どの業界であっても、そこで長年活躍するためには日々の勉強が欠かせない。日々めまぐるしく変化していくIT業界であれば、なおさらだろう。
ただ、ある程度の経験とキャリアを重ねると、「自己成長」は少しずつ感じづらく、難しくなっていく。そこで停止せずに成長を続けていくためには、どうすればよいのだろうか?
最前線で活躍する5名のプロフェッショナルのキャリアから、エンジニアとして成長の道を歩み続けるためのヒントを探ってみよう。
※本記事は、エンジニアtypeが運営する音声コンテンツ『聴くエンジニアtype』より内容を抜粋して作成しています
自分に合った方法を、アジャイルで探って自ら決める
【エムスリー・ばんくし】
Sansan、Yahoo! JAPAN、CADDiなど名だたるテックカンパニーに在籍し、現在はエムスリーのVPoEとして活躍している「ばんくし」こと河合俊典さん。貪欲に自己成長に向き合ってきたばんくしさんならではの、「エンジニアとして成長するため」のアドバイスをもらった。
ばんくしさん
何事も「自分で探すこと」が大切だと思います。自分なりのやり方って自分にしか分からないんですよ。
いろいろな人が「こうした方がいい」「ああした方がいい」とアドバイスをくれますが、「それが本当に合っているか」とか「こっちの方がやりやすいかも」という判断は自分でやらないといけないな、って。変な筋肉が付くとスポーツがしにくくなるように、変なクセがついちゃうと成長しづらくなっちゃいますからね。
上司やプロジェクトで知り合った人に話を聞くだけでも、自分のやり方が正しいかどうか分かってくると思います。いろいろなやり方を試して、それを自分の中で整理していいとこどりをしてみる。それが、エンジニアとして成長する上で大事なことだと思います。
ソフトウエア工学って「工夫して学ぶ」と書くじゃないですか。自分なりに工夫して勉強するのが大事だなと最近すごく感じています。
必ずうまくいく成長方法というのは存在せず、その人のタイミングや状況で選択すべき手段は変わる。あれこれ試すことに不安を感じる方もいるかもしれないが、どれが自分に合っているかを判断する前に「一回やってみる」というのも大切だと、ばんくしさんは語る。
ばんくしさん
「今このやり方を続けるとメインの仕事に影響が出る」とか「身体がしんどい」とかは、すぐに分かることだと思うんですよ。
短ければ1週間、長くても1カ月くらい試したら、それがうまくいっているかを判断する時間を作るのは大事。判断がつかなければ、一回他のやり方を試してみてから振り返ってみるのもいいと思います。「比べてみるとこっちのやり方の方が良かったな」と気付くこともあると思うので。
それに、いろいろやってみることで「あれよりこっちの方が良かったかも」とランキングが付けられるようになっていきますよね。そのランキングの中で上位のものを少し継続すると良いのではないでしょうか。アジャイルのように、PDCAを回してみるのが良いと思いますよ。
エムスリー株式会社 VPoE
河合俊典(ばんくし)さん(@vaaaaanquish)
Sansan株式会社、Yahoo! JAPAN、エムスリー株式会社の機械学習エンジニア、チームリーダーの経験を経てCADDiにジョイン。AI LabにてTech Leadとしてチーム立ち上げ、マネジメント、MLOpsやチームの環境整備、プロダクト開発を行う。2023年5月よりエムスリー株式会社3代目VPoEに就任。業務の傍ら、趣味開発チームBolder’sの企画、運営、開発者としての参加や、XGBoostやLightGBMなど機械学習関連OSSのRust wrapperメンテナ等の活動を行っている
成長は物理。裏ワザはない。
【米マイクロソフト・牛尾 剛】
米マイクロソフトでの実体験をベースに執筆した『世界一流エンジニアの思考法』(文藝春秋)の著者・牛尾 剛さんは、自身のことを「ガチ三流エンジニア」と自称する。
「マイクロソフトに入社して、いろいろな人から優れたエンジニアリングについて教わった」という牛尾さんが考える「エンジニアの成長に必要なもの」は、非常にシンプルな答えだった。
牛尾さん
僕は「成長は物理」だと思っているんです。
と言うのも、以前マネジャーが言っていた「There is no magic」という言葉がすごく腹落ちして。結局、愚直に本を読んだり、習得したい言語の文法を理解したりするのをちゃんと積み重ねるのが大事だと思うんですよね。
世の中には「10分で分かる」とか「超成長」とか謳った動画がたくさんあって、みんな裏ワザみたいなものを探してしまいがちだけど……。
当たり前のノウハウをきちんとやっていくこと。成長って、本質的にはそういうものだと思います。
いろいろなことの「やり方」が流布している時代だからこそ、そのやり方を愚直にやることが、エンジニアの成長に関しては「王道だろう」と、牛尾さんは強調する。
牛尾さん
僕の場合、自分は不器用でプログラマーとしての質は良くないということを受け入れて、いろいろ試した結果分かったのが「知識を積み上げていけば、アウトカムが手に入る」という非常に物理的なものでした。
個人の頭の良さや才能にかかわらず、誰でも勉強することはできるじゃないですか。もしかしたら賢い人は僕の半分の時間で習得できるかもしれないけど、人の2倍の時間をかけて勉強すれば僕もできるようになるとも言えるし。
それに、全部が全部うまくいくなんてことはないですからね。だから皆さんも、うまくいかないことがあっても気にしなくていいと思いますよ。「そんなもんや」と考えればいいんです。
『世界一流エンジニアの思考法』著者
牛尾 剛さん(@sandayuu)
1971年、大阪府生まれ。米マイクロソフトAzure Functionsプロダクトチーム シニアソフトウェアエンジニア。シアトル在住。関西大学卒業後、日本電気株式会社でITエンジニアをはじめ、その後オブジェクト指向やアジャイル開発に傾倒し、株式会社豆蔵を経由し、独立。アジャイル、DevOpsのコンサルタントとして数多くのコンサルティングや講演を手掛けてきた。2015年、米国マイクロソフトに入社。エバンジェリストとしての活躍を経て、19年より米国本社でAzure Functionsの開発に従事する。ソフトウェア開発の最前線での学びを伝えるnoteが人気を博す
凡人が天才のやり方をパクったところで、うまくはいかない
【東京大学松尾研究室・からあげ】
続いては、東京大学の松尾研究所でデータサイエンティストとして活躍している、からあげさんの持論を紹介しよう。「地道なインプットの積み重ねが大事」と前置きした上で、からあげさんは次のように語る。
からあげさん
やり方に関しては向き不向きがあるので、自分なりのスタイルを見つけるのが重要ですね。
私の場合は書くことがそれほど苦ではないので、ブログでアウトプットすることを念頭に置きながらインプットすることを続けています。内容としては、興味本位で選ぶことが多いです。だからインプットした知識を結果的に使わない、というケースもあるんですよ。でも書くことが苦じゃないから損した気分にはならないです。
ただ、文章を書くことが苦手な人は、ブログでアウトプットするためにインプットするという方法はただ苦しいだけ。それでは良い結果につながらないので、いろいろな試行錯誤をして自分に合ったやり方を見つけるのがカギです。
成長するための近道を探すのではなく、自分にフィットする最適解を探すこと。地味かもしれないこの作業こそ、最終的には成長を強く後押ししてくれるのだという。
からあげさん
天才だったらどんなやり方でも効率的にインプットできてしまうと思うんですけどね。凡人だからこそ、自分のスタイルを見つけるべきだと思います。
その方が結果的に幸せになれるんじゃないかなって。凡人が天才のやり方をパクったところで、うまくいかない気がするので。いろいろ試してみて、自分に合わなければ違うことをやってみる勇気も時には必要なのではないでしょうか。
東京大学松尾研究室/株式会社松尾研究所
データサイエンティスト
からあげさん(@karaage0703)
『人気ブロガーからあげ先生のとにかく楽しいAI自作教室』(日経BP)『Jetson Nano超入門』(ソーテック社)を執筆。『ラズパイマガジン』『日経Linux』など多数の商業誌・Webメディアへも記事を寄稿。 個人としてモノづくりを楽しむメイカーとして「Ogaki Mini Maker Faire」をはじめとした複数のメイカー系イベントに出展。好きな食べ物は、からあげ
若いうちは「俺、最強」くらいに生意気で良い
【Meta・松岡玲音】
「成果を出さなければいけないという切羽詰まった状況で、がむしゃらに勉強すればストレッチできる」と話すのは、現在Meta Londonでエンジニアとして活躍する松岡玲音さんだ。
松岡さんは、東大薬学部、アメリカの大学院での宇宙工学を学び、マサチューセッツ工科大学へ進学後、メルカリでテックリードとして同社事業の中核となる技術に携わった経歴を持つ。
松岡さん
私はもともと機械学習しかやってこなかったので、メルカリに入った時に書けたのはPythonだけでした。
そんな中、検索結果のリランキング機能をバックエンドにつなぐプロジェクトを任されたんです。実はこれ、誰がやってもなかなか進まないプロジェクトで。私はバックエンドなんて触れたこともないし、PHPのコードもほとんど読んだことがない。だからとにかくコードを読みまくって、いろんな人に聞きまくって……。どうにか2~3週間くらいで終わらせました。
自分が触れたことがない技術に否応なしに向き合う機会を与えられて、ぐっと伸びた感じがありましたね。
確かに鉄火場に放り込まれる経験をしなければ、本当の意味での自信は身に付かない。とはいえ、そういった逆境に立ち向かうには勇気が必要だ。経験の浅い若手エンジニアであれば、なおさら二の足を踏んでしまうこともあるだろう。そんな若手に向けて、松岡さんはこうアドバイスしてくれた。
松岡さん
「俺、最強」くらいの生意気さがあって良いと思います。若いうちから「控えめ」とか「社会性」とか気にしすぎない方がいい。周りにはいい大人がいっぱいいるでしょうし。
尖っていた方が伸び幅も大きいような気がします。若い人なんて生きてるだけで徳を積んでいるようなもんじゃないですか。これからの世界を作っていく存在なわけだし。犯罪とかしない限りプラスです。
Meta London
松岡玲音さん(@lain_m21)
1992年生まれ。東京大学薬学部卒業後、アメリカの大学院で宇宙工学を専攻。その後、機械学習のロボットへの応用へ興味を持ち、マサチューセッツ工科大学(MIT)の航空宇宙工学専攻へ転学。ロボットAIなどについて研究を重ねた。その後中退し、18年10月よりメルカリでインターンシップを開始し、19年1月に同社へ入社。機械学習エンジニアとして「出品価格推定」のモデリングや「レコメンドエンジン」の基幹システム、「エッジコンピューティング」など、メルカリの事業の中核となる技術に携わる。テックリードとしてプロジェクトマネジメントも担った後、22年5月に退社。同年夏からロンドンのMetaにジョイン
「少しずつ前進」でチャンスを掴む力を育んで
【カケハシ・椎葉光行】
医療系スタートアップのカケハシで、フルスタックエンジニアとして新サービス開発に従事する椎葉光行さんは「若い頃は常にイライラしていた」と語る。
椎葉さん
勉強会で会う人たちと職場の人たちを比べてイライラしていました。「もっと良くできるのに何で努力しないの?」と思ったり、自分よりできる人たちを見て落ち込んだり。「もっとスキルアップしたい」と常に焦っていました。当時はコードレビューでも、かなりトゲトゲしていたんじゃないかな。
ただそのときに必死で勉強したことは、今につながっている感覚がありますね。今自分の成長に焦りを感じている方は、その焦りを追い風にしてガンガンいけば良いと思います。
開発には周囲の協力が不可欠なので、周りの人を傷つけないやり方ができるのであれば努力して欲しいという気持ちも半分……と言いつつ、20代のうちならそんなことは気にせずガンガンいっちゃっても良いかなという気もします(笑)
焦りは決してマイナスなことではなく、むしろ成長の原動力になり得る。ただ日々焦りを感じているエンジニアの中には、「すごいエンジニア」と自分を比較して悩んでいる人もいるのではないだろうか。そんな方に向けて、椎葉さんは次のようにメッセージを送る。
椎葉さん
「今よりちょっとだけ上手になる」ということを続けていくのが良いと思います。今日書いたコードを明日はもうちょっと上手に書ける、もうちょっと速く書ける、今日読んだ本の内容を明日実践してみる、とか。
そういう風に毎日少しずつでいいので前に進んでいれば、いつかチャンスが来たときに掴める力が身に付くと思います。自分のことを信じて前に進んでいってほしいですね。
追いつけなかったら、それはそれでしょうがない。そのときに受け入れたらいいんです。
株式会社カケハシ フルスタックエンジニア
椎葉光行(Mitsuyuki.Shiiba)さん(@bufferings)
大学時代のアルバイトをきっかけにエンジニアとしてのキャリアをスタート。大手ECサービスの開発リード、組織サポート、CI/CDサービス開発のIndividual Contributorとして従事。2023年4月にカケハシに入社し、現在はフルスタックエンジニアとして新サービスの開発に従事している。 著書に『Jestではじめるテスト入門』(共著・PEAKS)
編集/エンジニアtype編集部