自動車開発の最先端を行くF1を長年追い続けてきたジャーナリスト世良耕太氏が、これからのクルマのあり方や そこで働くエンジニアの「ネクストモデル」を語る。 ハイブリッド、電気自動車と進む革新の先にある次世代のクルマづくりと、そこでサバイブできる技術屋の姿とは?
日産『ノート』は、日本の悪しき「排気量神話」に終止符を打てるか!?【世良耕太】
日産自動車は7月16日、横浜大さん橋でワールドプレミアイベントを開き、新型グローバルコンパクトカーとなる(つまり、世界各地で販売する)新型ノート(2代目)を発表した。
初代ノートが登場したのは2005年のことだから、7年ぶりのモデルチェンジである。ノートはこれまで世界累計で94万台を販売したという。9月に発売される日本向けの新型ノートは日産自動車九州で生産される。2013年に発売予定の欧州向けはイギリス・サザーランド工場で生産する計画だ。
筆者が注目したのは、エンジンのラインアップだ。初代ノートは排気量1.5Lの直列4気筒エンジンを搭載していた(2008年に1.6L仕様を追加)が、新型は排気量1.2Lの直列3気筒エンジンのみを搭載する。
エンジンの排気量は最高出力=パワーと比例するというのが、通説だ。いや、「だった」と過去形にして言いたいところだが、多くの人々(エンドユーザーに限らない。詳細は後述)がいまだにそう思い込んでいるフシがある。
ノートは初代から2代目に進化するにあたって2割も排気量が減っている。通説に則れば、パワーも2割相当減ることになり、「そんなんじゃ走らないだろう」という疑念が湧く。本当にそうだろうか。
F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)(@serakota)
モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立し、モータースポーツを中心に取材を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(エムオン・エンタテインメント)、『オートスポーツ』(イデア)。近編著に『F1のテクノロジー4』(三栄書房/1680円)、オーディオブック『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など。ブログ『世良耕太のときどきF1その他いろいろな日々』
変速機などを駆使して、排気量が減っても走りの良さを維持
エンジンは、燃焼室に吸い込んだ空気に見合った分の燃料しか燃やすことはできない。排気量が1.5Lということは、燃焼室の容積は4気筒分合わせて1500ccであることを意味する。1500ccの空気を使って燃料を効率良く燃やすには限界がある。重量比で言うと、燃料1gが過不足なく燃焼する空気の量は14.6gだ。燃料の比率を高めれば出力は高まるが、効率が悪くなる。燃費は悪化するということだ。
排気量を1.5Lから1.2Lにしたら、効率良く燃やせる燃料は2割減り、単純に考えて出力は2割減る。ところが新型ノートの場合、効率の高い変速機を組み合わせるなどして出力の低下分を補い、排気量が2割減っても走りに不満が出ない程度の性能は確保した(と、期待したい。まだ乗っていないので)。
それだけではない。新型ノートには隠し球がある。隠し球だがホントは見せびらかして自慢し、多くの人に買ってもらいたい。そうすれば、排気量が大きい=出力が大きくて、よく走る。
それに、数字が大きい方が立派で世間体も良いという、クルマがステイタスシンボルだった時代に生まれた「排気量は大きい方がエライ」という非論理的な考えをくつがえすことができる。
「大きくて効率が悪い」クルマを選ぶのは野暮な時代に
1970年にデビューした2代目日産サニーは、「隣のクルマが小さく見えます」の宣伝コピーで登場した。物理的な大きさを指して言ったのではなく、エンジンの排気量について言ったのである。
新型サニーの排気量は1.2Lだったのに対し、ライバル視していたトヨタ・カローラは1.1Lだったのだ。その4年前、1.1Lエンジンを引っ提げて登場した初代トヨタ・カローラは、「プラス100ccの余裕」という広告コピーを掲げた。1Lエンジンを搭載していた初代日産サニーに対する排気量上の「余裕」をアピールしたのである。
時代は変わり、クルマは排気量の小ささを自慢するようになった。小さくて効率が高いモノを選ぶのがスマート。大きくて効率が悪いモノを選ぶのは野暮、というわけだ。ヨーロッパではすでに5~6年前から定着しているこのトレンドは、日本のマーケットにも定着するだろうか。
排気量が小さくても大きな排気量並みに良く走る秘密は過給機だ。過給機はターボチャージャーとスーパーチャージャーに大別できる。ターボと縮めて呼ばれることの多いこの過給機は、排気ガスのエネルギーを利用してタービン/コンプレッサーを高速回転させ、燃焼室に取り込む空気を圧縮する。
圧縮して送り込むので、排気量が1.2Lだとしても、吸い込む吸気量は過給の度合いによって1.5Lにも1.8Lにもなる。見かけは排気量1.2Lのエンジンだが、実質的にはそれより大きな排気量のエンジンとして機能するということだ。
スーパーチャージャーはエンジンの動力の一部を利用してコンプレッサーを回転させ、やはり吸気を圧縮して燃焼室に送り込む。一般的に、スーパーチャージャーはターボに比べてレスポンスに優れる(アクセルペダルを踏み込んでから、力が出るまでのタイムラグが小さい)のが特徴で、日産はその特徴を好み、スーパーチャージャーを選択した。ノートのスーパーチャージャー版は、1.2Lの排気量ながら1.5L相当の力強さを発揮する設計だ。
過給ダウンサイジングがいよいよ「排気量神話」を打ち崩す
過給機付きエンジンは燃費が悪いというのが定説だった。これは排気量神話と違って根拠があり、かつては実際にそうだった。
筒内直接噴射(直噴)や可変バルブタイミング&リフト機構などの制御技術が現代ほど発達していなかったので、過給することによって負荷が高まり、熱くなった燃焼室やターボに対し、燃料の気化潜熱を利用して冷やしていたのである。燃料を出力目的ではなく冷却目的に使っていたので、その分、燃費が悪化した。
制御技術が発達した現代のエンジンは、無駄な燃料を使わず、効率の高い運転をする。過給機の付いていないエンジンは回転の上昇に伴って力が出る特徴を有するが、過給機付きエンジンは過給機で空気を燃焼室に押し込むので、低い回転域から力が出る。だから、エンジンを高回転まで回す必要がなく、摩擦損失(は回転数に比例して増える)の小さな領域で運転でき、効率が良い。
新型ノートは1.2Lの過給機なし(すなわち自然吸気)と、1.2L過給機版をラインアップするが、前者のJC08モード燃費が22.6km/Lなのに対し、過給機版は25.2km/Lを記録する。自然吸気エンジンよりも過給機付きエンジンの方が燃費は良いわけで、これも従来の定説をくつがえす出来事だ。
簡潔にまとめると、過給機付きエンジンは小さな排気量で、大きな排気量のエンジンと同等の力を低い回転域から発生する。低回転域から力があるので、運転が楽だし、乗っていて楽しい。しかも、燃費は良い。
過給ダウンサイジングと呼ばれるこの流れはヨーロッパではすでにトレンドになっていることは過去の連載で述べたが、日本では「大きい方がエライ」という排気量神話に阻まれて浸透してこなかった。
排気量神話にとらわれていたのは実はエンドユーザーではなく、エンドユーザーがそう信じていると決めつけていた自動車会社の営業部門であったりマーケッターであったり、商品企画であったり頭の固い役員であったのではないかと勘ぐっている。
だが、ようやく日本にも本格的な過給ダウンサイジングエンジンが出てきた。マツダCX-5がディーゼルエンジン復権に向けて奮闘しているが、日産ノートは日本のマーケットに、「小さい方がスマート」という、クルマ選びの新しい価値観を植え付けるポテンシャルを秘めている。「もっと早く」の思いがなきにしもあらずだが、日本の自動車が変わりつつあるのを実感する。
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