「みんなジョブズに騙されている」増井俊之教授が進歩の止まったコンピュータのUIを問い直す【TechLIONレポ】
コンピュータはこの30年、まったく進歩していない――。
有名エンジニアによるトークライブの場としてすっかりおなじみになった『TechLION』の壇上で、慶應大学環境情報学部の増井俊之教授は業界の現状を憂えた。
2014年9月に開催された『vol.18』のテーマは「モノづくり」。小惑星探査機『はやぶさ』プロジェクトチームの一員としても知られる会津大の寺薗淳也准教授、面白法人カヤックから独立しフリーのエンジニア/クリエイティブ・ディレクターとして活躍中の瀬尾浩二郎氏とともに、UI研究の第一人者、増井教授は登壇した。
時々刻々と性能が上がっているように見えるコンピュータ(編集部注:増井氏の発言では「計算機」)が、30年にわたってまったく進歩していないと指摘する増井氏の真意とは? 『全世界インターフェース』と題された講演の中で、増井氏が開発者たちに向けて行った問題提起の内容をレポートする。
「計算機とはこういうものだ」と思い込んでいないか?
昔は計算機と言えば、私たちのような専門家だけが使っていましたが、現在は普通の人が利用しています。将来的には、“弱者”に分類されるような人たちがメーンターゲットになるでしょう。
ここで言う“弱者”とは、例えば、あまり記憶ができないような人を指します。眼鏡をかけるのが、目のあまり見えない人であるのと同じことです。
使い方がこれほど変わっているのに、計算機自体の方はまったくと言っていいほど変わっていません。カバーを被せて見た目は変えてありますが、基本的には20年前のUNIXのままです。
私自身の開発環境も、1976年にIntelの8008というチップを買って自作の計算機を作ってから、90年にNeXTStationを導入するまで14年かけて進歩してきましたが、そこから先の約25年はほとんど変わっていないと言っていい。
それでも、私たちの世代は、計算機が時間をかけて進歩してきたことを知っているからいいですが、生まれた時にすでにインターネットやWindows 95があった今の学生からすれば、生まれて以降、何も変わっていないことになるのです。そのため、「計算機とはこういうものだ」と思い込んでいる疑惑がある。
つまり、計算機が長い期間変わっていないという現状を憂うことすらしていないことに、さらなる問題があるのです。
絵を買いたいだけの人に画材を買わせているようなもの
かつて開発した携帯電話の予測入力はもともと、ホーキング博士のような障害者向けのものでした。それを一般の人が喜んで使うようになったのです。
対して今の計算機は、開発者が自分が使いたくて作ったものを、“弱者”も含めて全員に使わせようとしている。それは例えて言えば、絵を買いたいと言っている人に画材を買わせているようなものです。
一般の人は、すばらしい絵を見たいのであって、絵が描きたいわけではない。
普通に使えているように見える人であっても、やりたいことと操作が一致していない問題があると思っています。映画を見るのにも、いらないファイルを消すのにも、使う人に考えることを要求します。そして、それができない人はコンピュータのリテラシーがないとされてしまう。本来、そういったことは考えることなくできて然るべきです。
計算機は将来的にユビキタス、ユニバーサルであるのが良いとされていますが、どこでも使える(ユビキタス)ようにはなっていないし、誰もが使える(ユニバーサル)ようにもなっていないのが現状です。
シンプルでもないし、知的生産にも向いていないスマホ
スマホも同じで、今流行っているのはジョブズに騙されているだけです(笑)。
昔はPalmなどで知的生産をしていましたが、今のスマホはメモも書けないし、絵も描けない。つまり、知的生産に向いていません。できるのは流れてきたものを見るだけ。パチンコと何ら変わらない時間潰しのツールになっています。
かつて「スマホを使ってる奴の年収は低い」という記事が出回りましたが、残念ながらそれは本当でしょう。
一方で、やりたいことがすぐにできないのはPCと同じです。映画を見るのにもアプリを起動するのか、動画ファイルを捜すのかを考えないといけない。電子書籍もそうで、もともとWebに落ちていたものか、Amazonで購入したものなのかを思い出さないといけない。なぜそんなことを考える必要があるんでしょうか。
つまり、知的活動にも使えないし、受動的な人たちにとっても、やりたいことがすぐにできないという、非常に中途半端なものになってしまっている。ですから、いっそ2極分化して、知的生産向きのスマホを別に作るのはどうでしょうか。
足りないのは「長屋」で生きるためのアイデア
では、30年変わっていないものを変えるためにはどうすればいいのか。計算機の進化を見ていくと、スイッチがどんどん減っているのに、逆にやれることは増えているということに気付きます。
そこで、「長屋コンピューティング」について考えてみたいと思います。長屋はすごく狭いので、おそらく住みたいという人はいないでしょう。でも、仮にWi-Fiが完備していて、障子が大型スクリーンになり、あちこちのセンサでKB入力できて、自動冷暖房と充実した電子書籍ライブラリがあったらどうでしょうか。1週間くらいなら住んでもいいという人が現れるんではないでしょうか。
でも、そんな設備はどこにでもありますよね? ないのは、こういうところでどう生きていけばいいかというアイデアの方です。小さなコンピュータやセンサはいくらでもあるけれど、それをうまく使う方法が分かっていないのが問題なんです。
使い方のアイデア、発想があれば、それは「発明」になります。とにかく今の計算機は使いにくく、改善の余地があります。心を入れ替えて、そもそものところから考え直していくべきではないでしょうか。
2014年11/25開催の『TechLION vol.19』出演者・開催概要はコチラ
取材・文/鈴木陸夫(編集部)
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