ヤフー株式会社 取締役 常務執行役員 CTO(最高技術責任者)
小久保 雅彦さん
1972年生まれ。大学卒業後、SIerでの銀行ネットワーク構築、C++コンパイラ開発、インターネットプロバイダーの認証・課金システムの開発・運用などを経て、2004年ヤフーに 入社。ポイント、カード、公金決済システムのほか、法人向け課金プラットフォーム、IDプラットフォームなど主に決済・ID系の開発業務に携わる。2018年にはコマースCTOに就任 し、その後執行役員の兼任を経て、22年4月よりヤフーのCTOに就任
2023年2月2日、Zホールディングス(以下、ZHD)、ヤフー、LINEの3社による合併の方針が発表されて話題を呼んだ。
保有サービス数は200を上回り、国内総利用者数は3億超、2万3000人(PayPay連結前)の従業員を擁するZHDの中核企業である両社の合併で、開発組織はどのように変わるのだろうか。
『エンジニアtype』では、その合併発表直前の1月にヤフーの取締役兼CTOを務める小久保 雅彦さんと、LINEの上級執行役員でCTOの池邉智洋さんにインタビューを実施。各社の今後の開発体制づくりに加え、成長を目指す若手エンジニアに対するアドバイスについて語った。
ヤフー株式会社 取締役 常務執行役員 CTO(最高技術責任者)
小久保 雅彦さん
1972年生まれ。大学卒業後、SIerでの銀行ネットワーク構築、C++コンパイラ開発、インターネットプロバイダーの認証・課金システムの開発・運用などを経て、2004年ヤフーに 入社。ポイント、カード、公金決済システムのほか、法人向け課金プラットフォーム、IDプラットフォームなど主に決済・ID系の開発業務に携わる。2018年にはコマースCTOに就任 し、その後執行役員の兼任を経て、22年4月よりヤフーのCTOに就任
LINE株式会社 上級執行役員 CTO
池邉智洋さん
2001年、京都大学工学部在学中にWeb制作会社で働き始め、同年10月に株式会社オン・ザ・エッジ(後のライブドア)に入社。同社の主力事業の一つだったポータルサイト事業の立ち上げから携わる。07年に新事業会社ライブドアとして再出発した際には執行役員CTOに就任。その後の12年、経営統合によりNHN Japan株式会社へ移籍。13年よりLINE株式会社に商号変更。14年よりサービス開発統括として上級執行役員を務め、22年4月より現職
——ZHDグループのCTOとして、これまでお二人が描いてきた事業戦略や開発体制へのこだわりを教えてください。
小久保:ヤフーに関して言うと、CTO就任時(22年4月)にインタビューでお話しした「多くの良いサービスを世に出す」という方針を貫いてきました。
ユーザーの生活を便利にし、長く使い続けたいと思ってもらえるサービスをいかに提供していくか。それがわれわれのテーマです。
前回のインタビューではサービスリリース数、AIモデルリリース数、サービス可用性の向上、トラフィックあたりのコストという四つの指標を半年ごとに計測することで組織、ひいては個人の成長を促進するとご説明しましたが、実際にこれらの数字は上がってきています。
なので次は、「それがユーザーの生活に貢献しているか」を深く考えなければなりません。
「数字が上がって良かった」と思考停止するのではなく、その先にあるユーザーの生活により意識を向けられるような開発組織に成長させていきたいですね。
池邉:LINEにとっては、AIにおけるデータ利用とプライバシーの両立が大きなテーマです。
近年、AI関連の話題は大きく盛り上がりを見せています。昨年(22年)11月にヤフーとLINEが共同開催したカンファレンス『Tech-Verse』でもAI/データ領域のセッションはかなり盛り上がり、世間からの注目度の高さを感じさせられました。
しかし、AIがセンシティブな技術であることも確かです。ユーザーからお預かりしている情報の扱いに関して不適切なことがあっては大変なことですし、サービスデザインを間違えればユーザーに嫌悪感を持たれてしまうこともあります。
プログラムがどういう処理をしているのかブラックボックス化しやすいため、こちらとしては便利な機能を作ったつもりでも、「何だか不気味」と敬遠されてしまうリスクがあるのです。
われわれLINEは、人と人とのコミュニケーションを中核に置く会社として事業を行ってきました。ユーザーの安全と楽しさはしっかり守らなければならず、それはAIも例外ではありません。「便利」と「踏み込みすぎ」のバランスは簡単ではありませんが、今後も専門チームで議論と開発を進めていきます。
——各社が掲げるビジョンを実現するためには、今後どんなエンジニアの力が必要でしょう?
小久保:身の回りの技術がどのように成り立っているのかを探りにいく好奇心ですね。
最近では、魔法のように便利なクラウドサービスやライブラリが多数公開されており、それらを組み合わせるだけである程度のものは作れてしまいます。
しかし、そこから一段先に進むためには、どこかのタイミングで魔法の“タネ”を理解する努力がエンジニアには必要になる。
先ほど池邉さんがAIのことを「ブラックボックス」と表現しましたが、中身がよく分からないまま浸透している技術は多いものです。
その全てを理解するのは難しくとも、気になったものがあれば仕組みを調べてみよう、追求してみようとする好奇心の強いエンジニアがヤフーには多いですし、今後も求める人物像ですね。
池邉:僕も小久保さんと同意見です。加えて、LINEらしいポイントを一つ挙げるとすれば、ビジネス的な視点をあえて持たずにサービスを設計できる「楽しさ」駆動のエンジニアの存在も不可欠ですね。
LINEのサービスは作ったら必ず使われる性質のものではなく、ユーザーが「楽しい!」「友達に使ってもらいたい!」と感じて初めて使われるものなんです。
でも、収益一辺倒でサービスを設計してしまうと、この視点が抜け落ちてしまうことも少なくありません。
会社である以上、事業としての持続可能性はシビアに検討しますが、サービスは「楽しさ」から出発してほしい。
家族や友達、会社の同僚の顔を思い浮かべながら、「どうすれば楽しいコミュニケーションが実現できるか」と思考できるようなエンジニアの方が長く活躍できると感じます。
——近年ですとWeb3やメタバースといった新しい技術が続々と登場し、ビジネスにもインパクトを与えていますよね。技術トレンドがスピーディーに移り変わる世の中で、エンジニアが長く仕事を続けていくために必要なことは何だと思いますか?
池邉:難しい質問ですね。なぜ難しいかというと、僕が新卒だった20年前に比べて、今のサービスって何もかも規模が大きいんですよ。
昔はプログラミングスキル自体が希少だったし、小規模なサービスでも事業になり得たので、「1人でサービスを作って運用しているうちに、全体像がつかめてくる」という学び方ができました。
でも、今それをやるのはあまり現実的ではない。少なくとも、継続していけるような事業性のあるサービスを作り出す難易度は上がっているはずです。
さらに、機械学習やクラウドなど、技術領域はどんどん増えています。それに応じて会社が大きくなり、結果、各技術領域が分業制になっていくことが一般的でしょう。
一昔前と比較して、サービスの全体像を把握することは容易ではありません。
だからこそ、それができるエンジニアの市場価値は高いはず。サービス全体を把握し、自分が旗振り役となってプロジェクトを推進していくPMやEMのニーズは今も、これからも高いでしょうね。
小久保:池邉さんも私も、開発現場がどんどん便利になっていく過程をエンジニアとして現場で見てきました。
例えば、10年前であればかなり時間をさかないといけなかったような作業も、「このライブラリなら一瞬で解決できる!」というような体験って、たくさんしてきているんですよ。ここ数年でエンジニアになった方にとっては当たり前の状況だと思うんですけどね。
ただ、便利な時代だからこそ、貪欲に学ぶ姿勢は必要なのかなと思います。用意されたフレームワークを使えるのは非エンジニアでもできてしまうことだから、エンジニアのアイデンティティはそういうフレームワークを「作る側に回る」ことに置かなければいけない。
便利なサービスやツールに出会ったときに、これってどうやって作っているのかな、どうしたらもっと便利なものを作れるのかな、と考えて、試しに手を動かして作ってみる。そういう行動を繰り返していくだけでも、これからのエンジニアにとって必要なスキルを磨くことにつながると思います。
また、答えのない課題に1人で取り組んでいると、新たな知識をいや応なくインプットしなければならず、成長速度が格段に上がります。開発するうちに「自分はこの領域の技術が好きだな」と感じるものがあれば、そこに向かって専門性を高めていくこともできますしね。
——では、若手エンジニアは成長のためにどのようなアクションを取れば良いでしょうか?
池邉:先ほどの話にもつながりますが、どれだけ小さなプログラムでもいいので一連の開発を1人で行い、運用までやってみると深い学びが得られると思います。
開発が好きなエンジニアほど運用を嫌うこともありますが、運用して初めて不具合やバグ、不便なところが見つかるケースも多いものです。一度でも運用に携わってみると、サービス開発の質もグッと上がりますよ。
小久保:あとは、日頃の開発業務効率を高めるところから取り組んでみても良いと思います。
エンジニアの「学習」というと、プライベートな時間を削って知識習得に打ち込むイメージがあるかもしれませんが、実際の業務を通して学べることも多いはず。
開発の業務効率が高まれば組織自体の生産性も高まり評価してもらえる可能性もありますし、エンジニア個人にとっても、良い意味で会社のリソースを利用しつつ自分の成長にもつなげられる。そういうちょうどいいタスクを今の職場で見つけるのはおすすめですね。
池邉:近年のサービスは規模が大きいですから、プライベートで学習したことを再現できる規模感ではないですからね。
業務時間内でできることを探すのはとても大切ですし、会社としても支援していきたいと思います。
——今後お二方はどのようにエンジニアを育成し、新しい開発組織を成長させていきたいと考えていますか?
小久保:ヤフーのCTOに就任してからの1年弱では、組織、そして個々のエンジニアが成長するための土台を整えてきました。
最初にお話しした四つの指標の設定・計測もそうですし、これらの数値をもとにしたコミュニケーションもそうです。
「ユーザーの幸せ」のための開発ができるよう、メンバーの意識をそろえていくことにエネルギーを割いてきました。
その中で見えてきたのは、ノウハウ共有による業務効率化の重要性です。技術上の細かなトラブルなどにエンジニアたちが時間を取られてしまうのは本意ではありません。
他のチームが過去に対処した問題であれば、そのノウハウをもとにショートカットできるはず。そうして空いたリソースを、ユーザーニーズの追求という重要な課題に振り向けてほしいですね。
そのためには、『Tech-Verse』のような技術カンファレンスを開催することも有効な手だてでしょうし、日常的なノウハウ発信も後押ししていきたいところです。
エンジニアが本当に大切な課題に集中して取り組めるような組織づくりに取り組んでいきたいですね。
池邉:LINEのCTOとして初年度は、組織を把握し、メンバーからの信頼を得るための1年間でした。
急にトップ面をしても、現場からすれば「誰?」って思うじゃないですか(笑)。その温度差は謙虚に受け止めつつ、目指す方向性をていねいに発信することで、メンバーそれぞれが納得感を持って働ける組織づくりに奔走してきました。
今後はメンバーが自主的に、先を見越した行動ができるようにサポートしていきたいですね。小久保さんが言っていたように、僕たちもユーザーファーストで頑張っていきます。
取材・文/夏野かおる
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