シンギュラリティ・ソサエティ代表理事
中島 聡さん
早稲田大学大学院理工学研究科修了、工学修士。ワシントン大学経営学修士。高校2年からアスキーで記事を執筆、ソフトウェア開発を行なっていた。Windows95のソフトウェア・アーキテクト、Xevo.Incの創業者。ITエンジニアであり起業家でありライターでもある。週刊「Life is beautiful」を執筆。現在はアメリカシアトル在住
「理想をかなえるために技術を使え」中島聡・夏野剛が語る、今エンジニアが世界平和のためにできること【ECDW2022】
ソフトウエアエンジニアで実業家の中島聡さんと、日本を代表する経営者の一人で現在はKADOKAWAの代表取締役を務める夏野剛さん。
テクノロジーの社会実装を加速させる非営利組織シンギュラリティ・ソサエティの代表理事と発起人でもある二人は、不安定な情勢が続く世界に対して「テクノロジーの力で、世界に貢献できるエンジニアを増やしたい」と話す。
中島さん、夏野さんが“世界平和にちょっとでもいい影響を与えたい”エンジニアにエールを送る、『エンジニアキャリアデザインウィーク2022』(ECDW2022)のセッション内容を一部抜粋してお届けしよう。
シンギュラリティ・ソサエティ発起人
夏野 剛さん
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、社会人を経てペンシルベニア大学にて経営学修士(MBA)を取得。NTTドコモでiモードやおサイフケータイなどのサービスを立ち上げ、ドコモ執行役員を務めた。現在は慶応大学や近畿大学の特別招聘教授のほか、株式会社KADOKAWAの代表取締役社長、その他、グリーや日本オラクル等複数の会社取締役を兼任
限られた人生、「自分の理想」をかなえるために技術を使う経験を
ーーそもそも、お二人はどのような思いで非営利組織シンギュラリティ・ソサエティを立ち上げたのですか。
夏野:テクノロジーの社会実装が遅れている日本に対し、危機感を抱く人同士で集まって声を上げていこうと考えたためです。
エンジニアの皆さんには、世の中を変えていくような大きな力を持ってほしいし、積極的にアクションを起こしてほしい。
そのためにはエンジニアが社会課題と向き合える場や、情報を発信できるコミュニティーが必要なのではないかと考えました。
これまでも定期的にトークイベントを開催したり、ハッカソンをやったりさまざまな活動を続けてきましたが、今後もそういった働き掛けは続けていきたいと思っています。
中島:先日も、世界平和のためにテクノロジーの力で何かできないかと『ピースハッカソン』を開催しました。
ロシアのウクライナ侵攻で新しい戦争が始まったことを受けて、エンジニアとしてできることは何かというテーマでアイデアを出し合いました。
そして、二つのアイデアについては実用に足ると判断できたため、現在はシンギュラリティ・ソサエティのメンバーを加え、実際に開発をスタートしています。
ーー具体的には、どのようなアイデアですか。
中島:例えば、あるチームは、戦争が起きている場所を地図で知らせるアイデアを考えてくれました。
これだけでは機能不足ですが、発展させれば、戦争や災害などの状況を地図情報と関連させ、リアルタイムで発信する緊急時用のSNSになり得る。
戦争の状況をリアルタイムに個人で発信でき、なおかつ情報の信頼性も高いSNSはまだありませんから、トライする価値があると判断できました。
>>【中島 聡&高橋 健】 “新しい戦争”で脅かされる世界平和、エンジニアがテクノロジーの力でできること
ーー先ほど夏野さんが「コミュニティーが必要」とおっしゃいましたが、こうしたアイデアを実現するにはやはり、エンジニア同士のつながりが重要なのでしょうか。
中島:ええ、そう思います。
日本では、何か新しいものを作ろうとすると、起業ありきで動き出す人が多い。
つまり、「まずはベンチャーキャピタルでお金を集めよう」と考えてからアイデアを出すというように。これでは、目的と手段が逆転しています。
そうではなく、志を同じくするエンジニア同士でゆるく集まり、プロトタイプを作っていく中で、人生を懸けたいプロダクトやサービスが出てきたら会社を立ち上げる。これが本来の形ではないかと思うんですね。
そうはいっても、なかなか思い切った行動ができないのも事実です。だからこそ、まずはハッカソンなどのイベントを通して即席のチームを作り、短期間でプロトタイプを作っていく。
そこで仲間が見つかったら、事業化できるかどうかを考えていくようなやり方が、心理的に安全ではないかとも考えています。
夏野:会社の中で作業員になってしまうような状況を脱して起業家になれば、理想の実現に向かって一直線にスキルを磨けますしね。
だからこそわれわれは、シンギュラリティ・ソサイエティの活動によってより多くの技術者たちが理想を抱き、視野を広げるチャンスを用意したいと考えています。
ーー日本のエンジニアは、企業の中で「作業者」になってしまうとよく指摘されますよね。今もその状況は変わっていないと感じますか?
夏野:まだまだ多いと思いますよ、会社から与えられた作業だけをこなしているうちに、自分がエンジニアとして成したいことや理想が分からなくなってしまう人。
せっかくの限られた人生なのだから、自分の理想をかなえるために技術や自分のスキルを使う経験をしてほしいです。
中島:僕は、エンジニアの生産性はモチベーションで決まると思っています。誇張抜きで、10倍以上の開きが出てもおかしくありません。
だから僕は、自分が「楽しい」と思える仕事しかしてこなかった。わがままだと思われるかもしれないけれど、人間、「楽しい」ことに向かっているときが一番生産性が高いですから。
エンジニアが楽しく活動できるような環境を整えるのが、本来の経営者の仕事のはずですが……。実際の社会はというと、経営者であれ政治家であれ、インターネットから遠い人たちが権力をもっていますよね。
そんな組織で働いていて、エンジニアのモチベーションが上がるわけがない。これは本当にまずいことですよ。世の中にイノベーションを起こしていきたいなら、日本企業や行政はこの組織構造を変えていかないといけません。
Nouns Daoで愛・平和・SDGsをテーマにしたアートフェスティバルを企画
ーー中島さんはブロックチェーンを用いた意思決定組織であるDAO(Decentralized Autonomous Organzation、自立分散組織)に所属されていますね。それはなぜですか?
中島:技術者として、自らトライしないことにはWeb3の世界観を理解できないと考えたためです。
いろいろと調べて技術面は理解できたけれど、実際にどういった雰囲気なのかは、参加しないとつかめない。そこで、DAOの完成形と呼ばれるNouns DAOに参加しました。
ーー参加されて感じられたメリットは?
中島:まずは何よりもDAOへの理解が深まりました。予算編成だとか意思決定の手段だとか、組織の動き方が体感としてつかめました。
それから、Nouns DAOは資金力も豊富で、日本円にして50億円くらいの予算がある。この予算はDAOのメンバーが提案したアイデアの実現に使うことになっています。
実際に私もオンラインのアートフェスティバル『Nouns Art Festival』を提案し、予算の配分を受けることができました。
ーー『Nouns Art Festival』とは?
中島:『Nouns Art Festival』(略称:Nouns Fes)は、愛・平和・もしくは持続可能な開発(SDGs)をテーマとした2〜3分の短編映像作品を審査し、表彰するオンライン・コンペティションです。
僕は昔から映画が好きで、いつかオンラインでフィルムフェスティバル(映画祭)をやりたいと考えていました。
けれども既存の映画祭はいわゆる長編映画のみが対象で、今やコンテンツの主流である、数分間の動画(ショートビデオ)を表彰する場はありません。
それならば僕が開催してしまおうと、Nouns Fesを主催したわけです。
ーー審査はどのような方法で進むのですか。
中島:まだ構想段階ですが、それぞれの作品への「いいね」やコメント数でノミネート作品を選ぶ予定です。非常に民主的なプロセスで、いかにもDAOっぽい。
こういう企画をGAFAなどのビッグテックが提供するシステムや枠組みに頼らずとも立ち上げられるのが、Web3の良さです。
ーーWeb3は、今後のビジネスにも大きなインパクトを与えそうですね。
夏野:Web3は新しいインターネットの常識になるでしょう。ただ、現在はNFTのマーケットが若干乱れているのも事実です。
これはなぜかというと、初期に仮想通貨を購入した人が“億り人”(億単位の資産を築いた投資家)になり、それを元手にNFTへ投資しているから。
日本円に替えてしまうと税金がかかるために、彼らの資産がNFTに流れている。そのせいで一過性のバブルが起きているわけですね。
それから、一部の詐欺的なプレイヤーたちが市場を乱しているのも見逃せない。まずはこの混乱が落ち着かないとだめ。ビジネスとして運用できるのはそれからですね。
中島:同意見です。乱暴に言えば、今のNFTの97%は詐欺だと思う。DeFiとよばれるWeb3ファイナンスもそうで、「金利が20%つく」などとうたっているけれど、実際には先行者のみが得をするサービスも少なくありません。
「こんなに儲かるよ、やらなければ損だよ」なんてノイズが蔓延している間は、本来の意味でのWeb3的な社会は訪れないと思う。
もっとも、今は“クリプト(仮想通貨)の冬”なんて言われるように、少しずつ価格が是正されてきているので、そろそろ健全化するかもしれませんが……。
スマートコントラクト技術自体はとても良いものだから、焦ることなく、いい世界を構築していきたいですね。それが今の僕の、いちエンジニアとしての願いです。
それぞれの人の立場から、今できることをする
ーー『Nouns Art Festival』の企画も世界平和に一石を投じるプロジェクトの一つですが、夏野さんはどんな行動を起こしましたか?
夏野:僕は出版社の社長ですから、「今こそ戦争について考えよう」という趣旨で、皆さんに読んでほしい本や漫画を9シリーズ選び、1週間無料でダウンロードできるようにしました。
あわせて、新聞の全面広告も打った。これに寄せられた反響は大きく、35万DLくらいにのぼりました。
こんな風に、それぞれの人が自分の立場を生かしてどう貢献できるかを考えてみてほしい。きっと何か一つくらい、起こせるアクションがあるはずです。
中島:夏野さんが出版社の社長であるのに対し、僕はシアトルに産業用ドローンの会社を持っています。
そこのメンバーが「ウクライナのために何かしたい」と言ったので、初めはドローンを贈ろうかと思ったのですが、モノを送るだけでは支援として弱い気がしました。
そこで、ドローンの設計図をベースにNFTを作り、その売上金をウクライナに寄付するプロジェクトを始めました。
NFTなら売上金が自社を通らず、直接ウクライナの寄付専用イーサリアムのウォレットに入るため、タイムラグなく支援できると考えたためです。
ーー日々のタスクに忙殺される中で、世界のためにちょっといいことをする、みたいなことっておろそかになりがちですよね。
夏野:そうですよね、けれども、エンジニアの皆さんは世界を変えられる可能性を持っている人たちだから、考えることやアクションを起こすことを諦めないでほしいなと思います。
今やインターネットを介した議論も活発だから、そういうものを見ながら自分なりの考えを固めても良いだろうし、個人でできる支援もいろいろあるはず。
中島:付け加えると、無償のボランティアであっても、それに挑戦することで得るものは必ずあるはずなんですよ。
例えばドローンのNFTも、技術的にチャレンジングなポイントがいくつかありました。その課題を解決するプロセスで、僕は多くのことを学んだ。
こんな風に、ボランティアをする中にはたくさんの貴重な学びがあり、自分自身にもメリットがあるはずだから、ぜひ積極的に動いてみてほしいですね。
「面白そうなこと」に出会った瞬間すぐ飛びつく
ーーこれからの時代、エンジニアが“いいキャリア”を築いていくために大事なことは何だと思いますか?
夏野:まずは、会社の中に閉じないこと。自分自身が社長をやっている立場で言うべきことじゃないかもしれないけど(笑)
会社を軸に人生を設計しないことですね。「会社の言うとおりにしていればいい」というスタンスでは、キャリアというより人生そのものがつまらなくなりますから。
その上で、たとえ現在進行形で「何をしたいのか」という使命を持っていなくとも、「自分はどうしたいんだろう?」と考え続けること。
好奇心を持ち続け、自分がやりたいこと、かなえたいこと、興味があることを一生追い求めているうちに、いいキャリアがつくられていくんじゃないかな。
中島:僕自身の人生を振り返ると、エンジニアとして4回の大きなパラダイムシフトを目にしてきました。
1回目は、高校生の時。当時はTK-80というNEC製のマイコンが出たばかりで、面白がって飛びついた。
そして半年経つ頃には、大人からどんどんプログラムを依頼されるようになったんです。言い換えれば、たった17歳にして、世界の第一人者になれた。これは僕のエンジニアとしてのキャリアの出発点にもなりました。
2回目は、1994年にインターネットが登場した時。「これは革命だな」と感じました。
この時も面白がって飛びついて、サーバーを作ったり、ブラウザを作ったりした。マイコンのときと同じく、世界の誰もが使い方を模索している段階だったから、これもかなりの反響を得られました。
3回目は、スマートホンが登場した時。当時、iPhoneの登場は相当なインパクトだった。
先行者利益で、ちょっとしたアプリを作るだけでもあっという間に100万ダウンロードされた。分かりますか? どれも、「面白そう」だなと思うことに出会った瞬間飛びつくのが大事なんですよ。
中島:そして今、Web3の登場に立ち会えたのが4回目です。Web3まわりはブルーオーシャンで、誰もが次の第一人者になれるチャンス。
第一人者になってしまえば、おのずとその人の市場価値は上がります。ワクワクする何かを感じ取っているなら、とにかく動き出してみてほしいし、僕自身もどんどん興味のあることには飛び込んでみようと考えています。
文/大橋 礼
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