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3つの顔を持つ女・玉城絵美が感覚共有技術で切り拓く「働き方の未来」まであと7年

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エンジニアのキャリアって何だ?

技術革新が進み、ビジネス、人材採用のボーダレス化がますます進んでいる。そんな中、エンジニアとして働き続けていくために大切なことって何だろう? これからの時代に“いいキャリア”を築くためのヒントを、エンジニアtype編集部が総力取材で探る!

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コロナ禍がきっかけとなり、多くのビジネスパーソンにとってリモートワークが当たり前のものになりつつある昨今。琉球大学教授の玉城絵美さんが見据えているのは、そのさらに「先」だ。

玉城さんが研究・開発するボディシェアリングは、重さや抵抗感などのさまざまな感覚を他者やロボットと相互に共有する技術。この技術を使えば、遠隔地にいる他者やロボットを「操作できる」だけでなく、自分の身体で行っているように「感じる」ことができる。

物理的に作用することが必要で、今はまだリモートワークが難しい職業であっても、離れた場所で働くことが可能になるという。

玉城さんは東京大学の大学院生だった2010年に、電気刺激によりヒトの手を制御するデバイス『PossessedHand』を開発。翌11年には米『TIME』誌の「The 50 Best Inventions(世界の発明50)」に選ばれた。

HCI(ヒューマン・コンピューター・インタラクション)の研究者としてのキャリアを歩む一方、12年にはH2Lを起業し、企業向けのサービス提供を開始。政府の委員会で委員も務めるなど、開発した技術の社会実装の面でも尽力している。

未来のノーベル賞受賞候補との呼び声も高い玉城さんに、今回は二つの切り口でキャリアに関する質問を行った。

一つは、研究者・起業家・専門委員という三つの顔でボディシェアリングの社会実装を目指す、玉城さん自身のキャリア選択の考え方について。もう一つは、ボディシェアリングが普及した未来でいいキャリアを築くために大切なことは何か。

二つの質問に対する答えは、最終的には同じところに帰結することになる。

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琉球大学教授 玉城 絵美さん

博士。H2L創業者。1984年沖縄県生まれ。2006年、琉球大学工学部情報工学科卒、筑波大学大学院システム情報工学研究科、東京大学大学院学際情報学府でロボットやヒューマンインターフェースの研究を行う。11年「ハンドジェスチャ入出力技術とその応用に関する研究」で東京大学・博士(学際情報学)。アメリカのディズニー・リサーチ社、東京大学大学院総合文化研究科などを経て、早稲田大学准教授。12年、東京大学大学院で暦本純一研究室に所属し、ヒューマンコンピューターインタラクションを研究していた岩崎健一郎とともに、H2Lを起業。身体そのものを「情報提示デヴァイス」にする「PossessedHand(ポゼスト・ハンド)」は11年『TIME』誌の「The 50 Best Inventions」に選出。17年、外務省WINDS(女性の理系キャリア促進のためのイニシアティブ)大使に任命。2021年4月より琉球大学教授

固有感覚の共有が人間を制約から解放する

――玉城さんが研究・開発するボディシェアリングとはどんな技術なのですか?

ロボットだったり他者だったりバーチャルのキャラクターだったりの、自分ではない身体と感覚をシェアすることで体験を共有する技術です。

身体的・時間的・空間的な制約が理由で、人間には体験できないことがあります。その制約を解放するのがボディシェアリングです。

――世界的に見て似た研究は?

知名度の高いものだと、アバターXプライズのアバタープロジェクト。他に人間拡張(ヒューマン・オーグメンテーション)やテレイグジスタンスもすごく似ていますが、ちょっと違います。

――どこが違うのでしょうか?

類似研究は、ロボット操作、工場装置操作、VRのキャラクター操作など操作がメインの技術です。指示を出すユーザーに対して操作される側はスレイブ(奴隷)と呼ばれるように、情報の動きは一方通行。これをマスター/スレイブ方式と呼びます。

対してボディシェアリングでは、ユーザーが他のボディに「こういうものを動かしたい」「こういう体験がしたい」と伝えると、ロボット・他者・バーチャルキャラクターの側から、体験に必要な固有感覚、例えば力の入れ具合や平衡感覚、位置覚などの情報が返ってきます。

こうしたフィードバックがあることで、ボディシェアリングでは臨場感をもって体験したと感じることができるのです。

InstagramにしてもfacebookにしてもYouTubeにしてもそうですが、市場が求めるインターネットサービスの多くは、自分の体験を発信し、共有するものであると言えます。

ですが、従来のサービスでシェアされていたのは、視聴覚に関する情報だけ。固有感覚までをシェアし、体験共有に特化したものはありませんでした。

――固有感覚とは?

例えば指を握り込もうとしたときに、何もなければそのまま握り込むことができますが、リンゴがあると握り込めませんよね。これが抵抗覚です。同様に、手にリンゴの重さを感じるというのが重量覚、手や指先を曲げたり伸ばしたりしているという感覚が位置覚です。

これらの固有感覚と呼ばれる感覚がないと、ものを持ったり操作したりすることはできません。ものを持つ体験を再現するのに、ツルツル、ベタベタなどの触感こそが大事だと思っている人が多いのですが、実は触感よりも前に必要になるのが、身体の深部で感じる固有感覚と呼ばれるものなんです。

われわれは、あまりにも普通過ぎて皆さんが気付いていないこういう感覚をちゃんと伝達することで、体験としてフィードバックすることに取り組んでいます。

一生に体験できることの量を限りなく増やしたい

――玉城さんはなぜボディシェアリングの研究を? この技術を通じてどんな未来をつくろうとしているのですか?

現代を生きる私たちが人生で体験できる量は、100年、200年前を生きた人と比べて明らかに増えていると思われます。

例えば江戸時代の人は、旅行に行くことがあまりなかったそう。せいぜいがお伊勢参りくらいで、それも一生に一度行ければいいくらいだったと言われています。

さらに、そうした体験を分かち合うためのテクノロジーも限られていました。お伊勢参りに行きたくても行けなかった人は、知り合いから話を聞くか、木版印刷を通じてどうにか疑似体験をする以外に方法がありませんでした。

それが今では、YouTubeやTikTok、Instagramなどを使うことで、視聴覚的にはかなりの量の体験を共有できるようになっていますよね。

――確かにそうですね。

しかし、視聴覚的な体験の共有は、あくまで人の体験を見ている感覚であり、追体験には程遠いです。視聴覚というのは受動的な感覚。自分が動いたり作用したりするわけではありませんから。

一方、固有感覚は自分から作用した時に得られる感覚です。自分が作用しない限り、遠隔にいるロボットは動きません。これまでシェアしてきた言語情報や視聴覚情報に加えて、こうした固有感覚の情報をシェアできるようになることで、人生で体験できる量は飛躍的に増えるはずです。

現状、仕事をしている普通のビジネスパーソンが旅行に行けるのって、せいぜい月に1回程度じゃないですか。でも、固有感覚を共有できるようになると、仕事終わりの平日の夜に「ちょっと行ってみますか」と言って、エジプトにあるロボットを動かして体験するといったこともできるかもしれません。

そうなると、今生きている人の何倍も人生経験が積める。人生のあり方が大きく変わってくるのではないかと思うんです。私自身はそういう未来を思って、ボディシェアリングの研究開発をしています。

――高校時代に入院した時のことが原体験にあるとも伺いました。

高校・大学時代の私は病気がちで、他の学生と比べても特に体験量が少なかったんです。時間的・身体的・空間的制約により、体験できる人とできない人がいることを、とても不平等に感じていました。

平等であるかどうかはさておき、ボディシェアリングの技術を使えば、みんなが体験したい分だけ体験することができるようになります。そういう自由な選択肢が、もっと世の中にあっていいのではないかと思っています。

――今後、いつ頃までにどれくらいのことが起きると想定していますか?

TRL(技術成熟度レベル)を基準に研究開発を進めているのですが、TRLが9に達する、つまり技術導入が進んでいくのが今年と来年で、そこからさらに5年で、皆さんの手元に提供できると考えています。

つまり、なくては困る生活必需品になるまでに、あと7年かかることになります。

場所による優位性が消え、競争は世界規模に

――思っていたよりずっと近い未来で驚きました。ボディシェアリングが本格的に普及すると、現時点ではリモートワークがしづらい職業もリモートでできるようになりますよね。玉城さんは例えばこういうインタビューを受ける際、リモートか対面かで話しやすさや話す内容に違いを感じることがありますか?

発信するメディアが文字の場合と視聴覚情報の場合とで違う気がします。言語メディアで発信される方は総じて言語能力が高く、しっかり言語に落とし込んでもらえることが多いので、テレビ会議で十分かなと思っています。

対してテレビなどの視聴覚メディアの場合は、3次元の情報を2次元で伝えることが、なかなか難しい。そのため、来ていただいた方がいいケースもあります。現状、インターネットでは視聴覚情報、しかも2次元データしか伝えられないため、情報量としてものすごく少ないんです。

――コロナ禍に進んだリモートワークに関して皆さんが感じていた難しさも、そういう情報量の乏しさに起因している?

心理学者のアルバート・メラビアンが提唱する「メラビアンの法則」をご存知でしょうか? 人間が行う対人コミュニケーションは、その大半を非言語情報が占めていて、言語情報はたった7%しかないと言われています。

こういう状況下で、例えばSlackを使ってオンラインで作業を進めようとしたら、7%の言語情報でのやりとりが得意でない人は仕事がしづらいはずです。7%の言語情報で残りの93%を表現することを意識して仕事ができていればいいのですが、93%が今まで通りに伝わっている前提でオンラインで仕事をしてしまうと、おそらくはうまくいかない。

そもそも自分がどんな時に非言語情報を使っているのかには、なかなか自分では気付きにくいです。自分は音の強弱や言い回しの強さ・弱さで仕事をしている人なのか、それともジェスチャーや表情で伝える人なのか。まずは自分のコミュニケーションの特徴を知り、それに合った仕事の仕方を探すことが大事でしょう。

コロナが良い機会とはなかなか言いづらいのですが、これを機に見つめ直すといいと思います。そうでないと、仕事はだいぶ辛くなるだろうと思います。

――ボディシェアリングの普及が進み、本当に世界中のどこにいても働けるようになった時、キャリアに対する考え方はどう変わる必要があるでしょうか? もちろん、このメディアの読者であるエンジニアは、もともとどこにいても働きやすい仕事だとは思うのですが。

良いことと悪いことがあります。まず良いこととして言えるのは、人生設計とキャリア選択の設計がしやすくなることです。

リモートワークを導入している会社には基本的には転勤がないはずですから、単身赴任などに対する不安はなくなりますよね。その分、どのタイミングで結婚をするのかとか、子どもを育てるのかといった人生設計はしやすくなる。もちろん結婚しなくたっていいんですけど。

今よりももう少し、人生について自由に考えてもよくなるのではないでしょうか。例えば、中には大学院に行きたくても行けなかったという人もいると思うのですが、これからは「30代、40代になってからでもeスクールで学べばいいや」といった気軽さを持ってもいいのではないかと。

――一方で「悪いこと」は?

悪いというか、少し気を付けた方がいいのは、グローバリゼーションが一層加速することです。

今の世の中にはまだ、場所による優位性があります。最も優位なのは、先進国の大都会に住む人たち。そこにいるだけで、途上国の田舎に住む人と比べて、自然と給与は上がるし、生活水準も高くなります。

リモートワークでどこに住んでもいいとなると、こうした場所による優位性は失われます。これまでであれば都内の人と職を取り合うレベルで済んでいたのが、もしかしたら世界中の人との競争になるかもしれません。

そういう意味では、自分のスキルをこれまで以上に計画的に磨いていく必要があるでしょう。スキルのポートフォリオをどう組むかにも、より戦略性が求められることになると思います。

T型人材にはリスクもある。「自分が戦うべきところ」を見つける方法

――そうした世界規模の競争環境では、すべての能力を平均的に伸ばそうという戦略だと、どの一点を取っても世界の誰かに負けることになる。それよりはいびつだったとしても「ここだけは120点」というものを持っていた方が生きやすくなると思うのですが、その点に関してはどうですか?

難しいところですね。というのも、一点集中の「T型人材」がいいのは確かなのですが、T型人材には環境変化への適応が難しいという欠点があります

今後起こり得る変化を先読みしてポートフォリオを組まないといけないわけですが、それは本当に難しい。その点は、私自身もどうしていいものかと悩んでいるところでして……。

――そうなんですか。先端技術を開発するような優れた研究者は内発的動機にしたがってひたすら突き進んでいるものかと思っていたので、ちょっと意外でした。競争相手に対する優位性を考えてポートフォリオを組むといったことを、玉城さんもやっていらっしゃる?

もちろんですよ!

ボディシェアリングの技術をやっていく中では、冒頭にも述べたように、どうしてもロボットを制御する機会が多いんです。そのため、私自身も琉球大学を卒業した後は、ロボットの研究が盛んな筑波大学の大学院へと進みました。

ですが実際に行ってみると、筑波大学にはロボットをやっている優秀な人が本当に多い。それを見て「だったら私はやらなくていいのかも」と思ったんです。私がやらなくても勝手に発展することが分かっていましたし、その中に飛び込んだとしても、人材としての自分の価値は上がらないと思ったので。

ボディシェアリングを実現していく上では、ロボットの制御以外にも空いているパーツがたくさんあります。だったら誰もやっていない、空いているパーツを埋めることこそが私のやるべきことだろうと。そこから、自分の将来的な技術力のポートフォリオを組み直し、研究分野もHCIへと大きく変えました。

工学系のことだけをやっていては、シェアした情報を人間がどう感じるのかまでは分かりません。そこで卒業後には、基礎心理系の研究室にちょっとだけ入れてもらって、学んだりもしました。

――固有感覚を扱うことにしたのも、そうやって基礎心理学を学んだからこそ?

そうです。感覚マップを見渡してみた時、固有感覚をやっている研究者がいなかったんです。このままではロボット制御はできないし、バーチャルキャラクターも動かせない。誰もやってくれないなら自分でやるしかないと思って。誰かがやってくれていたら、おそらくは普通に商品を買って終わっていただろうと思います。

――もう一つ、研究者としてだけでなく、起業や、政府の専門委員としても活動されているのはなぜでしょうか?

それも同じで、目指す未来の実現に向けて、足りない部分だったからです。

時代の変化を先読みし、それに合わせるというやり方も確かにあるのですが、ボディシェアリングに関しては、待っているだけではなかなか時代がついてこない。

私に限らず、これだけたくさんの研究成果が出ている中、それを国として産業化していかないといけない時に、技術の事業化はもちろん、国に直接働きかける必要があるだろうと考えました。

世の中にはいろいろな優秀な方がいます。ある意味、自分でやらなくていいところというか、戦わなくていいことは他の方にお任せし、自分が本当に戦うべきところを探してポートフォリオを組むことがとても大切ではないかと思います。

――その「自分が戦うべきところ」はどうやって見つけたらいいですか?

研究者なら必ず知っている考え方ですが、ノベルティ、再現性、社会的寄与の3点で自分のやるべきことを探すというのは、どんな仕事に就く人にも有効ではないかと思います。誰もやってないことかどうか。1回切りでなく再現性があるかどうか。そして、社会に寄与するものであるかどうか、です。

最後の社会的な寄与には、自分に対してのコントリビューションも含まれます。それがないと、モチベーションが続きませんから。

私自身の今後としても、ビジョンの実現のために研究に邁進していくのは当然として、世の中が求める「これを仕事にしてほしい」という体験と、私が「これをやりたい」という体験、その中間値を探していけたらと思っています。そうやって死ぬまでに、いい感じに苦労したり満足感を得たりする体験をたくさん積み重ねていけたら、それはいい人生だったと言えるのではないでしょうか。

取材・文/鈴木陸夫 

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