[コラム] シリコンバレーで働くWebデザイナー・上杉周作氏から学ぶ、人生をデザインする”見えない決まり”づくり
ITの最先端を行くシリコンバレーでは、デザインをどのように捉えているのだろうか
世界的に人材不足となるWebデザイナー。Webデザイナー歴2ヵ月半の上杉氏は、IT業界の最前線でどんなことを考えているのだろうか
「シリコンバレーにおけるプロダクトデザインの考え方は、日本の考え方と根本的に違う」
7月8日(金)に慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスにて行われた特別講演「もしデザイナー歴2カ月半の若者がデザインの話をしたら」に登壇した上杉周作氏は、150人を超す受講者の前で、日米のデザインのあり方の違いについて語った。
小学校卒業と同時に渡米し、カーネギーメロン大学でコンピューターサイエンスを学んだ上杉氏。米Apple、米Facebookでインターンを経験し、現在は実名Q&Aサイトとして知られるSNS『Quora』のWebデザイナーとして働く23歳の若者だ。
インターンとはいえ、世界中で注目を集める企業の最前線を知る者は、日本でも稀有な存在である。
「苦手な日本語でのプレゼンに緊張している」とジョークを織り交ぜながら、身振り手振りを交えて会場を盛り上げた彼のスピーチの裏には、エンジニアの「技術屋人生」をより良くするためのヒントが数多く見え隠れしていた。
“見えない決まり”を作るのが、現代のプロダクトデザイン
現在は「Webデザイナー」として働く上杉氏だが、実はデザインの勉強経験はないという。IT業界全体のデザイナー不足が、彼をWebデザイナーたらしめているとも考えられるが、それだけが理由ではない。
彼が言うには、「そもそもシリコンバレーと日本での“デザイン”に対する考え方はまったく違う」そうだ。
「シリコンバレーにWebデザイナーが不足する理由は、この5年間で開発スピードがものすごく早くなったことにあります。以前は1カ月に1回くらいの周期でデザイナーとやり取りしていたのですが、毎日のように機能が追加されているから、技術もできるデザイナーが必要とされているんです。
日本では、『カワイイ・かっこいいものを作ること』が優れたデザインと言われることが多い気がします。僕自身、高校生のころはそう考えていました。しかし、ファッションと同じように、雑誌のモデルに似合うような服装は自分には絶対に似合わない。カワイイ・かっこいいからといって『優れたデザイン』というわけではありません。
大切なことは、自分に似合う服を探すために、自分がどんなスタイルを持っているか、どんなテイストが合っているのかといった“見えない部分”を、時間を掛けて見つけ出すことなんです。
この話をシリコンバレーでのデザインという考え方に置き換えると、デザインとは、”見えない決まり”を作るということに集約されます。エンジニアが開発したものを営業が売る前に、見えない決まりを作って売りやすく形を整えてあげるのがデザイナーの仕事なんです」
例えば、この度のOSアップデートでも約250もの新機能が追加されたMacが複雑そうに見えないのも、背景として「Webデザイナーが製品の裏側で見えない決まりを作ってシンプルなデザインに落としこんでいるためだ」と彼は言う。
シリコンバレーでは「ユーザーを最優先に考えない企業」が勝ち残る!?
「語弊を恐れずに言えば、シリコンバレーでは、ユーザーの意見を第一に考える企業は大成しない」と語る上杉氏。これは、ユーザーの声を第一にサービス・製品をデザインしていくと、自社のビジョンを達成できなくなってしまう可能性がある、という意味だ。
「よく、『スティーブ・ジョブズはユーザーの声を聞いていない』などと言われますが、それは間違い。彼は、ユーザーの声はしっかり聞いているものの、Appleのビジョンを最優先にしてプロダクトデザインを行っているからそう見られるだけなんです。
ユーザーの声にばかり耳を傾けていると、その製品が成し遂げるべき主目的を失ってしまうリスクがあります。自社や製品のビジョンを最優先に考えていれば、目的にそぐわない機能を追加するリスクも抑えられるでしょう」
一つのプロダクトに複数機能が付いているのが普通になった今。時代は、「ユーザーの声→機能開発→デザインの変更」というサイクルから、「ビジョン→目的→デザインの変更→機能開発→ユーザーの声」というサイクルへと変化しているのだ。
良い人材を見極めることと、デザインの考え方は似ている
こうしたトレンドのほかに、自身の経験から「シリコンバレーにおける採用活動」についても語った上杉氏(シリコンバレーでは新人が採用面接を行う企業が少なくないそうだ)。いわく、「最も大切なことは『ダメな人間を雇わない』ということであり、それを防ぐためのヒントもデザインの中にある」とのこと。共通項は、ここでも”見えない決まり”を構築していく点だ。
なぜなら、もし企業がダメな人材を採用してしまった場合、その噂がシリコンバレー中に飛び交ってしまうことで「良いプロダクト」を生産していても優秀な人が近づかなくなってしまうからだ。
そこで、「良い人材」を見極めるにはどうすればよいかについては、自分自身で考えていかなければならない。彼は、この難題をクリアするため、2つのことを心がけてきたという。
「面接する時に心がけていたことは、『技術知識は聞かない』ということと、『簡単だと思うプログラミングの問題は何かを聞く』ということ。
技術の知識はテスト前の一夜漬けと同じ様なもので、覚えてしまえばおしまい。だから、面接で技術知識を聞くことは、その人の技術レベルの本質を見抜いたことにはなりません。一方で、暗記したものをただ答えるのと違い、『どんな問題を簡単に思っているか』を聞くとその人のスキルレベルを伺うことができるのです。
こうした”見えない決まり”を作ることは、採用の現場でも存分に活かせています」
一流になるための「1万時間理論」を細分化し、実践していく
これらのノウハウは、「見えない」ものだけに人のマネはなかなかできない。だからこそ、上杉氏自身、文字通り「日々勉強」の姿勢を大切にしている。この講演会の最後にも、興味深いことを話していた。
「人が何かで一流になるためには、その何かに対しておよそ1万時間のフィードバックをもらわなければいけない、ということが学術的にも言われています。だから、僕は毎日、自分の目標について日記を書いています。
日記を書く上での僕の決まりは、『3』を区切りに何を達成したかを記録すること。例えば、3日目に達成したことを書き出したら、次は、9日目(3日を3回)、27日目(9日を3回)と区切っていきます」
もし、日記に「一流を目指して1万時間のフィードバックをもらう」と書いてしまえば、それは途方もない時間に思えてしまう。しかし、目標を小分けにして一つ一つクリアしていくとなれば、日々努力のしがいもあるだろう。そして、少しずつ要求レベルを上げていくことで、自分の人生までもデザインできるようになっていくわけだ。
目指したいものは人によってさまざまでも、上杉氏の言う”見えない決まり”を自分の中で探してみるのは、誰にとっても役立つことだろう。今よりもちょっとだけ、”人生のデザイン上手”になるために。
取材・文/小禄卓也(編集部)
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