当初、私たち経営陣は「生成AIはこんなに便利なんだから、一度試せばみんなやみつきになるでしょ」と思っていたんです。なので、23年から有料版ChatGPTの利用料補助や、自社開発した文章生成ツールの提供などを行ってきました。ところが、待てど暮らせど社内に目立った変化が見られなくて。
国内大手6社に見る、AIと共に生きる覚悟。生成AI「真の実装」への転換点を探る
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ビジネスの現場における生成AIは、「物珍しいツール」から、企業の生存を左右する「インフラ」へとその役割を変えた。しかし、真に成果を上げている企業と、スローガンに終わっている企業の差はいまだ埋まらない。
かつての「導入すること自体が目的」だったフェーズは終わり、自社の競争優位性へと転換するかが問われている今。先行する各社はすでに、AIを単なる効率化のツールではなく、競争力の源泉たる経営戦略の中核に据え始めている。
大手6社の現状から、AIと共に生きることの本質を探ろう。
目次
【MIXI】利益貢献10億円、MIXIが断行した「人間をボトルネックにする」変革
どれほど優れたモデルを用意し、データの整備を進めても、現場の人間が使いこなさなければAIという宝の持ち腐れとなる。全社でのAI利用率99%、利益貢献10億円という驚異的な数字を叩き出したMIXIですら、「当初は全く手応えがなかった」と取締役の村瀨龍馬さんは振り返る。
「本気で生成AI導入を進めるなら、経営戦略に組み込むほかない」
そう考えた同社は「AI推進委員会」を発足させ、AI導入を経営戦略へと組み込んだ。村瀨さんが掲げた理想は、テクノロジーの活用を突き詰めた先にある、逆説的な状態である。
まずは「人間がボトルネックになる状態」を目指してほしい、と伝えてきました。
AIが活躍すればするほど、人間の判断が重要になっていきます。仮に業務の90%にAIが導入されても、人間の判断をなくすことはできない。なので「人間が遅くて、AIでこれ以上効率化しても意味ないね」という状態までたどり着いてほしいと思っているんです。
これまで1週間かかっていた仕事が1日で終わるようになったのに、「ネクストアクションは来週の定例会議で決めましょう」などと言うのは、もはや人間の「儀式」でしかありません。そこから抜け出して、AIのためのワークフローをもう一度考え直そうと思える状態になる必要があります。
現場での生成AI活用を進めるための仕掛けづくり、そして「人間がボトルネックになる」という言葉に込められた真意を知ることは、AI導入に苦戦する全マネジメント層にとって避けては通れない道といえそうだ。
【メルカリ】直面した「技術理解・組織・人」の三つの壁
MIXIのようなボトムアップとトップダウンの融合が進む一方で、個人のモチベーション維持と組織評価の不一致という「人の壁」に直面するケースも多く見られる。
「AI-Native Company」を掲げるメルカリですら、浸透への道のりは平坦ではなかった。生成AI推進担当として同社にジョインしたハヤカワ五味さんは、評価やROI算出の困難さを指摘する。
生成AI活用は一般的な新規事業に比べると、ROI(投資利益率)に反映されるまで時間がかかります。というか、個人的にはむしろポジティブに反映されることはなく、生成AI導入に失敗し「退場するかしないか」でしか測れないのではないかと思います。
なんなら、生成AIに投資することで一時的に業績が停滞する可能性もあるので、そもそも経営の視点が短期的な場合には評価されづらいのかもしれませんね。
「メルカリは大企業だし、社員のITリテラシーも高そうだからやりやすかったでしょう?」とよく言われますし、以前よりツールの整備やデータの集約は進んでいたので、技術環境として進めやすかったのは確かです。その一方で、一人一人が生成AIを使おうとする機運を盛り上げたり、カルチャーとして定着させたりすることについては、入社前に予想していた以上に難しかったですね。
同社では、AI推進のために突破すべき障壁として「技術理解」「組織」「人」の三つを挙げる。特に「人」の壁が一番困難だったと振り返る。ハヤカワさんは、変革を急ぐあまりに陥りがちな「正論の罠」に警鐘を鳴らした。
新しいものはストレスになりやすいことを理解して、推進を急ぎすぎずにステップ・バイ・ステップで進めるとか、正論をぶつけて周囲を無理やり動かそうとしない方がいいとか。
AI関連の担当に選ばれる人は、AI推進を強行する“タカ派”が多くなりやすくて、「生成AIがあれば人間はもういらない」といった過激な発言をしてしまうこともあり得ます。組織の中でそんな態度をとったらアウトなので、穏健に進めていきたいところですね。
日本屈指のテック組織が直面した生々しい葛藤と、それを突破するための試行錯誤が語られた言葉の数々は、変革を志す者の胸に深く突き刺さるはずだ。
【日本マイクロソフト・日立製作所】モデル選びからの脱却と「暗黙知」と向き合う覚悟
「GPTか、Claudeか」といったモデル論争に勤しむ企業も多い中、日本マイクロソフトのエバンジェリスト・西脇資哲さんと、日立製作所でCAXO(Chief AI Transformation Officer)を務める吉田 順さんは、もはや「どのモデルが最強か」という議論は無意味であると断じた。
「生成AIを取り巻く喧騒に世の中が包まれていく契機となったのが、忘れもしない2022年11月。ChatGPTが生まれたタイミングです。
あれから約3年、生成AIについて『どのモデルがいいか』と議論する時代はもう終わりました。各モデルの性能は日進月歩なので、どれを選んでも活用時に差が生まれることはほぼありません。
では、どこで差がつくのか。それは、この3年間の蓄積です。
この3年間でいかに生成AIを使ってきたか。どれだけデータを学習させ、AI-Readyなデータを蓄積してきたかです」(西脇さん)
加えて、長年の歴史を持つ事業会社にとって、現場のいたるところに埋もれている熟練者の知見が資産となる。日立の吉田さんは、社会インフラを支える現場において、その「形式知化」こそが真の勝負所になると語った。
「電力や鉄道の現場において、人材の高齢化と未来を担う若手の不足は避けがたい現実です。そこで、長年事業を支えてきた熟練者のノウハウを継いでいくべく、AIを活用しています。
難しいのは、現場の知見を『形式知』として正しくAIに学習させること。テキストデータだけでなく、表や図形、図面が混在し、理解するだけで一苦労です。また、たとえ書面化されている情報をすべて読み込ませたとしても、AIが即座に熟練者の代替を果たすわけではありません。
なぜなら、データ化されていない『暗黙知』が存在するから。この暗黙知を現場から引き出し、形式知として定義し直すことが関門です」(吉田さん)
これを受けて西脇さんは、世界中のデータという広大な海において、AIが制覇した領域がいかに限定的であるかを数字で示し、企業の進むべき道を照らした。
「現在、生成AIが学習したとされるデータ総量は、地球上に存在する全データのわずか0.00017%であるとされています。AIの知能をもてはやす声は多いですが、実際にはこの程度。データという広大な海において、AIが触れたのは、米粒一つ分にも満たない極小の領域に過ぎないのです。
では、残りの99.99983%は一体どこに眠っているのか。それこそが、皆様の手の中にあるデータです。
社内を行き交う無数のメール、秘匿性の高い法的文書、顧客情報、売上データ、そして日々の会議で交わされる議事録。これらをAIに取り込み、活用することが競争力の源泉になるに違いありません」(西脇さん)
「スペック競争」という喧騒の裏側で両社が着実に進めていた、組織の知性を根底から拡張するための「AI-Ready」な土壌作り。その道のりと、ROIの呪縛から逃れるための実利主義的な思考法には、停滞する組織を打破する至言が並ぶ。
【サンリオエンターテイメント】AI予測を超える「現場の熱量」との向き合い方
ここまで、組織の変革やデータの蓄積、ビジネスモデルの再定義といったAI活用のための戦略を見てきたが、決して忘れてはならないのがサービスを支える「人の感情」である。
テーマパーク『サンリオピューロランド』を運営するサンリオエンターテイメントは、かつてのどん底経営からV字回復を成し遂げた。代表取締役社長の小巻亜矢さんは、AIによる需要予測や効率化に対して、極めて冷静な視座を保っている。
「AIから得られる示唆を、私たちが現場で掴んだ『直感』で精査し、新たな驚きへと昇華させていく。そのプロセスにこそ、これからのエンターテインメントの可能性があると考えています」(小巻さん)
「AIは再現性に優れていますが、エンターテインメントの本質は『驚き』や『未体験』にあります。定型的な業務をAIに任せることで、人間はよりクリエイティブな仕事に時間を割けるようになる。
AIとデジタルは、世界中を『カワイイ』で塗り替えるという私たちのミッションを実現するための、不可欠な手段です。これからも、AIと仲良く、デジタルと仲良くやっていきたいと思っています」(小巻さん)
効率化や自動化が正義とされがちなAI時代において、同社の姿勢は、テクノロジーを駆使しつつも、いかにして「現場にしか落ちていない真実」を拾い上げ、人間らしさを際立たせていくかという本質的な問いを投げかけている。
【サイボウズ】脅威を「燃料」に変える、SaaSの死との対峙
最後は少し視点を変えて、AIの進化が既存ビジネスの根幹をいかに揺さぶり、そして再定義しようとしているのか、その最前線に目を向けたい。
生成AIが自らコードを書き、自律型エージェントが瞬時にシステムを組み上げる現代。エンジニア界隈では、既存のSaaSビジネスの終焉を予言する「SaaS is Dead」という言葉が囁かれている。国内SaaSの旗手であるサイボウズの青野慶久社長は、この衝撃を「過去最大の危機」と認めつつも、その視座は極めて冷静だ。
「生成AIの台頭は非常に大きな波で、『SaaS is Dead』、ひいては『サイボウズ is Dead』になる可能性もはらんでいるかもしれません。ですが私たちは、このピンチをチャンスに変えるべく取り組んでいきます。
かつてサイボウズが大きく成長するきっかけとなったのは、クラウドへの切り替えです。振り返ってみると、あの時期(2011年頃)がサイボウズ史上もっとも危機的な状況でした。
パッケージのビジネスで勝負してきた私たちがクラウドに舵を切り、『kintone』を世に出すことができた。その結果、クラウド時代に対応して成長を掴むことができたのです」(青野さん)
AIを「脅威」ではなく、進化を加速させる「燃料」として捉える。その戦略の核心は、AIには代替不可能な基盤の価値を見極めることにある。
開発本部長の佐藤鉄平さんは、エンタープライズ領域におけるシステムの本質を次のように説明した。
「小さなプロダクトや自分だけで使うツールを作るなら、AIによるスクラッチ開発でも問題ないでしょう。しかし、社内の全員で使うとなれば話は別。認証、アクセス権、監査ログといった複雑な仕様をAIに指示し、メンテナンスし続けるのは困難です。
対してkintoneには、業務システムに必要なコアの基盤がすでに揃っています。確かな品質の基盤の上に、業務ロジックだけをAIで効率的に構築する。これがkintoneにおけるAI開発の立ち位置です」(佐藤さん)
脅威を直視し、それを自らの進化のプロセスへと取り込む。同社が示す「SaaS is Dead」への回答は、変化の激しい時代において、自らのコアバリューをどこに置くべきかという問いに対し、一つの解を与えてくれる。
AIがコモディティ化し、誰もが同じ知能を手にする時代。企業や個人の命運を分けるのは、効率化の数字以上に、AIには触れることのできない現場の熱量や未踏のデータをいかに信じ、自社の価値として再定義できるかにある。
テクノロジーの進化にただ身を任せるのか。それとも、この巨大な波を自らの意志で乗りこなし、新たな時代を切り拓く「燃料」へと変えるのか。各社の覚悟を鏡に、自身の、そして自社の進むべき未来を今一度問い直してみてはいかがだろうか。
※本記事は、過去の掲載記事より一部内容を抜粋・編集して作成しています
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