20代文系プログラマーユニットffab0が初めての起業の地にベルリンを選んだワケ
ドイツ生まれの『Pocket Programming』は、スマートフォンで隙間時間を使ってプログラミングの学習ができるアプリ。4択のクイズ1日10問、1カ月計280問に答えていくことで、初心者でもRubyとRuby on Railsを学ぶことができる。
9月1日にローンチした日本語版のAndroidアプリは、Google Playの有料教育カテゴリで1位になった。
開発しているのは、いずれも20代の日本人プログラマー星野圭亮氏とデザイナー北國悠人氏による若手ユニットffab0(ファブゼロ)。ベルリンに拠点を構え、来年4月に予定している法人登記に向けて準備を進めている。
星野氏と北國氏はもともと高校の同級生。協力してWebサービスを作るなどしていた大学時代に将来の共同創業を約束し、その後は星野氏はガイアックス、北國氏はじげんでプログラミングやデザイン、ビジネスディベロップメントのスキルを磨いた。
星野氏は現在も引き続き社員として、じげんを退社した北國氏は業務委託としてガイアックスの仕事をしつつ、終業後や週末の限られた時間を使ってプライベートプロジェクトの開発にあたっている。Airbnbで借りたアパートで共同生活しながら、異国の地での濃密な時を過ごしている。
世界各国から起業家が集うベルリン
ここで疑問が浮かぶのは、2人がなぜ初めての起業の拠点に縁もゆかりもなかったベルリンを選んだのかということだ。
同じ海外であっても、シリコンバレーやロンドンならばすぐにイメージができるし、最近では新たな市場や人材を求めて東南アジアに進出する企業も多い。だが、日本人が起業の拠点としてベルリンを選ぶというのは、メジャーな選択とは言えないだろう。
父親の影響などからもともと起業志向が強かったという星野氏は、「せっかく立ち上げた会社やサービスが日本国内だけで終わってしまうのは嫌、という漠然とした思いがあった」と振り返る。そのため、海外に拠点を置くことは最初から決めていた。
「同じことをやるなら楽しい方がいい」と考える北國氏も、この点にはすぐ同調した。
「最初に考えたのは、やっぱりシリコンバレー。でも調べていくと、人件費や物価が高くてスモールスタートアップには現実的ではないということが分かってきました。ロンドン、イスラエル……と主要な場所を調べるうちに、行き着いたのがベルリン。経済的な条件が良かった上に、英語でのコミュニケーションが問題ないというのもポイントでした」(星野氏)
実際に来てみると、「スタートアップを取り巻く環境の良さは想像以上だった」と北國氏。彼らと同じように考える若者が欧州全土から集まり、またシリコンバレーの過度な競争に疲れた人も流れてくる。そうやって世界中から起業家やエンジニアが集うことで、コミュニティは活性化し、外国人に対しても寛容な空気が醸成されていた。
今年7月半ばに渡欧した2人が、プロダクトの開発とともに注力したのは、とにかくさまざまなイベントに顔を出すことだった。
「ベルリンでは日本と比べてもかなり頻繁にスタートアップイベントが開催されています。異国の地で事業を始めるにあたってはネットワーキングが重要になると思っていたので、こうしたイベントはもちろん、気になる企業の移転パーティがあると聞けば、自分たちからコンタクトを取って押し掛けるといったこともしました」(北國氏)
WunderlistやDelivery Heroといったドイツ発の世界でも名を知られるスタートアップともつながり、起業するにあたっての心得や、ドイツのスタートアップ事情などの情報を仕入れることができたという。
「さらに、世界各国から集う起業家たちとつながることで、日本にいたころにはなかった視点を自然と得られるということが、一番の刺激になっています」(北國氏)
生粋のプログラマーでないからこそ分かること
ffab0ではバックエンドを星野氏が、フロントエンドを北國氏が担当するが、2人はともに文系出身で、本格的にプログラミングを学ぶようになったのは、大学生活も後半に差し掛かってから。
「プログラミングはあくまで起業という目的を果たすための手段」(星野氏)というのは2人に共通するスタンスだという。
今回ローンチした『Pocket Programming』はプログラミング初心者に向けた学習アプリだが、そのコンテンツ開発にあたっては、2人がギークではないからこそ持つ感覚が活かされている。
「自分たち自身、つまずくところはひと通りつまずきつつ、ここまで書けるようになったし、じげんにいたころにインターン生や営業職の同期などにプログラミングを教える機会もありました。なかなか上達しない人を見て最初はやる気の問題だと思ってイライラしたりもしたのですが、ある時、難しい言葉を使いたがるエンジニアや、本当に初心者目線に立った学習教材が不足していることにも問題があると言うことに気付いたんです」(北國氏)
初心者でも学習が嫌にならないよう、分かりやすさにこだわって作られた日本語版『Pocket Programming』は、おおむね自分たちがイメージしていた通りにユーザーに受け入れられているという。ここで得た手応えを元に、10月1日にはグローバル版を世界同時リリースした。
現状、『Pocket Programming』はAndroid版のみ。世界で見れば圧倒的なシェアを占めるAndroidをiOSに優先して開発したのは、彼らが最初からグローバル展開を視野に入れていたことの何よりの証だ。
文化的背景を異にすることは必ずしも不利ではない
「現在の環境にすごく満足している」という2人だが、日本を出て異国の地で勝負するのには、日本にいたままであれば発生しない難しさももちろんある。
中でも最も大きいと感じているのは、現地の文化的背景が分からないという点だ。
「例えば広告一つ打つのにも、どういうフレーズが刺さるのかが分からない。現状は時間も限られていますから、ユーザーテストを行うこともできません。イベントに足繁く通っているのには、オフラインでも情報を収集して、そうした不利を克服するという意味もあります」(北國氏)
ただ、分からないことは必ずしも不利に働くことばかりではないとも2人は言う。
「日本では無意識的にできることも一つ一つ意識して行うことになりますから、先入観や常識にとらわれることなく『僕らならこうする』という判断ができるのは、むしろメリットだと思っています」(星野氏)
加えて、グローバルに展開することを考えれば、どのみち全ての国でユーザーテストを行うのは資源の限られたスタートでは難しい。出してみて反応を見るという今のやり方は、将来的にも決して悪い方法ではないのではないかというのが2人の考えだ。
なぜ日本からグローバルなプロダクトは生まれてこなかったのか
「ドイツで活動していてつくづく思うのは、日本は世界的に見て非常に特殊な環境にあったということです」と北國氏。その象徴的な例として挙げたのは、日欧のスマートフォンの接触時間の違いだ。
「日本であれば、電車ではほとんどの人がスマホを見ているし、レストランで食事をする際、友人と一緒であってもお互いにスマホをいじりながらという光景をよく見かけます。一方のドイツ人は、友人とのコミュニケーションを重視するため、食事中にスマホをいじるなんてあり得ない。接触時間は日本の半分程度に過ぎないと思います」(北國氏)
こうした違いは、日本のプロダクトがなかなか世界で通用していないこととも深く関係していそうだと北國氏は続ける。特殊な条件下にある日本で成功したとしても、そのまま世界に横展開するのが難しいからだ。
「日本にいたころからさまざまな起業家の方の講演を聞いてきましたが、日本を主軸に世界へ、と謳う会社が少なくない。そのやり方だとなかなか難しいのではないかなというのが僕の考えです」(北國氏)
星野氏も「結局、日本企業の多くは100%本気でグローバルを穫りに行っていないのではないか」と北國氏の見方に賛同する。
「日本の国内市場は世界的に見れば十分魅力的なので、グローバルに注いでいる力はせいぜい30%程度というスタンスの会社が多いと感じます。それでは勝てないのも当たり前ではないでしょうか。Wunderlistはベルリンに拠点を置きながら、最初に出したプロダクトはベルリンに向けたものではありませんでした。ここでは『リリースする=海外展開』ということが当たり前になっている。そこに日本との違いを実感しています」(星野氏)
逆に言えば、日本と海外との違いは本気度の差だけ、というのが2人の見立て。「今後数年もすれば僕らのように日本からベルリンに渡って起業する例も増え、そうすれば日本人が作ったものが普通に世界で使われるようになっていくのではないか」と星野氏は言う。
あらためて、彼らが世界で勝負しなければならない理由
現在は『Pocket Programming』に注力しているffab0だが、11月までに一端、区切りをつける予定でいる。起業するにあたってメインのプロダクトに本当にふさわしいのかをそこで判断し、必要とあれば別のプロダクトに切り替えることも辞さないのだという。
そうして来年4月にスタートラインに立つことができたならば、ffab0がその先に目指すのは「選択肢の創出」だ。
「人間が幸せかどうかは選択肢がどれだけあるかにかかっていると思っています。生きるか死ぬかしか選択肢のない人に、食べ物をちゃんと食べられる選択肢や、学校に行ける選択肢があれば、今よりもっと幸せになれる。僕らはサービスを通じて、こうした選択肢を増やすようなことに取り組んでいけたらいいと考えています」(星野氏)
『Pocket Programming』は、これまでプログラミングを学ぶことができなかった人たちにも簡単に学べる新たな選択肢を提供するものであり、そうして学んだプログラミングスキルが、その人に人生の新たな選択肢をもたらすと見ることもできるだろう。「将来的にはより根源的な価値として、バイオテックや医療の分野にも手を伸ばしていきたい」と星野氏は語る。
ただ、こうした観点からすると、生きるか死ぬかという状況がそう多くないであろう現代の日本は、世界と比べてすでに選択肢にあふれていると言えるかもしれない。ここに、彼らが世界で勝負をしなければならない明確な理由がある。
「日本でもどんどん新しいサービスが生まれていますが、そのうちのどれだけが人生を大きく左右しているかと考えると、疑問の余地も残ります。しかし世界に目を向ければ、根源的な選択肢を求めている人たちがまだまだ山ほどいる。やるべきことは少なくないと感じているんです」(北國氏)
取材・文/鈴木陸夫(編集部) 画像提供/ffab0
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