※本記事は、2022年12月3日に開催された日本最大級のエンジニア転職イベント「typeエンジニア転職フェア」内の特別講演「時代の『波』に乗れ!~コインチェックCTO松岡剛志が語るキャリア選択の軸~」において語られた内容を一部抜粋・編集の上紹介しています。
「先行者がいない場所で戦え」松岡剛志が実践する“凡人エンジニア”が市場価値を高め続ける方法
自分には人よりも優れたものがないし、これと言って人にアピールできるようなスキルも経験もない……。大手テック企業や、注目度の高いスタートアップで活躍する優秀なエンジニアの姿をSNSなどで見かけるたびに、何も特別なものがない自分の将来に不安を感じてしまう。
そんなエンジニアに向けて、「自分も凡人だけど、凡人なりの戦い方をしてきて今ここまでこられた」と過去を打ち明けてくれたのが、コインチェック株式会社のCTO松岡剛志さんだ。
松岡さんは、ヤフー株式会社に新卒入社し、エンジニアとしてのキャリアをスタート。日本中の家庭にインターネットを普及させるきっかけとなった『Yahoo! BB』などのプロダクト開発に従事したのち、株式会社ミクシィ(現MIXI)の取締役CTO兼人事部長に就任。
その後Viibarの最高技術責任者を経て、2016年にレクターを創業。19年には一般社団法人 日本CTO協会を設立。22年8月には、Web3への関心の高まりとともに急成長の兆しを見せるコインチェックのCTOに就任し、まさに時代の波をわたり歩いてきた人だ。
そんな松岡さんが実践してきた「凡人なりの戦い方」とは、一体どんなものなのだろうか。
これからの時代にエンジニアが意識したい、市場価値を高め続けるキャリアの築き方とは?
エンジニアの市場価値を高めるのは「技術力とリーダーシップ」
そもそも、皆さんにとって「いいキャリア」とは何でしょうか。
これまでの社会であれば、スキルが上がるとか、お金がもらえるとか、ワークライフバランスを維持できるとか、社内で昇進できるといった要素が「いいキャリア」の軸になってきました。
しかし、この軸が不確実性の高い現代にも適用できるかというと、必ずしもそうとは限りません。
せっかく磨いたスキルが陳腐化したり、会社が傾いてワークライフバランスを維持できないような状況に置かれたりする可能性もあるからです。
そうしたリスクを考慮に入れると、いいキャリアとは、今この瞬間、転職市場で高い価値を生む状態を維持し続けること。あるいはその状態を目指し、行動することだと言えます。
つまり、常にマーケットの流れを読み、自分自身の市場価値を高め続ける営みが欠かせません。そして、そのために必要なのが「技術力」と「リーダーシップ」です。
技術力を高めるためには?
まず、技術力を高めるためにおすすめしたいのは、何か一つの分野におけるシニアを目指すことです。
ある言語を深く学んでおくと、他の言語の習得も早くなる傾向があります。これは言語に限らず、データベースでもミドルウエアでも、ネットワーク機器でもかまいません。
何か身近にある技術のうち、自分こそがチーム内、もしくは会社内で一番詳しいと胸を張れるものを見つけましょう。
また、なるべく変化しづらく、習得の難しい技術に一定のリソースをかけるのもいい。
私は、技術には変化しやすいものと、しにくいものがあると考えています。
このうち変化しやすい技術は、顧客接点に近いフロントエンドやネイティブアプリもそうですし、クラウドのように、最近になって技術的なイノベーションが起きたものもそうですね。
一方で変化しにくい技術とは、OSとかCPU、メモリ、ファイルシステム、アルゴリズムみたいな、他の技術の基盤になるものです。これらを深く知っておくと、スキルを長く生かせるだけでなく、効率の良いプログラムを書けるようになります。
では、変化しにくい技術を学ぶにはどうすればよいのか。これも、身近なところからチャレンジすることをおすすめします。
まずは今、お仕事で触れているプロダクトを徹底的に深掘りしてみる。もしもあなたがWebDBのエンジニアなのであれば、フレームワークやデータベースを学んでみる、などです。
今や私たちの使うツールはほとんどがオープンソースですから、GitHubに行けばソースコードが転がっています。
全部を読むのはつらくても、何かエラーが出たときに「なぜだろう?」と深掘りしてみるくらいならできそうですよね。
そこからさらに知識を深めたくなれば、社会人向けの大学院大学に入学して、コンピューターサイエンスを学んでみるとか。
中にはリモートで完結するような大学もありますし、学費もそこまで高額ではありませんから、将来に向けての有効な投資になり得るはずです。
リーダーシップを高めるためには?
リーダーシップを高めるためには、技術の話でも何でも、ポジティブな目的に向かって発言することをおすすめします。議論に必要なたたき台を率先して用意するのもいいですね。
あとは、少し突拍子もなく思われるかもしれませんが、「結婚式の二次会の幹事」のような立場をあえて引き受けてみるのもいいかもしれません。
結婚式は日取り、つまりデッドラインが決まっていますし、参加者には報酬が支払われないので、「お金で動かす」ことができない。
その中で誰かに頼み事をしたり、断られたり、連絡が来ないといった状況に悩まされたりして、最終的には参加者の笑顔を見ることができる。
これは本当に良いプロジェクトマネジメントの経験になりますから、いずれ仕事でリーダーをつとめる際に、かなり役立つ知見が得られるはずです。
また、今の時代にふさわしいリーダーシップのあり方として「フロネティックリーダーシップ」を身に付けることもおすすめします。
これは一橋大学の名誉教授である野中郁次郎先生が提唱する概念で、第二次世界大戦におけるアメリカ軍が、刻々と状況が変化する戦場においてどう立ち回ったかを分析する中で見いだした方法論です。
フロネティックは「適時に絶妙なバランスを持った判断と行動する力」という意味。上から出た指令を現場が実行するだけでは勝てないので、自律した部隊がアジリティ高くさまざまな判断をする力が必要だったわけです。
現代の競争環境もそのようなリーダーシップが求められていると思います。ちなみに野中先生は、アジャイル開発手法の一つであるスクラムの名前の生みの親でもあります。
自分は平凡なエンジニアだからこそ、「先行者」が少ない世界に身を置いてきた
ここからは、私のキャリア選択の変遷もご紹介したいと思います。
私は建築系の学部を卒業した後、ITベンチャーにエンジニアとして就職しました。専門とは異なる分野に就職したのは、当時は就職氷河期で、専門を生かせるゼネコン企業はかなりの狭き門だったためです。
そこで、伸び調子のIT業界ならひろってくれるんじゃないかと考え、入社を決めたのがヤフーでした。
ヤフーではソフトウエアエンジニアとしてキャリアをスタートさせ、『Yahoo!ウォレット』や『YBB』、『Yahooかんたん決済』、『Yahoo不動産』などの開発に携わりましたが、最終的にはセキュリティエンジニアのキャリアにシフトしました。
その理由はやはり、将来的な市場価値を考えたからです。というのも、ヤフーにはコードを書かせたら優秀な人がゴロゴロいて。どうしたって自分はかなわないと思ったわけです(笑)
優れたエンジニアと直接対決するのではなく、「これから伸びる分野にエネルギーを注いで、レバレッジを効かせよう」と考えてセキュリティ系に進みました。
その後、07年にミクシィに転職。その時の理由も、ユーザーとして『mixi』に触れる中で「ソーシャル系のサービスは絶対に『来る』」と確信したからでした。
ミクシィではCTO就任も実現しましたが、これまでのキャリアでtoB向けサービスの経験がなかったので、その知見を広げるべくBtoB向けのプロダクトを扱うスタートアップに転職することに。
それが動画サービスを扱うViibarでした。当時はちょうど通信インフラが充実してきた頃で、次に「来る」のは動画だと見込んでいたのです。
ただ、残念ながら動画の波はまだ訪れず、16年に自ら会社を立ち上げることにしました。この会社は技術系のコンサルティング企業で、デジタルトランスフォーメーションに可能性を感じたのが創業のきっかけになりました。
6年にわたって経営する中で、改めて自分は社長業より、CTOやVPoEの仕事が性に合っていると考えるようになったこともあり、22年8月にコインチェックのCTOとなるキャリアを選ぶことにし、現在に至ります。
ここまでのキャリアを振り返り、私が今のキャリアや地位を築けたのは、「これから伸びる業界で、熱量の高い事業」に率先して挑戦してきたからだと思います。熱量が高いとは、最先端かつ急拡大している事業だと思ってください。
成熟した技術や業界は、先行者に有利です。私のような凡人が努力したところで、その道のプロにはどうやったってかないません。
それならば、先行者のいない「これから伸びる業界」で戦えばいいのです。
スキルの掛け合わせで希少性を高め、キャリアのリスクを分散
さらに、熱量の高い事業では状況が矢継ぎ早に変わるので、意思決定の回数が多い。特に、ITベンチャーは若いエンジニアが多いので、上の世代がいないわけです。
参考までにコインチェックの平均年齢は35歳*です。日本の平均年齢が48.6歳であることを考えると、10歳以上若い。30代そこそこで重要な意思決定に関われるのは、大きなメリットです。
また、熱量の高いサービスは大量のアクセスや複雑な技術的課題にチャレンジする機会も豊富です。そのうえ、攻撃者から狙われることも多く、セキュリティ面でのスキルもいや応なく高まります。
ほかにも、これから伸びる業界には、「今はまだメジャーではないけれども、これから必要になる職種」が必ずあります。
私が経験してきたセキュリティマネージャーもそうですし、最近ですと、EMなどもそうですね。こうした職種に早い段階でチャレンジしておくと、いずれ業界が成熟したときに、経験者として良いポジションをとれる可能性が高いです。
*正社員のみ(取締役・監査役・派遣・業務委託・出向、契約、アルバイト、嘱託を除く社員)(2022年5月1日時点)
上記が言語のシェアですが、基本的に各言語のシェアはほぼ固定的でほとんど変わりません。
対して、下記のブロックチェーンのエンジニアのマンスリーアクティブ開発者数を見てみてください。21年末時点で、ざっくり2万人ほどです。
全世界でプログラマーは約2,200万人(参照)いるとされていますが、2,200万人中約0.1%ほどしかまだやっていない言語かつ、今後右肩上がりにコミットする人が増えてる状況ですから、今からでもブロックチェーンを学べば、3年後には第一人者になれる可能性があります。
それから、自分のスキルを掛け算してレアリティー(希少性)を出すこと。
寿命の長い分野なら「この道一筋」でコミットするのもアリですが、そうでないならば、「〇〇のできる△△」というように、二つ以上のスキルを掛け合わせておくのがベターです。
このようにリスク分散をしておくと、一つのスキルがダメになっても、もう一つの分野から次の芽が出るかもしれません。
先行きの見えない世界で、一つのスキルに頼って生きるのはリスクが高い状況にあります。
そんな不安定な社会において「良いキャリア」を築くために、ぜひ皆さんには、今この瞬間、熱量の高い事業で今後必要になるであろう職種に挑戦し、その掛け算でキャリアのレアリティーを高めていってほしいと思います。
文/夏野かおる 編集/玉城智子(編集部)
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