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「テックへの劣等感がないからこそ、プロダクトを大事にした」増井雄一郎がチューリング青木俊介に聞きたい【自動運転の話】

働き方

第一線で活躍するエンジニアが尊敬するエンジニアに聞きたい話は、エンジニアtype読者にとっても聞きたい話。 エンジニアがインタビュアーとなって気になるあの人に話を聞き、インタビューされた人はまた別のエンジニアの話を聞きに行くーーインタビューでつなぐエンジニアたちの対談リレー、スタート!

記念すべき本連載の第一回。初回のインタビュアーを務めてくれたのは、 日米で計4回の起業を経験し、界隈では「風呂グラマー」としても有名な増井 雄一郎さん。増井さんに「誰に何の話を聞きたいですか?」と聞いたところ……

増井さん

チューリングのCTO・青木さんに、自動運転のあれこれが聞きたいです。

……との回答が。ということで、今回は「青木俊介さんに聞きたい自動運転の話」をお送りします!

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Turing(チューリング)株式会社 共同創業者・取締役CTO
青木俊介さん(@aoshun7

米国カーネギーメロン大学計算機工学科でPh.D(博士号)取得。米国では自動運転システムの開発・研究に従事し、サイバー信号機の開発や大手自動車会社の自動運転システムの開発に携わる。2021年より国立情報学研究所の助教に着任。同年、山本一成氏とチューリングを共同設立

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Product Founder & Engineer
増井 雄一郎さん(@masuidrive

「風呂グラマー」の相性で呼ばれ、『トレタ』や『ミイル』をはじめとしたB2C、B2Bプロダクトの開発、業界著名人へのインタビューや年30回を超える講演、オープンソースへの関わりなど、外部へ向けた発信を積極的に行なっている。「ムダに動いて、面白い事を見つけて、自分で手を動かして、咀嚼して、他人を巻き込んで、新しい物を楽しんでつくる」を信条に日夜模索中。 日米で計4回の起業をした後、2018年10月に独立し'Product Founder'として広くプロダクトの開発に関わる。 19年7月より株式会社Bloom&Co.に所属。現在は、CTOを務める

マルチモーダル学習データ公開の背景「応援してくれる人の不安を減らしたかった」

増井:青木さんと知り合ったのは、チューリングが創業されて間もない頃でしたよね。僕も車が好きで自動運転に興味があったということもあり、代表の山本(一成)さんとSNSを通じてやりとりをしていたら「会って話しませんか?」とお誘いいただいて。その流れで青木さんともお会いした記憶があります。

青木:増井さんは当時も今も本当に車がお好きですよね。カートにも乗ってますし。

増井:そうですね。機械学習やAIにも興味があるので、自動運転の技術を搭載した自動車を作ってみたいと考えていたこともあります。

チューリングさんはここ1年で開発車両を販売したり、LLMの新モデルを開発したりと事業を拡大していますよね。その実情と展望を聞きたくて、今回対談のオファーをさせていただきました。

僕個人としては、技術の発展を考えると、車が自動運転で走る未来は遠くないと思っているのですが、青木さんはどのように予想していますか。

青木:増井さんがおっしゃる通り、自動運転が当たり前の時代は間違いなく訪れると思います。正確なタイミングはまだ断言できませんが、AGI(汎用人工知能)が実現する1歩手前には、AIが人間と同じように状況を認識し、判断しながら運転できるようになると確信しています。

増井:そうなると運転時の判断ミスが減って、交通事故もどんどん減少しそうですよね。数十年後には「1トンを超える巨大な鉄の塊を人間が運転していて、多くの事故が起こっていた」という事実は歴史になるかも。

青木:僕もそう思います。社会のあり方もガラッと変わりますよね。実現のためにはAI技術の発展が必要不可欠ですが、ここ数年の技術革新を見ていると、想像よりも早く自動運転の時代が訪れるかもしれません。

増井:AI技術について、チューリングの具体的な取り組みについてもお聞きしたいです。少し前にオープンソースでマルチモーダルの学習データを公開しましたよね。

青木:Heron』ですね。日本語と英語に対応していて、マルチモーダルなAIモデルとして活用できるんですよ。

増井:どうしてこのタイミングで公開したんですか?

青木:実は、AIを使って自動運転を実現することを社外に向けて説明する際に苦慮することが度々あったんです。「AIで本当に自動運転が実現できるの?」って。

そこで、チューリングがやろうとしていることを分かりやすく示すために、このモジュールを開発しました。これくらい高度なAIなんですよ、ということが伝われば、少しはイメージしてもらいやすいかなと思いまして。

Heron

出典:日英言語対応のマルチモーダル学習ライブラリ「Heron」と最大700億パラメータの大規模モデル群を公開

増井:実際にHeronが自動運転を司るようになるんですか?

青木:実際はもっと高性能なマルチモーダルAIを作りたいと思っています。ただ、開発期間中は成果物として発表できるものがなかなか出せません。とはいえ、全てが出来上がるまで成果物が見えない状態では支援してくれる方々を不安にさせてしまうので、プロダクトの方向性を明らかにして社内外の目線をそろえるために、まずはHeronを公開しました。

増井:なるほど。Heronはチューリングが向かうゴールのマイルストーンということですね。

「これ現実だよね?」生成AIの進化に驚愕する日々

増井:チューリングの創業が2021年8月、ChatGPTがリリースされたのが22年11月ですよね。ChatGPTの登場より早く、大胆にAIを活用した事業を立ち上げた先見の明は素晴らしいなと思います。

青木:ありがとうございます。チューリングを創業した時は今よりもAIに対する期待値が低かったので、「基盤モデルを作って自動運転を実現します」と言っても懐疑的な人が多かったんです。でも、ChatGPTが出現したことでAIに対する期待値が大きく上がり、われわれのやろうとしていることに納得してくれる人が増えました。

増井:僕自身、チューリングさんが創業した当時、AIで自動運転を実現するという話を聞いて「可能性はあるだろうな」ぐらいの感覚でした。でも今は「間違いなく実現するだろう」と思えるので、AIの進化とそれに伴う認識の変化は著しいですよね。

ただ、生成AIが進化を遂げた今でも、試行回数を繰り返してデータを蓄積することでマルチモーダルな働きをする……という事実がいまだに信じられないんですよね(笑)

青木:そうですよね。私もこれだけ文章や画像などの成果物が正確にアウトプットされるようになったのを見ても、全く腹落ちはしないです(笑)。論文を読んでもあまり論理性を感じなくて。でも、確実に成果物が出力されるのも事実なので受け止めていきたいなと思っています。

増井:生成AIが登場した初期を振り返ってみると、当時では想像していなかった世界になりましたよね。

青木:最初のころの生成AIのアウトプットをよく覚えていますが、実用にはほど遠いレベルでした。それがいまや、マンガを作り、綺麗な画像を作り、広告やモデルなどの仕事に活用されるようになっています。

それを考えると、AIが運転というタスクを人間の代わりに担うことは、想像に難くありません。むしろ自然な流れですよね。

増井:ちなみに、チューリングはLLMの開発にどのように取り組んでいますか? 周囲の企業を見渡したとき、学習データは自前で用意して、ChatGPTのAPIを活用している企業が多いように感じるのですが、チューリングはゼロから設計を行っているのでしょうか。それとも、既存のAPIの活用が多いですか?

青木:現時点では、既存のAPIの活用が多いです。もちろん自分たちで設計したい気持ちはありますが、コストがかさみますし、人材も必要ですしね。

ビッグテックがしのぎを削っている領域でもあるので、そこにスタートアップがいきなり突撃しても勝ち目が薄い。自社で設計を行いきれていないのは非常に悔しいポイントでもあるので、自動運転システムが完成して成果を出せたら勝負に挑みたいですね。

増井:つまり、現時点でのチューリングはテックとプロダクトのどちら寄りかと言うと、「プロダクトの会社」なんですね。

青木:そうですね。山本も私もテック寄りの人間なので、テックに振り切ろうと思えば振り切れたとは思います。ですが、これまでの経験上「テックに寄りすぎてもいけない」ということも分かっていた。ある意味、テックに対する劣等感がないからこそ、まずはプロダクトを大事にしていこうと思えたんです。

増井:自動運転というプロダクトありきで、次の段階でテック領域に着手するか検討するということですね。直近ではどんな課題があるのでしょう?

青木:今めちゃくちゃ困っているのが、NVIDIA問題ですね……。

増井:あ~、やっぱりそうなりますよね。

青木:開発を進めれば進めるほど、NVIDIAさんから購入する商品数も増えるので。車載コンピューターの半導体を内製できないか検討しているくらいです。

自動運転の判断は、自動車の中で完結させたい。そうすると基盤モデルやAIモデルを車内で動かす必要があって、そのためにはどのくらいのパワーを持ったGPUを搭載するのか……という問題が発生します。

そのGPUが登場するのを待つのか、自分達で開発するのか。社内でずっと話し合っています。

増井:車載コンピューターって高いスペックが必要なんですよね。電圧や温度などの上限がシビアだとか。

青木:スマホのアプリだったら、極端な話、電源が落ちたとしても大事にはなりにくいですよね。でも、自動運転中に運転を司る頭脳が止まってしまったら事故につながる可能性があります。なので、車載コンピューターに搭載するGPUは高いスペックが求められるんです。

増井:そういえば少し前に、Microsoftが原子力エネルギーに関連するエンジニアの採用を始めたという話を見かけました。NVIDIAと連携した結果、電力不足という課題が出てきているみたいですね。

IT系の企業の課題がソフトウエアだけではない外部要因から引き起こされている状況は興味深いところです。

青木:確かに、「AIで自動運転を実現できるか」という点については、業界ではあまり議論にならないんですよね。このまま進めば実現できそうですねと言われることが多い。それよりも、電力の確保方法や、車載グレードのソフトウェア基盤の確保などの細かいボトルネックが議題になります。

中でも、半導体の問題はハードルが高いですね。でも、ChatGPTの登場のような技術的なブレイクスルーはこれから何度も起こると思うんですよ。その動向に注視しながら、どのタイミングでどの領域にお金と技術の投資をしていくのか考えていこうと思っています。

「明日全てをなくしても生きていける」強いキャリアを築きたい

増井:そもそもの話になってしまうのですが、青木さんはどうしてチューリングを創業して完全自動運転の車を作ろうと思ったんですか?

青木:自動運転の実現に直感的なおもしろさを感じたのと、社会へのインパクトの大きさにやりがいを感じたからですね。

もともとチューリングを創業する以前からアメリカの大学で自動運転の研究に携わっていたのですが、ソフトウエアが車を動かしている姿を見て、「これは来るな」って直感的に思ったんです。コンピュータサイエンスもソフトウエアもインターネットもおもしろいですが、エンジニアリングの世界の延長線上で自分の身体を動かせるようになることに衝撃を受けました。

それに、自動運転は人の命を救える可能性のある技術なんですよね。これまで人の命に関わることは、普通のソフトウエアエンジニアでは難しかった。だから、交通事故を減らすことで人の命を救えるようなプロダクトに携われるのは、ソフトウエアエンジニアとして幸せなことだろうと思ったんです。

増井:自動運転に携わる前は、ソフトウエアエンジニアとしても活動していたんですか?

青木:アメリカの大学に行く前は、日本の大学でコンピューターサイエンスを専門的に研究していたので、アプリを開発したり、研究成果を論文として発表したりしていました。ごく普通のエンジニアですね。

でも、自動運転に携わるまで一般的なエンジニアだったのは私だけではありません。チューリングに入社するエンジニアは大半がそうですよ。もともとゲームやアプリ、バックエンドのシステムを開発していたエンジニアが、今では物理的な動作をする機器を作っています。

私自身、アメリカで自動運転のシステムを作って非常に楽しかったんですよ。だから私は「自動運転車を作ることのできるポジションを日本で増やす」という裏テーマを掲げています。

増井:なるほど、いいテーマですね。

青木:増井さんご自身も、ソフトウエアエンジニアとして活動しつつ電子回路の組み立てもできるし、自動車の改造もやっていますよね。専門分野をいくつも持っている印象があるのですが、どんな考え方でキャリアを歩んできたのですか?

増井:僕の掲げている目標として、「今日持ってるものを全てなくしても明日生きていけるようにしたい」というものがあるんですよ。26歳の時、大学時代に起業したWeb製作会社をたたんだ時に心に決めた方針です。

この時、会社としてはぎりぎり黒字だったんですが、運営がうまくいっているとは言えなかった。個人の仕事が増えすぎた結果、なし崩し的に法人化したので、なんとなく社長になってしまったというのが大きな理由です。

このまま会社の代表を続けるか、いちエンジニアに戻るか。1年かけて悩んだ結果、社長の座を降りてエンジニアに戻ったのですが、この時にキャリアの方針も定めました。

青木:スキルや実績を常に重ねていくことって重要ですよね。これからのエンジニアのキャリアの積み方の指標にもなりそうです。

増井:自分がやりたいことをやるためには、お金だけでは不十分ですからね。例えば、会社を経営していたら100億円あっても溶けるようになくなることは珍しくありません。それで倒産すると、路頭に迷います。マイナスから自分の力で立ち上がって、新しい目標に立ち向かわなければいけません。そのときに、どうにかできる力を持っていたいんです。

つまり、自分がやりたいことをやるためには、収入、周囲との関係性、そしてスキルを含めて独り立ちしている必要がある。そのためにも、個人の実績を示すポートフォリオを持つようにしています。

青木:なるほど。増井さんが積極的にキャリアを動かしてきた理由が分かった気がします。今回はありがとうございました!

文/中たんぺい

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