データ解析が変える2020年のスポーツ~「勝つため」と「魅せるため」2つの可能性を探る【特集:New Order】
今、スポーツ界で「データ解析熱」が高まっている。技術革新によって、データの取得や解析が容易になったためだ。
むろんその背景に、膨大なデータを素早く解析することで、知られざる成功の法則や、ライバルを出し抜くための秘策を得たいという、チームや選手の期待があるのは言うまでもない。試合ごとに雌雄が決する競技であればなおさらだろう。
事実、この熱気は野球やサッカーのようなメジャースポーツに限らず、競技人口が少ないアマチュアスポーツにまで及んでいる。
「関心が高まっているデータ解析ですが、スポーツ分野におけるデータ活用には2つの方向性があります」
そう語るのは、スポーツデータの解析や配信を手掛けるデータスタジアムの代表取締役、加藤善彦氏。加藤氏の言う2つの方向性とは「魅せるため」のデータ活用と「勝つため」のデータ活用だ。
「『勝つため』のデータ活用とは、データをチーム強化や選手育成のために使用するものであり、『魅せるため』のデータ活用とは、データをコンテンツ化し、スタジアムの観客やテレビ、Webメディアの視聴者に向け提供するためのもの。いずれの分野も、ここ数年ニーズが高まっています」
同社は、リアルタイム入力したプロ野球やJリーグの試合に関する詳細なデータベースを武器に、チームやリーグ向けなどに競技特化型の解析ツールを提供するだけでなく、テレビやWebメディアに対し、データ配信やコンテンツ配信を行うことにも力を入れている。
「野球やサッカー以外にも、ラグビー日本代表のオフィシャルデータサプライヤーを務めています。また、昨年は『インハイTV』という特設サイト上において、インターハイの全30種目の動画と試合速報をネットで配信したり、同じく昨年、新潟で開催された世界ゲートボール選手権大会では、我々が集めた試合データを日本代表チームに提供させていただくなど、プロ・アマ問わず、さまざまな競技とお付き合いさせていただいています」
Jリーグで始まった新たなデータ取得で「真の逸材」が分かる!?
データ解析の裾野は、メジャー競技、マイナー競技の垣根を越えて着実に広がっているが、やはり多くのファンを抱える野球とサッカーで進展が著しい。
中でも、今季からJリーグで始まったデータ取得の試みは注目に値する取り組みと言えるだろう。3月7日に開幕した2015年1stステージから、J1全試合においてトラッキングデータを取得するようになったのだ。
「このJリーグトラッキングシステムでは、軍事技術として使用される自動追尾システムを応用したCHYRONHEGO社製の『Tracab』を導入し、22人の選手と3人の審判、ボールの動きをすべて捕捉します。ピッチ全体を映像で押さえているので、ボールに絡んでいない選手や審判の動きまで、ピッチ内のすべての動きを捉えられるようになりました」
同様のシステムは、サッカーの欧州主要リーグや野球の米メジャーリーグなどでは採用されているが、日本のプロスポーツのリーグへの導入は初。データスタジアムはJリーグ、Jリーグメディアプロモーションと協力して、同システムの導入に数年掛かりで取り組んだと言う。
「トラッキングシステムの導入により、各選手の走行距離や加速度、トップスピード、スプリント回数のほか、ボールや審判の動きなど、多様なデータが取得可能です。取得したこれらのデータは、Jリーグ公式サイトで試合中の選手の動きを実況付きのアニメーションとして公開するなど、サポーター向けのリッチなコンテンツに活用されています」
こうしたデータを解析することで、面白い事実が浮かび上がることもある。
例えば、今季の開幕節に出場した49人のミッドフィルダーのうち、走行距離が下から7番目だった中村憲剛選手が、実はパスの起点となった回数でも、パスを受ける回数でもナンバーワンだったことがデータを通じて明らかになった。データスタジアムの技術責任者、岡本正弥氏はこう解説する。
「弊社では以前から、専門スタッフが、J1、J2、J3全試合のデータを手動で入力しています。こちらはすべてボールタッチベースのデータですが、データ量は1試合あたり約2000プレー程度、それが年間約1000試合、過去数年分の蓄積があります。その蓄積に新たなトラッキングデータを掛け合わせることで、初めて選手の知られざる実像が見えてくるのです」
「よく走る」選手が優れていて「余り走らない」選手が劣るというのは、間違いではないが、選手の能力や技量を一面で捉えているに過ぎないというわけだ。
「データ解析を進めることで、ファンの目から見た選手の持つイメージが裏付けられることもあれば、覆されることもあります。こうした興味深いデータから、サポーターのみなさんの関心を惹くようなコンテンツを作ったり、新しいファンの獲得につながるようなコンテンツを提供できればと思っています」(加藤氏)
エンジニアが知るべき、業務知識としての「ルールと戦略」
「勝つため」のデータ活用も進んでいる。
相手チームの強打者を打ち取るためのベストな配球とは? 守備の固いチームを切り崩すのに最適な陣形とは? こうしたチーム戦略上重要な課題を克服するために、監督やコーチ、戦術担当者たちは、膨大なデータと指標を前に日々頭を捻る。競技の特性によって解析ツールに求められる要素もさまざまだ。
「団体競技や個人競技、球技とそれ以外の競技では、必要なデータも解析手法も異なります。一般の業務用システムの開発に携わるエンジニアに、高度な業務知識が求められるように、我々にも、競技のルールや戦術についての深い理解が必要なんです」(岡本氏)
特に難しいのは、未知のスポーツを対象としたシステムを構築する時だ。
「我々エンジニアは、データ入力のしやすさや解析のしやすさを追求しなければなりません。昨年、ゲートボールの解析ツールをイチから作った時は、ずいぶん苦労させられました」(岡本氏)
ゲートボールは、1チーム5人からなる2チーム対抗の団体競技だ。選手が自分のボールをT字型のスティックで打ち、3つのゲートを通過させた後、ゴールポールに当てることで上がりとなる。
一見、単純なゲームのようだが、自分のボールを相手チームのボールにぶつけて攻撃を防げたり、自分のボールが相手チームを利することのないよう、あえてゲート通さず防御するという選択をしたりするなど、高い戦略性が求められる競技でもある。
「例えば試合中に、相手のゲート通過を阻止する戦術が頻出するのであれば、システムとしてもしっかり受け止める必要があります。しかしお話をいただいた直後は、ゲートボールの知識が乏しく、どこから手を付けるべきかさえわかりませんでした。
事態を打開できたのは、試合観戦中にふと『ゲートボールって将棋やチェスに似ている』と、気が付いたこと。その時改めて、競技の性格や特徴を大きくつかむことがエンジニアにとって大事なんだと、痛感させられましたね」(岡本氏)
技術が進化しても、人間が介在する部分はなくならない
2020年の東京オリンピックまであと5年。大手広告代理店、SIベンダー、メディアが中心となり、スポーツにおけるデータ活用がさらに加速していくと同社でも見ている。
「テレビ視聴者向けに、スマートデバイスを活用した連動コンテンツや、Wi-Fiを利用したスタジアム内でのコンテンツ配信など、大きな需要が見込まれている分野はいくつもあります。これまでデータ解析とは無縁だった種目にも活用の機運が広がって行くと考えています。まだはっきりしたことは申し上げられませんが、そのいくつかとは現在、何ができるか話し合いを進めている最中です」(加藤氏)
チーム強化の面でも期待は大きい。もし、選手やスタジアムに取り付けられたセンサなどから、多くのデータが収集されるようになれば、試合戦略の立案や選手の育成、起用、評価に対して、これまで以上に大きな影響を与えるだろう。
しかし、膨大なデータが集まる環境が整うことと、有効なデータとして活用されることは必ずしも同じではないと岡本氏は言う。
「サッカーで言えば、A選手からB選手へボールがどれくらいのスピードで移動したかを捕捉することは今でも可能です。しかし、選手の身体がどんな姿勢でボールを蹴ったのか、またそのプレーが選手の意図に沿ったものかどうかを自動的に判断することは、現在の技術ではかなり難しい。球威や回転数を測るだけなら機器やセンサに分がありますが、パス、クロス、シュートといったボールの性格や、プレーの文脈を捉えて判断するのは人間に分があります」
集めたデータを有効に活用するためには、データを入力するスタッフや解析のプロであるアナリストによって付加される“情報”に大きな意味があると、加藤氏も同意する。
「同じデータでも、チームの方針によって受け取り方や解釈が異なるのがスポーツにおけるデータ解析の面白いところ。集められるデータが増えれば増えるほど、データにどんな付加価値を付けられるかがとても重要になってきます。当面、人の介在なくして有益なデータ解析はあり得ないと思っています」
もちろんエンジニアへの期待も大きい。
「より高度な機械学習技術やパターン認識技術を解析システムに実装できれば、試合経過を予測して戦術をより高度化したり、中継画面にシュート予測を出したりして、視聴者の興奮度を高めるようなことも可能になるはずです。いずれは、そうした革新的なプロダクトやサービスにチャレンジしたいと考えています」(岡本氏)
スポーツ分野においても、データの利活用は大きく進展し始めている。しかしこの前にある大きな可能性を考えれば、いまだ端緒についたばかりと言えるだろう。
東京オリンピックが開幕するころには、どんなユニークな取り組みが実現するのか。大きな期待を寄せるのは、観戦者や競技者のみならず、エンジニアも同様のようだ。
取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/桑原美樹
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