杜甫々(とほほ)さん
大学卒業後、1988年に広島のソフトウエア会社に入社。インターネット関連の研究職として勤務したのち、ネットワーク管理やセキュリティー管理、クラウド管理のシステム構築プロジェクトに参画。2025年に定年退職。1996年に個人サイト『とほほのWWW入門』を開設し、現在も運営を継続中
■とほほのWWW入門(https://www.tohoho-web.com/)
NEW! 働き方
情報の消費スピードは加速し、今日のトレンドが翌週には陳腐化する……。そんな「継続」が最も困難な時代において、30年もの歳月、淡々と、しかし情熱を持って継続されてきた場所がある。
日本のエンジニアの多くが一度はお世話になったであろう伝説的な個人サイト『とほほのWWW入門』だ。
運営者の杜甫々(とほほ)さんは、1996年のサイト開設から現在に至るまで、流行に左右されることなく独力でコードを書き、情報を整理し続けてきた。あえて「個人サイト」という城を守り抜くその姿勢は、一見するとストイックに映るが、その実態とは?
昨年本業を定年退職し、今年8月にはサイト開設30周年を迎える節目の今。私たちが忘れかけていた「学びの原動力」を探るべく、杜甫々さんの話を聞いた。
杜甫々(とほほ)さん
大学卒業後、1988年に広島のソフトウエア会社に入社。インターネット関連の研究職として勤務したのち、ネットワーク管理やセキュリティー管理、クラウド管理のシステム構築プロジェクトに参画。2025年に定年退職。1996年に個人サイト『とほほのWWW入門』を開設し、現在も運営を継続中
■とほほのWWW入門(https://www.tohoho-web.com/)
ーー『とほほのWWW入門』の開設は1996年。30年もの間続いているんですね! 個人サイトの運営を始めたきっかけを教えてください。
「最近HTMLやWebというものが流行っているらしいぞ」と知り、自分もやってみようかと思ったのがきっかけです。
でも当時はWebサイト制作に関する日本語のドキュメントが少なくて、英語のサイトを探して情報を調べたり、メモにまとめたりしながら勉強していきました。
いざWebサイトを作るとなった段階で、たいして載せたいものもないな、と思って。結局、せっかくWebサイト制作に関する情報を整理したのだからこれを載せちゃおうと思い、始めたのが『とほほのWWW入門』というわけです。
サイト公開当初のトップページ(https://www.tohoho-web.com/index_old)
ーー今から30年前というと、当時のインターネットを取り巻く環境も今と異なりますよね。
そうですね。サイトを開設する8年前(1988年)にソフトウエア会社に入社して、最初に配属されたのがインターネット関連の研究職の部門でした。
当時の日本には一般向けのプロバイダーが存在せず、インターネットの商用利用ができなかった時代。研究所のコンピュータからメールを送るときは、ビジネス専用の経路を作って電話回線でつなぎ、モデムの「ピーギャー」なんて音を聞きながらやりとりしていました。
そんな時代からインターネットに接してきたので、新しい技術が出てくるたびに「どんなものだろう」と調べる癖がついていたんです。ようやくインターネットプロバイダーが登場して、世の中でWebが流行り出した時も「これは面白そうだな」と思いましたね。
ーーまさにインターネットの黎明期を体験してきたわけですね。サイトを始めた頃から、長く続けるつもりだったのですか?
最初はそんな意識はなかったですね。とにかくWebについて知らないことがたくさんあったので、調べたいものがたくさんあったんですよ。
「次はこれを調べたい」「この情報も見てみたい」といった感じで、興味があることを調べては情報を整理し、サイトにアップしていただけです。
ーーいつ頃から「続けていこう」と思うように?
「長くやっていくのもいいかな」と思うようになったのは、サイトを開設して2~3年くらい経った頃ですかね。
当時はトップページにアクセスカウンターをつけてサイト訪問者数をカウントしていたので、「だんだん増えてきたな」「今日は多いぞ」と数字が増えていくのを見る楽しみがありました。「自分のサイトを誰かが見てくれている」という実感があって嬉しかったんですよね。
あと、当時は『Yahoo! JAPAN』ができて間もない頃で。その頃のYahoo! JAPANは今のような検索エンジンではなく、運営スタッフが選定したサイトをディレクトリ型で掲載する形式だったのですが、そこに載ったのも感慨深かったです。
Yahoo! JAPANに掲載されている中でも優良サイトとして評価されると「COOLマーク」が付くんですよ。あのマークをもらえたこともいい思い出ですね。
それで「こんなに見てくれる人がいるなら、続けていこうかな」と思うようになりました。
ーーとはいえ、本業もある中でモチベーションを維持するのは大変そうです。やめようと思ったことはないんですか?
ありますよ。2009年からの2年間は全く更新していませんしね。
過去の更新履歴を見ると、2009年、2010年だけ更新がないことが分かる(https://www.tohoho-web.com/wwwhist)
ーー更新を止めたきっかけはあったのでしょうか?
Webに関することは一通り調べ尽くした感覚があったんです。この頃になると新しい言語もほとんど出てこなくなったし、興味があることは大体書いちゃったな、って。
当時は本業でも技術から離れ、主にプロジェクト管理を任されていた時期だったので、自分で手を動かしてコードを書いていなかったのも影響したかもしれません。
ーーですが今も『とほほのWWW入門』は続いているわけですよね。どういった心境の変化が?
「別にWeb以外のことも調べてみたらいいじゃん」と思ったんですよね。なのでWeb制作ではあまり使われない言語など、それまで目を向けていなかったテーマにも手を出すようになりました。視野を広げたことで調べたいことも増え、サイトを更新するモチベーションも戻ったというのはあるかもしれないですね。
それに、やっぱり技術が好きなことは変わらなかったので、エンジニアとしてやっていきたいと会社に頼んで開発の現場に戻ったんです。そこで、少し先を見据えた勉強をするようになったことで、サイトの更新も再開しました。
というのも、個人サイトを開設するにあたって事前に会社の了承を取ったのですが、業務を通じて得た知識やノウハウを掲載するのはNGと言われたので、「だったら仕事で使う前に先回りしてやろう」と思い、将来的にプロジェクトで必要になりそうな技術を先行して調べるようにしたんです。
プロジェクトで使うようになる頃には、すでに自分のサイト用に情報を整理していたので、社内に対して新しい技術の提案や説明がしやすいというメリットもありました。
ーー「知りたい」という好奇心がサイトを継続するモチベーションに直結していた、と。
どんな項目をアップするのかは、完全にその時々の興味次第で決めていました。ある記事を書いている途中で別のことに興味を持って、元の記事はほったらかしで新しいことを調べ始めるなんてこともしょっちゅうです。
技術に全く関係ないことでも、面白そうだなと思ったら情報を調べて整理したくなるので、「番外編」のコーナーも作りました。そこでは地元の広島ラーメンやお好み焼きの情報なんかも掲載しています。
実は『とほほのWWW入門』で一番アクセス数が多いのも、技術以外の項目なんですよ。
ーーえっ、そうなんですか?
番外編に掲載している「珍しい苗字」のアクセス数がダントツで、なんとトップページより多いんです(笑)
ーーなんでまたこの項目を作ろうと……?
たまたま「四月一日」と書いて「わたぬき」と読む苗字があることを知ったんです。面白いなと思って調べてみたら他にも珍しい苗字がたくさんあったので、情報をまとめて一覧を作ってしまいました。
あくまで個人でやっていることだから、面白ければやるし、面倒臭くなったら途中でやめてもいい。この自由さは個人サイトだからこそですよね。
他にも「風情のある名前」「数字にまつわる名前」など複数のカテゴリで珍しい苗字が紹介されている(https://www.tohoho-web.com/ot/unique-name)
ーー『とほほのWWW入門』は情報が項目ごとに体系立てて整理されているので、初心者でも理解しやすいですよね。情報の見せ方や伝え方にこだわりはありますか?
こだわりという程のものではないのですが、これは私が本業で作るドキュメント形式とほぼ同じなんですよ。仕事で資料を作成すると「分かりやすいね」とほめてもらうことが多かったので、サイトでも短い文章にコード例を添えるシンプルな構成を意識しています。
ちなみに私が新卒で入社して最初に作ったドキュメントは、AWKに関する英語の情報を集めて日本語で整理したものだったんですが、今見ると『とほほのWWW入門』の書き方とほとんど一緒(笑)。もともとシンプルで分かりやすい説明書を書くのは得意だったのかもしれませんね。
ーー30年の間にブログやSNS、YouTubeなど新しい情報発信の手段が登場しましたが、杜甫々さんは手作りの個人サイト一本ですよね。その他の活動をしてみようとは思わなかったのですか?
あまり思わなかったですね。ブログのように既存のシステムを使うものがあまり好きじゃないんですよ。
自分でHTMLを書けば好きなように作れますが、特定のCMSを使うと自由度が低いし、別のシステムに移りたくても作業に手間がかかるし。だから私はシステムを作るときもフレームワークをあまり使わず、自分でいちから作ることもあります。
それにブログやSNSの場合、10年後も残るかどうか分からないじゃないですか。もし自分が使っているブログサービスが終了したら、それまでに書いたものも消えてしまう。でも自分で作ったWebサイトなら、30年後だろうと50年後だろうと残るので、どうせやるならそっちの方がいいと思っています。
ーーお話を伺って、本当に自分の好きなようにサイトの運営を続けてきたことが分かりました。無理がないというか。
あるイベントで登壇したときに、来場者から「なぜこれほど長くサイトを続けられたのですか?」と質問されたことがあるんですよ。答えは単純で「好きだから」のひと言に尽きます。むしろどうやったらやめられるのか知りたいくらいで(笑)
だって、釣りだろうがゲームだろうが、好きだったら「やめよう」なんて思わないじゃないですか。それどころか、新しい攻略法を一生懸命に勉強したりしますよね。
私も技術について調べるのが好きなだけで、頑張って続けようとしたわけじゃないんです。
ーー昨今は日々移り変わる技術トレンドを追いかけるのに精一杯で、情報を調べたり、学んだりすることを純粋に楽しめなくなってしまうエンジニアも出てきそうです。どうすれば杜甫々さんのように、興味や熱量を持ち続けられるのでしょうか。
どんなことでも嫌々やっていたら覚えが悪いし、長く続かないと思うんです。なので、現役時代はよく若手エンジニアに対して「自分を騙してでも、まずは一度好きになってみたら?」と伝えてきました。
うそでもいいからその技術や分野を好きになったつもりで取り組むと、「この言語はここが新しいぞ」「こんなシステムをよく考えたな」といった面白さが見えてくるものです。すると不思議なもので、学ぶことがちょっとずつ楽しくなっていくんですよね。
ーー2025年10月に本業の会社は定年退職されましたが、情報を調べることや発信することは好きなままですか?
はい、変わらないですね。時間に余裕ができたので、最近はまた毎週更新しています。
情報が古くなった項目をリニューアルしたいと思っていたので、その作業を少しずつ進めたり、技術以外にも好きなことがたくさんあるので、番外編の情報を追加したりもしていきたい。
これからも興味を持てることがあるうちはサイトを続けていくし、興味を持てることがなくなったらやめてもいいと思っています。それくらいの気楽さでやっていくつもりです。
取材・文/塚田有香 編集/秋元 祐香里(編集部)