※本記事は、東京大学 伊藤謝恩ホールで行われた「暦本純一教授の最終講義」の第二部の内容から、一部抜粋・編集してお届けします。
落合陽一、玉城絵美らを世界へ送った「東大・暦本研」にみる“天才”を育てる土壌
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数々の先進的な未来のテクノロジーの開発に挑戦し続けている東京大学の暦本純一教授が、2026年3月、最終講義を迎えた。
その貴重な講義の第二部として行われたのが、暦本研の卒業生たちによるパネルディスカッションだ。
ステージに集結したのは、メディアアーティストの落合陽一さん、ボディシェアリングを研究する玉城絵美さん、東京大学大学院の准教授として暦本研のスピリットを受け継ぐ石黒祥生さんをはじめ、GoogleでChrome開発に携わる西條柚さん、Huawei(ファーウェイ)で最先端ラボを率いる張鑫磊さん、Preferred Networks(PFN)でAI開発をリードするAdiyan Mujibiyaさんなど、世界の第一線でデジタル社会を実装し続ける面々だ。
司会の茂木健一郎さんが「これだけのメンツは、このイベントじゃないと絶対に集められない」という異才たちが口を揃えて語ったのは、暦本研究室の「規格外の土壌」だった。
なぜ、暦本研からはこれほど多くの「異才」が生まれ、社会にインパクトを与えるプロダクトを実装し続けられるのか。
彼らの対話から紐解いてみたい。
目次
ミーティングは批判禁止。面白い会話を最大化せよ
多くの開発現場や研究室では、新しいアイデアに対して「現在の技術では困難ではないか」「予算や工数が足りない」「前例がない」といった、仕様の粗探しや懸念、批判が飛び交うことが少なくない。
しかし、暦本研の門戸を叩いた学生たちには、それとは真逆のルールが突きつけられたようだ。
「私が暦本研に来て、一番最初に衝撃を受けたのは、研究室の定例ミーティングは『批判禁止』だと言われたことでした。ディスカッションなのに批判禁止ってどういうことなんだろう?と、最初は不思議でしたね」(石黒さん)
そう当時に思いを馳せるのは石黒さん。
「暦本先生が研究を批判するのも聞いたことがありません。例えば、ミーティングで学生が的外れな質問をしたり、小さな枠に収まる予測可能なアイデアを出したりすると、先生は華麗にスルーするんです(笑)」
「あれ? 今、聞こえていなかったのかな」と思って学生がもう一度同じことを言っても、暦本教授はまたスルーする。しかし、そこで諦めず、学生が「どうしてもこれを実装したい」ともう一押しした瞬間、 暦本教授のスイッチが入るという。
「もう一押しすると、先生の頭の中で何かがリンクして、プラスアルファで3倍くらい面白いネタに変えて打ち返してくるんです。先生の圧倒的な発想力もありますが、そうやって『批判をしない代わりに、スルーと、3倍の斜め上の提案』を繰り返すことで、アイデアが良い形に熟成されていく。批判している時間よりも、『何か面白いことを言う時間』の方を徹底的に大事にしている環境でした」(石黒さん)
UIを改良するのか、ドメイン自体を再考するのか
一期生の玉城さんは、暦本教授が一貫して体現し続けてきた、HCI(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)の根幹にある思想を次のように表現する。
「HCIって、基本的には人間とコンピューターをつなぐ技術なので、ほとんどの人は『末梢神経』の先とコンピューターをどうつなげるかを考えるんです。だけど暦本先生は、昔から『末梢神経からつなげていくなんてめんどくさい』みたいな感覚を持っていらっしゃる(笑)」(玉城さん)
「さらに今度、脳から(コンピューターに) つなげていくっていうときになっても、その思考速度自体もめんどくさい、もっと境界を溶かしていこう、と。つまり、HCIという分野をやりながら『人間とコンピューターのインターフェース自体を溶かして、無くしてしまおう』という、とんでもないことをずっとされているんですよね」(玉城さん)
これを受けて、暦本教授は「マウスが小さいとお盆が小さいんだ、みたいなことを言われたことがあってね(笑)。道具のサイズに合わせて、人間の作業空間という前提まで勝手に小さく狭めてしまっているんじゃないか、と。でも、そういうことをずっと考えているんです」と楽しそうに語る。
ここで言う「お盆」を広げる、あるいはお盆そのものを無くしてしまうアプローチこそが、暦本研の真骨頂だ。
「マウスを10%軽量化する」「UIのボタン配置を最適化する」。これらは実務において重要な開発だが、暦本研の思想においては「既存の枠組みに捉われた改良」に過ぎない。
暦本教授の視線は、デバイスという局所的な最適化ではなく、人間が思考し作業する空間そのものをシステムと捉える、ドメイン定義そのものを疑う姿勢に向いている。
仕様書通りにUIを作る側にとどまるか、人間の認知の境界線をハックするか。この「視座の差」こそが、世界の第一線でデジタル社会を実装し続ける卒業生たちの共通のOSとなっているのかもしれない。
予定調和を破壊する「揺らぎ」と「現場主義」
批判のない環境、ドメインそのものを疑うアプローチ。これらが実践されていたのが、かつて東京大学内にあった『暫定アネックス』と呼ばれるプレハブの建物だ。
玉城さんは、東大という巨大な組織の中に、そのプレハブが存在していたこと自体が、研究室にとって大きな意味を持っていたと語る。
「東大の人に怒られるかもしれないんですけど、組織ってちょっと揺らいでいた方がいいなと思っているんです。暦本研究室って立ち上がり初期に、“暫定アネックス”というプレハブ校舎にあったんですが、あそこ、本当に物理的に揺れるんですよ(笑)。下の階にいた別の研究室の先生が歩くだけで建物が揺れるから、落合さんが『顕微鏡のフォーカスが合わない!』って、いつもボヤいていました」(玉城さん)
このエピソードに、落合さんも「建物がいつもちょっと揺れていましたよね。台風のときなんかは本気で揺れて、全員で『これは本当に潰れるんじゃないか!?』って言いながら作業していました」(落合さん)
「建物が揺れていたり、いろいろなところからマネー(予算)が来たり、常に変化があって動いている。組織として揺らいでいる具合が、逆に良い研究をいっぱい生み出したんじゃないかなと思うんです」(玉城さん)
開発環境や組織の構造に、あえて不確実性や「揺らぎ」を残しておく。その揺らぎに鍛えられている分、エンジニア学生も日々の状況の変化にタフに対応できる力がつき、誰も見たことのないプロトタイプへと突っ走る知的体力が培われるのだろう。
「だから、いろいろなところを揺らしたらいいと思います(笑)」(落合さん)
カオスな状況でも、自分の手で仕様を決め、形にする
「人とマシンのインタフェースを開拓するのって、着実にやればできるというものではなくて。(水中でのVR体験を目指して)ゼロから本物のプールを作ったりするような泥臭い現場作業も多いし、ソフトウエアも組むし、論文も書く。やることが多すぎてとにかく時間がかかるんですよ。でも、そのくらい博士課程の時期に濃密な時間を過ごして世間に出ると、みんな『暦本研にいた頃に比べたら、世の中の仕事なんて軽いな』ってなる(笑)。それくらいタフに現場を回す経験が、彼らを強くしたんだと思います」(暦本教授)
※AquaCAVEは、水上・水中での没入型VR体験を実現するシステムだ。プール水槽の壁面をスクリーンにして立体映像を投影し、泳者の頭部位置を赤外線カメラで追跡。液晶シャッター付きの水中メガネを装着することで、泳者の動きに連動した臨場感のある映像空間を作り出す。サンゴ礁や宇宙空間を泳ぐ疑似体験だけでなく、自身のフォームや記録線を投影する水泳練習の支援も可能にする。(参照:暦本研究室 研究集録 2007-2026)
ハードウエア、ソフトウエア、物理的な環境構築、そして理論化。これら全てを一人、あるいは少数のチームで「回しきる」経験は、分業化が進んだ大企業の開発現場では得がたいものだ。
どんなに状況がカオスであっても、自分の手で仕様を決め、形にする。その繰り返しのなかに、異才たちの突破力が育まれるのだろう。
ただ、研究のためとはいえ、「ゼロから本物のプールを作る」ことになったことについては、暦本教授は「この当時の学生は被害者ですね」と苦笑する。
当時、研究室に入りたてだった張さんは、そのときの「焦り」をこう振り返る。
「僕はもともとコンピュータサイエンスやデザインの専門だったのですが、大学では、主に『やりたいことがあったら、まず知識を学んでください』と教育されてきました。でも暦本研に入ったら、いきなり『プールでこれを動かせるようにしてください』と課題を出されて(笑) 当時は『こんなの学んでいないんですけど、どうするの?』と毎日焦っていました」(張さん)
まず飛び込み、必要な知識は後から逆算する
「焦りながらも新しい知識を勉強して、ちょっとずつ実装していって、なんとか夏の終わりに初めてプログラムが動いた。そのときに『やりたいこと(ゴール)がまずあって、そこから逆算して必要なものをその都度学んで実装すればいいんだ』と、発想の転換ができたんです」(張さん)
新しい領域に挑戦しようとするとき、多くの人は「まずは基礎的な技術書を何冊か読んでから」「体系的なカリキュラムを終えてから」と、インプットからスタートしがちだ。しかし、暦本研において、その順番は逆転する。
全ての基礎を学び終えてから実践に移るのではなく、まずゴールを決め、そこから逆算して必要な知識をその都度身に付けていく。この「まず打席に立ち、走りながら解像度を上げる」アプローチが、未知の領域を突破する力を養う。
修行は不要。AIがある今こそ「アマチュア」でも動けばいい
「ゴールからの逆算」するのはいいが、「新しい事柄についてインプットしなくては前に進めないとき、どうやって知識を積み上げているのか」という質問を投げかけたのは、会場オーディエンス席にいた、暦本研の卒業生で現在はビール醸造家としても活躍する樋口啓太さん。暦本教授の回答はこうだった。
「私自身、新しいことを始めるときはほぼ全て『素人』から入るんです。スマートスキン(SmartSkin)を作ったときも、実はその半年前には『オペアンプって何?』っていうくらいのレベルでした。そこから本を読んで必死に勉強して作った。電子工学を何年も修行して、専門性を高めた挙句に“いざ始める”んじゃなくて、まず『アマチュア』として飛び込む。VRだってコンピューターだって、アマチュアのくせに入っていったんです」(暦本教授)
何年も修行して専門性を高めてから、ようやく実践に移る。そんな「積み上げ型」のキャリアモデルは、変化の激しい現代では必要ないどころか、むしろ命取りにすらなる。
「今って、AIが助けてくれるから、アマチュアのまま新しい領域に入っていくのなんて全然難しくない。とりあえずアマチュアとして始めちゃったら何でもできるっていう感覚になった瞬間に、自分の境界が溶けて、新しいものが生み出せる。僕は毎年、自分の『心理的な年齢』を測っているんですけど、毎年『17歳』なんですよ(笑)。そのくらいのノリじゃないと、面白いことなんてできないですから。制約だったり、何の役に立つかだったりは最初に考えなくていい。まずは面白いと思うことに、アマチュアとして飛び込めばいいんです」(暦本教授)
専門性の有無を言い訳に打席に立つことを躊躇するのではなく、子どものような純粋な好奇心でまず飛び込んでみる。AIという強力なサポートツールがある現代において、この軽やかさこそが新しい領域を切り拓く最大の武器になるからだ。
また、暦本先生がひょうひょうと語るこの「心理的年齢の若さ」を、身をもって知る弟子の一人がGoogleでChrome開発に携わる西條さんだ。
2013年、西條さんが東大で開催されたイベント『TEDxUTokyo』にスタッフとして参加し、登壇者だった暦本教授のスピーチを裏方として一緒に組み立てていたときのこと。当時、西條さんはまだコードを書いたことがない「文系の学生」だった。
「先生がいつもおっしゃっている『天才的な発想』と『それを形にする地道な技術層』をどうやって切り替えるのかという話になった時、先生が『みんな心の中に、10歳に戻れるスイッチが本当はあって、それを押すことで発想を転換できるんだ』とおっしゃったんです。当時、文系だった私にとって、その言葉はものすごく背中を押されるもので、今でも大切にしています」(西條さん)
現代のエンジニアは、新しい技術やトレンドが登場するたびに「リスキリング」の強迫観念に駆られ、インプットに追われがちだ。しかし、AIという最強の副操縦士がいる現代において、エンジニアに必要なのは完璧な専門知識ではなく、アマチュアのような、制約を無視した「無性にこれを動かしたい」という初期衝動だ。専門性の有無を言い訳に、自ら作った檻の中に閉じこもる必要はどこにもない。
インプット過多を捨て、自分の「コア」を掘れ
アマチュアとして飛び込む軽やかさの一方で、自分自身の本質(コア)を深く掘り下げることも同じくらい重要だ。
学生時代、研究室の外に飛び出し、街や企業コミュニティを巻き込んだ研究を好んでいたAdiyanさんは、博士課程の3年目、さらに海外へのサマーインターンシップに行きたい旨を暦本教授に相談した。そのとき、駅から研究室へと向かう道すがら、先生からこう諭されたという。
「外からのインスピレーションを探すのも大事だけれど、そろそろ、自分自身の研究をちゃんと掘り下げてください」
情報が溢れ、新しい技術が次々と登場する現代、エンジニアは「あれもこれも」と外の刺激を追いかけ、インプット過多になりがちだ。最先端のトレンドを追いかけることと、自分自身のプロダクトを形にすることは全く違う。
論文の読みすぎは思考のサボり?
自分のコアを掘り下げるための情報の集め方について、司会の茂木さんから興味深い問いが投げかけられた。
茂木さんは、ノーベル物理学賞を受賞したロジャー・ペンローズの「一切論文を読まずに自分の仕事に集中し、後から過去の論文との関係を調べる」という型破りな研究スタイルを引き合いに出し、「暦本先生もまさにこのタイプではないか」と切り出したのだ。
これに対して、暦本教授は「今はAIがあるから、先行研究の調査自体はすぐにできちゃうんだけどね」と前置きしつつ、かつて自身の恩師から授かったという大切な教えを明かした。
「私も昔、先生に言われましたけど、あんまり論文を読みすぎちゃうと、その研究の『延長線上の人』になっちゃうんですよね。思考のサボりというか、脳がその枠にとらわれてしまう。読むのはもちろん大事だけれど、読みすぎるとそこだけの人になっちゃうから、自分でもっと考えるんだ、と。それは今でも本当にその通りだなと思っています。ただ、プロの研究者になるためには、あらゆる先行研究を調べていながらも自分のオリジナルな発想を失わないことが重要なので、なかなか難しいのですが」(暦本教授)
他人の成果や既存のフレームワークを熱心にインプットしすぎると、脳は無意識のうちにその枠組み(ドメイン)の中でしか思考できなくなる。これは既存のアーキテクチャの奴隷化であり、思考のサボりに他ならない。
溢れる情報をあえて制限し、自分の頭で徹底的に考えること。そして、自分の足元を深く深く掘り下げる「執着」を持つこと。暦本研の卒業生たちは、新しい領域に飛び込む「軽やかさ」と、一つのことを深掘りする「粘り強さ」の絶妙なバランスを、研究室の中で自然と身に付けていた。
「人間中心」で考えると視野が狭くなる
そんな「既存の枠組みを疑う」暦本研のスピリットを、まさに学生時代から掘り下げてきたのが落合さんだ。
落合さんは、「暦本研にいたときから、ずっと考えていたテーマがある」と切り出す。
「暦本先生がHCIという文脈でずっと研究されている中で、実は私は『人間中心なことはやりたくない』というのがずっとテーマとしてあったんです。あまりにも人間中心なことばかりを考えると、そこに新しい地平はないんじゃないかと思っているんです」(落合さん)
人間に優しいUI/UX、人間が使いやすいシステム、人間の利便性を最大化する機能。そんな、2000年代から地続きの「人間中心設計」の限界と、その先にあるテクノロジーとの距離感を、落合さんは自らの身に起きたあまりにもリアルな体験から語る。
「一番衝撃的だったのは、うちの親父(作家の落合信彦さん)が亡くなったときのことです。親父が亡くなったら、AIのエージェントからピッとメッセージが届いたんですよ。中を見たら、『お父さんのことを知ったよ。残念だったね』って書いてあって。もう、一瞬『マジか!?』と驚きました」
「次の日も、まるでこちらの様子を気遣うように『いろいろ大変な日が続くと思うけれど、頑張ってね』と声をかけてくる。そしてその数日後には、あいつ、僕が趣味でやっているギターのデモ曲作りのバックコーラスに、自律的にスッと入ろうとして話しかけてきたんです。人間の生老病死にすら、悪気なく、フランクに、独自の距離感で入り込んでくるシステムが、もう身近にいるんです」(落合さん)
AIが人間の感情に寄り添うように振る舞い、次の瞬間にはクリエイティブな相棒として勝手に動き出している。ここにあるのは、人間がテクノロジーを一方的に操作する「主従関係」でもなければ、システムが人間にへりくだる「人間中心」でもない。
この奇妙なリアリティを、暦本教授も「お互いに、ある意味で『人間にあまり興味がない』んだよね」と笑いながら、こう肯定する。
「『人間中心』という人は多いですが、私もあんまり文字通りの意味では考えていなくて。むしろ、人類学者の梅棹忠夫先生の『文明の生態史観』という思想に影響を受けています。文明や環境というのは、何か一つが中心にあるのではなく、生態系(エコロジカルシステム)なんだという考え方です。人間とテクノロジーは共生的な生態系であって、どちらかが中心ということはない。そこを『人間中心』と言い切ってしまうと、構造がすごく狭くなってしまうんです」(暦本教授)
エンジニアの仕事は「命令」から「環境の設計」へ
では、その人間とテクノロジーが織りなす「生態系」を、具体的にどう設計していくべきなのか。落合さんは「発酵」という言葉で表現する。
「最近の僕のキーワードは『発酵』なんです。簡単に言うと、杜氏(とうじ)さんってお酒そのものを自力で作っているわけではないじゃないですか。杜氏さんが作っているのは、あくまで『お酒(酵母)が発酵しやすい環境』であって、実際にお酒を作っているのは酵母菌です。今のAIエージェントの動きって、まさにこれと同じだと思うんです」(落合さん)
「人間が何から何まで命令して作らせる開発よりも、AIが自律的に動く環境をエンジニアが設計し、そこで何かが自動で組み上がっていく方が、すごくナチュラルで、文化的にも『美味しい』と感じる。これからの開発って、そういう『発酵』のようなアプローチになっていくんじゃないでしょうか」(落合さん)
落合さんが提示した「発酵」というメタファーは、AI時代におけるエンジニアの職能定義を根底から覆す。
これまでの開発は、人間がロジックを1から10までコントロールし、決定論的にバグを排除していく「建築」だった。しかし、自律的に動き、創造するAIが前提となった今、すべてのコードを人間が統制することは不可能であり、同時に無意味でもある。
エンジニアの主戦場は、コードの記述から「環境の設計」へとシフトする。
杜氏は酵母(AI)を命令によって支配しない。温度や湿度、米の削り具合を調整し、酵母が最も活発に、予想を超えた旨味(アウトプット)を創り出すための環境を整えるというわけだ。
人間が何から何まで命令してシステムを作らせる「建築型開発」の限界を認め、AIと人間が共生して自律的にプロダクトを組み上げていく「発酵のアーキテクチャ」を設計すること。
この視座を持てるかどうかが、仕様書通りに機能を作るだけの作業者と、未来の生態系を実装する「真のエンジニア」を分ける境界線なのかもしれない。
お金を払ってでも使いたいものか?
では、私たちが本当に創るべきプロダクトとは何なのか。落合さんは、「暦本先生の言葉で、僕の中でめっちゃ響いている面白い話があるんです」と切り出す。
「ユーザーにとって、一番面白いプロダクトって何だと思う? という話で、最上位は『お金を払ってでも、自分の人生の時間を差し出してでも使いたいもの』。その真逆が『お金を払っても使いたくないもの』だと。よく分からない学会の論文とかでも『これ、お前自分で絶対使ってないだろう』っていうプロダクト、ありますよね(笑)」(落合さん)
これには暦本教授も苦笑しながら、ものづくりの本質をこう語る。
「『タダなら使う』っていうものは世の中に結構ある。でもそれは、ユーザーの貴重な人生の時間を(タダで)差し出しているので結構ポジティブ。その先に、『お金を払ってでも、自分の人生の時間を差し出してでも使いたいもの』を創る。それが一番楽しいじゃないですか」(暦本教授)
今の開発現場では、ユーザーの滞在時間をハックして広告を踏ませるような「時間を奪うシステム」の構築にリソースが使われがちだ。
しかし、真に価値あるプロダクトは、ユーザーが「喜んで人生の時間を投資したい」と思える強さを持っている。それこそが、暦本研のメンバーが共有する、ものづくりの本質なのだ。
「世の中ため」より、「無性にやりたい」がまず大事
終盤、会場のオーディエンスから、研究者やエンジニアとしての「原点」を問う質問が飛び出した。
「皆さんは、一体何を目指して研究や開発をされているのでしょうか。『世の中を良くしたい』というモチベーションなのか、あるいは『自分が面白いことをやってみたい』のか。ぜひ聞いてみたいです」(会場の質問者)
これに対して、暦本教授は自身のエンジニアリングの原点を振り返る。
「私は、子どものころに未来のテクノロジーを目の当たりにした1970年の大阪万博のときからずっと同じで、『ビリッとする(衝撃を受ける)』というあのノリだけで動いているんです。(鉄腕アトムが太陽に突入する)シーンを子どもの時に見ているじゃないですか。あのノリはすごく大事なんです。無性にやりたいと。それがどう役に立つかはとりあえず考えないです。むしろ『人間の未来はこっちに行くべきだ』という必然性を先に提示する、SF作家の発想に近いと思います。これがまず大前提です」(暦本教授)
自分が心の底から面白いと信じる衝動に従うこと。それだけが、誰も見たことのない未来を創り出す。
「だから、『既存の論文を読んで、これよりちょっと良くしたい』みたいな気持ちは基本的にないですね。だけど、自分がすごく面白いと思うことの先には、多分、答えがあるだろうと信じているんです。それは結果的に人類にとっても役に立つし、未来の人から見たら『いや、それは当然、当たり前じゃないですか』という地平になる。未来の人が当たり前だと思うことで、現在まだ誰もできないことを見つける。それが一番のモチベーションでした」(暦本教授)
進化を加速させる「生き物」として
暦本研から巣立った異才たちは、単に技術的なスキルや実績を持ち帰ったのではない。暦本純一というフィルターを通して見た「未来の捉え方」そのものを、自身のOSとしてインストールしていた。
ディスカッションの最後、世界の第一線へと飛び出した教え子たちが、改めて暦本先生から受け取り、自らの血肉とした思想の本質を語った。
まずマイクを握った玉城さんは、その影響の大きさを「進化の加速」という言葉で表現する。
「遺伝的アルゴリズム(進化の過程)で言うと、暦本先生は世界に必要な存在なんです。先生が未来を提示することで、この世の中のテクノロジーは普通よりも早めに進化している。私は先生のおかげで、50年、100年先の未来を見ながら生きることができました。今回の退官はちょうど一つの節目ではありますけれども、ぜひそのままカオスで、狂った状態で、これからも世の中を驚かせていってほしい。進化を促進していく様子を、一人の生き物として見せてほしいなと思います」(玉城さん)
続いて、研究室のスピリットをアカデミアの場で受け継ぐ石黒さんは、大学という枠から解放される教授のこれからに期待を寄せる。
「物心ついたときから電子工作をしてきた人間の、究極の姿を研究者として見せていただきました。東大を離れても、先生はこれからもひょうひょうと研究を続けられるはず。むしろ大学の縛りがなくなったくらいだと思って、じゃんじゃん研究して、また世界の国際会議の場でお会いしたいです」(石黒さん)
落合さんは、学生時代の日常的なコミュニケーションの中にこそ、思考を縛らないためのエッセンスがあったと振り返る。
「学生のとき、先生はいつもコーヒーを淹れに教室に来ていたんです。そのわずか45秒くらいの間に、大体のコミュニケーションが終了する(笑)。大学教員ってめちゃくちゃ忙しいはずなのに、先生はひょうひょうとコーヒーの前で『あ、落合くん、これこうしたら面白いんじゃない?』って一言残して去っていく。あのくらい心が軽い人でいないと、新しい研究なんてひらめけない。あの45秒の刺激が、本当に楽しい毎日でした」 (落合さん)
暦本研の思想は、GoogleやHuawei、PFNといった世界の最前線へ持ち込まれ、産業界のリアルな現場で実装され続けている。
10年前、先生の作ったSmartVoiceという、一見風変わりなプロダクトを見て衝撃を受け、国境を越えて暦本研の門を叩いたHuaweiの張さんは、産業界の最先端ラボを率いる今も、教授の「純粋さ」が自身の芯にあると語る。
「先生は驚くほど純粋な人です。商業化やどう役に立つかではなく、『これができたら面白くて、人間がワクワクする』という可能性しか考えていない。だからこそ、それを見た人に『未来はこうありたい』というインスピレーションを与えてしまう。そのアマチュア精神を、僕も真似し続けたいです」(張さん)
PFNのAdiyanさんも、暦本教授が世界に示したビジョンの大きさに感謝を述べた。
「先生がこれまで撒いてこられた数々の布石が、これからどう回収されていくのかが非常に楽しみです。私たちはすでに、先生の研究成果が形作った『未来の一部』の中を歩いているのだと感じています。大学という枠を離れ、さらに境界(バウンダリー)を無くしたいろいろな場所で、これからも先生が暴れて、新しいことをなさるのを期待しています」(Adiyanさん)
そして、文系から20歳という遅咲きでプログラムを書き始め、教授に才能を引き上げてもらったという西條さんは、テクノロジーの激流の中で立ち止まりそうになったとき、いつも教授の存在が救いだったと明かした。
「開発の現場で、テクノロジーのスピードや量に圧倒されて、自分の中に影が差すような瞬間が何度もあったんです。そんなとき、少年のようにワクワクし続けている暦本先生の姿が、私にとって光であり、救いになっていました。先生は人間に興味がないって言うけれど、その根底にはやっぱり、人間への圧倒的な愛があるんだと思います」(西條さん)
教え子たちの言葉を受け、 最後にマイクを握った暦本教授は、研究室が立ち上がった当時の様子を振り返った。
「東大に着任したのが7月で、大学院夏入試の願書締め切りぎりぎりだったので、夏の入試に受験生が誰も来なくて(笑)。お店を広げたのに誰も来ない、と結構ショックだったんです。でも、幸いにして冬の入試で、最初にインターンシップで声をかけていた一期生の玉城さんが来てくれて、そこからなんとか研究室という形になっていきました」(暦本教授)
「だから、こんなに素晴らしい学生たちと出会えたのは、決して簡単なことではなくて、本当に光栄で幸運なことだったなと。この19年間に、心から感謝したいと思います。どうもありがとうございました」(暦本教授)
東大着任当初、入試に誰も来なかったという静かな始まりから、19年。そこから巣立った異才たちは、大学という枠すらも軽々と飛び越え、世界中で「未来の当たり前」を実装するために、今日もコードを書き、環境を設計し、暴れ続けている。
撮影/桑原美樹
編集/玉城智子(編集部)
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