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メーカー復活で浮き彫りになる「潰しの利かない人」は、これから何をすべきか?【対談:New Order-松井 博×竹内 健】

働き方

    「個」のイノベーション

    New Order

    創刊2年を迎えた『エンジニアtype』が送る特別企画。スマートフォンの普及、メーカームーブメントの到来、スタートアップの台頭……。さまざまな文脈が重なり「オリジナルなモノづくり」が隆盛する今、イノベーションはどのように生まれるか?毎週更新される業界を超えた大物たちによる4つの対談を通して、未来の価値創造について考えよう

    日本のメーカーが危ない――。そんな言葉を耳にするようになってから、どれほど時間が経っただろう。ソニー、シャープ、パナソニック……かつては世界で大きな存在感を放っていた企業の凋落は、どうすれば止められるのだろうか?日本メーカーが再起をかけるためには、何が必要なのか。元・アップルのシニアマネージャー松井博氏と、かつて栄華を誇った東芝のフラッシュメモリ全盛時代を知る竹内健氏が対談を行い、今求められる組織の力、個人の力について語り合った。

    元・米アップル社シニアマネージャー 松井 博氏(@Matsuhiro

    米アップル社でシニアマネージャーまで務めた日本人エンジニア。オハイオ・ウエズリアン大学を卒業後、沖電気工業、 アップルジャパンを経て、2002年に米アップル社の開発本部に移籍。iPodやマッキントッシュなどのハードウエア製品の品質保証部で活躍。2009年に同社を退職し、教育事業を創業。当時の経験をまとめた自著『企業が「帝国化」する』が好評 中央大学 理工学部 電気電子情報通信工学科 教授 工学博士

    竹内 健氏(@kentakeuchi2003

    1967年東京都生まれ。東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修士課程修了。1993年に東芝入社後、フラッシュメモリの開発に携わる。その後2003年に、スタンフォード大学ビジネススクール経営学修士課程修了し、MBAを取得。2007年には東芝を退社し、東京大学大学院工学系研究科准教授となり、2012年4月より現職

    竹内 松井さんはアップルに在籍しておられましたよね。松井さんが入られたのは、スティーブ・ジョブズが戻る前ですか? 後ですか?

    松井 戻る前ですね。

    竹内 じゃあアップル復活の前後の状況をご存じですね?

    松井 そうなりますね。

    竹内 日本の電機メーカーの多くは今、すごく落ち込んでいます。一度どん底まで落ちたアップルがこうして復活しているのを目の当たりにすると、そこに日本メーカー再生のヒントがあるように思えてくるのですが、スティーブが戻ってくる前のアップルの状況ってどんな感じだったのですか?

    松井 そうですね。業績が良くなかったので、辞めてしまう人も多かったんですが、人材の流動化が進んでいるアメリカの会社にしては、優秀な人材は残った方だと思います。もともとアップルはカルト的な魅力がある会社ですから、とことんまで付き合ってやろうっていう従業員はけっこういたんです。学園祭みたいなノリもあったし、好きなプロジェクトが何でもできる状況でもありましたしね。

    竹内 業績が落ち込んでいても?

    松井 えぇ。良く言えば“学園祭”、悪く言えば“船頭のいない船”というのが当時のアップルでした。開発者としては楽しかったでしょうが、外から見たらまったく脈絡のない製品を出し続けるような、おかしな組織だったんですよ。

    米国在住の松井氏(写真左)だが、5月に一時帰国したタイミングで、念願だった竹内氏(写真右)との対談が実現した

    米国在住の松井氏(写真左)だが、5月に一時帰国したタイミングで、念願だった竹内氏(写真右)との対談が実現した

    竹内 なるほど。でも、逆に言うと、新しい技術のアイデアの“タネ”みたいなものは、まだ社内に残っていたってことになりますよね。

    松井 そうですね。実際、デジタルカメラの先駆けになった『QuickTake 100』とか、面白いものは出していましたから。でも製品ラインナップに何の一貫性もなかった。思い付きでモノを作っているような感じでしたね。

    竹内 それは、今の日本の電機メーカーに似ていますね。良い人材や発想などのタネはたくさんあるのに、使い切れていないという……。

    松井 確かにそうかもしれません(笑)。

    ギルとスティーブが断行した、アップル復活のための大胆策

    —— 社内に優れた製品開発のタネは残っていたのに、会社の収益に結び付けられなかったのは、やはり“船頭”の不在が原因なのでしょうか?

    松井 そう思いますね。会社の収益を伸ばすために製品を作ろうと言うより、面白そうだからやろうって言うノリで製品を作っていましたから。プロジェクトが立ち上がると、まず最初にやるのがプロジェクトTシャツのデザイン。そんなメンタリティーでしたね。

    一同 笑

    竹内 スティーブが来てから、そういうムダが排除されていったわけですか?

    松井 スティーブがトップに就任する前に、当時のCEOだったギル(・アメリオ氏)がプロジェクトも人も相当カットしたんですよ。細かい数字までは覚えていませんが、彼が来た当時、社内には計画中のものも含めて350ほどプロジェクトがあったそうです。そこで彼は一気に50まで減らしたという話が残っているくらいドラスティックなリストラを行いました。

    —— それはすごいですね。

    松井 2回にわたるリストラで不採算部門をバッサリ切り、従業員を1万8000人から1万人にまで減らしています。それに日本メーカーの話じゃないですが、機能を追加してはリリースが延び延びになっていた次期OSの開発にも見切りをつけ、NEXTを買ってスティーブを呼び戻したのも彼の功績でしたね。

    皮肉なことに、この英断のせいでギルは会社を追われてしまうわけですけど。それにしても、彼の経営手腕については、もっと評価されるべきだと思います。

    竹内 確かに世間では、ギルは悪役で、スティーブがヒーローという印象が強い気がします。

    松井 もちろん、スティーブもかなり厳しくリストラを推し進めました。これも数字が定かな話じゃないですけが、スティーブはギルの合理化をさらに押し進めて、50まで絞ったプロジェクトを5にまで減らしたそうです。従業員については1万人から8600人くらいまで削減したんじゃなかったかな。

    人が減ったことで、複雑過ぎる組織図をシンプルにし、各人の役割を明確にしたことで、ようやくiMacを出すことができた。そこからアップルは復活の道を歩み出したんです。もしあれがコケていたら会社がなくなってもおかしくなかったでしょうね。

    Less is Moreの世界で浮かび上がる、「潰しの利かない人」

    —— アップルの場合は、2人のCEOが大きなリストラをしたことで、立ち直る筋道がついたわけですが、それまで好き勝手にやっていた人たちはどうなったんですか?
    スティーブ・ジョブズ以前のアップルには、クリエイティビティーはあっても「秩序」がなかったと話す松井氏

    スティーブ・ジョブズ以前のアップルには、クリエイティビティーはあっても「秩序」がなかったと話す松井氏

    松井 辞めさせられた人ももちろんいましたが、事業の整理をした後、社内モラルを高める取り組みを熱心にやって、まともな会社にしていったという面が強かったと思います。例えば、スティーブ自ら全従業員に「社内で動物を飼うな」とメールを送ったこともありましたね。組織としては、それくらいひどい状況でしたから。

    竹内 えっ?(笑)

    松井 いや、それぐらいやりたい放題だったんです。まるで節度がなかった。「会議が終わったらホワイトボードに書いたものは必ず消せ」とかね。「そういうところから秘密が漏れるんだ」って。わたし自身も、当時はMac専門誌から社内の情報を初めて知ったなんてことがよくありましたし(笑)。そっちの方が社内資料より分かりやすいという笑えない状況が当時はあったんです。彼は本当に細かいところから、アップルを立て直していったんですよ。

    竹内 プロダクトのデザインに強烈なこだわりがあったという話はよく聞くのですが、マネージャーとしてのスティーブの話は聞いたことがなかったので面白いですね。

    —— それにしても、パナソニックやソニーも少しずつではありますが合理化はしていますし、まだまだ優秀な人が残っているはずなのに、アップルのようになかなか成果が出ないのはなぜなんでしょうか?
    スティーブ・ジョブズ以前のアップルには、クリエイティビティーはあっても「秩序」がなかったと話す松井氏

    松井 大胆に整理するリーダーがいないってことじゃないでしょうか? 不採算部門を切るにしてもスピードが遅いなと、いつも思うんです。大規模なレイオフをやって大出血したとしても、一回で終われば残った人の士気も高まる。けれど、ダラダラと続くようだと、残った人のやる気が削がれ、デキる人から順に割り増しの退職金をもらって辞めていってしまうでしょうね。ギルが行った2回目のリストラの時も、社内でそんな雰囲気が漂ったのを覚えています。

    竹内 日本のメーカーのリストラは、まず一定の年齢以上の人を早期退職で辞めさせることから始めますが、ギリギリまで部門自体の整理をしようとしません。多くの日本メーカーでは不採算部門の整理を引き延ばしたがる。まるでジワジワと下り坂を降りていくような衰退の仕方をしますね。そうこうしているうちに、優秀な社員は辞めてしまうし、残った社員も疲れ切ってしまい、復活のタネも尽きてしまう。

    —— なるほど。赤字部門はしっかり整理して、売り上げを順調に伸ばしているところにリソースを集中させることで、先ほどのスティーブの話ではないですが、組織をキュッとシンプルに小さくしてしまうべきなんですね。

    松井 わたしもアップルで見聞きしましたけど、赤字をごまかすために収益の出ている部門とくっついて、わざと責任の所在をあいまいにしたがる人も出てくるんです。それを明らかにしようとすると横から刺されてしまう(笑)。でも、これって言葉で言うのは簡単なんですが、やってみるとけっこう辛いし勇気がいるんです。ダメなヤツは目立つし、ごまかしも利かなくなります。お荷物なのが自分の可能性だってあるわけですから。辛いですよ。

    赤字事業の大胆な切り離しが苦手な日本メーカー。それが今の凋落をもたらしているという

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    竹内 その辛いことを先送りにして、ジリジリとみんなで一律で弱くなっているのが、日本のメーカーかもしれませんね。それだとせっかく残った強い部分も一緒にダメにしてしまうのですが……。

    松井 優秀な人から辞めてしまうんです。決断できず、ズルズルと先送りにしてもいいことはないんですよ。

    竹内 逆に潰しが利かない人ほど、抵抗勢力化するという現実もありますね。

    松井 採算が採れない事業にいる人たちは、レイオフされないように組織にしがみつくしかありませんからね。アップルは独特な会社でしたからそうでもなかったですが、一般にアメリカの人は会社がヤバそうだと思ったら、すぐに辞めて次に移っていきます。でも日本人はそうでもない。

    文化が違うといえばそれまでですが、何十年も会社を辞めようなんて考えなかった人が、いざ「転職しようか」と思っても実際は足がすくんでしまうんでしょうね。

    これからのキャリア。本当に深刻なのは、若手より40代技術者

    —— これまでのお話で、日本企業が復活するには、まずは大胆な事業整理を行って、組織としての透明化を図り、少数精鋭の強いチームを作る必要がある、ということはよく分かりました。では、現場の技術者の方々が生き残っていくためには、何を考え、どう行動すべきでしょうか?

    竹内 アメリカだと、転職した先に前職の仲間を呼び寄せたりするそうですね。

    松井 それはよくあります。でも、ダメな友だちを連れてきたら呼び寄せた人の評価も下がるから、日ごろから信用のおける仕事をしていないと呼ばれないし、そもそも、引きのある人とつながりを持っていないといけない。信用と人とのつながりはアメリカでも大事にしますよ。

    竹内 日本だと古い体質の大企業に勤める人ほど会社を辞めたがりませんし、外の人とのつながりが薄い印象がありますよね。勢いのあるネット系会社なんかだとまた違うのでしょうね。

    40代で大手に依存してきた技術者こそ、今後の働き方に危機感を抱くべきだという

    40代で大手に依存してきた技術者こそ、今後の働き方に危機感を抱くべきだという

    松井 そもそも新しい世界に飛び込む人って、面白いからそこに来ているわけで、すでに有名な会社に入りたがる人とは志向が違っているというのはあると思います。新しい世界の方がやりがいもあるでしょうし、今なら優遇されるでしょうから。いずれにしても、外に出た人としっかりつながっておくのは大事なことだと思います。

    竹内 松井さんのおっしゃるように、問題の原点には、トップがなかなか不採算部門を整理しないということもあるのでしょうが、従業員も組織にしがみつくことで、衰退部門の延命に手を貸してしまっている面もあるのかもしれませんね。

    ずいぶん前の話ですけど、山一証券が破綻し、長銀、興銀がなくなったことがあったじゃないですか。

    松井 ありましたね。

    竹内 同世代の友人たちをみると、外に出た金融マンがいろんな分野に移ることになって、かえって活躍の場を拡げた印象があります。彼らにしたって入社した時は「これで安泰」という気分で入ったと思うのですよ。でも、勤め先がなくなればみんな必死に頑張って、外に自分の居場所を作った。

    つまり人は、環境が変わればそれなりに変われるんだと思うのです。でも、自分から行動を起こす人は多くないですよね。

    松井 何しろ自己アピールも下手な人が多いですよね。

    竹内 そうなんですよ。大企業の部長クラスの人でも、履歴書一つ、まともに書けない。そういう人の職務経歴書を見るたび「あぁ、この人は自分を売り込んだことがないんだな」って思いますもの。

    —— そうなんですね。わたしたちとしては、日本企業が再び世界で存在感を示すために、20代の若い技術者たちがどうすればよいのか、ということばかり考えていましたが……。

    竹内 若い人たちは大丈夫ですよ。すでに、わたしが名前も聞いたことのないようなベンチャー企業に就職するなど、自分で考え行動することができる人は増えてきていますから。本当に深刻なのは、わたしたちと同じような世代(40代)の人たちでしょうね。

    松井 外資系を渡り歩いている人に比べると、長年1つの会社に留まっていた人って総じてインパクトがないですよね。そもそも自己アピールをする機会もなかったでしょうし、初めての転職なら仕方がないとは思いますけど、応募書類を見てもこれまでいた会社の名前以外、何をしてきた人か分らないという人はけっこう見てきたので、おっしゃることはよく分かります。

    竹内 いろんなチャンスを捉えて、職歴に一行でも多く書き加えようとする貪欲さが、日本人に欠けているんでしょうね。「こんなセコいこと書くなよ」って思うくらい、売り込んで来る人って海外の人の方がはるかに多い。だからといって、そういった人が、採用した後に仕事ができるわけではないのですが。いずれにせよ、売込みが下手な日本人のエンジニアは損をしていると思います。

    40代からでもスキルを伸ばす「副業のススメ」

    松井 そうそう(笑)。でも、もし本当に書くことがないっていうなら、今からでも副業でも何でもすればいいんですよ。

    —— 副業ですか。日本は規則として副業禁止令を敷いてる企業は多いと思うのですが……。

    松井 副業と言ってしまえば大げさですが、例えばヤフオクでモノを売るのでもいいんですよ。その中で、1000円のモノを1つ売ることの大変さや、売るための仕組みをしっかり考えることができれば、学びになるはずですから。

    それで確定申告をしなきゃならない羽目になったら、会社にいることで考えないで済んでいることってけっこう多いんだなって実感するはずです。それで少しでも意識が変わるなら、次のステップに進む時の役に立つんじゃないですか。

    30歳を過ぎてからも新しいことにどんどんチャレンジしている両氏の言葉には、サヴァイヴァーとしての重みがあった

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    竹内 ホントにそう思います。わたしも30代で大学に移って、お金を集めたり、人を雇うことになり、初めて知ったことはたくさんありました。

    松井 こんなやり方があるんだとか、これだけお金が掛かるんだとかね。

    竹内 そうなんです。組織の末端からボトムアップで会社を変えていくのはかなり難しいことだし、だからと言って会社のトップにスティーブのような人が座るような奇跡に期待しても仕方がないですから、自分の身を守るために、少しずつ失敗しながらでも、貪欲に経験を積んで、自分の判断を磨いていくしかないと思うのです。

    松井 最初からうまくできる人ってそうはいませんから、失敗しながら学べばいいんですよ。わたしも今自分で事業をやるようになって、大いに失敗してきましたから(笑)。しかし多くの場合、単に場数を踏めば済む話も少なくない。

    例え40代だろうが、危機感を持って行動する人にとって、何かを始めるのに遅すぎることはないと思います。

    竹内 それに、ある程度年を取っても、経験を積めば、人って変われると思うのです。わたしの知り合いにも、ある程度の年齢になって日本の大企業から海外の企業に移って、苦労された人がいますが、後にお会いしたら経験を積まれて人格的にずいぶん大きくなった印象がありました。自己アピール下手なのも、場慣れすれば解消できることなので、タイミングが来たと思ったら、臆せずチャレンジした方がいいんじゃないでしょうかね。

    松井 今、日本の労働者はすぐに会社から突然解雇される状況にないですけど、この先、もしアメリカのような労働環境になったら、行動様式はすぐ変えざるを得ないでしょう。先のことは分かりませんが、いつそうなってもいいように、準備しておくのは大事だと思いますね。

    竹内 そもそもエンジニアに終身雇用ってないと思うのです。自分のスキルが廃れて見向きもされなくなる時が必ず来るのですから。

    松井 そうそう。退職に追い込まれなかったとしても、社内失業してしまうでしょうし。持っているスキルが枯れる前に、次に移るしかないですよね。

    竹内 それは日本もアメリカも同じでしょう。今の状況なら転職先が全然ないってこともないでしょうから、チャンスがあるうちに動くべきです。外に出た方が活躍できる人は多いと思いますよ。

    松井 わたしは、はじめアップルでは派遣社員から正社員になったのですが、正社員になった後も保険のつもりで合気道の道場も経営していたんです。結果的に道場の運営で経験したことがアップルでのマネジメントにずいぶん役に立ったんですが(笑)、どんな経験でも身になるんだなってしみじみ思いましたね。

    竹内 やってみれば、意外にできるんですよ。今では最先端の半導体設計だって個人レベルでもできる状況になっている。今まで何であんなにお金を使っていたのかって思うくらい。

    松井 後戻りできないから頑張るし、やれるようになるまで最善を尽くしますから、おのずとできるようになることも多い。

    竹内 ただ、やっぱり日本のメーカーには、何十年もかけて築いたブランドがあるじゃないですか。それがなくなってしまうのはやっぱり惜しい。できればアップルのようにV字回復してくれたら日本人としてはうれしいです。

    松井 最近、日本のメディアの人たちから「この先、アップルって大丈夫なんでしょうか?」って散々質問をぶつけられるんですけど、「それより日本メーカーのことを心配しろよ」ってよく思いますね。ここは日本メーカーの経営者に頑張って「選択と集中」を加速してもらって、何とか再起を遂げてほしいところですね。

    —— 今日は貴重なお話をありがとうございました。

    構成/小禄卓也(編集部) 取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/玄樹

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