株式会社サイバーエージェント AI Lab 主任研究員/馬場 惇さん
2014年に京都大学情報学研究科を修了後、新卒でサイバーエージェントへ入社。 広告事業部初の研究開発組織の立ち上げ後、17年までDSP事業におけるロジック開発責任者を務め、 現在はAI Labの接客対話グループのリーダーとして石黒研究室との産学連携を担当。 大阪大学基礎工学研究科 招聘研究員
新型コロナウイルス感染拡大の影響で対面でのコミュニケーションが取りづらくなった今、遠隔操作型ロボットや対話ロボットへの期待が高まっている。ロボットが生活に溶け込む未来は、近いうちにやってくるのだろうか?
2021年7月〜11月にかけて開催しているオンラインカンファレンス『BIT VALLEY 2021』の第一回目、「#01 Local × Startup『街とStartup』」の中で、「実証実験を通して描く、街で活躍する対話ロボットの未来予想図」のセッションが実施された。
株式会社サイバーエージェントの研究開発組織「AI Lab」の主任研究員である馬場 惇さんが、4年間にわたる「対話ロボット」の実証実験を踏まえ、現状の課題と未来予想図を語った。活躍が期待される「対話ロボット」の可能性とはーー。
株式会社サイバーエージェント AI Lab 主任研究員/馬場 惇さん
2014年に京都大学情報学研究科を修了後、新卒でサイバーエージェントへ入社。 広告事業部初の研究開発組織の立ち上げ後、17年までDSP事業におけるロジック開発責任者を務め、 現在はAI Labの接客対話グループのリーダーとして石黒研究室との産学連携を担当。 大阪大学基礎工学研究科 招聘研究員
弊社の「AI Lab」は、広告クリエイティブの自動生成や広告の因果効果の分析、自動対話技術など、幅広くチャレンジングな研究をする組織です。大阪大学や理化学研究所など、多数の大学や学術機関と連携しながら実証実験を行い、論文も発表しています。
僕は2017年から「対話ロボット」の研究に従事しており、これまでに全19フィールド、26の実証実験を実施してきました。弊社が対話ロボット研究をする背景には、「スマートフォンが普及した先に、どんなマーケティング媒体が次に来るのか」という問いがあります。その一つとして、ロボットを含む対話ができる存在が、マーケティングや店舗運営支援のソリューションになるのではと想定し、研究開発を進めています。
実証実験では、ソフトバンクが開発したPepper(ペッパー)くんのような自律型対話ロボットを使って商業施設でのユーザーへの声掛けやビジネスホテルでの顧客サポートをしたり、人間が遠隔で操作する遠隔対話型ロボットを保育園やミュージアムに導入して、利用者をサポートしたり。街中のあらゆるシーンで、対話ロボットの活躍を模索しています。
この研究開発は、大阪大学の石黒浩教授が率いる石黒研究室と共同で進めています。石黒教授は、ロボット研究の第一人者といわれていて、マツコ・デラックスさんそっくりの『マツコロイド』や黒柳徹子さんのアンドロイド『totto』など、人間と瓜二つのロボットの開発で有名です。
彼らが研究しているテーマ「人間とは何か」に関する知見と弊社のマーケティングの知見を掛け合わせる目的で、2017年に大阪大学内に「先端知能システム共同研究講座」を創設。共にロボットの可能性を研究しています。
僕らが4年間の実証実験を経て感じているのは、対話ロボットが街中で活躍するには、「価値とコストの関係性こそが重要である」ということ。ロボット活用を進めている一部の界隈では、この意識が薄れている感覚があるのですが、最終的に行き着くところは「価値とコスト」のバランスだと思います。
あらかじめ定義を確認しておくと、価値は「増加できる売上、あるいは削減できるコスト」。コストは「ロボット導入の初期コスト、ランニングコスト・人件費」と捉えます。
これまでの導入事例を見ても、例えばロボットを導入したことで人件費が削減されればそのロボットは使われ続けますが、削減されなければいずれ他のシステムに置き換わっていきます。ただこの場合、人件費を抑える以外にも、サービス利用料や商品価格を上げるという価値の出し方もできますよね。
いずれにしろ、価値がコストを上回っている(価値>コスト)関係性が成立しなければ、ロボットの活用は長続きしないでしょう。僕らもロボット関係のスタートアップも、この関係性を満たそうとしていますが、非常に難しいのが現状です。
では、なぜ「価値>コスト」の関係を成立させるのが難しいのか。自律型対話ロボット、遠隔対話ロボットそれぞれに課題があります。
まず、自律型対話ロボットは、深層学習等の技術を使って周囲の状況を認識し、自律的に動作を決定し実行するのが特性。近年は深層学習の進化により、音声認識をはじめとした多様なシステムの制御などの精度が上がり、かなり人間に近い機能を提供できるまでになっています。ただし、街中で動かす場合、能力の発揮を妨げる課題が存在します。
その一つが、店舗内の施設や環境によって認識能力が著しく下がること。例えば、館内アナウンスやBGM、風の音、ユーザーが話し掛ける位置や角度などが、認識に影響を与えてしまいます。音声そのものの認識だけでなく、「ユーザーの発話が終わったかどうか」の判定も難しくなり、ロボットがいつ話すべきかを判断できません。さらに周囲が騒がしいと、ロボットが話した音声も聞き取れなくなる。つまり、音声のインプットとアウトプットの両方が劣悪になってしまいます。
これは、以前スーパーマーケットで実施した実証実験の映像です。館内アナウンスに遮られ、顧客とロボットの会話は、ほとんど聞き取れない状態。そして、館内アナウンスが終わるとBGMが流れ始めます。普段あまり意識しないと思いますが、館内アナウンスやBGMの音量って、非常に大きな音なんです。
その他には、施設内のネットワーク環境が整っていない課題も。WiFiがあっても、位置が2メートルほどズレるだけで一気に電波の入りが変わると感じていて、設置する場所ごとに電波の測定をしないとうまくいきません。音声認識だけでなく、ロボットの発話にも悪影響があり、2秒以上反応が遅延するとユーザーの評価が悪化します。
さらに、設置する施設によって必要な知識、話し方、会話戦略が大きく異るため、それぞれの場所で対話能力を上げるのが、非常に困難です。幼稚園等のサポートなら、やさしい言葉で会話の流れもそこまで複雑ではありませんが、商業施設やホテルでは、丁寧な対応や質問応答などが複雑になる。結果的に、自律型対話ロボットは「コストは抑えやすいが価値が出しづらい」のがネックになります。
一方、遠隔にいるオペレーターがロボットを操作し、現地にいる相手と会話をする遠隔操作ロボットは、オペレーターの対話・認識能力が高いため、高精度の会話が成り立ちます。ロボットの姿ながら人間同士の会話ということで、顧客が喜んでくれたり、対話が継続して商品販売につながったりした事例も。オペレーターの学習・記憶能力も利用できるため、施設ごとに知識や対話戦略が変わっても、オペレーターがそれを学び転用できる利点もあります。
これは、パン屋で遠隔操作ロボットを利用して販売促進した実験の映像です。通常の2倍ほど商品を製造してもらい、売り切れるか試したところ、見事売り切ることができました。1週間の実験で前年比128%の売上となり、中には150%まで増加した日も。
この事例は、オペレーターが声優をされているスキルフルな方で、大阪弁を使いつつ、楽しげな雰囲気で接客したことで、どんどん売れていました。ただ、この事例から見えた課題は、1ロボットに対して1オペレーターで回すと、価値とコストが見合わないこと。
人間は一人で1店舗を回せる優秀な力を持っていますが、月給30万円くらいと、労働力の単価は非常に安い。そんな人間と比較されるので、オペレーターの人件費に加え、ロボット導入コストが上乗せされると、単純な仕事ではどうしてもコストが価値に見合いません。
1人の人間が複数のロボットを操作できれば、1ロボットあたりの人件費が下がりますが、同時に来た複数のユーザーに対応しなければいけないことになる。現在、その点の技術開発はさまざまなスタートアップが進めています。結果的に、遠隔対話ロボットは「価値は提供できるがコストが高い」のがネックです。
この4年間の実証実験を踏まえ、僕らは2種類のロボットが相反するような価値とコストの関係を持っていると感じています。そのため、自律と遠隔のハイブリッドが街中のロボットの基本構造になってくるかなと。一部では、そのような取り組みがすでに始まっています。
この未来予想図をもとにすると、新たにビジネスポイントになりそうな点が四つあります。一つは、オペレーターの会話によって、オフライン情報をオンライン情報に書き換えられる点。先程のパン屋の事例でいうと、在庫状況、焼きたてパンの情報、売り切れ間近のパンの情報などはデータになっていない情報ですが、会話によって瞬時にアウトプットができる。さらにオペレーターがサイネージに拡散して、リアルタイムの情報を店頭に届けることも可能です。
二つ目は、接客スキルを高める操作インターフェース。遠隔操作ロボットの場合、オペレーターのトークスキルが重要なので、誰でも高いスキルを実現できるような操作インターフェースが求められます。すでに各社がしのぎを削っているところですが、ここもビジネスポイントかなと。
三つ目は、セキュリティを守れる在宅環境の構築。オペレーターは、ロボットを通して見える映像(商業施設の監視カメラと同様の映像)を自宅等の操作環境で見ることになります。そのため、ユーザーの個人情報がオペレーターの自宅に筒抜けになることを解決しなければ、ビジネスとして成り立ちません。在宅環境を完全に箱で囲う、操作時は背景に人がいない状況にすることを契約上結ぶなどの対応が求められ、同時にビジネスチャンスにもなりそうです。
最後に、オペレーター・タレント人材の事務所、派遣。Vチューバー等の事務所と同様に、ロボットを操作するオペレーターに関しても、人材プールを作り、人材のやり取りが活発化するのではないでしょうか。
以上、4年間の実証実験を通して見えた、対話ロボットの未来予想図についてお伝えしました。AI Labでは、先日「コロナ禍におけるロボット接客の可能性」をテーマにオンライン報告会を実施しましたが、引き続き実証実験や結果報告を進めていきます。ご興味があれば、ぜひチェックしてみてください。
文/小林香織
BIT VALLEY 2021 ~変わる働き方とカルチャー、変えるテクノロジー~
<各回タイトル(予定)>
#01 Local × Startup 『街とStartup』
#02 Hello, Tech! 『触れて、学んで、楽しむ』
#03 Welcome to New World 『テクノロジーが叶える新しい世界』
#04 Power of Digital 『最新DX事情 〜デジタルの力でより豊かに〜』
#05 Tour of Work From Anywhere 『WFAの可能性を探る』
#06 Build Another Career 『副業・兼業でキャリアを広げる』
#07 Guide to Work From Anywhere 『WFA環境の整え方』
※#05~#07の実施内容は、決定次第随時お知らせいたします。
・開催期間:2021年7月〜11月(予定)
・開催場所:オンライン(LIVE配信)
・対象:テクノロジーによる社会の変化に関心のある方
・参加費:無料 ※参加登録が必要です
主催
BIT VALLEY運営委員会
(株式会社ミクシィ、株式会社サイバーエージェント、
株式会社ディー・エヌ・エー、GMOインターネット株式会社)
後援
東京都、渋谷区
特別協力
東急株式会社、青山学院
・イベントURL:https://2021.bit-valley.jp/
・Twitter:https://twitter.com/bitvalley_jp
・ハッシュタグ:#bitvalley2021
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