相談したりプログラミングを依頼したりと、思考の一部がすでにAIへと外在化されつつある。自分の脳の一部を、外部に構築できるのではないか。そんな当時の妄想が、今や現実味を帯びてきているんです」
当初、AliExpressで購入した「少々怪しげなセンサー」から始まったというこの実験は、今や新幹線内の騒音下でもスマートグラス越しにAIと囁き声で対話できるレベルにまで到達している。
新幹線内で囁き声を試している暦本氏 編集部撮影
私たちが再びテキスト入力を選んでいるのは、それが現状、最も「思考」を精密に出力できる手段だからだ。しかし、もし「口パク」や「囁き」という身体動作が、AIによって「精緻な出力」へと変換されるなら、もう重いキーボードを叩く必要はなくなる。
「コンピュータを外側にある道具として『操作』する段階を超え、思考そのものをAIと接続する。それは、もはや単なる操作性の向上ではありません」
かつて、マウスやウィンドウがコンピュータを『便利で使いやすい道具』に変えたように、これからはAIとの統合が、人間の知覚や知能そのものを書き換えていく。
「自分の脳の一部を、外部に構築できるのではないか。そんな当時の妄想が、今や現実味を帯びてきています。AIとの『インテグレーション(統合)』が進む先にあるのは、自己の境界が外側へ、そしてネットワークの先へと広がっていくような、かつてない体験になるはずです」
退官後のビジョン
自己効力感をいかに維持・拡張するかが、今後の重要な視点
講義の後半、暦本氏はあえてハイテクとは対極にある「お点前(茶道)」や「ピアノ」の話題を持ち出した。この比喩は、現代のエンジニアが直面している「ある種の虚無感」を鮮やかに射抜くものだった。
生成AIの台頭により、プログラミングの効率は極限まで高まった。だが、AIが生成したコードをただレビューし、コピペするだけの作業に、私たちは「自分が作った」という手応え——つまり自己効力感を抱けるだろうか。
「効率だけを追求すれば、人間が何もしない『全自動』が正解になる。けれど、人間には『自分でお点前ができる』『ピアノが弾ける』という、自ら成し遂げることへの根源的な喜びがあるはずです」
暦本氏が今、最も情熱を注いでいるのは「AIに人間の代わりをさせること」ではない。AIを、人間の能力や身体性をアップデートするための「ブースター」として位置づけ、「自分自身の力で、より高みへ到達できる」という感覚を再構築することにある。
「2歳児が迷わないもの」こそが本物
この思想の根底には、暦本氏が長年一貫して持ち続けてきた「身体性」への信頼がある。最終講義で紹介された、ある象徴的な映像がそれを物語っていた。紙の書類を、スマートフォンのように「ピンチ操作」で拡大しようとする幼い子供の姿だ。
「この子にとって、画面に触れれば世界が応えてくれるマルチタッチこそが『自然』なんです。だから、指を動かしても何も起きない紙の書類の方を、むしろ不自由で、壊れていると感じてしまう。
まだ言葉もたどたどしい子どもの指先が、迷いなく正解を選び取っている。その光景を前に、私は深い教訓を得ました。理屈や説明が必要なインターフェースには、本質的な意味がなく、マウス操作は実は不自然なものではないか、と疑えるかどうかが重要なんだと」
私たちが「当たり前」だと思い込んでいる操作体系を疑い、人間の身体が持つ自然な動きにテクノロジーを適合させる。その徹底した「人間中心」の視点が、退官後の新たなプロジェクトへと繋がっている。
茶室で「師匠の身体」をインストールする
具体的には、現在進行中の「技能伝承」のプロジェクトがその筆頭だ。
茶室に張り巡らされたセンサーが、師匠の細かな手の動きや呼吸を3次元的に記録する。弟子はVRやウェアラブルデバイスを通じて、その動きをダイレクトに追体験する。
「通常の稽古では、師匠の威厳に圧倒されて動作を詳細に観察できなかったり、ビデオ映像では死角があったりします。けれど、デジタルで再構築された空間なら、師匠の視点に没入(JackIn)したり、動作を一時停止させて回り込んで見ることもできる。技能獲得のために必要な情報を、自由自在に引き出せるんです」
これは単なる「便利な学習ツール」ではない。AIを、人間の「身代わり」にするのではなく、自分の身体をアップデートし、「自分自身ができるようになる喜び(自己効力感)」を最大化する技術の追求なのだ。
困難を抱える人を、ITの力で救いたい
そして、この「自己効力感」の拡張が最も切実に求められているのが、身体的な困難を抱える人々への支援だ。暦本氏は、声を失った人がサイレントスピーチとAIの変換技術によって、再び「自分の声」で会話を取り戻す研究に力を入れている。
「喉頭がんなどで声帯を失い、食道発声などの苦しい訓練をされている方がいます。私たちの技術を使えば、微細な喉の動きから明瞭な音声を再合成できる。ITやAIの研究に携わっている以上、単に便利な道具を作るだけでなく、こうした困難を抱える方々を救いたいという強い思いがあります」
病気や障害によって難しくなった「自分でできる」という感覚を、テクノロジーで再び取り戻すこと。効率化のさらに先にある、人間の誇りや主体性をどう守るか。退官という節目を「卒業」ではなく「新しい社会実装の始まり」と捉える暦本氏の視線は、すでに未来の現場へと向けられている。
エンジニアたちへの伝言
「不自然」を疑い、10年後の「当たり前」を設計せよ
講義の終盤、暦本氏は1枚のスライドを映し出した。そこには、暦本氏の論文図解と、Apple社が法廷で主張した図版が並んでいた。かつて世界を揺るがせた「iPhoneのマルチタッチ特許」を巡る裁判の資料だ。
法廷でも比較された、暦本氏の論文図解(左)とApple社が主張した図面(右) 編集部撮影
「結論を言えば、裁判所はAppleの主張を退けました。判決文には『この内容は暦本のSmartSkinから容易に類推できる範囲内であり、無効である』と記された。つまり、現在皆さんが当たり前のようにスマホを使えているのは、私の研究が一助になった……と、ソニーの社内では話していました(笑)」
実は当時、暦本氏にはLinkedInを通じてAppleから直接オファーが届いていたという。後から調べると、それはスティーブ・ジョブズ直属の人物からの連絡だった。
「当時は、巨大な特許紛争に巻き込まれて、自分の存在ごと消されてしまうんじゃないかと思って無視してしまったんです。今思えば、応じていれば面白かったかもしれませんね」
そう言って会場を沸かせつつ、暦本氏はエンジニアにとって最も大切な「機微」について語り始めた。
「その手があったか」という衝撃は、違和感から生まれる
なぜ、Appleが欲しがり、世界標準となった技術を、暦本氏はiPhone登場の数年も前に形にできていたのか。それは、当時の「当たり前」に潜む不自然さを徹底的に疑ったからだ。
「考えてみてください。現実の世界で、何かを動かそうとする時に『人差し指一本』しか使わない状況なんて、まずありませんよね? 本をめくるのも、道具を掴むのも、私たちは無意識に複数の指を協調させて動かしている。
それなのに、かつてのコンピュータの世界では、マウスという『一本の指』の延長線上でしか操作ができないことが当たり前だった。人間にとってあまりに自然すぎる『複数の指を使う』という行為が、デジタル空間では完全に無視されていたんです」
編集部撮影
「普及してしまった仕組みの中にいると、その不自然さに気付くのは本当に難しい。当時の私たちは、不便な道具(マウス)に自分たちの身体を無理やり合わせていたことにすら、無自覚だったのです」
例えば、現在のChatGPTとのやり取りやライブコーディングの環境において、「何が決定的に不自然か」と問われても、即座に答えられる人は少ないだろう。
「『現在の自然』を疑い、『未来の自然』を提示すること。それこそが、技術者の仕事です。後から見れば『その手があったか』と驚かれるけれど、言われてみれば当然だと思えるブレークスルー。その機微に気付く感覚こそが、何よりも大切なのです」
「1から100」へ広げる力への敬意
同時に、暦本氏は研究者としての謙虚な視点も忘れない。自身の研究が「0から1」だったとしても、それをiPhoneやくiPadとして昇華させ、数千万、数億の人々に届けたAppleの「1から100」の力を高く評価する。
「私の研究が、人々が日常的に使う技術に寄与できたことは非常に喜ばしいことです。ただ、0から1だけでなく、それを世界に広げる力こそが人類を進歩させるとも考えています」
だからこそ、今まさに現場で試行錯誤するエンジニアに伝えたい。先人の偉大な研究であっても、よく観察すれば必ず不自然な点は残っている。その隙間を見つけ出し、未来のスタンダードを実装するチャンスは、常に開かれているのだ。
エンゲルバートが描いた「壮大なプロジェクト」
暦本氏はここで、マウスの父として知られるダグラス・エンゲルバート氏が1962年に記した論文を引き合いに出した。マウスの発明者として知られる彼だが、実はマウスそのものを主役に据えていたわけではなかったという。
「エンゲルバート先生たちは、マウスというデバイスそのものを作ろうとしたのではありません。彼らが目指したのは、人間の知能を増幅させるための壮大なシステムでした。今の私たちが手にしているのは、その巨大な構想のほんの一部に過ぎない。だからこそ、まだ改善の余地はいくらでもあるんです」
「彼の図解にはマウスやウィンドウの話は登場せず、左側に人間、右側にアーティファクト(AIやコンピューター)、そしてその外側にリアルワールドが描かれている。この情報の流れを円滑に調整することこそがインターフェースの本質であると説いているわけです」(暦本氏)
ウィンドウやマウスはあくまで手段。主役は「人間の知能の拡張」にある。AIが民主化され、誰もがある程度のコードを書けるようになった今こそ、エンジニアは「道具の改良」という細部から一度目を離し、この壮大なビジョンに立ち返るべきではないか。
「効率」の先にある「主体性」を設計する
では、AIが人間の能力を軽々と追い越していくこれからの10年、エンジニアは一体「何」を作るべきなのか。暦本氏は、私たちが立ち戻るべき四つのパラダイムシフトを提示した。
1.インテグレーション(統合):コンピュータを「外にある道具」として操作する時代を終え、いかに人間と一体化させ、身体の一部にするか。
2.インダイレクトな制御:全てを人間が直接いじるのではなく、AIという自律的な存在を「信頼して委ねる」という新しい操作感覚をどう設計するか。
3.拡張された主体性:AIの提案に流されるのではなく、自分の思考とAIの処理が溶け合い、あくまで「自分が決めている」という実感を生み出せるか。
4.エフィカシー(自己効力感):効率化の追求で人間の役割や喜びを奪うのではなく、テクノロジーによってむしろ「自分でできる」「自分はもっとできる」という感覚や誇りをいかに増幅させるか。
「機能や効率の裏側に、人間の喜びや主体性をいかに実装し続けるか」
暦本氏が最終講義で伝えたこの問いは、これからの開発現場において、これからの開発現場に立つすべてのエンジニアが向き合うべき道しるべにもなるのではないだろうか。
こうした「まだ誰も見たことがない自然な未来」を構想し、形にしていくこと。その重要性を示すために、暦本氏が最後に引用したのが、SF作家ウィリアム・ギブソンの有名な格言だった。
「未来はすでにここにある。ただ、均等に行き渡っていないだけだ(The future is already here – it’s just not evenly distributed.)」
この言葉は、「未来の種(プロトタイプ)は、世界のどこかにすでに存在している。ただ、まだ一部の場所や人にしか届いておらず、社会の『当たり前』になっていないだけだ」という現実を射抜いている。
暦本氏が研究してきたマルチタッチも、20年以上前にはラボの中に「すでに存在していた未来」だった。それが今、スマートフォンとして世界中に「均等に行き渡った」ことで、私たちの生活は劇的に変わったのだ。
均等に行き渡っていない未来を、形にする役割
今、私たちの目の前にあるAIや人間拡張の技術も、同じだ。一部のエンジニアや研究者の手元には、すでに「未来」のプロトタイプがある。しかし、今はまだ使いにくいものだったり、高価だったり、あるいは特定の誰かの主体性を奪うものだったりすれば、それは幸福な未来として社会に浸透することはない。
その「均等に行き渡っていない未来」を拾い上げ、誰にとっても自然で、かつ人間の喜びを増幅させる形へと実装し、実社会の「当たり前」へと変えていく。この実装のプロセスこそが、これからの10年、エンジニアが担うべき仕事の本質となるはずだ。
最後に暦本氏は、共に歩んできた人々への謝辞を口にした。
「これまで共に歩んできた学生諸君、そしてスタッフの皆さんに感謝したい。この場があったからこそ、多くの才能に出会えた。本当にありがとうございました」
撮影/桑原美樹 編集/玉城智子(編集部)
RELATED関連記事
JOB BOARD編集部オススメ求人特集
RANKING人気記事ランキング
孫正義に未来を宣言した20代の野心。「No.1」を譲らない木口佳南を突き動かす原動力
「休める仕組み」が強い開発チームを作る。主力エンジニアの3カ月育休を支える“失敗を許容する”空気感
南場智子「ますます“速さ”が命題に」DeNA AI Day2026全文書き起こし
AWS認定資格12種類を一覧で解説! 難易度や費用、おすすめの学習方法も
「転職エージェントに頼めば安心」はもう古い? 転職市場から“ちょうどいい会社”が消滅しつつある理由
タグ