イヤイヤ始めたマネジメント職で成果を出してしまった上杉謙信にみる、キャリアの考え方【歴史作家・河合敦が解説】
世間では「堅くて難しいもの」という印象を持つ人も多い日本史。そのイメージを払拭し、日本史を分かりやすく、かつ面白く伝えることをライフワークとしている人がいる。
それが元高校教師であり、現在は歴史作家としてテレビ番組にも登場する河合敦さんだ。
「AIやITなどの最新技術に接しているエンジニア読者の方々からすれば、なぜ遠い昔のことを学ぶ必要があるのかと思う方もいるかもしれません。ただ私は、過去に起こった出来事を学ぶことで、現代に生きる私たちの将来や人生に役立てられると考えています」(河合さん)
中でも、歴史上の偉人たちの生き方を知ることは「仕事やキャリアに悩む若い世代にも様々な気づきやヒントを与えてくれます」と河合さんは語る。
歴史に名を残す偉業を成し遂げた人たちは、どのような目標や信念を持って行動したのか。困難に直面した時は、どうやって乗り越えたのか。
こうした理念や行動哲学はいつの時代にも必要とされる大切なものであり、優れたケーススタディになるはず!ということで、坂本龍馬に学んだ前回記事に続き、今回もエンジニアのよくある悩みを河合さんにぶつけてみた。
今回取り上げるお悩み
某プロダクトでエンジニアとしてゴリゴリ開発に勤しんでいますが、上司から「そろそろマネジャー(管理職)になってほしい」と打診がありました。
自分はコードを書くのが好きでエンジニアになったのであって、チームを率いてメンバーをまとめるポジションが向いているとは思えません。
とはいえ、「現場での経験をぜひマネジメントに活かして欲しい」と熱心に口説かれると、その期待に応えたい気持ちもあり、板挟みの状態です。一体どうすればいいでしょうか?
「その悩みを抱える人なら、上杉謙信の出世エピソードが参考になるかもしれません」と話す河合さんに詳しく伺った。
ケーススタディ・上杉謙信の場合
組織で働いていると、思いがけない仕事やポジションをオファーされることがあるものです。しかし、嫌々ながらも引き受けてみたら、やりがいを感じるようになったり、予想外に高い成果を出したりするケースは少なくありません。
歴史上の偉人で言えば、戦国時代最強の武将とも称される上杉謙信がこのタイプです。
謙信は越後国の守護代である長尾為景の末っ子。家督(家族の主)は長男の晴景が継ぐと決まっていたため、幼い時に寺に預けられました。
しかし父が亡くなると、当主になった晴景が謙信を寺から呼び戻します。当時の越後国は内乱状態だったので、兄弟で力を合わせて長尾家の領地を守ろうと考えたのです。
謙信にとって、これはまさに想定外のオファーでした。幼い頃から寺で修行に励んでいたのに、「今日からお前も武将として戦え」と言われるとは思ってもみなかったでしょう。
ところが幸か不幸か、謙信には戦いの才能があったのです。15歳の初陣でいきなり勝利を収め、その後も次々と的との戦いを制すなど、武将として存在感を高めていきます。
あまりに強いので、長男の晴景より人望を集めてしまい、ついには19歳で兄から家督を譲り受けトップの座に。21歳の時には、将軍の足利義輝から正式に越後国主として認められました。
こうして戦国大名になった謙信ですが、戦いには強かったものの、家臣をまとめるのは決して得意ではありませんでした。
家督を継いだ後も家臣たちがたびたび謀反や領土争いを起こし、越後国がなかなか一つにまとまらないので、とうとう嫌になって27歳の時に突然「俺は戦国大名をやめて出家する!」と宣言し、勝手に城を出て行ってしまいます。
しかし側近たちから「あなたがいないと困る」と説得され、結局は出家を断念しました。
本人は家臣をマネジメントすることに苦手意識があったようですが、周囲の人たちから見れば、謙信はこれ以上ないほど頼りになるリーダーだったということです。
謙信自身も、人から頼られることが戦国大名を続けるモチベーションになっていたようです。というのも、謙信が領土を拡大したいという欲で動くことはなく、戦をするのもほとんどの場合、困っている人や弱い立場の人から「助けてほしい」と頼まれたことがきっかけとなっています。
「川中島の戦い」として武田信玄と何度も激戦を繰り広げたのも、信玄に国を追われたり、攻め込まれそうになった信濃の豪族たちから助けを求められたからでした。
また謙信は関東に十数回も遠征し、大軍を率いて北条氏の拠点である小田原城を攻めていますが、これも関東の武将たちに「北条氏が力をつけて圧力を受けているので助けてほしい」と頼まれたからです。
謙信は望んで戦国大名になったわけではありませんでしたが、人から頼られ、困っている人たちを助けることにやりがいを見出すようになったのでしょう。
エンジニアの場合も、本人は「自分はリーダーやマネジャーの器ではない」と思っていても、周囲から見れば実は素質があるという可能性も十分考えられます。
会社がマネジャー職をオファーしたということは、「この人ならできる」と評価してくれたということ。向いていないと思いつつ、やってみたら謙信のように意外なところにやりがいや適性を見出すかもしれません。
絶対に嫌なら断ればいいと思いますが、迷っているのであれば、一度オファーを受けてみるという選択肢もあるのではないでしょうか。
文/塚田有香、撮影/桑原美樹、編集/玉城智子(編集部)
書籍紹介
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