AIエージェントという「最強の部下」を手に入れたエンジニアの日常は、かつてない変革期に直面している。その状況を象徴しているのが、米マイクロソフトのAzure Functionsチームでクラウドサービス開発をけん引する牛尾剛さんのポストだ。
エージェントが自律的に動き回ることで、人間側にはそれらを管理・統制するエージェントマネジャーとしての役割が急激にのしかかっている。タスクの連鎖は途切れず、アウトプットの回転数は極限まで上昇。しかし、その加速の代償として、私たちは知らぬ間に「AI疲れ」という疲弊の淵に立たされているのではないかーー
間違いなく今後も進化を遂げていくであろうAIエージェントに対し、2026年4月の現時点で、牛尾さんが今抱いている実感を聞いた。
米マイクロソフト
Azure Functionsプロダクトチーム シニアソフトウェアエンジニア
牛尾 剛さん(@sandayuu)
1971年、大阪府生まれ。米マイクロソフトAzure Functionsプロダクトチーム シニアソフトウェアエンジニア。シアトル在住。関西大学卒業後、日本電気株式会社でITエンジニアをはじめ、その後オブジェクト指向やアジャイル開発に傾倒し、株式会社豆蔵を経由し、独立。アジャイル、DevOpsのコンサルタントとして数多くのコンサルティングや講演を手掛けてきた。2015年、米国マイクロソフトに入社。エバンジェリストとしての活躍を経て、19年より米国本社でAzure Functionsの開発に従事する。ソフトウェア開発の最前線での学びを伝えるnoteが人気を博す。書籍『世界一流エンジニアの思考法』(文藝春秋)は10万部を突破し、ITエンジニア本大賞2025特別賞も受賞
プログラマーとしてのアイデンティティ・クライシス
ーー牛尾さんは現在、AIエージェントを仕事の中でどのように活用されていますか?
エージェントのレベルが飛躍的に上がったので、ほぼ全ての業務で使っていますね。2カ月くらい前から、感覚としては「チャットウィンドウの上で仕事をしている」という状態です。
少し前まではあまり上手くいっていなかった時期もあったんですけど。
ーーその時期はなぜ上手くいっていなかったのでしょう?
完全に僕個人の問題なんですけど、葛藤があったんですよね。
僕はもともと自分で「作る」という行為そのものが好きで、テクノロジーも「使う」のではなく「作る」方にモチベーションを感じるタイプ。クラウドの中の人としてコードを書いてきたのも、作る楽しさを追求したかったからです。
そんな中で強力なエージェントが現れて、実際に使ってみると「これ、どう考えても人間がプログラムを書かんでええようになるな」と確信してしまって。これはある種のクライシス(危機)だなと感じました。
ーーそれは、エンジニアとして職を失うかも、という危機感ですか?
食っていけなくなるかもという懸念以上に、「このままエンジニアを続けて、僕はエンジョイできるんやろうか」という恐怖心の方が強かったです。
「プログラマーになりたい」と思ってアメリカに来たのに、チャットウィンドウに指示を出すだけで、自分が楽しんでいたはずの「書く作業」をエージェントが肩代わりするようになってしまったわけですから。
エージェントを使い倒して見えた「専門性」の再定義
ーーそれでも今は全ての仕事でエージェントを使うようになっているんですよね。どういう心境の変化が?
今まで「作ること」が楽しすぎて「使うこと」にフォーカスしたことが一度もなかったな、と思ったんですよ。なので、とにもかくにも「このエージェントを腐るほど使い倒してみよう」と決めたんです。
AIの世界は変化が激しすぎて、昨日の常識が今日にはひっくり返るなんてざらじゃないですか。だったら、せっかく目の前にある「自分の能力を10倍にブーストしてくれるアーマー(=エージェント)」を使えるようになっておけば、価値があるかもしれないなと考えました。
ーーその結果、抱いていた恐怖心はどう変わりましたか?
だんだん分かってきたのは、世間の驚き屋さんたちが言っている「エンジニアはオワコン」なんてことは絶対にないということですね。
エージェントは驚異的なコードを書く一方で、時に信じられないほど「アホにゃんにゃん」なミスをする。結局、生成されるコード自体に絶対的な価値があるのではなくて、重要なのはそこにある「ドメイン知識」と「意図」なんです。
どういう設計思想で、何の課題を解決するのか。これは経験に裏打ちされたプロフェッショナルなエンジニアリングそのもので、エージェントが持ち合わせないコンテキストの理解が必要になります。
例えばChatGPTに質問したとして、一般的な知識なら「すげえな」で終わるかもしれないけど、自分の専門領域になると「ちょっとイマイチ」と感じますよね。普通の人の助けにはなっても、プロフェッショナルな仕事を完遂しようとすると、そこには専門知識が必要になるわけです。
つまり、便利に見えるエージェントでも、使いこなすためには相当なノウハウがいる。それが分かってきて、「これは相当“エンジニアリング”だな」と思えたので、今は打って変わってポジティブですね。
ーーAIの進歩によって「開発の民主化」が進んだ、と言われていますが、一概にそうとも言えないということですね。
抽象度が上がったからといって素人でもできるかというと、全くそんなことはないはずです。生産性はめちゃくちゃ上がっていますが、求められる専門性も加速していると思いますよ。
もちろん、エージェントは学習も強力に手伝ってくれるので、それを使って勉強し、試行錯誤して自分なりの動かし方を見つけていくのが今の僕の楽しみですね。
「忙しい感」の正体は、人間という名のボトルネック
ーー今はエージェントマネジャーとして働くことも楽しめている、と。
おもろいですよ。エージェントに言うことを聞かせて生産性を爆上げするにはテクニックが必要なので、成功すると実に気分がいいですね(笑)。「みんな苦労してるのに、俺は楽勝でゴリゴリ進んでるぜ!」ってね。
ーーですが、以前Xでは「生産性は高いけど、忙しい感も上がった」と仰っていましたよね。
完全に「自分(人間)」がボトルネックになりましたからね。
例えば、今日も僕は三つのプロジェクトを並行して走らせていました。エージェントはどんどん進めてくれるし、「エージェントがあるんだから、速くたくさんできるだろう」という周囲からの期待値も高い。だからいくつも同時進行させるんですけどね。
ただ、全てをレビューし、意思決定するのは僕自身です。競合他社が毎日新しいリリースを出す中で、自分も意思決定を加速させなければならない。これが非常にハードなんですよ。
ーーXでは「やめどころが難しい」とも仰っていました。
僕が複数のエージェントを動かしていると、あいつらは勢いよく進んでいくわけですけど、突然こちらに問いかけてくることがあるんですよ。なるべく手放しで進むよう工夫はしてるものの、完全に任せきりにするとぐちゃぐちゃになってしまうので、どうしても要所要所で人間が確認すべきポイントが出てくるんです。
「デカいタスクを投げて寝よう」と思っても、中途半端なところでエージェントが質問してくることもある。時には「そこはハードコードしたらあかんやろ!」という結果を返してきたりもする。コントロールが非常にしにくいんですよね。
しかも三つ同時に走らせているわけなので、エージェントA、B、Cが交互にインタラクションを求めてくるし、その「終わりのタイミング」を決める主導権はエージェント側にあるんですよ。
もう、予想するのは辞めた
ーー世間でも「AI疲れ」という言葉が聞かれるようになりました。その理由はどこにあると思いますか?
脳を動かすスピードが上がっているから、疲れるのも速いんでしょうね。AIを上手く使うには「理解」が不可欠ですが、理解しようと思えば当然CPUサイクル(思考リソース)を食いますから。
かつての牧歌的な時代なら、知識を得るのも「週末にこの本を1冊読んでみよう」というスピード感で許されていました。今はエージェントが次々と問題を解いてくれるようになりましたが、自分自身の「理解」というプロセスをバイパスしているわけではないので、非常に短い期間にディープな内容が脳に飛び込んできます。脳がCPUサイクルをフル稼働させ続けている状態なので、ものすごく使い減りするんだと思います。
ーーAI疲れが起こりやすいこの状況は、いずれ変わるのでしょうか。
正直分かりません。ただ、これからノウハウが溜まっていって、ハーネスエンジニアリングのようなものが進化し、もっとロングランニングできるようになれば、「エージェントに任せて、俺は寝るわ」ができるようになるかもしれませんね。
ただ、僕は最近「予想」は諦めているんです。先を読むなんてどうせできないから、そこにCPU資源を使って可能性を挙げ連ねても不安になるだけじゃないですか。そんなことをする暇があったら、目の前のことに集中した方がいいと思うんですよね。
ーーでは今、エージェントに振り回されかねないこの状況に、エンジニアはどう向き合ったらいいと思いますか?
すごく単純なことですが、自分のペースを作ることです。エージェントがいると「たくさんやれてしまう」のですが、限度を超すとサステナブルじゃなくなってしまう。だから、あえて意図的に緩めることが必要です。ちゃんと休む時間を決めるとかね。
ーー周囲がすさまじい勢いでタスクをこなしていく様子を見ると焦りませんか?
僕も昔はそれなりに焦りましたが、今は自分のリミットを知る方が大事だと思っています。自分のキャパシティを改善したければ、根性で頑張るのではなく、新しい技を覚えるといった物理的なレバレッジを利かせる方向で努力した方がいいでしょうね。
唯一すべきなのは、自分の牙を研ぎ続けることです。キャッチアップを怠らず、どうすれば価値を出せるかを考えて、フィードバックを得て改善していく。それしかありません。
あとは、やっぱり「予想はしない」こと。今の時代の予想は何の役にも立ちません。それよりも、来たものに確実に対応する方が絶対に賢い。予想という名の博打に負けて不安になるより、起こったことに最速で対応する。それでも十分、常人よりは速いはずですから。
撮影/桑原美樹 取材・文/秋元 祐香里(編集部)