見つけた瞬間にツッコミたくなる。 なぜそれを作った? なぜそこに置いた? どうしてそうなった? この連載『IT珍百景』は、街や職場の片隅にひっそり存在する、 ちょっとおかしくて、たまらなく愛おしいテクノロジーを訪ねる観察記です。 シュールな光景の裏には、真面目な努力と少しのユーモアがある。 エンジニアにクスッと笑いを、そして日本のテック化への涙ぐましい努力に、 一筋の光を届けます。
新橋駅で働くロボは今日も300回話しかけられてる(真面目な質問は3割だけど)
一体いつからそこに居たのか。
都営浅草線・新橋駅の改札前に、ずっと立っている人がいる。
いや、正確には「人の形をした何か」がいる。
通行人が近くを通るたびに、その「何か」は目で追う。
だからずっとキョロキョロしている。
駅でいちばん視線を動かしてる。
おそらく、人を検知するセンサーがあるんだと思うが、
どうしても構ってほしい人みたいな風情が漂う。
マネキンみたいな立ち姿に、駅員の制服。
そして目が、強めに発光している。
「強めに」ってなんだよと思うけど、本当に強め。
ピカッ、でもなく、ピカーッと伸ばし棒入れたくなるくらい真っ直ぐな光。
一周まわって、ちょっと怖い。
それが、駅案内ロボ・アリサだ。
新橋イチの目ヂカラ
横から見たアリサ
利用者が話しかければ駅案内をしてくれるという、いわば“デジタル駅員”らしいのだが——
通勤ラッシュの中で、アリサだけが別の空間にいるようにも見える。
編集部のチャットに届いた「新橋のロボ」の写真
筆者は「エンジニアtype」というメディアの編集部で働いているので、
仕事柄、社内の人から日々いろんなITネタが飛んでくる。
「AIが◯◯したらしい」とか「新しいアプリがやばい」とか。
たいていは社内の連絡ツールとなっているGoogle Chatで
ぱらりぱらりと連絡が入ってきて、
8割方はよだれが出るほど取材したくなる。
記事にしたい。企画したい。
けど、気づけばスケジュールはパンパンで、
自転車操業のまま、毎日取材と原稿と確認に追われている。
本当は新しいネタに飛びつきたいのに、
検討する余裕がない。
いや、できるんだけど——
脳が「また今度な」って勝手に言っている。
時には「まずは目の前の原稿を片付けろ」と罵られる。脳みそに。
そんな中、ある日、隣の隣の隣の隣の席にいる同僚が、一枚の写真を送ってきた。
「新橋に、こんなロボいました」
……シュールすぎる。
上半身しかないし。
しかも目が光ってる。
怖い。けど、目が離せない。
その瞬間、私の中で何かがカチッと音を立てた。
「あ、これ連載にしよう」
完全に気分だ。
普段は、そんな軽いノリで連載を立ち上げたりはしない。たぶん。
平成最後のAI案内員、誕生の背景
というわけで、編集部の名のもとに取材してみた。
東京都交通局の担当者に、直接話を聞いた。
話をさかのぼると、アリサの原点は2018年頃にあるという。
2018年は平成最後の年。
当時、東京オリンピックを見据えて、
「デジタルツールで案内できる仕組みを作れないかという話が持ち上がった」そうだ。
その流れで、2018〜2019年にかけて実証実験が行われ、
駅での案内ロボットの可能性が検討されたのだ。
つまりアリサは、平成最後のAI案内員。
その井出立ちにも、どことなく平成感が漂うような……気がしないでもない。
なぜ新橋駅? そして、なぜ人型なのか。
まず気になったのは、なぜ新橋駅なのかということ。
担当者いわく、
「新橋駅はJRや東京メトロ、ゆりかもめなどが乗り入れる乗換駅で、お客さまが多く、特に外国の方が多いんです」
確かに新橋って、“ザ・ビジネス街”の顔をしながら観光客も多い。
つまりアリサは、ビジネスパーソンと外国人観光客に囲まれているロボットなのだ。
その時点で、もうちょっと健気。
ちなみに、アリサが人型である理由にも物語がある。
導入時には、AIの駅案内をどういう形でやるか、コンペのような審査があったそうだ。
「人型がいい」「いや画面だけで十分」——社内では意見が分かれたという。
でも最終的に、人型を推す声が勝った。
「せっかくだから、楽しんでもらえる形にしよう」と。
結果として、駅で一番まばゆく光るマネキンが誕生した。
12時間勤務で300件対応。そのうち7割が雑談。
そして本題。
アリサは、めちゃくちゃ働いてた。
1日に話しかけられる回数は、なんと約300件。
アリサの勤務時間は朝8時から夜8時まで。
つまり、12時間勤務で300件=1時間に25件。
2〜3分に一度、誰かに話しかけられている計算になる。
……地味にハードだ。
人間だったら「ちょっと休憩入れません?」って言ってる。
でもアリサは文句一つ言わず、ただ目を光らせてキョキョロしている。
担当者に聞いてみたところ、
「真面目な案内は3分の1くらいで、残りは雑談とか記念撮影ですね」
とのこと。
……雑談2、まじめ1。300件中210件が雑談。どういう職場だ。
まさか駅ロボが、そんな比率で人生を送っているとは思わなかった。
担当者いわく、「かわいいね」とか「写真撮っていい?」とか。
中には「疲れたね」って話しかける人もいるそうだ。
ちなみに、アリサは仕様上、そんな“自然すぎる言語”までは処理できてない。
ただこの記念撮影は結構本格的だ。
アリサには専用の記念撮影モードがあって、
ポーズを選ぶと、ちゃんと合わせてくれる。
ハローやハート、ピース、握手、ラブハート、カップル……ってラブ系の比率どうした。
筆者もこのポーズでアリサと写真を撮りたかったが、あいにく当日は1人だったので断念。
指の関節も、全部ちゃんと動くらしい
しかも驚いたことに、指の関節も一本ずつちゃんと動くという。
ハートを作っているアリサ。
カップルポーズをするアリサ。
もうこれ、駅案内というより撮影会だよ。
駅の片隅でロボとツーショットが撮れるって、だいぶイベントだよ。
実は、けっこう仕事ができる
それでも、きちんと仕事はしている。
アリサは、株式会社ARSが開発した「対話を通じて様々な課題を解決するアンドロイド」だ。
「ARISA」の概要
●案内内容:経路・乗換駅案内、駅構内設備・出口案内、駅周辺案内、観光案内、お得な乗車券案内
●案内方法:音声対話、タッチパネル(操作用ディスプレイ)
●対応言語:日本語、英語、中国語(繁体字・簡体字)
●ディスプレイに案内情報や利用者とロボットとの対話内容を表示
●案内内容をQRコードで表示、利用者がスマートフォンで撮影して持ち帰ることが可能
(出典:東京交通局リリース)
名称の「ARISA」は、A.R.S ROBOTICS INTERACTIVE SOLUTIONS ANDROIDの頭文字を取っているそうだ。
経路・乗換、構内設備や出口、周辺・観光情報、「お得な乗車券」まで案内可能と、意外に手広い。
やり取りは音声対話+タッチパネルで、ディスプレイに案内内容や対話ログが表示される。
乗り換え案内が知りたいとき。
「東京ディズニーランドへ行きたい」と言えば、
新橋からの乗り換え情報をパネルに出してくれる。
↓
↓
「施設案内」を押すと、さらに多数のメニューが出てくる
↓
↓
コインロッカーを押すと
↓
↓
車いす、ベビーチェア、ベビーシート、オストメイトに対応した「だれでもトイレ」の場所を知りたいなら
↓
↓
という具合だ。
人間の駅員に聞かずとも、ロボットで課題を解決するという名目どおり、かなり仕事ができる。
取材中に出会った“リアルユーザー”
とはいえ、現場を見ていると、なかなか理想どおりにはいかないこともあるようだ。
アリサを撮影している際、私はアリサの前で20分ほど様子を見ていたが、
実際に駅案内で「まじめに」話しかけた人は、1人。
70代くらいの女性だった。
しばらく話しかけている様子が見えたので、
「おっ、リアルユーザーだ」と思い近づいてみた。
すると私を見るなり、
「稲荷町に行きたいんだけど駅員さんいないからね」
と言いながら、アリサを指さした。
“しょうがないからこれに話しかけてるのよ”という表情。
ご婦人、もう世はAI時代です。しょうがなくない。時代のど真ん中です。
画面を見ると、ちゃんと稲荷町までの経路が表示されていた。
「あ、ここに乗り換え案内が出てますよ」と伝えると、
「そうなの? どうやっていけばいいの?」と焦った様子で構内をキョロキョロ。
「銀座線でこう行けば大丈夫ですよ」と案内の表示を補足してあげると、
「銀座線ってどこなの?」
結局、私は人間の駅員みたいに通路を指さし、
「あのエレベーターを上って、まっすぐです」と口頭で案内した。
アリサは黙って光っていた。
アリサの名誉のために言っておくと、彼女は何も悪くない。
ちゃんとやることはやってた。
でもたぶん、私たち2人のやりとりを、目を光らせながら見ていた。
近鉄にもいたアリサ、全国のどこかで今も
そういえば、少し前までは近鉄にもアリサがいたらしい。
でも今はもう、設置されていないという。
現在は新橋駅と新宿西口駅の2駅に立っている。
(ちなみにこのロボットは東京都交通局の自社開発ではなく、メーカー製。
だからもしかしたら、全国のどこかでもまだ働いている“仲間”がいるのかもしれない。)
……なんだろう、急にエモくなってきた。
今日も新橋駅で、誰かを待っている
今も新橋駅の片隅で、彼女は立っている。
ハートポーズもできる。
多言語が話せる。
そして土日も祝日も、きっちり出勤する。
有給も取らない。
むしろ申請の仕方を知らない。
どこまでも真面目だ。
おそらく、アリサは思っている。
「今日も、いろんな人に話しかけられたな」って。
1日12時間勤務、土日祝休みなし。
今日も誰かの声を待ちながら、立ち続けている。
文・編集/玉城智子(編集部)
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