今、全国の地方公共団体で急ピッチで進められている「自治体情報システムの標準化・共通化」をご存じだろうか。
簡単に言うと、これまで自治体ごとにバラバラだった情報システムを改め、国(各省庁)の標準仕様に基づいて開発された「標準化システム」へ移行する取り組みだ。この移行作業は法律(標準化法)で義務化され、全国に1788ある自治体全てが2025年度末までに完了させなければならない状況となっている。
だが規模の小さい自治体ではITに精通した人材が不足しており、思うように対応が進んでいないケースも多い。そこで外部から知見を持つIT人材を受け入れ、標準化プロジェクトをけん引するPMOの導入を始め、さまざまなDX推進の支援を求める自治体が急増している。
こうしたニーズに応え、自治体DX推進支援のコンサルティングサービスに力を入れるシー・スリー・アイの九島正広さんに、地方自治体が抱える課題と必要とされる支援について詳しく聞いた。
シー・スリー・アイ株式会社
自治体DX推進事業部長
秋田デジタルイノベーションセンター長
九島正広さん
大学卒業後、東北日本電気ソフトウェア(現NECソリューションイノベーター)に入社。地方公共団体向けの営業や営業企画に携わる。NEC東北支社のシニアエキスパートを経て、2018年に自治体向けITソリューションを手掛ける株式会社アチカの代表取締役社長に就任。その後、起業や自治体向けコンサル事業会社の取締役を経て、20年より現職。内閣府自治体システム標準化業務アドバイザーや秋田県DX推進アドバイザーなども歴任
リソースや知見の不足で進まない自治体DX
ーーシー・スリー・アイには各地の自治体からDX推進支援を求める依頼が寄せられているとお聞きしました。なぜ自治体からのニーズが高まっているのでしょうか。
背景にあるのは国が2020年12月に策定した「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」です。
これはデジタル社会の実現に向けて自治体が取り組むべきことや進め方の手順などを具体的に示したガイドラインで、全国の自治体がこの計画に沿ってDXを進めています。
この推進計画では「自治体DXの重点取組事項」として7項目を挙げています。その一つが「自治体情報システムの標準化・共通化」。21年9月に施行された「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律」により、25年度末までに対象となる基幹系20業務システムを国が示す標準準拠システムへ移行することが義務づけられました。
日本には都道府県と市区町村を合わせて計1788の自治体が存在します。その全てが期限内のシステム標準化を目指していますが、進捗が遅れている自治体も多いのが現状です。こうした事情から、民間による支援を求める自治体のニーズが急速に高まっています。
ーー自治体のシステム標準化プロジェクトが順調に進まない要因はどこにあるのでしょうか。
最大の要因はリソースと知見・ノウハウの不足です。
規模が大きい自治体であればDX専門の部署がありますが、小規模な町や村では、企画課や財政課などの職員がDX関連業務を兼務することも珍しくありません。
通常業務をこなしながらシステム標準化プロジェクトも担当するとなれば職員の負担が大きくなるのは当然。さらに、そもそも人手が足りていないという課題があります。
しかも担当する職員はITやデジタルの専門知識がある方ばかりとは限らないため、プロジェクトの進め方に戸惑う職員もいる。標準仕様のシステムへ移行するにはパッケージシステムを開発するメーカーやベンダーとの調整が必要ですが、DXの知見を持たない人がプロジェクトの推進役を担うのは非常にハードルが高くなるわけです。
標準化の対象となる20業務の現行システムが1社のメーカーやベンダーで統一されていれば比較的進めやすいのですが、例えば税務系と福祉系と住民系の業務で異なるベンダーを採用している場合は、標準化に向けてベンダー間の調整も発生するため、自治体側の窓口となる職員の負担はより大きくなります。
ーー具体的にはどの工程がボトルネックになりがちですか。
いわゆる「Fit&Gap分析」の作業です。標準化システムへ移行するには、現行システムと国が示す標準仕様とを照らし合わせて、どこにギャップがあるかを洗い出さなければいけません。
今回は国が示す標準準拠システムへの移行なので、自治体が住民に対して発行する帳票のレイアウトも全国で統一されるなど、従来の業務フローからの変更も多く発生します。
よって25年度末の期限に間に合わせるには、ギャップの洗い出しをすでに終えていないといけない時期ですが、ほとんどの自治体ができていない。ましてやギャップがあった場合の対策まで進んでいる自治体はごくわずかです。
ーー自治体職員にDXの知識や経験がなくても、メーカーやベンダーの主導で進めてもらうことはできないのですか?
メーカーやベンダーもリソースが足りないのは同じです。何しろ全国の自治体が一斉にシステム標準化を進めるわけですから、移行作業も同時期に集中する。
ベンダーが一つの案件に投入できる人材や時間も限られるので、自治体への対応も最小限のものになりがちです。
もちろんベンダーも必要な資料や情報は提供してくれますが、「『こちらで出すべきものは出したので、あとは自治体側で進めてください』と言われてしまった」という事例を自治体の担当者からはよくお聞きします。
こうした事情から、自治体とベンダーの2者だけでシステム標準化を計画通りに進めるのは難しいのが現状です。
PMOチームが自治体職員の立場になってプロジェクトを推進
ーー全国の自治体がDX推進について多くの課題を抱える中、シー・スリー・アイはどのような支援を行なっているのか教えてください。
当社には「自治体DX推進事業部」という専門部署があります。シー・スリー・アイはこれまでシステム開発やインフラ構築・運用などを手掛けるシステム エンジニアリング サービス事業が中心でしたが、先ほど話したようなニーズの高まりを受け、3年前に自治体のDX推進を支援するコンサルティング組織としてこの専門部署を立ち上げました。
24年4月には秋田県・秋田市の誘致企業として「秋田デジタルイノベーションセンター(通称ADIC)」を設立し、この事業所を拠点としてより本格的に地方自治体を支援できる体制が整いました。
ADICでは前述した国のガイドラインに沿って自治体DX推進を支援するため、「業務効率化・業務改革」「情報システム標準化・手続きオンライン化」「データ活用・デジタル地域対策」「ワークスタイル改革」の四つの領域でコンサルティングを行なっています。
やはり直近では実行の期限が迫っている情報システム標準化に関するニーズが高く、中でも標準化移行プロジェクトの工程・進行管理を担うPMO業務のサポートを必要とする自治体が急増しています。
すでに述べた通り、DX推進に関する課題が山積しているのは、専門部署を持つ余裕がない規模の小さい自治体です。
そこでシー・スリー・アイは支援先を人口10万人以下の小規模自治体に限定し、現場と共に課題解決を目指す伴走型コンサルティングを行なっています。
ーー課題解決に向けて、具体的にはどのようなアプローチで取り組んでいますか。
PMO支援の中心はメーカー・ベンダーとの調整や進捗管理ですが、私たちが大事にしているのは、「自治体職員の立場で考えたときに何が必要か」を常に意識して課題解決に取り組むことです。
例えば昨年12月から支援を開始した秋田県大仙市では、現行システムや業務の調査・分析を行なっているところですが、当社のPMO支援チームが現場に入った時点では、Fit&Gap分析についてもベンダーからは型通りの資料しか提供されていませんでした。
そこで私たちからベンダーに対して「現行システムと標準システムの画面や項目がどう変わるのかを可視化してくれないと、現場の職員は新しいシステムのイメージがつかみにくい」「ギャップを洗い出すだけでなく、どう対策するかという案まで示してもらわないと、現場の職員は判断できない」といった要望を伝えて、より細やかな対応を求めています。
こうした要望は自治体側からはなかなか言いにくいので、私たち外部の人間が職員の方たちの声を代弁する役割を担います。
また、これまでは現場の声をベンダーに届ける機会がそもそも少なかったので、今後は両者が直接対話できる定例会などを開催できるように調整を進めています。
標準化されたシステムを実際に使うのは、市民課や福祉課などの窓口に立つ職員の方たちですから、DX担当の職員だけでなく、ユーザーとなる現場職員の声を開発側に伝えることも重要だと考えています。
ーー自分たちの立場を理解し、ベンダーとの間に入って調整してくれる人がいれば、自治体側も心強いですね。現場職員の声はどのように把握しているのですか。
標準化の対象となる20業務に関わる現場職員にヒアリングする機会をできるだけ多く設けています。
大仙市でも、2カ月ほどかけて当社のメンバーが各課を回り、職員から詳しく話をお聞きしましたし、今年4月から支援を開始している山形県西川町でもこれから現場職員への聞き取りを開始する予定です。
これはどの自治体にも共通することですが、現場の中にはシステム標準化を自分ごととして捉えていない職員もいらっしゃいます。「法律で決まったことだから、自分たちは業者が作ったものを使えばいいだけ」という感覚なんですね。
でも何もかもベンダー任せにしていたら、いざ標準化システムへ移行して使い始めたときに「こんな仕様なの?」「使い方がこれほど変わるなんて聞いていない」といった声が必ず現場から上がります。
結果的に困るのはユーザーである現場の方たちですから、私たちがヒアリングを重ねることで当事者意識を持っていただき、システム標準化に向けた機運を醸成していくことも重要だと考えています。
一つの自治体の方針や施策をゼロから生み出す面白さ
ーー自治体が置かれた現状をお聞きして、ITやデジタルの知見を持った外部人材の必要性がよく分かりました。今、エンジニアが自治体のDX推進支援に携わるメリットや面白さはどこにあるとお考えですか。
これは小規模自治体を専門に支援するシー・スリー・アイならではの答えになりますが、「ゼロから1を生み出す」経験ができるのはキャリア的にも大きなメリットだと思います。
大規模な自治体に支援に入っても、結局はDX推進の一部分にしか担当できないことが多いのですが、私たちのお客さまは小さい自治体なので、「どのようにDXを推進していくか」という計画立案から携わることができます。
一例を挙げると、ある自治体で業務改革のコンサルティングに入ったときに、BPRについて私たちが現状の調査・分析と計画立案を行った時のこと。
施策の必要性を自治体の幹部に提案した結果、事業として認められて予算化され、システムの実装までやり遂げたことがあります。
何もないところから方針や施策を一つ一つ決めていくのは、非常にクリエーティブで面白い仕事です。
ーー施策の必要性から説いたり、啓蒙したりしているとは。まさにゼロからですね。
施策の実現にあたり、さまざまな事例や実在するサービス・製品を探してご紹介することも私たちの役目です。日々、暮らしを便利にする、新たな視点で創られたサービスが生まれています。
企業同士の掛け合わせにより、たくさんのアイデアや解決方法が生まれる。メーカーやベンダーではない独立系であるからこそ、いろんな会社と協業することで「住民目線のサービス導入」に携わることができるのが、シー・スリー・アイの強みです。
自由な発想で、製品やサービスの組み合わせを考えるのはクリエーティブそのもの。
自分が今まで得意としてきた技術や分野を、地域の課題解決のために役立てることができたらエンジニア冥利につきますよね。
ーーそれはやりがいがありますね。
そもそも自治体を支援する仕事は、民間企業をクライアントとする仕事とはまた違った魅力があります。
自分のスキルや経験を活かし、国を挙げた取り組みである自治体DX推進に貢献できるのは大きなやりがいです。
私自身が秋田県出身で、いつか地元に貢献したいという思いが強かったので、自分と縁のある自治体を支援する機会があるのはモチベーションになります。
また自治体は継続的な支援を求められることが多く、私たちが持つ知見を評価していただきながら、長期的に信頼関係を築いていくことができます。
最近は口コミでお声掛けいただくことも増えていて、自治体がシー・スリー・アイのDX推進支援を高く評価してくださっているのだという手応えを感じています。
ーー自治体のDX支援を担うには、どのようなスキルや経験が必要でしょうか。
ものづくりが好きで、かつ上流のITコンサルティングやアドバイザリー業務に携わった経験があればもちろん適性がありますし、PMO支援については、一定規模のプロジェクトでPM経験がある人なら知見が活かせます。
自治体や官公庁など公共系案件の経験がなくても、マネジメントスキルやリーダーシップがある人なら活躍できる可能性は十分あります。
当社でもシステム エンジニアリング サービスで民間企業のプロジェクトに長年入っていたメンバーが、一昨年から自治体DX推進事業部に異動して地方自治体の案件を担当している例があります。
自治体案件で必要となる知見を積極的にインプットし、プロジェクトをリードしていこうとする前向きな姿勢があれば、公共系の業務経験がなくともお客さまに貢献することができるはずです。
一方で、弊社では自治体職員の経験者も積極的に採用し、社内で自治体の仕組みや業務について知見を共有しています。
ITやデジタルの知見を持つ人材と自治体の現場をよく知る人材が協力することで、よりお客さまに寄り添った伴走型の支援が可能になると考えています。
ーー自治体のDXを推進するには、標準化システムへの移行以外にもまだまだ取り組むべきことがあります。シー・スリー・アイとしてどのような支援をしていきたいか、今後の展望をお聞かせください。
一つは、私たちがハブとなって自治体同士の横のつながりを作っていくこと。シー・スリー・アイが自治体を支援するだけでなく、自治体同士で情報やノウハウを共有したり、共同で事業を進めたりできれば、自治体DXをさらに加速できます。
すでに当社が運用するTeams上に「DXトーク」と名付けたチームを作り、私たちが支援する自治体のDX担当者は全員参加できる場を設けています。
少しずつですが担当者間でのコミュニケーションも増えているので、今後はこうした連携をさらに活性化していきたいと考えています。
もう一つは、冒頭で紹介した国のガイドラインで「自治体DXの重点取組事項」に挙げられている「自治体フロントヤード改革の推進」の支援強化です。
これは住民と自治体の接点をデジタル化し、オンライン申請やワンストップ窓口を実現することで、住民の利便性を向上させる取り組みです。
皆さんも記憶に新しいと思いますが、20年に新型コロナウイルス感染症の特別定額給付金が支給された際、オンラインで申請したのに郵送で申請した人より支給が遅れるケースが続出しました。
これぞまさにフロントヤード改革が進まないことによる典型的な弊害です。今後は窓口サービスのデジタル化と業務プロセス改革を同時並行で進めていく必要があります。
地方は人口減少や過疎化など多くの課題を抱えていますが、たとえ自治体の規模や数は縮小したとしても、役所の機能がなくなることはありません。社会の基盤となる自治体を支え、DXを前へ進めていくために、これからも貢献していきたいです。
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取材・文/塚田有香 撮影/桑原美樹 編集/玉城智子(編集部)