伊藤穰一(いとう・じょういち)さん(@Joi)
デジタルガレージ 取締役 共同創業者 チーフアーキテクト
千葉工業大学 変革センター長
デジタルアーキテクト、ベンチャーキャピタリスト、起業家、作家、学者として主に社会とテクノロジーの変革に取り組む。民主主義とガバナンス、気候変動、学問と科学のシステムの再設計など様々な課題解決に向けて活動中。2011年から2019年までは、米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの所長を務め、2015年のデジタル通貨イニシアチブ(DCI)の設立を主導。また、非営利団体クリエイティブ・コモンズの取締役会長兼最高経営責任者も務めた。ニューヨーク・タイムズ社、ソニー株式会社、Mozilla財団、OSI(The Open Source Initiative)、ICANN(The Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)、電子プライバシー情報センター(EPIC)などの取締役を歴任。2016年から2019年までは、金融庁参与を務める。これまでの活動が評価され、オックスフォード・インターネット・インスティテュートより生涯業績賞、EPICから生涯業績賞を始めとする、さまざまな賞を受賞。「Earthshot 世界を変えるテクノロジー」の番組共同MCを務め、ポッドキャスト「JOI ITO 変革への道」では定期的にNFTに関する話題を取り上げている他、web3コミュニティーの試験的な開発に取り組んでいる
【予測】「おもしろく、風変わりなことができる」人が評価される時代になる/伊藤穰一
2011年から19年まで米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの所長を務め、現在は株式会社デジタルガレージ取締役兼専務執行役員Chief Architectであり、千葉工業大学変革センターのセンター長としても活躍する伊藤穰一さん。
2023年5月に上梓した最新刊『AI DRIVEN AIで進化する人類の働き方』(SBクリエイティブ)の中で、「人間が『合理的であること』の重要性は、どんどん薄れていく」と示唆する。
ジェネレーティブAIは、仕事や働き方に一体どんな転機をもたらすのか。この記事では、伊藤さんが予測する「AIで変わる仕事」について、本書から一部抜粋して紹介する。
※下記記事は書籍『AI DRIVEN』95~101頁を転載して掲載しています。
「掛け合わせ、練り上げる」僕たちの仕事
ジェネレーティブAIがますます進化し普及していくと、人間の仕事、働き方、ビジネスモデルはどう変わっていくのか。
概念的にまとめると、人間の仕事は総じて「DJ」的になっていくと思います。
僕自身もときどきDJをしますが、DJは基本的に、自分では音楽をつくりません。いろんな音楽の断片を寄せ集めてきて、機材でエフェクトをかけるなどして、コラージュのように1つの音楽を構成します。
しかもDJには、音楽理論の知識は必須ではありません。
むしろDJに求められるのは理論に基づく作曲能力ではなくサンプリング、つまり「どんな断片を掛け合わせ、どのように機材を扱ったらかっこいい音楽になるか」というセンスです。
端的にいえば、「ゼロから生み出すこと」ではなく「掛け合わせ、練り上げること」が、DJのクリエイティビティの見せどころです。そこが、ジェネレーティブAIを使って仕事をするのと、よく似ているのです。
下記(図3)でもわかるように、ジェネレーティブAIを仕事のツールとして使いこなすと、自分の手で「ゼロから生み出す」というプロセスは、ほぼなくなります。
ジェネレーティブAIに指示をしてたたき台を生成してもらい、それをブラッシュアップして成果物を練り上げる。上手なプロンプトを入力し、筋のいいたたき台を生成させることができるかどうかで、最終的な成果物のクオリティも違ってきます。
また、プロンプトを書く際にプログラミングの知識は必須ではありません。
たしかに、知っていると役立つことはありますが、知識以上に必要なのは、ジェネレーティブAIが自分の意図通りに働いてくれるよう、言語化して上手に並べるセンスです。
プロンプトは自然言語の羅列です。つまり、ジェネレーティブAIを使って仕事をする際には、「どんな言葉を掛け合わせ、どうジェネレーティブAIを扱ったら、筋のいいたたき台が生成されるか」を考えるセンスが求められる。
その点においても、DJと同様、「掛け合わせ、練り上げること」が人間のクリエイティビティの見せどころといえるのです。
草案を検討し、ベストなものを選ぶ
AIのテクノロジーは、どんどん進化を続けています。僕自身は、いずれAIが人間を超えるという立場は取っていませんが、人間の「ツール」として、今とは比べものにならないくらい有能になっていくことは間違いありません。
中長期的に見れば、そのなかで「人間にしかできないこと」の範囲も少しずつ変わっていくとは思いますが、ゼロになることはないでしょう。
ジェネレーティブAIが生成した「たたき台」をチェック、精査し、ベストなものを選ぶ、あるいはベストなものへと練り上げるというのが、人間の主な仕事になっていくと思います。
ジェネレーティブAIは、現在は、かなり頻繁に間違えます。したがって、自分が間違いに気づけないような、まったく知らない分野でジェネレーティブAIに頼るのは危険です。
一方、ある程度自分が理解している分野のことならば、ジェネレーティブAIは非常に使えるツールになります。
エラーをチェックする手間を割かなくてはいけないといっても、常にゼロから自分で手を動かして生成するより、ジェネレーブAIを使ったほうが、格段に仕事の効率は上がります。
僕は、AIにコードを書かせるときに、よくそう感じます。
かなり複雑なコードでも一瞬で生成してくれるのですが、仮に10個のコードを書かせたとして、たいていは、そのままで機能するものは1つもありません。どこかがちょっとだけ間違えている。
そこを見つけて修正するわけですが、それでも、感覚的には自分でゼロから書くより100倍速いのです。
このような変化が、あらゆる分野で起こっていきます。まずジェネレーティブAIに仕事をさせて、それを自分の目でチェックし、誤りがあったら正す。
こうして全体のパフォーマンスを上げていくというのが、新時代に活躍する人の働き方として定着していくでしょう。
「合理性」ではなく「おもしろさ」で評価される時代へ
ジェネレーティブAIが有能なツールになればなるほど、「人間にしかできないこと」をすることが、人間の仕事になっていきます。
では「人間にしかできないこと」とは何かというと、「おもしろいこと」「風変わりなこと」です。
ジェネレーティブAIは、いってみれば、「ものすごく物知りな優等生(ただし、ときどきすごい噓をつく)」です。
クリエイティビティらしきものがないわけではありません。特に最新のGPT- 4を搭載したChatGPT やBing は「○○をテーマに俳句を詠んで」「昭和の夫婦漫才風の漫才を書いて」といったオーダーに対して、それはそれで、なかなかおもしろい作品を生成できるようになっています。
GPT- 4では、テキストで出すオーダーだけではなく、画像を交えたオーダーにも答えられるようになる見通しです。
写真やイラストの「意味」を理解し、オーダーとして受け取って、アウトプットを生成できるようになる予定です。
しかし重要な事実は、「ジェネレーティブAIの生成物は、蓄積された過去のデータのサンプリングにすぎない」ということです。
もちろん、人間のクリエイティビティも過去のデータを多分に参照したうえで生まれるものですが、そこに「自分」という人間ならではの「ひねり」を加えることは、人間にしかできません。
ジェネレーティブAIに「ひねりを利かせて」とオーダーすることはできます。しかし、そこで利かされる「ひねり」も、結局のところ過去データのサンプリングにすぎないということです。
この話の根底には、「クリエイティビティとは何か、それはどこからやってくるのか」という非常に深い問いがあるのですが、本書でそこまで踏み込むのはやめておきましょう。
そのうえでいうならば、いくらジェネレーティブAIが進化し、多少なりとも「おもしろいこと」「風変わりなこと」ができるようになっても、「人間ほど高次元なレベルではできない」という仮説を僕は立てていますが、一方で、ジェネレーティブAIは人間を超えるようになると信じる人たちがいることも事実です。
ジェネレーティブAIは、とんでもない間違いをおかすことがありますが、膨大なデータを参照して整合的な答えを導き出すという、きわめて合理的な存在です。人間が第一にジェネレーティブAIに求めるのも、そうした合理性です。
そして合理性という点で優れているAIが浸透すればするほど、人間が「合理的であること」の重要性は、どんどん薄れていくでしょう。
合理性は新しいテクノロジーが担保してくれるなかで、「どれだけ整合性の高い優等生的な答えを出せるか」よりも、「どれほどおもしろい、風変わりなことができるか」―自分という存在由来の「ひねり」、これまでになかった新たな発想を加えることができるかどうかで、評価される時代になっていくでしょう。
書籍紹介
著:伊藤穰一
出版社:SBクリエイティブ
ジェネレーティブAIは、面倒な仕事やチームワーク、マネジメントや組織のあり方を一瞬で劇的に効率化できるツールです。個人の働き方、生き方はもとより、会社組織や教育、文化などあらゆる領域に大きな影響を及ぼしていくことは間違いありません。
ならば僕たちは、ジェネレーティブAIをどのように使っていくか。
ツールとしてのジェネレーティブAIを、うまく使えるようになった人から大きく飛躍していく時代は、もう始まっています。新時代を生き抜くリテラシー、「AI DRIVEN」な働き方・生き方を習得し、活躍のチャンスを手にすることに本書を役立てていただけたら、著者としてたいへん嬉しく思います。
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