コロナ禍、災害、ウクライナ危機などの影響を受け、深刻化する日本のエネルギー不足や物価高騰。まさに“激動の時”を迎えるエネルギーテック業界の動向や、日本のエネルギー危機に立ち向かうエンジニア・研究者たちの仕事魂を紹介する
“節電テック”領域でITエンジニアのニーズが高騰。エネルギーの専門家が解説する脱ロシア依存で注目される新テクノロジー
世界トップクラスのエネルギー供給国・ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、ロシア産のLNG(液化天然ガス)や石油の調達を避ける動きが世界中に広まっている。
しかし、多くの国や地域が「2050年カーボンニュートラル」という目標を掲げる中、世界のエネルギー供給不安を払拭してくれるような代替手段は見つかっていない。また非資源国の日本では電力不足も深刻な課題となっている。
一方、エネルギーアナリストの大場紀章さんは「この状況はITエンジニアにとって活躍のチャンスになり得る」と語る。
いま世界や日本で取り沙汰されているエネルギー問題はITエンジニアの仕事にどのような影響を与えるのか、詳しく話を聞いた。
大場紀章さん
合同会社ポスト石油戦略研究所代表
経済産業省「クリーンエネルギー戦略検討会」委員
株式会社JDSC(旧日本データサイエンス研究所)フェロー
2008年京都大学大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。ウプサラ大学大学院宇宙物理学科短期留学を経て、15年まで技術系シンクタンク・株式会社テクノバでエネルギーに関する調査研究に従事
脱ロシア、進まない代替生産……世界中で「我慢対策」が進んでいる
――いまエネルギー不足の状態に各国が陥っていますが、最大の課題は何でしょうか?
世界的に最も注目されているのは、ロシア産のエネルギーに依存している状態をどう脱却するか、です。
ロシアは世界トップクラスのエネルギー供給国でしたが、2022年2月から始まったウクライナ侵攻に対し、さまざまな国が経済制裁を表明しています。
特に欧米など西側諸国、また日本や韓国、台湾などロシア制裁に参加している国や地域は、ロシア以外からエネルギーを調達する手段を検討する必要が出てきました。
エネルギーの供給不足を避けるためには、ロシア以外の国が化石燃料を生産すればいいのですが、そう簡単には解決しません。
また、全世界150以上の国と地域は、2050年までにカーボンニュートラル(温暖化ガス排出量実質ゼロ)状態にする目標を掲げています。自然環境保全に対する意識が高まる中、その目標との整合性をどう取るのかという問題もあるのです。
そして世界では、エネルギー領域への投資が圧倒的に不足しています。
例えばLNG(液化天然ガス)だとロシア以外ではカタール、アメリカ、オーストラリアが主要な輸出国ですが、どこもロシア産の天然ガス供給を代替するに十分な投資はなされていない状況です。
LNG生産・輸出には大規模な設備が必須ですから、それらを担う企業は巨額の投資をするリスクを負うことになりますし、回収するには最低20年は購入し続けてくれる顧客が必要になります。
しかし世界的に「2050年に脱炭素」という目標が掲げられている中、足元で供給不足の懸念があるからといって大がかりな投資に踏み切るのはあまりに負担が大きく、金融機関や投資家も応じられない状況なのです。
こうした状況から、より省エネに期待がかかっています。ヨーロッパをはじめとした各国ではガス暖房から電気暖房に切り替える、冬の暖房の設定温度を下げるといった、極めて単純な「我慢する」という手法が検討されているのが現状ですね。
日本では「電力不足」が深刻に。エネルギー問題は「需要側」に重点シフト
――世界的にはさまざまな要因が絡まって、結局はエネルギーを使う側の人たちの「我慢」にゆだねられているのが現状なんですね。では日本に限ると、どのような課題があるでしょうか。
非資源国である日本独自の問題としては、電力不足が顕著です。
政府によれば、7月の電力の予備率は中部・東京・東北電力管内で3.1%です。目安とされる3%を辛うじて上回る、つまり足りるかどうかぎりぎりの状態。来年の冬の予備率はマイナスとさらに厳しくなっています。
そのためさまざまな電力政策が練られているのですが、供給側が現時点で取れる方法は既にやり尽くしているのが現状です。
ここでも計画停電や家庭にバッテリーや懐中電灯を置くことを推奨するなど、「いかに使う電力を減らすか」という方向で議論が進んでいます。
――結局、こちらも電力を使う側の「我慢」で対応しようとしているんですね。
ええ。というのも、日本にはおよそ30基の稼働していない原発があります。2011年の原発事故を受け、規制委員会が発足し、原発の再稼働には厳しい基準が設けられました。
委員会による審査には時間もかかり、再稼働はなかなか進みません。巨大なキャパシティーがありながら、稼働できるかどうか不透明なために追加の電源投資ができない。
このような国は日本だけです。こうした問題も電力不足の根底にあります。
エネルギー問題、ITエンジニアは活躍の機会にも
――世界中が消費者側に「我慢」を求める今、エネルギーテックの領域にはどのような変化が生まれたのでしょうか。
先ほど、エネルギー問題を考える際に、電力を供給する側ではなく電力を使う需要側の対応に重点がシフトしつつあるとお話ししました。
これはつまり、「エネルギーテック」は電力会社や石油会社といった供給側の企業だけの話ではなくなってくることを意味しています。これからの時代は「エネルギーを使う側の事業」におけるテクノロジーが重要視されていくでしょう。
また世界のエネルギーは3分の2が産業用途ですが、一般の生活においても当然欠かせないものです。その文脈でみても、産業用だけではなく私たち消費者側に、我慢や効率化の主軸が置かれていくと言っていいと思います。
――なるほど。ではそのようなエネルギー問題の変化は、ITエンジニアにどのような影響を及ぼすと考えられますか。
SIerのようなIT企業は、売上における消費エネルギー量が製造業や素材産業などのほかの産業に比べ少ない事業者です。デジタル化に伴い消費量そのものは増えており、データセンターや使う半導体を省エネ化するといった手法も大きなテーマではあるものの、現時点において社会全体を揺るがすような規模ではありません。
一方、IT企業以外の事業者に向けてはITエンジニアの方々が活躍する可能性が広がっていくと思います。
例えばボイラーを使うような事業者は、売上に対するエネルギーコストの比率が高くなりますよね。そうした産業において、データ分析やデジタルの力を用いてエネルギーコストの削減を達成するシステムを作るのはITエンジニアの仕事です。
――エネルギーコスト削減が求められる業界で、ITの力も求められていくんですね。
ええ。他業界同様、DXの流れが加速するということです。
また他にも例を挙げると、いまは脱ロシア関連で「船の追跡技術」が注目されています。
国際的にロシア産の石油が売れなくなってきているので、業者はロシア産の輸送に使う船のGPSを切り、ギリシャ沖などで船から船へ積み替え、他国の石油と混ぜて産地を偽装するといった行為が問題になっています。
そこで今は、衛星画像によるデータ解析技術やブロックチェーンによる船荷証明といった手法への期待が高まっているんですよ。
――食糧輸出入のように、エネルギー分野でも生産国や内容を明らかにする技術が求められるんですね。
はい。これは国際的に見てもニーズが高まっている分野です。
2022年5月には、アメリカのバイデン大統領が来日した際、日本・アメリカ・オーストラリア・インドで構成する「Quad(クアッド)」の首脳会議が開かれ、「インド太平洋における中国の違法漁業を取り締まるために衛星画像で船を管理する」枠組みの発表がありました。
そこでは言及されていませんでしたが、これはロシア産の石油を積んだタンカーも意識しているのだと思います。
この分野の技術に関しては、イギリスのベンチャー企業が台頭していたり、台湾や中国のメーカーも独自にプラットフォームを形成していたり、世界中の企業がしのぎを削っているところ。
これらはまだどこがイニシアチブをとっていると言えない段階なので、各社が技術競争している状況なんですよ。
ITエンジニアは「投資家目線」を意識して
――エネルギーテックというと、これまでは電力会社や石油会社に限られていたようですが、これからは技術的にももっと開かれていく可能性を秘めているんですね。
そうですね。エネルギー問題に対する世界や日本の対応を見ても分かるように、これからは「使う側」に主軸を置いた議論が進んでいくので、それだけ活躍の場も広がっていくでしょう。
また今後は単純に「エネルギー問題を考えるならCO2排出量を抑えればいいよね」というわけでもなくなってきていて、スマートテクノロジーを使ってどのような課題解決ができるかに焦点が当たることが増えてきています。
その時、ぜひITエンジニアには「投資家の目線」を持った技術者であってほしいですね。
脱炭素を単にCO2の問題として捉えるのではなく、今後の仕事においてはどのようなテクノロジーが必要とされるのか、投資目線で見た時にどの分野の技術に携わった方がよさそうか、考えていただきたい。
ITエンジニアがその視点を持つことができれば、非資源国の日本だろうと悲観することなく、エネルギーテックの分野にどんどん光が差し込んでいくと思います。
取材・文/まゆ
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