地球規模で人類が挑む再生可能エネルギー社会の実現には、ソフトウエアエンジニアの活躍が不可欠です。元Googleエンジニアで、ITを使った再エネの効率利用を探求する「樽石デジタル技術研究所」の代表・樽石将人さんが、実践を通じて得た知見や最新の情報をシェアすることで、意義深くも楽しい「再エネ×IT生活」を”指南”します
エンジニアがEVを買うべきこれだけの理由【連載:ゼロから始める再エネ×IT生活】
僕が代表を務める「樽石デジタル研究所」では現在、複数の電気自動車(EV)を所持していて、それをシステムにつなぐなどして、いろいろと実験をしています。
連載初回では、その一例として、IoT技術を使った自作の需給調整システムを紹介しました。太陽光で発電中のみEVを充電し、曇りや日が落ちた夜など、発電が止まると充電も一時停止するという仕組みです。
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ひと昔前と違って、今はこうした実験を行うのに適した環境が着々と整ってきています。なので僕としては、エンジニアの皆さんにぜひEVの購入をお薦めしたい。
というわけで、今回はEVに関する話題を取り上げようと思います。
EVはもう高くない
2023年に入って、EVの動力源である車載電池の市場に変化が起きています。一言で言うなら、電池メーカーの供給力が需要を超えたことで、「電池あまり」とでも呼ぶべき事態が起きています。
例えば、今年3月の東洋経済の記事は、次のように報じています。
“EV(電気自動車)の動力源である車載電池の市場が、大きな転機を迎えている。過去2年間、中国の電池メーカー各社はEVの販売急増を追い風に、生産能力の拡大競争を繰り広げてきた。
ところが、ここにきて電池の在庫がにわかに膨張。業界内に在庫処分を急ぐ動きが広がり始めた。
「車載電池の在庫は電池メーカーとEVメーカーの両方に積み上がっている。そのうち電池メーカーの在庫は(容量ベースで)約80GWh(ギガワット時)、EVメーカーは約103GWhに上る」ノルウェーの調査会社リスタッド・エナジーの副総裁(副社長に相当)を務める鄒鈺屏氏は、2月21日に開催されたフォーラムの席上でそんな試算を示した。”
これだけ供給過多になれば、電池の値段は今後、下がっていきます。電池の値段が下がれば、それだけ安く、たくさんのEVを作れることにもなります。
実際に中国の自動車市場では、EVなどの新エネルギー車の販売比率が、ここ3年で5%から26%へと急拡大しているという報道もあります。
ひと昔前まで、EVには高級車のイメージがありました。しかし今後は、どんどん手が届きやすいものになっていくと見られています。
新車EVの値段も下がっていますが、中古EVはさらにリーズナブルです。最近の新車EVはなかなか値崩れしませんが、初期のものはバッテリーの劣化などの問題を抱えていたため、今では超激安で手に入れることができます。
僕自身は、2019年末に10年落ちの中古EVを購入しました。車両本体価格は約30万円。もろもろの初期費用込みで50万円くらいかかりました。
今はもっと下がっているので、本体価格10万〜20万、乗り出し価格30万〜40万円で済むのではないでしょうか。
一頃と比べて圧倒的に価格が下がってきている。これが、僕がEVの購入をお薦めする一つ目の理由です。
EVはバッテリー。EVは家電
激安EVを購入したら、いろいろと実験してみましょう。秋葉原でジャンク品のPCを買って実験をしていた、あの頃と同じノリでいじってみましょう。
とはいえ、「実験」とだけ言われてもイメージが湧かない人も中にはいるかもしれません。そんな人に向けて、いくつか発想のヒントを提供したいと思います。
一つは、EVはバッテリー、すなわち、余った電気をためておく場所として使えるということです。
前回のコラムでも触れたように、自家発電のエコシステムを作る上で、余った電気をどのようにしてためておくかは、重要なポイントになります。
しかし、容量10kWhほどの定置用バッテリーを新品で購入しようと思ったら、大体100万円はかかってしまいます。それと同じ容量のバッテリーが、30万〜40万円で手に入ると言えば、中古EVの魅力が伝わるのではないでしょうか。
車はいらなくなったら売ることができます。僕の持っている中古EVも、おそらくは10万〜20万円の売値がつくでしょう。ランニングコストはもちろんかかりますが、ほとんど費用がかからないとさえ言えるのです。
そしてもう一つ、EVは家電と見立てることもできます。
EV(主に国産)は100Vのコンセントに挿すだけで充電できます。パソコン、スマホと何も変わりません。それだけ気軽に扱うことができるということです。
ガソリン車時代には、こうはいきませんでした。そもそもガソリンは危険物で、家に置いておけませんからね。
中古EVは高性能のMacと比べればはるかに安いです。それでいて、まだ誰もやっていないような実験を楽しむことができるのです(そして、それが人類が向き合う地球規模の問題の解決につながるかもしれないのです)。
安く、安全で扱いやすく、それでいてまだ手あかにまみれていない。これが、エンジニアの皆さんにEVを使った実験をお薦めする理由です。
単位がそろうと発想が変わる
自転車、電車、車、バイク……。移動のための道具は世の中にたくさんあります。けれども、どの乗り物がどれくらい効率いいのかは、これまで簡単には分かりませんでした。
動力源が全部電気でそろうと、その比較ができるようになります。
一般的なEVだと、1kWhあたりの走行距離は5〜10kmくらい。僕の乗っている中古のリーフだと、6〜7kmくらい走ります。計算を単純にするために、ここでは1kWh=5kmとしましょう。
これが子乗せ電動アシスト付き自転車だと、1kWhあたり120kmくらいになります。EVの24倍の効率です。人間がこぐ力も加わるので、かなり効率が良くなります。
E-バイク(スポーツ電動アシスト付き自転車)なら、1kWhで160km(JIS9207では400km)。32〜80倍もの効率です。
このようにエネルギー源をそろえると、比較がしやすくなります。そうすると、エネルギーの最適化もしやすくなります。
例えば、炊飯器で米を炊くのと、EVで1 km走るのとで、どちらが消費するエネルギーが多いか分かりますか?
答えは150〜300Whで、どちらもだいたい一緒です。
こうした比較は、これまでは難しい計算式を用いなければならず、一般の人にはとても無理でした。そもそも比較しようという発想自体が生まれなかったかもしれません。
単位をそろえると、こうした比較が容易になります。大げさに言うなら、世界の見え方が変わるということです。
仮に、1年間に家で使う電気の量を5000kWhとすると、これはEVで2万5000km走るとだいたい同じです。年間5000kmしか車に乗らない人は、家で使う電気の5分の1しか使っていないことになります。
そういう家庭で「消費エネルギーを減らそう」と思ったら、まずやるべきは車ではなく、家の電気をどうにかすることかもしれない。単位をそろえることで、こうした発想が生まれやすくなるわけです。
エネルギーは地産地消の時代
以上見てきたように、車をEVにすることは、エネルギー源を電気でそろえることを意味します。そうすると、比較だったり、効率の分析だったりが圧倒的にしやすくなります。
さらに、この連載で再三言っているように、今は「電源の民主化」が進んでいます。必要な分の電気は自分で作れるということです。
そうすると当然、発電した量も把握できることになり、「今日発電したこの電気で米を炊くのか、それとも車を1km走らせるのか」などと考えることができる。いつ米を炊き、いつ車を走らせるのか。そうしたエネルギー利用の最適化もできるようになるのです。
そして、それをシステムやAIを使ってさばくことができるのが、デジタル人材の面白いところ。すべてがうまく回るように設計することで、究極の「地産地消」だって可能になります。
というわけで、今回はいくつかの側面から、エンジニアがEVを買うべき理由を考えてみました。皆さんもぜひEVを購入して、実験を一緒に楽しみましょう!
樽石デジタル技術研究所 代表/大手小売業CTO
樽石将人さん(@taru0216)
レッドハットおよびヴィーエー・リナックス・システムズ・ジャパンにて、OS、コンパイラー、サーバーの開発を経験後、グーグル日本法人に入社。システム基盤、『Googleマップ』のナビ機能、モバイル検索の開発・運用に従事。東日本大震災時には、安否情報を共有する『Googleパーソンファインダー』などを開発。その後、楽天を経て2014年6月よりRettyにCTOとして参画。海外への事業展開に向け、技術チームをリードし、IPO を達成。22年1月に退職。21年12月に立ち上げた樽石デジタル技術研究所の代表のほか、PowerX社外CTO、22年3月からは某大手企業でCTOを務める
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