“AI万能感”に溺れてキャリアを無駄にする前に、エンジニアが意識したい四つのこと
「AIを使いこなせれば未来は開ける。扱えなければ、取り残される」
そんな言葉が飛び交う中で、いつの間にか、AIを追いかけること自体が目的になってはいないだろうか。
確かに、時流に乗ることは大切かもしれない。だがこういう時代だからこそ、AIに振り回されることなく、自分なりの軸を持ってキャリアを築くことの大切さを再認識してみたい。
エンジニアtypeで過去に取材した4人の識者の言葉から、“AI万能感”に踊らされやすい時代をしなやかに生き抜くためのヒントを探ってみよう。
目次
大塚あみ|結局は、地道な成果物の積み重ねをできるかどうか
『#100日チャレンジ 毎日連続100本アプリを作ったら人生が変わった』(日経BP刊)の著者・大塚あみさん。自らを“生成AIに育てられた第1世代”と称する彼女は、昨今のAI界隈にはびこる「AIさえ使っていれば将来なんとかなる万能感」に違和感を覚えると言う。
「生成AIをキャッチアップし続けていれば人生うまくいく、変わる」みたいに本気で信じてる人が多すぎるんです。
(中略)
実際、イベントやミートアップに行くとそういう人ばかりですよ。懇親会に行くと、参加者の3割くらいは“LLM無職”ですし(笑)
ひたすら情報ばかり追って、地道な開発はしてない。でもそういう人たちが今はインフルエンサーとしてもてはやされている。実態を知ってる側からすると「いやいや……」って感じです。お金も稼げてなくて、貯金を切り崩して生活してる人がほとんどですから。
勉強すること自体は悪くないと前置きした上で、大塚さんは「成果物を作るなり『お金につながる活動』をしていないと、いくらAIを追いかけても危うい」と語る。
実際に評価されるのは、毎日のSNS投稿じゃなくて「成果物」なんです。賞を取った、本を出した、実際にプロダクトをリリースした、論文を書いた……そういう「形に残る結果」がある人だけがキャリアをつないでいける。
AIで仕事が全部なくなるなんて、少なくとも日本企業のペースでは15年くらいはないですよ。慌ててAIの世界に飛び込んでも、思ったほど状況は変わらないんじゃないですかね。
逆に言えば、毎日ちゃんと開発やってる人はそれだけで何の心配もない。変に不安になる必要はないと思います。「このままじゃ未来がない。早くAIの世界に行かなきゃ」なんて、焦らなくていいですよ。
情報収集や人脈づくりは大切だが、それだけでは「成果」にはつながらない。地道に開発経験を積んでいくことの重要性は、AIがどれだけ進化した世の中でも失われることはないはずだ。
きしだなおき|「実装」の中にある偶然こそ、AIに代替されない価値
生成AIの普及で、コードを書くスピードは劇的に速くなった。エンジニアは実装よりも要件定義や設計業務に注力した方がいい、という意見も一部では見受けられる。
そんな中、「手を動かして開発すること」の大切さを説く人がいる。『プロになるJava』(技術評論社)の著者で、LINEヤフーのJavaスペシャリスト・きしだなおきさんだ。
コードを書くこと自体が、エンジニアの最終的な価値ではないのは確かです。ただ、「実装はAIに任せて、人間は設計だけ」という単純な分業にはならないと思います。
(中略)
実装することは、設計力を鍛えるトレーニングにもなります。手を動かしながら「二手三手先を考える」ことで、設計の不備に気づいたり新しいアイデアが生まれたりする。
AIにコードを書かせて、人間は判断だけをする役割に押し込められてしまうと、このリズムが失われてしまうんです。なので僕は「実装は絶対に不可欠だ」と強く言い切るよりは、「実装してみることで自然に興味や知識が広がっていく」と伝えたいです。
実際にコードを書いていると、最初の目的から少し外れた疑問や新しい課題に出会うことがありますよね。その寄り道が、新しい知識を得たり視野を広げたりするきっかけになる。そうした偶然の発見こそが、エンジニアの成長を後押ししていくと思います。
この先どうなるかは誰にも分かりませんし、人との競争もなくならない。だからこそ、AI時代のエンジニアには「実装を通じて試すこと」「そこから興味や知識を広げていくこと」が大切です。
AIに全ての実装を任せるのではなく、自らの手で実装しながら試行錯誤を繰り返す。その積み重ねが、AI時代に価値を持つ「思考力」を鍛えていくのだろう。
沢渡あまね|PCのスクリーンだけではなく、外の世界にも目を向けよ
300以上の企業/自治体/官公庁などで、働き方改革、マネジメント改革、業務プロセス改善の支援実績のある作家・沢渡あまねさんは、「AIを活用することは、突き詰めれば、人間らしさを追求する行為でもある」と持論を展開する。
もはや、定型的な作業やルーティンはAIに任せられる時代。そんな中で人間に残る役割とは、課題を見つけ、問いを立て、誰かと共に解決策を模索し、未来を描いていくことではないでしょうか。
そのような「まだ正解が存在しないもの」に向き合うときに発揮されるのが、人間ならではの感性と想像力です。
AIの進化によって、世の中の「こうしたい」と「こうすればできる」の距離は、これまで以上に縮まっています。だからこそ、ITに関わる私たち自身が、社会や人々の課題にどれだけ近づけるかが問われている。
では、その一歩をどう踏み出すか。私は「ITの世界から一歩外へ出てみる」ことを強くおすすめします。
お気に入りのカフェに通う、地域活動に参加する。そんな日常の中で「もっとこうすれば良くなるのに」と感じた違和感や、「こういうアイデアがあったら面白い」と思った気づきを、素通りせずに言葉にしてみる。
そうした体験を積み重ねることで、「相手の立場で考える」「先回りして喜ばれる提案をする」といった感性が自然と磨かれていきます。
これから先、単に決められたことを形にするだけの仕事は確実に減っていく。自ら考え、価値を生み出す領域へとシフトしていかなければ、淘汰されていくのは時間の問題だ。
AIツールのスキルを高めて作業効率を追い求めることも良いが、現実世界の課題に目を向けられていなければ、元も子もない。
このようにして身についた感性や視点は、チームで正解のない課題に取り組む際にも生きるでしょう。
期待と役割をすり合わせながら、並走して価値をつくっていく。これは、「言われた通りに動く」下請け型の働き方から、「ともに考え、ともに創る」共創型の働き方への転換でもあります。
現役エンジニアのみなさんには、技術だけに閉じず、社会と向き合い、問いを持ち続けてほしいですね。
今井翔太|「自分は変わり続けるのだ」という気持ちを持つこと
東大・松尾豊研究室出身のAI研究者・今井翔太さんも、AI時代はより一層「人間力」が鍵になると考えている人物の一人だ。『Googleのソフトウェアエンジニアリング』(オライリー)を例に取り、「今後は理系で一般的に学ぶこと以外の能力が非常に重要になってくる」と念押しする。
Googleといえば世界のエンジニアリングの親玉ですから、すごいことが書いてあるはずです。ところが中身を見ると、純粋なプログラミングのことはほぼ書いていない。むしろ、非常に人間的なことばかり書かれています。
一言で言うなら、コミュ力。人間の心理的なことを考慮してエンジニアリングをしよう、と言っています。こうした本は他にもたくさんありますが、書いてあることは概ね「人間の心理」の話です。
大規模なソフトウエア開発は、基本的にチームでやるものです。これはGoogle以外の企業もそうですし、研究の実装でもそう。そして、チームでやるときにプログラミング能力が問題になることはほぼありません。
大規模な開発は、人間的な能力を駆使した共同作業です。他の人間がどう思うか。ドキュメントは分かりやすいか。こうした人間の心理的なことを考えて、チームとして作業することが求められます。
エンジニアに「コミュ力が重要」などというと反発する人がいますよね。僕も昔はそうでした。ですが、特に今後生成AI時代が発達すると、間違いなく不可欠な能力になると思います。
AIエージェント『Devin』にも、人間の心理に配慮した作業は、まだできない。「中期的に見ても、AIに置き換えられるとは思い難い」と今井さんは言う。
僕は今、AI研究者として偉そうなことを言っていますが、この先には自動研究の流れも来ると思います。
(中略)
今僕がやっている研究業務の大半がAIで置き換えられるかもしれない。でも僕はそれでもいいと思っています。そうなれば僕はAI研究者以外の道も検討するかもしれません。AIにできないところを集中的にやればいいし、自分が変わればいいじゃないか、と。
いつ、何が変わるかははっきりとは分かりません。ですが、すごい変化が起きてしまうことだけは確実です。「その度に自分は変わるのである」という気持ちを持ち続けることが、非常に重要だと思います。
編集/今中康達(編集部)
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