事情通・久松剛がいち早く考察
最近HOTな「あの話」の実態〝流しのEM〟として、複数企業の採用・組織・制度づくりに関わる久松 剛さんが、エンジニアの採用やキャリア、働き方に関するHOTなトピックスについて、独自の考察をもとに解説。仕事観やキャリア観のアップデートにつながるヒントをお届けしていきます!
事情通・久松剛がいち早く考察
最近HOTな「あの話」の実態〝流しのEM〟として、複数企業の採用・組織・制度づくりに関わる久松 剛さんが、エンジニアの採用やキャリア、働き方に関するHOTなトピックスについて、独自の考察をもとに解説。仕事観やキャリア観のアップデートにつながるヒントをお届けしていきます!
生成AIのおかげで、開発効率はこれまでになく高まりました。その一方で、「この仕事、AIがやれるなら自分は何をすべきだろう」「求められるスキルが、数年前とまるで違う……」と、不安や焦りの声も聞こえてきます。
コードを書く速さだけでなく、業務の進め方も役割も、価値の置き場も変わりつつある。このじわじわと迫る変化はエンジニアのキャリアをどう動かすのか。
本記事では、2025年半ばまでの動向を手がかりに、“日本一早く”2026年のエンジニア採用市場の行方を占います。スキル層別の勝ち筋をはじめ、職種・業種別の当たり外れ、今から積むべき実績を一気に提示。年末から来年にかけて転職を検討している方もそうでない方も、ぜひご一読ください。
目次
2025年末に差し掛かる中、IT業界の採用市場に大きな変化の兆しが見えはじめています。特に注目すべきは、生成AIの急速な普及がSaaS業界に与える深刻な影響です。
多くのメディアが報じる「生成AIがSaaSを駆逐するのではないか」という疑念は、もはや仮説ではなく現実のものとなりつつあるようです。
SalesforceやAdobeなど、大手SaaS企業の株価低迷は、この変化を象徴的に表しています。高性能な生成AIの登場により設計業務やコーディング業務が代替可能になるばかりか、これまでSaaSが担っていた事務作業の多くが代替可能になっているからです。
この変化はリーガルテックのように、高い専門性が売りのSaaSも例外ではありません。従来は法務レビューで1〜2週間待つことも多く、スピード面がネックでしたが、ここ最近は様相が変わりました。ごく一般的な契約書のチェックであれば、ChatGPTでも十分実用に足る性能を発揮してくれますから、あえて専門サービスに費用を払わなくてもよいと考える中小・零細企業は少なくありません。
また、投資マネーの流れも大きく変化しました。従来SaaSに向けられていた資金は、いまやAI関連企業に集中しています。日本国内で大型調達を実現できるSaaS企業はごく一部に限られ、多くのSaaS企業が資金調達に苦戦している状況です。
とはいえ、全てのSaaS企業が同じ運命を辿るわけではありません。汎用性の高い顧客情報を保有するSaaSや業務フローに深く食い込むことに成功したSaaSは当面淘汰されることはないでしょう。
しかし、低調なIPO市場とあいまって、人員やノウハウ、顧客情報の獲得を目的とした買収事案が増えることが予想されており、統合後の状況によってはエンジニアがリストラの対象になったり、職種転換を迫られたりする可能性は否定できません。
ここで、日本の将来を占う上で重要な指標となる、米国の雇用市場の動向に目を向けてみましょう。
下記はIndeed上の求人数の推移を示した図です。このデータによると、2020年2月の求人数を100とした場合、
・コロナ禍初期で64.4まで落ち込み(3割減)
・その後、高まったニューノーマルを背景にSaaS、DX、IT系スタートアップ投資ブームで急回復
・しかし最近は投資マネーが枯渇し、再び減少傾向
という動きが見られます。
エンジニアの総雇用者数(フルタイム+パートタイム+契約社員を含む)はというと、米国労働統計局の職業別雇用・賃金統計では、Software Developers(15-1252)は1,656,880人(May 2023)から1,654,440人(May. 2024)となっており、2440名ほどの減少となっています。
レイオフされたエンジニアたちがどこに行ったかというと、フリーランスです。2025年現在、市場は回復基調ですが、AIやクラウド、サイバーセキュリティなどの専門スキルを持つフリーランスの需要が特に高く、Upworkなどのプラットフォームで求人が増加しています。
現時点で、すでに全労働者人口の36%をフリーランスが占める米国では、今後5年以内に50%を超えるという予測があります。しかし、日本でも同じ現象が起こるかというと、私は懐疑的です。
そもそも日本では「フリーランスエンジニア」に対する、発注側のイメージは必ずしもよいとはいえません。スキルシート上は同じ能力の持ち主に見えても、実際業務を依頼してみると成果にバラツキがあるのではないかといった品質への不安や、個人に依頼することで生じる手続きの煩雑さ、さらに数年前から指摘されはじめた身元を偽装した北朝鮮エンジニアへの発注問題などもあり、コンプライアンスの面でも企業側の信頼が揺らいでいるのがその理由です。実際に、フリーランスエージェントの状況をヒアリングしていると、事業会社との新規契約は「現在はフリーランス需要なし」としてほぼ結べていません。
そのため米国におけるフリーランスエンジニアの役割を国内で担うのは、SESやSIerだと考えられますが、かといってSESやSIerの社員雇用が堅調かというとそうでもありません。非エンジニアを含む業種としての「IT・通信」の求人倍率は、2025年1月から7月まで6か月連続で低下し、7月は6.27(前月差 −0.03ポイント)*でした。人員増に踏み切れない各社の苦戦が伺えます。
エンジニアにとって厳しい時代であることは、日本も米国も変わりないようです。
*参照元 転職求人倍率レポート(データ)doda
この厳しい状況下で、エンジニアはどのようなキャリア戦略を採るべきでしょうか。私はスキル別、分野別、業種別の傾向を踏まえ対策を取るべきだと考えます。まずここでは、スキルレベル別(シニア・ミドル・ジュニア)に考察していきます。分野別、業種別の考察は記事の結びにまとめましたので、そちらも併せてご一読ください。
シニア層に位置づけられるエンジニアにとって、今まさにキャリアの分岐点が訪れています。企業は限られた採用枠を、即戦力かつ生産性を高められる人材に集中させる動きを強めています。
象徴的だったのが、某大手メガベンチャーが人材紹介会社へ送った一斉メールです。同社は「今後はシニアエンジニアのみを採用対象とし、AIを活用してソースコードを書いてもらう」と明言し、ミドル・ジュニア層の採用を停止しました。これは単なる人員削減ではなく、AI前提の開発体制へのシフトを公言した動きと見るべきでしょう。
この流れは、幅広い技術スタックと業務理解に長け、AIを使いこなすスキルを持つシニアにとっては追い風です。むしろ採用枠が絞られたからこそ、そうした人材が優先的に座席を確保できる状況になりつつあります。AIを道具として活用し、短期間で成果物を出せるシニアほど市場価値が高まる時代に入ったといえます。
ミドル層については、採用コストの高騰が逆風となっています。成功報酬型の人材紹介にかかるフィーは年収の30〜35%にも上るため、景気減速期の企業は紹介会社を避け、採用コストを抑えようとしています。その結果、エージェント経由やダイレクトスカウトだけで転職先を見つけるのが難しい時代になりました。
一方で、企業はコストのかからないリファラル(社員紹介)採用にシフトしています。現場の社員が「一緒に働きたい人」を推薦するため、入社後のミスマッチが少なく、企業側の安心感も大きいからです。
この状況は、ミドル層にとって人脈の有無がキャリアの明暗を分ける時代が到来したことを意味します。転職を考えるなら、同業の知人や元同僚との関係を再構築したり、勉強会やコミュニティーで存在感を示すなど、日常的なネットワーキングを意識的に行うことが必須です。
現時点で、最も厳しい状況に置かれているのがジュニア層です。企業は育成コストを抑え、即戦力を求める傾向を強めており、未経験・微経験者の採用枠は大幅に絞られています。
「コーディング技術が未熟でも生成AIを使えば業務は回せる」という見方もありますが、実際にはAIに投げるプロンプトや結果の検証ができず、かえって手戻りが増えるケースが課題になっています。知見が浅いままでは、そもそも何をアウトプットすべきか判断できず、先輩社員の負担を増やしてしまう。このため、企業はジュニア層の採用に慎重になり、ポテンシャル採用よりも経験者やシニア層にAIを活用して生産性を高めてもらう方が効率的と判断するケースが目立つのです。
弊社顧客企業に対しては、若手の下にアルバイトをつけて指示出し経験を積ませることの提案を行っています。しかし受け入れコストが高く、まだ広く普及する兆しはありません。
今後ジュニア層がキャリアを安定させるためには、自力でAI活用スキルを磨き、業務理解を深め、最低限のタスク設計ができる人材になることが不可欠です。受け身ではなく、自分から学習機会を作る姿勢が求められます。
一方、ドメイン知識を持ったコミュニケーション力の高いビジネスサイドの方が独学で生成AIチャットボットなどを作成し、言わば業務コンサルとして活躍しているシーンが確認され始めているようです。未経験・微経験の方は先にビジネスサイドに行き、業務フローやドメイン知識を蓄えた上で、ITの知識を活かして業務効率化を叶えるような動きも検討する価値があります。
新卒採用市場は混迷を極めています。初任給見直しの流れを受け、年収700万円以上のオファーを提示される学生が増加。まさに“AIエリート争奪戦”の様相です。
しかしこれは、AIや情報技術分野で顕著な成果や研究実績を持つ一部の学生に限られます。GoogleやAmazonなどの外資系大手とも競合するため、座席数は極めて少数です。
学部でAIを学んだ程度の学生であれば、初任給は400〜500万円程度が相場。高額オファーの事例だけを見て過度に期待するのは危険です。むしろ重要なのは、在学中にインターンや開発プロジェクトを通じて実務経験を積み、卒業時に「即戦力」として評価される実績を作ることだといえるでしょう。
従来、AIエリートはアメリカでの就職が一つのゴールとしてありました。トランプ政権によって海外人材のアメリカでの新規活躍が難しくなりつつあります。これまではアメリカンドリームとも言える状況でしたが、少なくともトランプ大統領は支持者に繋がらないこともあってよく思っていないように感じられます。政治の動きを見つつ、現実的な国内でのバックアッププランも持っておくべきでしょう。
厳しい状況下ではあるものの、明るい兆しがないわけではありません。短期~中期の追い風はセキュリティーと政策(投資減税)に現れています。
2026年度中をめどに、経済産業省はサプライチェーン強化の一環として製造業のセキュリティー対策を5段階で格付けする評価制度を開始予定です。
これに先立ち、現場ではセキュリティーコンサルタントやセキュリティーエンジニアの需要が先行的に増加。評価に耐える体制設計・運用が求められるため、「ルールを作れる人」「リスクを言語化できる人」が重宝されています。
この制度は、製造業を対象にした施策ですが、サプライチェーンの網にかかるのは非製造も含む取引先全体。事実、セキュリティー責任者の採用は堅調に伸びており、これと関連してソフトウエアエンジニアから業務コンサルタントへの転身や、情報システム部門のセキュリティー担当からセキュリティーコンサルタントやセキュリティーエンジニアに可能性を見出す人たちが増えており、キャリアの乗り換えが有力な選択肢になっています。
こうした需要を見込んでか、大学でもセキュリティー系学科の新設が増えています。最新知見を持つ新卒が、比較的経験の浅い現役セキュリティーエンジニアの脅威になることもあるかもしれません。“守りのDX”は新旧の競争を同時に加速させます。
もう一つ、2026年に向けて明るい兆しがあります。経済産業省が税制改正要望に盛り込む「設備投資の即時償却」制度です。
実現すればソフトウエア投資が前倒しされ、SIerや周辺ベンダーに短期的な特需が発生する可能性があります。ただ次期国会で可決するかどうかは、現時点では分かりません。仮に成立しても5年間の時限立法となるため、効力が失われる2031年以降は“崖”が来る前提で、一概に楽観すべきではないでしょう。
2026年の採用市場は、「AI革命×SaaS不調×政策ドリブンの山谷」という変化の真っ只中にあるため、適応の速さが勝敗を分けます。
●シニア層はAI活用スキルの習得
●ミドル層は人脈(リファラル)と業務理解・マネジメント素養の可視化
●ジュニア層はAIを含む基礎力の底上げと“AIに正しく指示する力”の獲得と、業務効率化の道を模索
●新卒者は理想と現実の差分を見据えた実践経験の積み上げ
上記が鍵になると考えます。
短期はセキュリティー/政策特需の波に乗りつつ実績を積む、中期は運用・保守・セキュリティーで継続収益に寄与、長期はAI前提の全工程最適化へ――。この3層の時間軸でキャリアを設計することが、荒波の中で生き残る最短ルートになりそうです。
最後に、2026年の採用動向を分かりやすく天気予報で示してみました。先行き不透明感は増すばかりです。ぜひキャリア戦略の参考にしてみてください。
| 階層 | 予報 | 詳細 |
|---|---|---|
| 新卒 | ⛅ | 自社サービスは厳しい傾向。コンサル・SESは大量採用を継続しているが、いつまで続くかは注意。AIについては生成AIの動向や、アメリカの政権動向も含めて広くリスクヘッジを。セキュリティは明るい。 |
| ジュニア | ☔ | プログラムが書ける程度では転職が難しい。基礎的なスキルレベルの向上とAI活用スキルの習得が急務。前職などでドメイン知識を持っている場合、その領域で業務効率化に着手することも検討すべき。 |
| ミドル | 🌂 | 業務理解やマネジメントの素養があれば需要はあるが全体的には低調。リファラルの土壌づくりをしよう。 |
| ベテラン | 🌞 | 開発経験豊富なベテランは需要は継続。ただしバイブコーディングを前提としている企業もあるため注意が必要。実務での利用もしておくと安心。 |
| 階層 | 予報 | 詳細 |
|---|---|---|
| プログラマー | 🌂 | 現在、多くの経営者は「プログラマはAIによって代替できるはず」と夢見ている状態のため、厳しい。「弊社のプロダクトではAIの代替はまだ先だ」と多くの企業が気付くまで冬の時代が続く。バイブコーディングが可能であれば転職の可能性は広がるが、過度な期待をされていると思って良い。 |
| システムエンジニア | ⛅ | 税制改正が実現すればバブルが発生。その波に乗って受注できれば5年は仕事がある。 |
| 社内SE | ⛅ | AI需要拡大も、社内SEの仕事は増えるだけなので影響は少ない。ただしM&Aがブームであり、バックオフィスと共にレイオフされるリスクあり。今のうちにリファラルの土壌づくりをしよう。 |
| セキュリティーエンジニア・コンサルタント | 🌞 | セキュリティーリスクの高まりで需要増。26年度より製造業のセキュリティー格付制度がはじまるため有望。 |
| 業務コンサルタント | 🌞 | AX、DX案件は需要が高く採用数増が見込める数少ない職種。 |
| 階層 | 予報 | 詳細 |
|---|---|---|
| SES・派遣 | ⛅ |
トランプ関税の影響で新規開発案件が低迷。次期国会で経費の一括計上を認める法案が通ればソフトウエア投資が増える可能性大。ただし実現しても5年間の時限立法にとどまる見込み。 また、海外投資家がバックに居る企業では強気の採用を継続中。海外投資家が飽きたら危うい。 |
| 受託開発 | 🌂 | SES・派遣と同じ |
| ITコンサルティング | ⛅ | SES・派遣と同じ |
| SaaS | 🌂 | 一部を除き生成AIの台頭でSaaS不要論が登場。 |
| 事業会社 | ⛅ | DX需要は相変わらず堅調。ただしM&Aや事業統合でリストラ要員になる危険も。 |
| フリーランス | 🌂 | 米国と違い正社員エンジニア減少の受け皿にはなりづらい状況。安易な脱サラは危険。フリーランスから正社員への転向も難航中。太い関係性の発注元とお付き合いがある場合は大切に。 |
博士(慶應SFC、IT)
合同会社エンジニアリングマネージメント社長
久松 剛さん(@makaibito)
2000年より慶應義塾大学村井純教授に師事。動画転送、P2Pなどの基礎研究や受託開発に取り組みつつ大学教員を目指す。12年に予算都合で高学歴ワーキングプアとなり、ネットマーケティングに入社し、Omiai SRE・リクルーター・情シス部長などを担当。18年レバレジーズ入社。開発部長、レバテック技術顧問としてキャリアアドバイザー・エージェント教育を担当する。20年、受託開発企業に参画。22年2月より独立。レンタルEMとして日系大手企業、自社サービス、SIer、スタートアップ、人材系事業会社といった複数企業の採用・組織づくり・制度づくりなどに関わる
構成/武田敏則(グレタケ) 編集/玉城智子(編集部)
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