自動車開発の最先端を行くF1を長年追い続けてきたジャーナリスト世良耕太氏が、これからのクルマのあり方や そこで働くエンジニアの「ネクストモデル」を語る。 ハイブリッド、電気自動車と進む革新の先にある次世代のクルマづくりと、そこでサバイブできる技術屋の姿とは?
自動運転車の普及に必要なのは、法整備と大義名分
「クルマの中で最も危険な要素はドライバーだ。なにしろ、交通事故の90%はドライバーのエラーで起きているんだからね」
あるメガサプライヤーの開発担当重役は、こう言った。危険なのはドライバーなのだから、知能化した「システム」が状況を判断して運転操作を自動化すればいい。そうすれば、クルマで移動する際の安全性は高まると。
それだけではない。運転を自動化すれば、無駄な動きが減って燃料消費が減り、渋滞も減り、環境負荷が減るだろうと語った。
一方、Googleカーは自動運転がもたらす別のベネフィットを訴求した。彼らが公開した動画を見ると、そのベネフィットがよく分かる。
視力の95%を失った男性が自動運転機能を備えた2代目プリウスに乗り込み、ファストフード店のドライブスルーを利用して自宅に戻ってくるのだ。
クルマがなければ生活が成り立たないアメリカならではのニーズだろう。Googleが公開したのは自動運転がもたらすベネフィットの一つにすぎないが、映像で具体例を示した効果は大きい。「世間に対して自動運転の世界観を示した効果は大きかった。あれがきっかけで世の中全体が自動運転に向けて動き出した気がする」と、ある自動車メーカーの開発者は言った。
技術の進歩に遅れをとる法律
日本は、1949年にジュネーブで作成された『ジュネーブ道路交通条約及び道路交通法』に加盟している。そのため、「運行されている車両には運転者がいなければならない」し、「運転者は常に、車両を適性に操縦」できなければならず、「車両の運転者は、常に車両の速度を制御していなければならない」と定められている。
また、日本の道路交通法では「車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作」することが定められている。
つまり、現行の法律のもとでは、無人運転は不可。運転のアシストは条件によって認められるものの、実質的に、ハンドルから手を離すことはできない決まりだ。
だがすでに、自動運転を可能にするための技術はステップ・バイ・ステップで実用化されている。例えば、アダプティブクルーズコントロール(ACC)とレーンキーピングアシストシステム(LKAS、メーカーごとに呼称が異なる)だ。
ACCはレーダーセンサーで前方にある対象物の距離と相対速度を感知し、車間距離を維持する機能だ。先行車との距離が縮まれば自動的に減速し、距離が広がればあらかじめ設定した速度まで自動的に加速し、設定速度をキープする。ドライバーがアクセルペダルをコントロールする必要はない。
LKASによってドライバーがハンドル操作をする必要はなくなる
From BOSCH
LKASの働きにより、ドライバーがハンドル操作をする必要はなくなる
LKASは、走行中に車線をはみ出さず走るようアシストするシステムだ。ルームミラーの裏などに搭載したカメラで車両左右の車線を感知し、車両がレーンから逸脱しそうになると、ハンドルに振動を与えてドライバーに注意を喚起したり、自動でハンドル操作を行ってくれたりする。
高速道路を淡々と走っているような状況なら、ACCとLKASを組み合わせれば、技術的にはアクセルペダルやハンドルから手を離しても、クルマを走らせることは可能だ。
だが、自動運転の開発に取り組む自動車メーカーもメガサプライヤーも、すぐに自動運転技術を実用化するとは言わない。
「2010年代は無理だろう」と表現するサプライヤーもいれば、「2020年に向けて段階的に取り組んでいく」と表明するメーカーもいる。
“自動運転”は誰のものか
最も積極的に自動運転の技術開発に取り組み、実用化までの道筋を明確に示している自動車メーカーの代表格は日産自動車だろう。彼らが2014年7月17日に発表した「自動運転技術の投入スケジュール」を要約すると、以下のようになる。
・ 2016年末までに、混雑した高速道路上で安全な自動運転を可能にする技術「トラフィック・ジャム・パイロット」を市場に導入。同時に、運転操作が不要な自動駐車システムも幅広いモデルに投入する予定。
・ 2018年に、危険回避や車線変更を自動的に行う、複数レーンでの自動運転技術を導入する。
・ 2020年までに、ドライバーの操作介入なしに、十字路や交差点を自動的に横断できる自動運転技術を導入する予定。
自動運転の実用化に向けたハードルとなっているのは法規制と責任の所在だ。前述したように、現行法制下では、ドライバーはハンドルに手を置き、常に道路を見つめている必要がある。この決めごとを柔軟に変更していかなくてはならない。
自動運転中に事故が起きてしまった場合の責任の所在をはっきりさせることも必要だ。
自動運転中に状況判断を行っているのはクルマなのだから、責任は自動車メーカーにあるのか。それとも、自動運転を指示した乗員にあるのか。責任を配分するとすれば割合はどうするのか。議論が必要だ。
それ以外にも議論しなければならないことはある。
そもそも、何のために運転を自動化するのか――。
視覚障害者のためと言ったら範囲を絞りすぎなら、身体能力の衰えた高齢者に移動の自由(しかも安全な)を与えるためにやるのか。
交通事故の90%がヒューマンエラーで起きるなら、そのエラーをカバーするアシスト機能の延長として自動化に取り組むのか。
要素技術(シーズ)はあるのにニーズが今一つ明瞭になっていないのが現状だ。技術的には「できる」道筋は見えているけれども、大義名分に欠けている。
「机上の空論」では分からないこともある
インフラからの支援なく、クルマ単体で自動運転を行う仕組みがスタンダードになっていく流れは間違いないが、コネクティビティについても議論の最中だ。前出のサプライヤーの開発者は、コネクティビティの使い道として次のような例を示した。
「車載する地図上の速度データは時として間違っていることがある。その際、車載カメラで読み取った速度標識の情報をクラウドの情報と照らし合わせて、正しいかどうか確認する使い道が考えられる。クラウドに上がったその情報は、他のクルマも共有することができる」
前出の自動車メーカーの技術者も、スタンドアローンで機能することに同意する。
「外から得られる情報に頼ったシステムにしてしまうと、外からの情報がなくなった途端に走れなくなってしまう。だから、基本的には自律して走ることが前提。ただし、外とつながることで意味が生まれるのであれば取り入れます。その有用性を検証する取り組みは行っています」
どこまでできるのか、何がやれるのか。頭の中で考え、コンピュータの中で検証するだけでなく、複雑な社会に放り出し、確かめる段階に来ている。
どんどん確かめて、洗い出していけばいい。壁にぶつかることもあるだろうが、思わぬ発見だってあるだろう。
F1・自動車ジャーナリスト
世良耕太(せら・こうた)
モータリングライター&エディター。出版社勤務後、独立し、モータースポーツを中心に取材を行う。主な寄稿誌は『Motor Fan illustrated』(三栄書房)、『グランプリトクシュウ』(エムオン・エンタテインメント)、『オートスポーツ』(イデア)。近編著に『F1のテクノロジー5』(三栄書房/1680円)、オーディオブック『F1ジャーナリスト世良耕太の知られざるF1 Part2』(オトバンク/500円)など
ブログ:『世良耕太のときどきF1その他いろいろな日々』
Twitter:@serakota
著書:『F1 テクノロジー考』(三栄書房)、『トヨタ ル・マン24時間レース制覇までの4551日』(三栄書房)など
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