登大遊、落合陽一を生んだ、未踏の父・竹内郁雄に聞く「優れたエンジニア」に必要なこと
登大遊、落合陽一など数々のスーパークリエータを輩出してきた、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「未踏IT人材発掘・育成事業」(以下、未踏IT)。その立ち上げから現在までを知るのが、統括プロジェクトマネージャーの竹内郁雄さんだ。
2017年には、ビジネスや社会課題解決につながる人材を発掘する「未踏アドバンスト事業」にも統括プロジェクトマネージャーとして参画。国際的なデファクトスタンダードとなるソフトウェアを日本から生み出すべく、人材育成に心血を注いでいる。
前身の未踏ソフトウェア創造事業から数えて24年。のべ2000人を超える修了生を見てきた竹内さんだから言える、優れたエンジニアに共通して求められる素養を聞いた。
独創性、技術力、パッション
━━竹内さんは未踏事業の統括PMとしてたくさんのスーパークリエータを見てきたと思います。彼ら彼女らの共通点から、いいエンジニアの条件を伺いたいです。
つい2、3日前、ちょうど今年度の未踏ITの書類審査を終えたところです。先週の月曜日からまるまる1週間、ほぼ一歩も家から出ずに審査していました。2300ページ超。70時間弱。我ながらよくやったと思いますよ。
━━応募してくる人のどこに注目して審査しているんですか?
書類で見るのは、理路整然と物事が書いてあるか、アイデアが面白いか、といったところ。それはまあ当然として、特技や「ITに対して思うところ」といったことも書いてもらっているので、そういうところから人物像を推し量る。でも、書類で見えるものはそう多くないんですよ。
面談だと、会った瞬間に「気合い」が分かるじゃないですか。なかなか言語化が難しいけども。「何かやりそうだな」という感じというか。書類では伝わらない迫力のようなものがある。
━━IT人材の審査にも「気合い」が問われますか。
世の中は広いから、似たテーマをやっている人を探せば、絶対にいないはずがないんですよ。その中でも自分なりの視点で問題を整理できているか、絶対にやり遂げたいというパッションが感じられるか。そういうところを我々は重視していますね。
もちろんパッションだけでもダメで、それを支える技術背景は必要です。時々いるんですよ、パッションはすごいけれども、技術に関しては「これから勉強します!」という人が。それではちょっと頼りない。
ただ、それでは絶対にダメかと言えば、そうとも言い切れないから難しい。例外もいるんでね。大昔の話ですけど、19歳の高専生が応募してきたんです。「将来漫画家になりたい。漫画を描く上で最も手間がかかるのは絵を描くことではなく、コマ割りだ」という。そこを省力化するために、半自動化するというのが彼女のアイデアでした。
彼女にプログラミング歴はほとんどありませんでした。でも、漫画にかけるすごい情熱が伝わってきた。結果的に、9カ月の間にプログラミングをいろいろと学んで、かなりのことをやり遂げました。
━━技術力が足りなくても採択したのは、彼女の情熱が図抜けていたから?
情熱もそうですが、彼女のアイデアには前例がなかったから。みんながこぞって取り組んでいるところは、技術力がなければ勝負にならない。けれども誰もやっていないところであれば、可能性はある。技術力はそこそこでも、パイオニアとしてその領域を切り開くようなことはできる。その兼ね合いで見ていますね。
優れたエンジニアはメタスキルを持っている
━━誰もが知っている未踏ITの修了生としては登大遊さんがいます。登さんの最初の印象は?
登くんの提案書を見た時には「こんなこと、本当にできるのかな?」と思いました。彼が提案してきたのは、TCP/IPの上にイーサケーブルをシミュレーションのように載せるというアイデアだったんだけど、理屈から言えば、そんなことをすれば当然遅くなる。
マイクロソフトなどの大手もなかなかできていないことだったし、そんなことをやっても無駄だという論文もあったくらい。だから私も「本当にできるのかな?」と思っていました。
私としては半信半疑で採択したんですよ。ところが彼はやり遂げてしまった。採択して2、3カ月後にはもう、立派なデモをやってしまった。本当にびっくりしました。
これは後から聞いた話ですけど、彼は高校時代から相当に名前が売れていたらしい。でも、採択の時点ではなかなかそこまでは見抜けないから。書類審査に特技や「ITへの思い」といった項目を設けたのは、そういうわけ。少しでも人柄のような部分が知りたいと思って、いろいろと工夫しているんです。
━━登さんは別格だとしても、優れたエンジニアには共通した何かがありますか?
千差万別、いろいろな人がいます。「こういうタイプの人に限る」とはなかなか言えないですよ。多種多様でなければ面白くないしね。
ただ、未踏を終えた後に成功している人には、共通する部分がある気がします。彼らはスキルのもう一段階上の、メタスキルを持っている。
━━メタスキル?
スキルを素早く習得する能力というか、スキルを使いこなす能力というか。メタスキルがある人は、それまで使っていたのとは別の言語でも問題なくやれる。別の分野に移っても活躍できる。要するに、自分の持つ技術の活かしどころをいくらでも変えることができます。
自分の持つスキルを俯瞰で見て「ああ、このスキルではもう先がないな。じゃあ次はこっちへ行こう」という判断ができる。これはおそらく、できるエンジニアには不可欠な能力でしょう。
未踏の修了生には、未踏でやったことと全く関係のないことをやって大成功している人も多いんですよ。それはメタスキルを持っていればこそ。そういう人が本物のエンジニアだなと思います。
登くんは確かに特別かもしれないけれど、彼もまたメタスキルを持っている。彼はネットワークのプロフェッショナルですが、未踏の修了後は法律や経済などの文系の勉強もして、スキルを大きく伸ばしました。だからこそ彼の今がある。まさに「鬼に金棒」状態ですよ。
仕事に関係ないプログラム、書いてますか?
━━メタスキルを身につけようと思ったらどうすればいいですか?
簡単に移れるということは、メタスキルというのは要するに基礎力なんですよ。基礎力があるからスキル変更に耐えられる。
基礎力というのは大学生くらいまでに勉強しておかないとなかなか身につかないものですね。30歳になってから「もう一回基礎力を身につけろ」と言ってもなかなか難しい。
━━読者は主に社会人なんですが……。
基礎力というと学校の勉強をしっかりやることのようにも聞こえるけれど、必ずしもそうではないんです。メタスキルを持つ人とは、別の言い方をするなら、目移りしやすい人です。
隣の芝生が青く見えると、すぐにそっちへ行きたくなる人。今はWebのことをやっているけれども、仮想通貨が出てきたら「そっちも面白そうだな」というように。ふっと横道に逸れる。そうやって本業とは別に勉強ができる人のことです。いくらでもテクノロジーの浮気ができる人、とも言えます。
隣の芝生に移るというのは、簡単なようでいて、実は誰にでもできることではない。隣の芝生が綺麗に見えても、「実は酸っぱいんだ」と自分に言い聞かせて手を伸ばそうとしない、イソップ童話のキツネのような人もいる。良さそうに思えても「自分には関係がない」と自己規制してしまう。
いいエンジニアにはそういうところがない。無鉄砲に行けてしまう。そういう人が未踏には多いです。
━━どちらかというと、そういう無鉄砲さが抑制されがちな社会の気もします。
今は管理社会だからね。でも、それでも私は希望を持っていますよ。
これは大昔の話ですけど、未踏が始まる前の1999年。情報処理学会全国大会で、私はコーディネータとして「世紀末討論会」と題した、現場エンジニアとアカデミア研究者の3対3のトークバトルを企画したんです。これが大変盛況で。200人以上入る教室が満員になり、ついには立ち見も出た。
その中で私は会場に来ている人たち、そのほとんどは会社勤めで、普段仕事としてプログラミングをしている人たちを対象に、ちょっとした挙手アンケートを行ったんです。そうしたら、会社ではプログラムを書けない、あるいは書きたくないプログラムを書かされているけれども、自宅に戻ってからは好きな言語で、好きなプログラムを書いている。そう答えた人が驚くほど多かった。
ああいう人たちはきっと“浮気”している人たちなんですよ。1999年の時点で、そういう人が私の予想をはるかに超えてたくさんいた。そのことをすごく心強く思ったんです。日本はまだまだいけるぞ、ってね。
━━本業とは直接関係なくても、それが本業にも役に立つ?
そう思います。その寄り道は、技術力の養成にものすごく役立っていると思う。
だってそうでしょう。誰にも頼まれなくてもプログラムを書くということは、「こんなことをやってみたい」と思うところから始まって、自分で設計して、実際に手を動かして作ることの全てをやるわけです。「せっかく作ったのだから」とオープンソフトウェアとして公開するとなれば、ドキュメントもマニュアルも自分で書くことになる。
もちろんそんなに大規模なものは簡単にはできないですが、それはゼロから作り上げた、まごうことなきその人の産物です。そうやってゼロからひと通りやってみた経験は絶対に生きるだろうと思います。
そういう意味では、これは学生か社会人かという話ではない。研究室のプロジェクトなどで、まさに駒のようにして「この部分をやれ」と言われてやっているのでは、その人はなかなか育たないわけですからね。
足りないのはビジネススキルか、技術力か
━━2017年にスタートした未踏アドバンスト事業についても伺いたいです。未踏ITで求める人材とはどのような違いがありますか?
25歳未満の優れた人材を発掘し、それを大いに伸ばそうというのが未踏ITです。そこでは多少無鉄砲で荒削りでも、IT人材としての伸びとポテンシャルを重視します。
一方、未踏アドバンストは、日本のIT産業とIT社会基盤の発展・強化につながるような、より成熟したIT人材を育成することを目的としている。年齢は無制限。プロジェクトあたりの予算もかなり大きい。未踏ITより高い事業性や社会実装、国際的なデファクトスタンダードの実現可能性を重視しています。
━━米国にはビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズ、イーロン・マスクのような、プログラマ出身で社会的に大成功を収め、小学生にも知られている人がいます。ところが日本にはそれがない。アドバンスト事業を立ち上げた背景には、そういう問題意識もあるように思うのですが?
そういう人、出てきてほしいですよね。現状はまだいないので。そもそも日本発で国際的に大ブレイクしたソフトウェアがない。これについては、我々未踏側ももうひと頑張りしないといけないですね。そういう人材を育て、また彼らが成功するような環境を作る必要がある。
━━なぜ日本からそういう人が出てこないのでしょうか。ビジネススキルの問題ですか?
それもあるかもしれないけれど、それだけとは言えないでしょう。むしろ技術力の問題かもしれない。
私は、未踏アドバンストを修了した人に対して「すぐに会社を作ってビジネスをしろ」とは言いません。なぜか。ひょっとしたら将来大きく育つかもしれない芽を潰す可能性があるからです。
未踏アドバンストはあくまで人材育成。プロジェクトは長いと言ってもせいぜい8、9カ月です。それを終えて即起業してお客さま相手のビジネスをしても、大きく成功する可能性はゼロではないが、大きくはない。
慌てて起業すると、端的に言えば、お客さま対応に追われることになります。もともと大人数で始めるわけではないから、トップエンジニアもそこに駆り出されることになる。そうすると技術の厚みを増していくことができない。次のステップを踏めなくなってしまう。あるいはそのスピードが鈍化してしまうんです。
修了して5年は、技術的資産を増やすことに専念した方がいいと考えています。日本からなかなかいいものが育たないのは、日本のビジネス環境がなかなかその猶予を与えてくれないところがあると思います。
例えば、今はビジネス的に大きく成功しているPreferred Networks。あそこも起業してしばらくは、半分は大学のような会社でした。成功を収めるまでには創業から5、6年は経っていると思います。
修了生のその後を追うために、創業者の西川(徹)くんらにインタビューをしに行ったことがあるんです。しばらくしたら「すみません、これからゼミがあるので」と言って忙しそうにしていてね。それを聞いて「これだ!」と思いましたよ。そうやって大学の研究室みたいにして内部にパワーを溜めていったからこそ、あそこまでいけたんでしょう。
デキる奴をデキる奴として扱える社会に
━━未踏の修了生には組織に属して働いている方もいると思います。そこで伺いたいのはそれを受け入れる側の心得です。仮にポテンシャルのある人が会社に来てくれたとしても、その力が会社の力になる上では、迎え入れる側にも必要なことがあるように思うので。
それは未踏のPMにも通じる話ですが、「できるな」と思った子に対しては「出る杭を伸ばせ」というのが我々のスタンスです。未踏の子たちが修了後、入った会社で活躍できた例を見てみると、大体そういう上司に恵まれている。ひとことで言うと、パトロン的な上司が自由にさせてくれているんです。
逆に、一番たちが悪いのはできる上司です。できる上司は、できる若い子が入ってくると衝突しやすい。そういう上司と喧嘩して辞めたという話をよく聞くんです。彼らは辞めたとしても潰しが効くから、そういう会社からはすぐに出ていってしまうんですね。
だから「自由にさせておいた方がトータルでは会社にとって得だ」という判断ができる、本当の意味で「デキる」上司が必要です。もちろん、特別扱いをしていることは周りにも伝わるでしょう。日本は嫉妬の社会だから、よく思わない人も出てくるかもしれないね。でも、やはり「デキる奴」を「デキる奴」として扱えないようだと、社会としてはなかなか辛いものがありますよ。
━━未踏でのびのびと才能を伸ばしても、社会の側がそれを受け入れられるように成熟していなかったら、せっかくの才能を活かせないことになりますね。
そうです。でも、昔はひどかったけれど、最近は割と良くなってきていると思いますね。なぜって「未踏を修了した優秀な子を取りたい」と言ってくれる会社が増えているから。
彼らは面白いと思えばなんでもやってくれるし、面白くないと思うことはやろうとしない。そういう子を欲しいと言ってくれる会社は、彼らを潰さない会社ですよ。そういう会社が昔と比べて増えてきた。日本の社会も少しずつ変わってきていると思いますよ。
取材・文/鈴木陸夫 撮影/桑原美樹 編集/玉城智子(編集部)
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