ネットの未来「やっぱ明るい」と言い切るために僕らがやるべき3つのこと~TechLION vol.28レポ
今夏、日本でも翻訳書が発刊された『WIRED』創刊編集長のケヴィン・ケリー著『〈インターネット〉の次に来るもの―未来を決める12の法則』がIT・Web界隈で話題を呼んでいる。
近年注目を集めるようになったAIやVR、ブロックチェーンなどのテクノロジーは、インターネットが辿ってきた(そして現在も辿っている)「12の不可避な潮流」と同じような流れの中で普及していくと予測する本著は、未来志向の内容も相まって方々で健全な議論を巻き起こしている。
12月7日に東京・六本木で開催された『TechLION vol.28』は、まさにこの書籍にインスピレーションを受け「IT/ネットの次に来るもの~テクノロジー・コミュニティ・ビジネスの視点から」をテーマにトークセッションが繰り広げられた。
ゲストトーカーは、Web技術者向け情報メディア『HTML5 Experts.jp』初代編集⻑で⽇本最⼤のHTML5 開発者コミュニティ『html5j』のファウンダーも務めた白石俊平氏と、ハードウエアスタートアップ支援『ABBALab』代表取締役、さくらインターネット株式会社フェロー、『DMM.make AKIBA』エヴァンジェリストとさまざまな顔を持つ小笠原治氏、そしてコワーキングスペース茅場町『Co-Edo』運営責任者である田中弘治氏の3名。
彼らが今回のテーマで集まったのは、いずれも《テクノロジー》・《コミュニティ》・《ビジネス》の3つに精通する人物だからだ。
2016年は、ケヴィン・ケリーも示したようなテクノロジー群の台頭が「インターネットの次」を垣間見せた一方で、AIやロボットの普及を危険視する声はいまだ多く、他にもネットが可視化するコミュニティ間の断絶、キュレーションメディアを巡る論争などが世間を騒がせた。
そんな中でもWebの未来、ひいてはテクノロジーが切り開く未来を明るいものにしていくには何が必要なのか。この日、3人による放談から出てきたのは
■ キチンと設計されたコミュニティ
■ モノの見方を変える先例づくり
■ 複眼的に技術を「つなげて」見ること
の3つがカギを握るのでは?という話だった。当日のセッションの模様を紹介しながら、なぜこの3つが未来を明るくするのに不可欠なのかを解説していこう。
■ キチンと設計されたコミュニティ
Webの世界に身を置く人たちにとって、現代は各種のコミュニティが新技術の発展~普及を支えているということは既成事実となっている。そしてこの「コミュニティパワー」は、『DMM.make AKIBA』をはじめとするハードウエアおよびIoTプロダクト開発の世界にも広まりつつある。
この日のトークセッションでも、この「コミュニティのあり方」についての議論で盛り上がった。
『〈インターネット〉の次に来るもの』に出てくる「12の不可避な潮流」の一つであるSharing(シェアリング)を広義に解釈すれば、ITコミュニティとはそこに関わる人たちの「知恵のシェア」によって支えられる場であり、すなわち最新テクノロジーが世界を変えるための“孵化装置”となり得るだろう。
しかし、コミュニティ活動は運営側の負担が増えすぎると維持するのが難しくなるという課題があり、拡大していく過程で異論・反論を投げかけてくるノイジーマイノリティとも向き合わなければならなくなるという問題も発生する。こういった点を解消するためのヒントが、「キチンと設計する」ということなのだ。
ここで言う「設計」には、2つの意味が含まれる。一つは、資金面での負担を減らすための設計であり、もう一つは参加者の求心力を保つためのテーマ設計だ。
一つ目の「資金面での負担を減らすための設計」は、持続可能な形でコミュニティを作っていくために必要なことだと小笠原氏は言う。「個人的に、有志でやっているようなコミュニティを無理に大きくする必要はないし、活動原理もなくていいと思っている」と前置きしつつ、発展を前提とした際に問われる設計思想についてこう語った。
「例えば私が東京・六本木に作ったスタンディングバーの『awabar』は、Webな人たちがゆるくつながれるコミュニティの一つとして企画したものですが、裏側では商売として継続していくためにさまざまな取り組みを行っているんですね」(小笠原氏)
この日、同氏が明かした売上増の施策は例えばこうだ。「ゆるいコミュニティ」でありながらも商売としてしっかり客単価を上げるために、30分に一回程度の頻度で客数を数え、3杯めが空きそうになったら「隣にいるお客さま同士を紹介して会話してもらう」ことで4杯めをオーダーしてもらう確率を上げているという。
また、ある時期は訪問客の「笑顔指数」を技術で測定したところ、笑顔の数と売上は比例すると分かり接客方法を工夫したりもしたそう。こうした“サービスドリブン”で店舗経営を設計することで、awabarは小笠原氏が思い描いた通りのコミュニティとして継続運営されている。
そして、もう一つの「参加者の求心力を保つためのテーマ設計」については、『html5j』を巨大コミュニティにした白石氏がその重要性を語った。
「当時、多くの人の関心ごとだったHTML5の動向を追うというテーマが刺さったからこそ、6500名を超えるような人たちが参加するコミュニティに育ったのだと思っています。人々の興味関心を真ん中に置いて設計した方が、コミュニティは盛り上がるということでしょう」(白石氏)
『Co-Edo』に集まるさまざまなエンジニアコミュニティの盛衰を見てきた田中氏は、「コミュニティはお金をかけても作れないものだが、運営コストが高すぎたり、自然と人が集まらなくなったりして消滅してしまうものもある。だからこそ、居心地の良い場所を継続し続けるための工夫は大事」と話していた。
ちなみにこの際、諸々のルールを設定したくなるものだが、小笠原氏いわく「コミュニティは性善説じゃないと始められないし運営できないもので、最初から『悪い人』を前提に運営していると場の雰囲気はよくならない。だから僕は『1つルールを作る時は2つ削ろう』と意識している」とのこと。ネガティブな物言いをする人たちとも、ポジティブアプローチで付き合っていくのがよいとのことだ。
■ モノの見方を変える先例づくり
そして、新たなテクノロジーが世の中に普及していくには、キャズム理論が示す「マジョリティ獲得の壁」を乗り越えなければならない。
この点について、小笠原氏はかつてのECビジネスの事例に挙げながらこう話す。
「20年前のインターネットでクレジットカード登録をするのは、セキュリティ上はあり得ないことだったけれど、今は多くの人が普通にクレカ決済を利用しています。新しいテクノロジーが普及していく過程では、何かしらの形で信頼性を醸成していく取り組みが必要なんです」(小笠原氏)
その信頼性を生み出すのも技術の役割となるが、他にも「世間の見方を変える」努力が必要だと同氏は言う。その事例の一つとして、トークセッションでは米MITメディアラボなど複数の研究機関が共同で行った自動運転車についての調査結果が示された。
自動運転車が歩行者を轢きそうになった時、「歩行者を轢くか」、「壁に向かって歩行者との衝突を回避すべきか(その場合、搭乗者が死ぬ可能性がある)」を選択してもらったところ後者であるべきと答えた人が多勢にもかかわらず、実際に「壁に向かっていく自動運転車を買うか?」という質問にイエスと答えた人は全体の2割以下になる、というものだ。
このような倫理的な矛盾を抱えながら進化していくテクノロジーに対して、作り手たちは真摯に向き合いながらも「異なる価値」を示していかなければならないと小笠原氏は言う。
「投資先の一つにスマートロックを提供するベンチャーがあるのですが、『鍵を持たずに済む』という価値だけでは世の中に広まっていかないと思うんですね。でも、ある宅配業者は年間約17億個の荷物を運ぶのに21億回も配送先に足を運んでいるそうで。そこで物流とスマートロックの掛け合わせで『例えば宅配BOXの開け閉め用にスマートロックが使われて、渡し逃しロスを減らせれば、配送効率が上がるよね』と違った見方を提案できれば、今より注目されるかもしれません」(小笠原氏)
こういったポジティブな提案から、さらに一歩踏み込んで事例を示すことで、UberやAirbnbのようなシェアリングエコノミーは法律上グレーな部分を残しながらも大きく成長を遂げている。
では、このような事例づくりを進める上で大事なこととは何なのか? 白石氏は、技術標準化の歴史を振り返りながら、見方を変える先例づくりで問われるポイントをこう語る。
「一番良いやり方は、『牛が歩いていた道』を舗装することだと思うんです。新しい道を無理やり作ろうとするよりも、自然にできている秩序に乗っかる方がよかったりしますよね?この考え方で普及の糸口を探していくのが大事なのではないでしょうか」(白石氏)
複眼的に技術を「つなげて」見ること
最後に挙げたこのテーマが、イノベーションを生み出す上で重要なのは自明の理だろう。先ほど挙げたクレジットカードのネット決済を例にとっても、「自分のカード情報をネットになんか預けたくない」という心理的障壁を、不正利用を防ぐ技術が発展していくことで徐々に解消し、世に広まっていったからだ。
「ネットの未来というより、ネットの延長線上にどんなエコシステムができるか?という考え方の方が未来的。なので、ブロックチェーンなどについても、技術一つ一つの良しあしを語るより、いろんな技術がつながっていくことでできる未来を考えたいと思っています」(小笠原氏)
このような視点を持つきっかけは、業界外の人から得られることもあるだろう。白石氏は、以前参加したとある非技術者向けイベントで、「普通に『VRの中で人は暮らしていけるのか?』みたいなテーマの話が出てくることに驚いた」という。それだけ、新テクノロジーへの認知が一般社会にも広まっているという表れだろう。
白石氏、小笠原氏共に、2017年は新技術が生み出す新たな倫理問題であったり、「ざらつきみたいなもの」(白石氏)について議論する機会が増えると予想している。小笠原氏の言う「ネットの延長線上にできるエコシステム」がどんな可能性を生むのかを考えるには、さまざまな立場の人たちと議論をするのも良い機会となるだろう。
取材・文・撮影/伊藤健吾(編集部)
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