あなたはAIが薦める“運命の人”を受け入れられる?東大生が考えた『人工知能コン』から恋愛を科学する
情報収集はもっぱらニュースキュレーションアプリ。買い物ではECサイトの薦めるままに、今日も商品購入ボタンをポチッと押す……。そんな日常が当たり前のようになった時代だ。シンギュラリティーが訪れると言われる「2045年」を持ち出すまでもなく、人工知能は日に日に存在感を増している。
では、そんな人工知能があなたにピッタリの「運命の人」を推奨してくれるとしたら、あなたはそれを受け入れられるだろうか?
東京大学工学部4年の現役学生・海鋒健太氏が代表取締役を務めるスタートアップChotchyは、上記のような問いに答えを出すべく、その名もずばり『人工知能コン』というまったく新しいイベントを立ち上げた。
『人工知能コン』とは端的に言えば、男女のカップリングパーティーに複雑ネットワーク理論に基づいたマッチングシステムを持ち込むことで、カップル成立の確率向上を目指すというものだ。
過去2度の開催には、各回とも20~30代の男女約30人ずつが参加し、1回目は6組、2回目は8組のカップルが成立したという。男女とも、参加者の4人に1人以上が恋人を作ってイベントを後にしたことになる。
「実りの少ない合コンをどうにか効率化できないか」
アイデアの出発点は、海鋒氏ら東大工学部生の切実な恋愛事情にあった。
「東大、特に工学部にはほとんど女性がおらず、男ばかりで群れている毎日を過ごしていました。だから合コンのような場に行くわけですが、お互いに出会いを求めているはずなのに、自己紹介に多くの時間を費やしてしまったり、共通の話題にたどり着かなかったりで、なかなか深い関係にならない。仲間内でも、このままでは行くだけ無駄だという結論に達しました」
そうした歯がゆさは、男女の出会いの場に限ったことではなかった。
スタートアップ界隈のイベントに参加しても、誰が今後のビジネスにつながる人かは外見からは判断できない。有益な出会いを持ち帰れるかどうかを確率論にゆだねねばならない現状に、不満は募った。
一方で、“本業”の学業では複雑ネットワークについて学んでいた海鋒氏。複雑ネットワークとは、例えばTwitterのフォロー、フォロワーの関係のように人同士の関係を矢印でつなぎ、その関係性から新たな知を抽出するというものだ。
「このテクノロジーをリアルなイベントに持ち込めば、新たなスタンダードを築けるのではないかと考えました。現状のイベントはどれもアナログ過ぎる。せっかくみんながスマホを持っているのだから、使わない手はないだろう、と」
意中の人を決めるメンタルプロセスをモデル化
『人工知能コン』の流れを簡単に説明するなら、次のようなものになる。
参加者は事前にプロフィールをフォームに入力し、さまざまな「好み」に関するアンケートに回答。イベント開始時の席順は、このアンケートに基づいて、興味・関心のベクトルの近い人同士が近くに座るように設定される。
イベント中、参加者は相手の名札に書いてあるIDをスマホに入力して「検索」することで、相手のプロフィールを見て共通の話題を探すことができ、気に入った相手は何人でも「お気に入り」に入れることができる。イベントの折り返し時点と終了時に、その中から1人だけに投票し、両思いになった人同士だけがカップル成立となる。
ポイントは、イベント前半で各参加者が行う「検索」、「お気に入り」、「中間投票」という3つのログから3つのネットワークを作り、それぞれに重み付けをした上で1つのネットワークに圧縮。そこから導き出された、最もカップルになる確率が高いと思われる3人を推奨することで、「最終投票」の参考にしてもらうという仕組みだ。
「検索・お気に入り・中間投票」はそれぞれ、海鋒氏が考える、人が意中の人を決めるまでの3つのメンタルプロセス「認知・興味・好意」に対応するものとなっている。
モテる人がカップルになるとは限らない
「『お気に入り』する人数は参加者によって違うので、話は単純ではありません。裏側ではそれぞれの『モテ度』を独自のアルゴリズムで計算、順位付けしており、両思いでない場合はよりランクの近い相手を推奨するなど、細かいスコアリングをいくつも行って、最適な3人を算出するようにしています」
過去2回の開催で記録したマッチング率の高さも、自身の想定を上回るものだったが、結果の分析から導き出された新たな発見もあったという。
「一番の発見は、モテる人が必ずしもマッチングしやすいとは限らないということです。むしろ、カップルが成立した人の多くは、被投票者数が1人だけという“人気のない”人。1人とじっくりしゃべった人の方が成功しやすいというのは、割と有意な結果として表れています。男性はいろいろな人に声をかけがちですが、未練を断ち切って1人に絞れば成功しやすいということが言えるかもしれません」
海鋒氏の同級生で、4年間恋人のいなかった男性が『人工知能コン』でマッチングに成功したことは、その象徴的な例だったという。
「彼に恋人ができたことは驚きでしたが、すごく感謝されたので、こちらとしてもすごくうれしい気持ちになりました。せっかくだから参加者には皆、ハッピーになって帰ってもらいたい。KPIはマッチング率に置いているので、数%でも上げられるように今後もチューニングを重ねていきたいと思っています」
理想の社会を作る手段としての人工知能
現在のところ、Chotchyはディレクターとデザイナー、海鋒氏の3人の会社で、開発自体は海鋒氏が2人で行っている。
その海鋒氏、実はプログラミングを始めたのは大学2年の夏になってから。入学時は文科Ⅱ類で、3年進学時の振り分け制度で工学部の門をたたいた。
「できるだけいろいろな領域を勉強しようと本を読んでいるうちに、数理モデルを使って社会問題を解くことに興味を持ったのが、転向のきっかけでした。Javaから始めて、次第にモノづくりの面白さに目覚め、それからはいろんな言語に手を出すようになりました」
3年夏ごろから、フリーランスのエンジニアとしてWebサイト制作の受託仕事を手掛けるようになり、組織化、自社サービスへと興味が広がったことから、Chotchy立ち上げに至った。
エンジニアとしてスタートを切ったばかりの海鋒氏だからこそ、複雑ネットワーク理論のビジネス活用の現状には不満があるという。
「FacebookのエッジランクとかTwitterとか、この分野には有名なアルゴリズムがありますが、そのいずれもがアメリカのサービス。日本では、複雑ネットワークが身近なサービスに活かされている例が少ない。アメリカには大学の研究所が起業し、そのままGoogleのような大企業に買収されることがよくあります。日本で人工知能市場が広がるとしたら、研究者がもっとスタートアップへと流れて来ないと厳しいと思います」
自分が作った『人工知能コン』のアルゴリズムにしても、複雑ネットワーク理論を勉強した人の手によってもっと早くに作られていておかしくないもの、と海鋒氏は言う。
「僕はエンジニアといっても技術に突き動かされるギークのような存在ではありません。こういう社会があったらいいな、というイメージに対するソリューションとして技術を使っている。知識を持った人がもっとこっちに流れて、技術と想像力の両方をプロダクトに流し込む動きが活発になったらいいと思っています」
あらゆる「出会い」をHackする
過去2回はベータ版としての開催だったが、3月末には正式版としてリリースできる見込み。イベント会社と組んで運営も強化し、本格運用していく。
「あらゆる出会いをHackする」ことこそが、海鋒氏の描く未来だ。
「イベント自体を楽しくするという意味では、例えばIoT的なデバイスを使うことで、握手するだけで連絡先を交換できたり、自撮り棒で2ショット写真を撮ったら顔認証で交換するといったことも可能。身体的なコミュニケーションで関係を結ぶような取り組みにも挑戦していきたい」と海鋒氏。
ゆくゆくは、ユーザー同士の類似性を示す係数などを利用した、商談や営業などのビジネスシーンで役立つシステムの開発も見据えている。
人との対比で語られ、警戒されることも多い人工知能だが、人と人とをつなぐ人工知能になら、素直に身を預けてみたいと考える人も少なくないのではないだろうか。
取材・文・撮影/鈴木陸夫(編集部)
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