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AI時代に技術書はすぐ腐る。だからエンジニアは「エンタメの夜明け」を読んで、世界を動かすホストになれ

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本連載では、業界の第一線で活躍する著名エンジニアたちが、それぞれの視点で選んだ書籍について語ります。ただのレビューに留まらず、エンジニアリングの深層に迫る洞察や、実際の現場で役立つ知見をシェア!初心者からベテランまで、新たな発見や学びが得られる、エンジニア必読の「読書感想文」です。

著名エンジニアが、独自の視点で「おすすめ書籍」の紹介を行う本連載。

今回の語り手は、元LLM無職であり、現在はエージェンティック無職を名乗るナル先生(@GOROman)だ。

技術の賞味期限が恐ろしく速いAI時代に、ナル先生が「これだけは普遍的に役立つ」と断言する座右の書が、東京ディズニーランド誕生の裏側を描いたノンフィクション
『「エンタメ」の夜明け ディズニーランドが日本に来た日』 (講談社) 。

14歳の時にディズニーランド行きを拒絶してネットの海に潜った少年が、なぜ大人になってこの本に救われ、日本にVRの夜明けをもたらすことになったのか?

技術の枠を超えて世界を動かした、泥臭い「人間ハック」の舞台裏を語ってもらった。

馬場康夫著、講談社発行の書籍『「エンタメ」の夜明け ディズニーランドが日本に来た日』の概要紹介バナー。ナル先生が選ぶ座右の書として、小谷正一氏と堀貞一郎氏という2人のプロデューサーを軸に、ウォルト・ディズニーという巨人にスポットを当てながら、東京ディズニーランド誕生の裏側や究極のテーマパーク誘致に奔走し成し遂げるまでのノンフィクションであることについて書かれている。

AI時代、コードの知識は役に立たなくなる

エンジニア向けの読書感想文を書いて欲しい、と編集部から依頼されました。

読書感想文なんて、小学校の時に毎年すべて夏目漱石の『坊っちゃん』で押し通して以来なので、本当に久々です。どうせなら、今話題のAIに丸投げするのではなく、当時の記憶と衝動をそのまま書き殴った過去のブログ(100%オーガニック脳みそ製!)をベースに、一本のストーリーに仕立て直してみようと思います。

私は現在、「エージェンティック無職」という最先端の無職を嗜んでいますが、以前はソフトウェアやハードウェアのエンジニア、ゲーム開発者、はたまた会社の経営者などをやっており、技術書やビジネス書はそれなりに読んできた自負があります。それこそ中学生の頃、お金がないのでC言語の本を本屋で毎日立ち読みして、頭の中でコンパイルして覚えたりしていました。

最初にこの話を貰った時、「AI時代でも普遍的にエンジニアに役立つ本を推薦するとしたら何だろう???」と真面目に考えました。

なぜなら、これからの未来を想定すると、いわゆる「技術書」の類はほとんど役に立たなくなる(賞味期限が一瞬で切れる)と感じているからです。

AIが自律的に動き、コードを爆速で生成してくれる時代において、構文の知識やAPIのリファレンスを覚えることの価値は限りなくゼロに近づいていきます。私が中学生の頃に立ち読みして血肉にしたC言語の知識も、オムロンのMD1200 IIという超低速モデム(1200bps!1秒間に120文字しか送れない代物です)を動かすための「ATコマンド」のマニュアルを隅々まで読み込んだ記憶も、現代のテクノロジーにおいては完全に化石です。技術の知識そのものは、時代の潮流であっけなく腐ります。

「1PLAY ¥100」と書かれたTシャツを着用し、インタビューで身振り手振りを交えながら熱弁するナル先生(GOROman)のポートレート写真。AIが自律的に動きコードを生成する時代において、構文やAPIの知識は化石となり腐るため、エンジニアに必要なのはシステムを自ら作る「野生の衝動」であるという主張について書かれている。

では、時代がどれだけ変わっても腐らない「エンジニアのコア」とは何なのか?

それは、「システム(環境)がなければ、自分で作ればいい」という野生の衝動です。

今から約36年前、まだインターネットなんて言葉すら誰も知らなかった頃、突然家族で「東京ディズニーランドに旅行に行く」というイベントが発生しました。当時、愛知県豊橋市に住む中学生だった私は、家族総出の旅行に結構なお金がかかることを察しました。ディズニーランド、風の噂では夢の国。行ったことはない。ただ、そのディズニーランドに行くより行きたい世界はありました。ネットの世界です。

「俺、ディズニーランド行かないから、代わりにモデムを買ってくれ!!」

母親にそう直談判しました。普通なら「家族旅行に行かないなんて何を考えてるんだ!」と怒られるところですが、我が家はわりとロックで自由主義な一家だったので、この一方的な交渉は成立。ディズニーランド旅行代と引き換えに、2万4800円のモデムと通信ソフトを手に入れたのです。

繋がった時の嬉しさは、まさに「父さん!ラピュタは本当にあったんだ……」状態です。学校の授業そっちのけでネットの海に溺れました。しかし、栄華は長くは続きません。

(パリーーン! ガラスの割れる効果音)

夢中になりすぎた結果、わずか2ヶ月で電話代が10万円を超えてしまったのです。ディズニーランドの旅行代どころじゃない大損害です。当然、親から一発でアクセス禁止令が発令されました。

あの夢の国に、もう一度戻りたい。つまらない日常、興味のない授業。虚無感の中で、私はハッと閃きました。

「ネットがなければ、ホストをつくればいいじゃない」
(マリー・アントワネット風に)

自分がパソコン通信局側(ホスト)になれば、ユーザーが電話を掛けてきてくれるから、自分の電話代はタダ。天才か。

幸い自分は小学校2年からプログラミングをしていたし、モデムの仕組みも把握していました。すぐさまBASICのホストプログラムを解析し、シリアル通信を勉強して「GORO-NET」というホスト局を自作したのです。

こっそり市内のパソコン通信局にアクセスし(これなら3分10円だ。バレない)、自分のホスト局の宣伝を書き込んだ。

日中は電話を家族が使うから、夜中の10時から朝の7時までアクセス可能にした。それ以外にアクセスがあるとモデムの代わりに親が出るシステムだ(不機嫌な声で)。

この時点で、掲示板、メール、チャット(自分とだけ)、簡単なオンラインゲーム、人工無能チャットのシステムを用意した。

会員数は30人くらいだったけど、とても面白かった。夜中しかやってないので当然生活は昼夜逆転し、学校は寝る毎日となった。

そんなこんなで、ネットの中の人の方が現実の人とコミュニケーションする時代を当時14歳にして体験していたのだ。

もうこの頃にはリアルの知り合いや友人より圧倒的にネット側の知り合いの方が増えた。そりゃホスト局やってるんだからバーのマスターのようなものである。

技術そのものは変わる。けれど、「欲しい世界がないなら、自分でインフラから、ホストプログラムから作って世界をこじ開ける」というスタンスだけは、約40年経った今も1ミリも色褪せていません。

……と、ここまで真面目に語ってきましたが。

否!が!しかし!
この無職、エンジニアtypeにおけるネタ枠、外れ値要員という役割であるとハッと我に返りました。

まっとうなエンジニアが勧めるような『人月の神話』みたいな古典とか『アルゴリズム辞典』とか『達人プログラマー』的な本をドヤ顔で紹介したところで、私の役割ではないのです。

前置きが長くなりましたが、そんな「外れ値」の無職が、大人になって開発や経営で行き詰まった時に出会い、貪るように読んだ座右の書。それが、かつて私が14歳で拒絶した、あの「東京ディズニーランド」を日本に誘致した男たちの執念を描いたノンフィクション本なのです。

かつて拒絶した「ディズニーランド」の誘致本に、大人の私は救われた

さて、本題に入りましょう。私がおすすめするのは『「エンタメ」の夜明け ディズニーランドが日本に来た日』です。

「ん? エンジニアにディズニーの誘致? 1ミリも関係ないじゃん!」と思ったそこのアナタ。ブラウザのタブを閉じるのはちょっと待ってください。これこそが、AI時代にコードしか書けないエンジニアが真っ先に駆逐される理由であり、逆にこの本のエッセンスを理解できれば、一生食いっぱぐれない最強の武器が手に入るからです。

本書は、まだ「エンターテインメント」という言葉すら定着していなかった昭和の日本で、何もない浦安の埋立地に「東京ディズニーランド」を引っ張ってきた男たちの、凄まじいプロデュース力と最強のプレゼン術を追ったノンフィクションです。

デール・カーネギーの「人を動かす」が人間向けのプロンプトエンジニアリング 人間ハック集(要は人の利用)だとするなら、本著は人を本当に心から相手を自分の熱量でブーストさせその気にさせる本なのです。

この本は、日本のエンタメビジネスが産声をあげるその瞬間に、不思議な因縁で結ばれた3人のプロデューサーの物語で構成されています。

1人目は、小谷正一さん。日本初の民間ラジオ放送を興し、パ・リーグを創設した、メディアインフラの開拓者。

2人目は、堀貞一郎さん。1960年代のヒットTV番組「シャボン玉ホリデー」「11PM」などの伝説的番組を仕掛け、後にディズニーランドを浦安に引っ張ってきた、人間ハックの天才。

3人目は、ウォルト・ディズニー。世界初の長編アニメ「白雪姫」や世界初のテーマパーク「ディズニーランド」を建設し、世界のエンタメの基礎OSを書き換えた巨人。

まだ「エンタメ」なんて言葉すらなかった時代に、新しい仕組みやインフラをぶち立てた3人の男たちのドキュメンタリーが展開されるのですが、一番脳汁が出るのは、堀貞一郎さんのエピソードでしょう。

当時、日本の名だたる大企業がアメリカのディズニー本社に誘致の交渉に行くも、ことごとく門前払い。それもそのはず、当時のディズニーには日本への強烈な「不信感」があったからです。実はそれ以前に、ある日本の遊園地関係者がディズニーを訪れて写真を撮りまくり、日本に質の低いモノマネ遊園地を勝手に作るという事態を起こしていたのです。

アメリカ側からすれば、「技術を盗んで劣化コピーを作る国に、俺たちの魂を渡せるか!」という話です。相手のガードはガチガチに固い。

そこで堀さんたちが何をしたか。相手を徹底的にリサーチし、相手が「YES」としか言えない、あるいは「この指に止まりたい!」と思わせるような最高のおもてなしと仕掛けを、これでもかとやってのけたのです。

これ、現代の言葉で言えば何だと思いますか?

そう、「人間向けのプロンプトエンジニアリング」であり、「人間ハック」です。

エンジニアもプログラマも、基本は人と人の繋がりやコミュニケーション、プレゼン力がモノを言います。

「新しい技術を社内に広めたい」
「この開発予算を上司に通したい」
「このオープンソースの仕様をチームに納得させたい」

いくらコードが綺麗でも、アーキテクチャが美しくても、結局は人間という最高にレガシーで不条理なシステムを揺さぶり、動かす必要があります。ここを突破できなければ、どんな優れた技術も社会実装されることはありません。

14歳の時にディズニーランドを拒絶して「ネットの世界(GORO-NET)」に引きこもった私は、大人になって、ソフトウェアやハードウェア、VRのプロダクトを開発する中でこの壁にぶち当たりました。

「なぜ、こんなに素晴らしい技術なのに伝わらないんだ?」と。

その時、この本が教えてくれたのです。「世界を動かしたいなら、コードを叩くだけじゃダメだ。人間という不確実な相手に対して、徹底的にリスペクトともてなしの精神を持って向き合うんだ」と。

そして2014年、私はこの本から得た学びをそのままトレースし、日本のVRの運命を変える「ある大博打」に出ることになります。

パルマー・ラッキーへの「リアル遣隋使作戦」

2012年の夏、私はクラウドファンディングサイトのKickstarterで、衝撃的なプロジェクトに出会いました。Oculus Rift(DK1)というVRデバイスです。

私は昔からゲームも好きで(どのくらい好きかと言うとバーチャファイター2をアストロシティ2[注.ゲーセンにあるゲーム筐体]毎買ってしまうくらい好きだ)、ゲームの中に入り込む方法をずっと夢想していました。ソニーのヘッドマウントディスプレイ(以下、HMD)を改造してヘッドトラッキングを自作したり、ファミコンの立体視システムをパソコンに無理やり繋いだりするくらい立体視やHMDが好きだった人間です。……と、少し話が逸れてしまいました。話を戻しましょう。

スマートフォンを手に持ち、少年のような笑みを浮かべながらインタビューに応じるナル先生(GOROman)のポートレート写真。2012年夏にクラウドファンディングのKickstarterで衝撃的なVRデバイス「Oculus Rift DK1」に出会い、筐体を買うほど好きだったゲームや立体視の世界へ没入していく熱狂の始まりについて書かれている。

そのOculus Riftのプロモーションビデオに1人の青年が写っていました。まだあどけなさの残る青年の名はパルマー・ラッキー。彼が熱くOculus Riftや自分の生い立ち、VRの未来を語るプロモーションビデオに登場したデバイスこそがまさに自分が求めて(しかも勝手につくったり)していたデバイスその物だったのです。「なにこれしゅごい・・・」。プロモーションビデオを見た瞬間、クレジットカード番号をマッハで入力していました。当時は1ドル80円前後の円高時代。「騙されてもいいからこれが欲しい!」と魂が叫んだのです。

翌年、ようやく香港から自宅に届いたDK1の黒いケースを開け、自作のUnityアプリを起動してHMDを装着した瞬間、私は川崎市の自宅からVRの世界へと完全にテレポートしました。3D空間の中に、自分で配置した初音ミクさんが立っている。

「人類はなんてものを作ってしまったんや……」

凄まじい衝撃でした。このヤバい技術を、どうしても日本のたくさんの人に知ってほしい。私は二宮金次郎ばりに背中にDK1とMacBook Proを背負い、有名クリエイターや大手企業、ゲーム会社、アニメ会社、IPホルダーを片っ端から訪問しては、会う人全員にデバイスを被せる日々をスタートさせました。これが後のユーザーイベント「OcuFes(オキュフェス)」へと繋がっていきます。

そんな中、Unity社の伊藤(周)さんがカナダのカンファレンスで米Oculus社のスタッフに「日本支社はないの?」と尋ね、Twitterに「ないよ、つくっちゃえば」と返ってきた回答を見ました。

その瞬間、謎の義務感が私を襲いました。「日本支社、作っちゃおうじゃないか」と。半分は冗談、半分は本気。でも、どうアプローチすればアメリカのベンチャー企業がこちらを向いてくれるのか。

その時、私の脳裏をよぎったのが『「エンタメ」の夜明け』で描かれた、アメリカのディズニー本社を振り向かせた男たちの泥臭い執念でした。

2014年、そこからの私は完全に狂っていました。パスポートが切れていることに気づいて5日で特例取得し、1月のラスベガスCESを皮切りに、シアトル、サンフランシスコ、ロサンゼルスと、1年間で5回も自腹で渡米を繰り返したのです。直前の航空券は軽自動車が買えるほど高額でしたが、お金のことは一旦忘れました。

中でも最大の勝負どころは、米シアトルで開催された「Steam Dev Days」でした。ここにパルマー・ラッキーが登壇するという情報を掴んだからです。

私は日本を発つ前、当時の部下にこう指示を出しました。

「ファミリーマートに行って、SAO(ソードアート・オンライン)の一番くじをすべて買い占めてこい!」

なぜなら、1月のCESで偶然パルマーに会った際、彼が新製品の話そっちのけで「SAOのナーブギアが最高で……!」「ミクのLAコンサートも行ったよ!」とマシンガントークする、筋金入りの日本アニメオタクだったからです。

大量のSAOグッズをスーツケースいっぱいに詰め込み、私はまさに遣隋使のごとく大荷物で羽田からシアトルへ飛びました。

米Oculus社創業者のパルマー・ラッキー氏に渡すために集められた、SAO(ソードアート・オンライン)の一番くじ景品(ポスター、バスタオル、フィギュア等)や初音ミクグッズなど大量の「献上品」の床置き写真。相手のオタク的熱狂をリサーチし、120%の熱量でもてなすことで、日本のVRインフラの夜明けをこじ開けた「人間ハック」の実践について書かれている。

パルマ―への献上品

現地のコンベンションセンターでパルマーを見つけ、今は亡き元上司・日比野陽一郎(Yoi)氏の通訳を介して、その献上品を一気に手渡したのです。パルマーの目は完全に輝いていました。

2014年1月に米国ラスベガスで開催されたCESのOculus VRプライベートブースにて、ファウンダーのパルマー・ラッキー氏とナル先生(GOROman)が並ぶ写真。この出会いを起点に相手のオタク的熱狂を徹底リサーチし、後の「Steam Dev Days」での献上品手渡しや、同年7月のOculus Japan Team誕生へと繋がっていったプロセスについて書かれている。

写真は、ラスベガスで開催されたCESにて。Oculus VRのプライベートブースでファウンダーのパルマーに会った時の様子

相手が何に熱狂し、何をリスペクトしているのかを徹底的に調べ上げ、そこにこちらの120%の熱量をぶつける。日本に戻ってからは、公式の許可をいただいて手弁当でSAOのVRデモを開発し、ロサンゼルスの「Anime Expo 2014」のOculusブースで展示する流れまで作りました。

当時の記事

これは、世間一般のスマートな「営業職のスキル」なんかではありません。『「エンタメ」の夜明け』をバイブルにして、自分がどうしても日本に呼び込みたかった「VRという新しい夢の国」のインフラを、人間関係をプログラミングすることでこじ開けたプロセスだったのです。

この熱量がアメリカのチームを動かし、2014年7月、Oculus Japan Teamがひっそりと誕生。私はめでたく、その「中の人」になることができました。

未来のホスト(環境)を作るエンジニアたちへ

今、私は「エージェンティック無職」を名乗っています。 AIが自律的なエージェントとして動き回るこれからの時代、10年、20年と経てば、自分の分身であるAIが代理人としてネット上でコミュニケーションを取り、相手もそれに気づかない……なんて未来が当たり前になるでしょう。人が死んだ後も、その人のbotが永遠にSNSを更新し続けるような、現実と電脳世界の境界線が溶けた世界がすぐそこまで来ています。

そうなった時、コードを書くことそれ自体は、AIエージェントが肩代わりしてくれる退屈な作業になります。「エンジニアの仕事」の定義は、完全に書き換わるのです。

じゃあ、これからの時代にエンジニアの価値はどこに残るのか?

それこそが、「どんな新しい世界(夢の国)を作りたいかというビジョン」であり、それを実現するために「人間やAIを巻き込んで、環境そのものを立ち上げていく熱量」です。

振り返れば、私の人生はその繰り返しでした。 14歳の時、リアルなディズニーランドに行くのを拒絶して1200bpsのモデムを手に入れ、自分の部屋に「GORO-NET」というパソコン通信のホスト環境を作った。 30代になって、『「エンタメ」の夜明け』をバイブルにパルマー・ラッキーへSAOの一番くじを空輸し、日本に「Oculus Japan」というVRのホスト環境を作った。

かつて夢の国を拒絶した少年が、大人になってその夢の国を誘致した男たちの本に救われ、日本にVRという「もう一つの夢の国」をもたらした。このパラドックスが、私のエンジニアとしての歩みそのものです。

技術の知識や仕様は、時代の潮流であっけなく変わります。けれど、「環境がなければ、自分でホストを作って世界をこじ開ければいい」というスタンスだけは、いつの時代も絶対に腐りません。

ぜひ、この『「エンタメ」の夜明け』を読んでみてください。そして、技術という強力な武器を携えたまま現実世界へ飛び出し、新しい世界を、インフラを、システムを自ら立ち上げる「ホスト」になってください。新しい夜明けを作る側に回ると人生面白いですよ。

ではでは。

【参照元ブログ】実在と非実在の狭間
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プロフィール画像

エージェンティック無職(元LLM無職)
ナル先生(@GOROman

ゲーム業界で経験を積んだ後、遊技機業界の企業へ転職。2010年に起業し、22年に散開。14年、VR業界に参画してOculus VR Japanを立ち上げる。その後、Facebook(現Meta)にジョイン。23年にハードウェアスタートアップにて執行役員 兼 CTOに就任。現在、無職

文/ナル先生
編集/玉城智子(編集部)

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