経営トップ自らが生成AIを使い倒しているという事例として、DeNA代表・南場智子さんの活用ぶりはよく知られている。
しかし、GMOインターネットグループの代表・熊谷正寿さんも負けてはいなかった。
「ここ2カ月間で書いたコードは10万行になりました」
「ほらほら、見てくださいよ」と前のめりでスマートフォンを差し出して見せる熊谷さん。
画面に映るのは、かつて熊谷さんが「Excelで管理している」と明かしていた、自分があと何日生きられるかを秒単位で刻む「人生のカウントダウン時計」を 、Claudeを使って自作したという専用ポータルだ。
グループ内数千人ものエンジニアを抱えながら 、誰の手も借りず、参考書も、YouTubeも見ず、1人で開発したという。
「まずはトップが使ってナンボ」を地で行く62歳の経営者が、自ら手を動かして見えてきた「本当の変化」とは何だったのか。話を聞いた。
GMOインターネットグループ株式会社
代表取締役グループ代表
会長兼社長執行役員・CEO
熊谷正寿さん(@m_kumagai)
1963年、長野県生まれ。91年にボイスメディア(現・GMOインターネットグループ)を設立。99年、独立系ネットベンチャーとして国内初の株式上場を果たす。現在は東証プライム上場企業を中心に、上場12社を含むグループ約150社、約8,300名のパートナーを率いる。「すべての人にインターネット」を掲げ、インフラからセキュリティ、金融、暗号資産まで多角的に事業を展開。ビジネスのみならず、手帳に書いた夢を次々と実現する実践者でもあり、55歳でヘリコプター、57歳で飛行機の自家用パイロット免許を取得するなど、陸・海・空全ての操縦資格を制覇している
誰にも教わらず、2カ月で10万行
――今お見せいただいているのが、自作されたアプリですか?
そう、僕の時間を管理するためのポータル。昔はExcelで手作りしていた、自分の寿命から逆算して行動する「人生時計シート」や、生涯かけてかなえたい夢を書き連ねた「夢リスト」が見られるアプリです。ほら、僕の平均余命の残りが「あと20年と17日、4時間35分53秒」(※取材時点)と秒単位でカウントダウンされている。
熊谷さんが自分専用に開発したアプリの画面
毎朝これを見て、減っていく秒数と向き合うことで、「1分1秒も無駄にできないな」と時間の価値をガツンと意識して、今日一番やるべき大事なことは何かって考えているんです。もう何十年もこういうやり方で自分の時間を管理し続けているんですが、それがAIのおかげで進化して、今は自分専用のアプリとして開発しちゃいました。
――これを全てClaude Codeで作ったと。
そう、Claude Codeです。この2カ月間で10万行のコードを書きました。昨日(※取材日の前日)の段階で9万7808行、約10万行ですね。
熊谷さん本人のClaude Code利用統計
――GMOには数千人ものエンジニアがいると聞きました。失礼ですが、本当に誰にも聞かずに作ったんですか?
1人も聞いていないです。本も読んでないし、YouTubeも見てない。社内の誰にも聞かず作りましたよ。
――聞いて進めた方が早かったのでは?
そりゃ、詳しい人に聞いた方が早いかもしれないですけどね(笑)。自分でやると本当にあちこちで詰まりますから。難所だらけです。
――詰まったときはどうしたんですか?
画面のスクショを撮って、そのままClaudeに貼り付けて「ここがうまくいかない、どうすればいい?」って聞くだけです。そうやってAIと壁打ちしながら、一つずつ自力で課題をクリアしていくんです。そこに意味があるでしょ。
しかもこれ、裏側はGitHub経由で全部連携させているので、自宅や会社にあるPCなどのデバイス9台をフルに使い分けて、全部1人で開発したんですよ。なんなら、一部の機能はもう一般向けにアプリとしてストア公開までしちゃってます。
――1人でそこまで……。これまでの開発の常識からすると、10万行のコードを非エンジニアが2カ月で書くなんて、信じられないスピードです。
昔の、つまり生成AI以前の世界だと、大手のSIerに見積もりを依頼すると、平均して1人月100万円。それで書けるコードは平均1000行でした。つまり「1000行で100万円」というのは、昔からこの業界のザックリとした相場だったんです。となると、10万行のコードを書くには50人月、つまり「5000万円」かかっていたわけです。
5000万円相当の開発が、たった3万円
――それが、Claudeを使うと減った?
僕がこの2カ月間でClaudeに払ったトークン代は、3万円です。
――5000万円が、3万円。
そう。コーディングという概念において、時間効率は50倍になり、コストは30分の1になった。掛け算すると、1500倍の差があります。この3、4カ月、特にこのレベルのAIが出てきてからの変化は本当に革命で、もう全部のやること、考えることを変えなければいけないという意味が実感できますよね。
熊谷さん本人のClaudeCode利用料の請求額履歴
――開発の際にはキーボードもほぼ使っていないそうですね。
ほぼ使っていません。全部音声入力です。音声入力に関しては、『Typeless』と『Aqua Voice』、それからApple純正の三つを切り替えて使っています。
僕は移動が多いものですから、電波状態に合わせてクラウド型(前者の二つ)とローカル型(Apple純正)を切り替える。これがめちゃくちゃ生産性が高いことに気が付いたんです。僕がやるのは、口頭でClaudeにやりたいことを伝えるだけ。
極端な話、プログラミング言語そのものを完璧に使いこなせなくても、的確な指示さえ出せれば開発が進んでいくんですよね。
本当に時間の節約になりますから、これは全社でやったほうがいいなと思って、GMOではグループ全社約8300人にグースネックマイクを導入するプロジェクトをすぐスタートしました。全員のデスクにマイクを設置して、音声入力を徹底させているところです。まだ「慣れない」という声もありますけど、実際、ものすごい効率化になりますからね。
――ご自身で使ってすぐ全社に、というのはかなりのスピード感ですね。
僕は経営者として、通常業務とは別にこの開発をやってきました。通常業務は一切遅延させていません。単純に口で命令を出して、AIが僕の代わりに動いてくれた。その結果、時間の節約という意味もありますが、それ以上に僕自身の経営者としてのパフォーマンスが、1年前の10倍くらいに上がっている感覚があります。
――「ただコードを書くだけの仕事は消滅する」という話自体は、今や聞き慣れた、ある意味で「今さら感」のある話です。ただ、熊谷さんが実際に10万行コードを書いているのを見ると、生々しさが違いますね。
ええ、耳にタコができるほど語られている、いまやただの流行り言葉かもしれません。でも、目の前にいるのは本来プログラミングとは無縁の62歳の経営者です。
その人間が、本も読まず、YouTubeも観ず、グループに在籍する数千人のエンジニアに一回も聞かずに、アプリ開発から出張のレストラン選びまで全部Claudeに話しかけて完結させている。このファクトを前にして、本当に平然としていられるエンジニアがどれだけいるでしょうか。
――エンジニアが「AI時代が〜」と議論している間に、非エンジニア側がその武器を完全に使いこなして成果を出している、と。
そういうことです。だから僕は、エンジニアはなくならないけれど、ただコードを書くだけの「コーダー」という役割は完全に終わった、と考えています。これは全エンジニアが、綺麗事抜きに分からなきゃいけない現実です。
――では、ただ仕様書通りに書くフェーズが終わった世界で、エンジニアの「能力の差」はどこでつくようになりますか?
正しい指示をClaudeなどのAIに出せるのは大前提。何より差がつくのは、仕様書がない曖昧な世界で「どこが問題なのか」を自分で見つけ、言語化して把握できる能力です。
「何を改善するか」を自分で見つけられず、誰かからの仕様書を待っているだけのエンジニアは、もう厳しいと思います。
本番と思っていた27年間は、前座だった
――熊谷さんがテック産業に参入されたのが1995年。これまで数々の技術革新を見てこられたと思いますが、今のAIによる変化は過去のトレンドと何が違うのでしょうか。
進化の角度が全く違いますね。僕たちは27年間、ずっと2桁成長でこの業界を走ってきました。インターネット革命、IT革命の真っただ中にいて、自分たちがその主役だと思って思って渋谷で事業をやってきたわけです。今や3000億円規模の企業グループになりました。でも、2022年11月30日にサム・アルトマンがChatGPTをリリースした日から、完全に潮目が変わったんです。
――潮目が変わった、というと?
今振り返ると、あの27年間はIT革命の本番ではなく、全て「前座」だったんだ、ということに気が付いちゃったんですよ。ChatGPTの誕生日こそが本番の幕開け。それくらい、今の変化は日進月歩じゃなくて「秒進分歩」です。感覚的には、もう垂直に伸びているイメージですね。
――これまでもさまざまな流行り言葉が生まれては消えていきましたが、それらとは一線を画すと。
この業界は流行り言葉が多いので、「行く行く」と言いながら結局行かないケースもたくさんありました。でも、この生成AIは本物です。もうこれのために、あの前座の27年間があったんだと僕は思っています。それくらい本気で取り組まなければいけない。
――この「垂直の進化」の先には、どのような未来が見えていますか?
生成AIって、今のところはスマホやPCの「画面の中だけ」の話ですよね。これを社会実装していく次のステップは、生成AIを組み込んだヒューマノイド、つまり「フィジカルAI」の領域です。
僕は1年前から「今年はヒューマノイド元年になる」と言い続けてきましたが、実際にそういう時代になってきています。
――画面から飛び出して、物理世界にAIが浸透していく。
そう。部品、センサー、そしてそれらを社会実装させていく僕たちのような会社も含めて、フィジカルAIの分野は非常に広大です。だからこそ、特に若いエンジニアの皆さんには、未来予測の力を磨いて、この「フィジカルAI」に関わる分野に行ってほしい。
――なぜそこまで「伸びる産業」にこだわるべきなのでしょうか。
僕はよく、「ベンチャー企業にとっての唯一の癒やしは、成長である」と言っているんです。成長企業、成長産業に行くことこそが就職および転職の正解。なぜなら、成長していれば結果としてポストも増えるし、収入も増えるし、周りは笑顔ばかりになるからです。
お客さんも笑顔だし、それを見て自分たちも誇りが持てて笑顔になるという「笑顔の循環」が生まれるんです。逆にシュリンクしている場所では、解雇が起こったり、作ってきたものが無駄になったりして、いいことは何一つない。激変する時代だからこそ、自分で未来を予測して、その成長の真ん中に飛び込むべきなんです。
「誰かのせい」にして思考停止してた20代
――AIが進化して正解がすぐ手に入る時代だからこそ、「若手エンジニアが今すぐ捨てるべきもの」も伺いたいです。熊谷さんがこれまでの人生で「捨てて本当に良かった」と思うものは何ですか?
「他責思考」です。物事を他人のせいにすること。これを20代の前半に捨てたことが、僕の人生最大の節目であり、今の人生が始まった原点です。それ以上のものはありません。
――20代前半というと、高校中退後に親御さんの会社で働いていた頃ですか?
思い通りにならないわけですよ。そうすると、当時の僕は「親がこう言うからだ」「環境が悪い、時代が悪い」と、いろんな言い訳を自分に並べて、周りのせいにしていた。
実は、僕自身は就職活動をしたことがありません。高校を中退し、父の会社に入ったのが17歳の時。二世だからといって甘やかさない非常に厳しい父だったので、「社長の息子は他の誰より安く、長く働け」と言われ、がむしゃらに働きました。当時は20歳で結婚してすぐに子どもが生まれ、この頃から放送大学にも入学して、とにかく忙しかった。社会人、夫、父親、学生という一人四役をこなすある日、妻が「お金がないから」とアルバイト雑誌を片手に泣いている姿を見て、「自分たちは幸せじゃないのかもしれない」と激しく落ち込んだんです。(引用:2018年『type就活』)
でも、その悶々とした中でハッと気付いたんです。他人のせいにしているのは、自分が「思考停止」しているだけなんだ、と。
――そこに気付いて、どう行動を変えたんですか?
あ、これじゃダメなんだ。他人に頼らず、自分の人生は自分で決めて、自分で責任を取らなきゃダメだ」とその瞬間に腹をくくったんです。全ての責任は自分にあるという「自責思考」に切り替えた。
そしたら本当に目から鱗が落ちるように、バッと世の中が明るく見えました。自分の夢や目標は、誰に言われたからではなく、全部自分で「これをやる」と決める。その代わり、リスクも結果も責任は自分で取る。その原点があったからこそ、この会社ができたんです。
――上手くいかない理由を外に探しているうちは、自分の人生をコントロールできないわけですね。
その通りです。だから、夢を達成する年を決めて逆算して行動計画を立てる「人生年表」をコツコツ作って進めていけた。それも全てを自分の責任だと捉える「自責思考」が大前提にありました。この40年間、僕はずっと自責だけで生きています。若いエンジニアの皆さんには特に強く伝えたいですね。「人生で一番捨ててよかったのは、他責思考だ」と。
AI時代、他人の作った「正解」は無視していい
――「自責思考」は今のAI時代を生きる若い世代にこそ、必要な覚悟かもしれませんね。今はエントリーシートも面接の回答も、AIを使えばいくらでも「綺麗な正解」が作れてしまう。会社のブランドやランキング、口コミといった「他人が作った正解」に依存して、自分の頭で考えずに就職先を選んでしまう若者も増えているように感じます。
例えば、就職人気ランキングの上位にコンサルティングファームが入っていたりしますよね。もちろんコンサルタントにもいろいろな仕事や役割がありますが、ただデータを集めて綺麗なリサーチレポートをまとめるだけのような業務なら、これからはAIの方が圧倒的に早くて安いですから、その領域の需要はかなりシビアになっていくと思います。
それなのに、過去の常識や、先輩が行ったからとか、会社のブランドとか、そういう『他人が作った正解』に頼って道を選んでしまうのは、まさに思考停止であり他責なんです。
これだけ産業が激変している中で、過去の正解を求めても意味がない。他人の頭ではなく、自分の頭で「未来はどうなるか」を予測して、リスクを取ってでも自分が伸びると思う産業、伸びる会社に行くべきです。それこそが本当の「自責」であり、自分の人生を自分でコントロールするということですから。
命の残り時間を、他人の作った正解で浪費するな
――AIを使って効率化を突き進めてきた熊谷さんだからこそ、お聞きしたいのですが、私たちは、AIによって手に入れたその「浮いた時間」で、一体どんな人生を選択していくべきなのでしょうか。
僕は、究極的には「時間に対するリアルな危機感」を持って生きるべきだと思います。
どんな仕事を望み、どんな人生を生きるのかというのは、結局のところ本人の時間感覚の問題なんですよ。未来の予測なんて誰にも完璧にはできません。でも、一つだけ確実に分かっているのは「誰においても、命のカウントダウンは既に始まっている」ということです。
僕自身、毎朝自作のアプリで、自分の平均余命が秒単位で削られていくのを確認しています。そうすると、例えば夕食一つ取っても毎回慎重に考えるようになるし、自分が本当に一緒に過ごしたい人と、好きなものを食べるようになる。ぼんやりしている場合じゃないんです。
その現実を本当に理解したなら、人生の3分の1という膨大な時間を投資する「就職」や「転職」において、他人の作ったランキングやブランドに頼るような、いい加減な選択なんて絶対にできないはずなんですよ。
――他人の作った正解を求めて彷徨っている時間なんて一秒もない、と。
そう。1995年からインターネットの最前線で3000億円のグループを作ってきた僕から言わせれば、今目の前で起きているAIの変化は、過去のどれよりも、人生で一番面白いチャンスです。
それなのに、誰かの指示を待つだけの「思考停止」で他人のせいにして生きるのか。それとも「自責」の覚悟を持って、自分の大切な時間をこの大激変期にフルベットするのか。若い皆さんには、ぜひ後者を選んで、自分の手で新しい時代を創り、自分の人生をコントロールしていってほしいですね。
撮影/桑原美樹 編集/玉城智子(編集部)