世間をアッと言わせるユニークなアイデアと技術力で勝負しているニュージェネレーションを応援するこの連載。今回紹介するのは、4Kデジタル窓『Atmoph Window』で部屋に開放感をもたらすアトモフだ。共同創業者の2人は元任天堂の技術者。Web開発とはひと味違う開発スタイルは、プロダクトに何をもたらすのか?

4Kデジタル窓『Atmoph Window』は任天堂流の“おもてなし”開発で新市場を切り開く【連載:NEOジェネ!】

アトモフ株式会社 (左から)Co-Founder & CEO 姜京日氏 Co-Founder & Software Lead 中野恭兵氏 Designer 垂井洋子さん
任天堂出身の技術者2人が開発するデジタル壁掛け窓『Atmoph Window』は、4Kの風景動画を表示することで閉塞感のある都会の部屋に開放感をもたらすことを目指したデバイスだ。5月からKickstarterで募集していた先行予約には世界中から支援があり、日本円にして約2000万円が集まった。
動画はクラウド経由でダウンロードし、スマートフォンのアプリで操作する。地名や場所などの情報も表示可能。近接センサを内蔵しており、手をかざせば天気や時刻、カレンダーも表示してくれる。
CEOの姜京日氏によれば、インターネットに接続したディスプレイという意味では『FRAMED』が類似サービスとして挙げられるが、アートを飾るフレームである『FRAMED』とデジタル窓の『Atmoph Window』とでは、そもそものコンセプトが大きく異なるという。
その違いこそが『Atmoph Window』誕生の出発点となった。キーワードは開放感である。
アイデアの出発点:閉塞感のある都会の暮らしに感じていた不満

CEOの姜氏は小さなWeb制作会社やNHN JapanでのUI開発を経て、2013年に任天堂に入社。ハードウエアとWebのUI開発などを手掛けていたが、昨年夏に退社し、『Atmoph Window』の開発に着手した。
アイデアの出発点は都会の暮らしに対して抱いていた個人的な不満にあった。
「都会の部屋に開放感がないことに、昔から不満を持っていました。特に東京に住んでいたころは、窓を開けてもすぐに隣のビルだったり、そもそも窓がなかったり。だからデジタル窓というアイデアは以前から持っていたのですが、そこにディスプレイだったり4Kだったりという技術が追い付いてきた。ならば今やるしかないだろうということで起業することを決めました」
任天堂時代の同僚である中野恭兵氏が今年1月にジョインするまでの半年間は、基本コンセプトを練り上げるために1人でさまざまな実験を行った。
「何よりも土台になるのが映像なので、4Kは必須と考えていました。4Kで撮影すれば、木の葉の揺れまでが再現できるので、その場にいるような感覚を得られる。ただ、縦型の窓のための映像というものが世の中になかったので、どのように映したら自然な開放感が得られるのかというのを、自分で撮影して回りながら、実験的に詰めていきました」
日本とニュージーランドを回ってさまざまな場所で撮影し、27インチのディスプレイに流してみて、どんな構図、明るさ、風景が気持ちよさを喚起するのかを実験した。ディスプレイを横向きに配置することも考えたが、27インチ程度の大きさだと壁に対して小さく感じるため、開放感を生まないことも分かった。
「次第に、人や国によっても開放的と感じる映像や概念が違うことも分かってきました。例えば同じ日本に住む人でも、別世界を味わいたい気分であればニュージランドの牧草地や雪をまとった山の風景が良いだろうし、逆に日本的な懐かしい風景が適している場合もある。ラインナップが豊富であることは非常に大事なので、現在までに日本とニュージランドで80本の映像を撮影しています」
開発のポイント:近接センサで人と情報の適切な距離感を表現

『Atmoph Window』は近接センサと照度センサを内蔵しており、手をかざすことで時刻やカレンダーなどの、日常に必要な情報を表示する機能も備えている。このセンサ周りやソフトウエアの開発を主に担当するのが、IPA未踏のスーパークリエイターにも選ばれた技術者、中野氏だ。
ヤフー、ミクシィといったWeb企業を経て任天堂に入社。任天堂ではゲーム機本体の通信機能やNintendo eShopのシステム開発を担当した。その当時の同僚である姜氏から今年1月、突如連絡を受けたのがジョインのきっかけだった。
「いきなりカラオケボックスに呼び出されて(笑)。そこでプロトタイプを見せてもらったのですが、僕自身が持っていた問題意識とも結びついて、これは正しいコンセプトだという直観があったので、ぜひ一緒にやらせてほしいと答えました」
中野氏の持っていた問題意識とは、人間と情報との適切な距離感とはどういうものかということだ。
「ヤフー、ミクシィ、任天堂で働く中で、さまざまなノーティフィケーションを使って人間をスクリーンに引き付けるタイプのサービスを作ってきました。それはもちろん価値のあることでしたが、人間と情報とにはもっと適切な距離感があるのではないかとも感じていました。開放感のある窓があり、そこにさりげなく情報が載っている。その立ち位置を聞いて、『これだ!』と思うところがあったんです」
センサに関してはさまざまなものを試した末に、現在の近接センサと照度センサのみという形に落ち着いた。一時は窓の前で手を右から左に動かすと風景が変わる、奥に押し込むと電源が落ちるといったジェスチャーコントロールを検討した時期もあったが、部屋の明るさなどの環境に左右されることが分かり、断念した。
「例えばフェイストラッキングにより、カメラに映った顔の動きに応じて窓に映る映像を動かすといったアイデアもありましたが、やはり環境に左右されるし、2人同時に映った場合にどうするかなどの課題があった。一見良さそうにみえるアイデアも、実際の体験としてどうなのか、日常生活に照らし合わせて考えることで、機能を絞っていきました」
Web全盛の時代にユニークさ際立つ任天堂流開発
アトモフは『Atmoph Window』というハードを売るだけでなく、ハードの購入者に対して追加で風景を買ってもらうというビジネスモデルだ。窓からオンラインへとつながる全体の体験を設計するのには、ヤフー、ミクシィ、任天堂でのサーバサイド開発の経験が大いに活きていると中野氏は言う。
中でも特筆すべきは前職である任天堂での経験だ。
「任天堂の最新のゲームコンソールでは、ユーザーがゲームを起動していない時に自動的にデータがダウンロードされていて、いざプレーしようという時には全てそろっており、ゲームを楽しむことに集中できるようになっている。そういう“おもてなし感”は『Atmoph Window』の開発にも活きています。
例えば動画を購入して最初に再生する時はストリーミングで見せておいて、その間にダウンロードされたデータが内蔵ストレージにたまり、その後はオフラインで再生できるようになる、といった感じです」(中野氏)
姜氏、中野氏が任天堂で働く中で共通して感じていたのは、非常に高いブランド力の背景にある、開発者に課されるハードルの高さだ。
「任天堂は独創性をすごく大事にしている会社で、働いていてもそこがうれしかったのですが、逆に出たアイデアをお客さまに出すまでに課されるハードルはかなり高く設定されていました」(姜氏)
「望むクオリティになるまでとにかく徹底して調整する会社で、それがすごい企業文化だと思いました。デバッグに関しても非常に長い期間をかけ、細かい部分を納得いくまで調整していく。Web企業から来た人間としては新鮮でしたが、だからこそあそこまで完璧なものを出せる。この時代にあってそういうスタンスだからこそ、任天堂はユニークなものを作れているのだと思います」(中野氏)
その企業文化はアトモフにもしっかりと受け継がれている。
高解像度の映像をストレスなく見られる仕組みを実現できたのは、iPhone6にも使われる『H.265』というデコーダあってこそだが、このデコーダが市場に出回り、アトモフ開発陣の目に止まったのは今年に入ってから。
妥協することなくクオリティを追求することで、追い付いてきた技術が理想と現実の差分を埋めてくれるということもある、と2人は言う。
見据えるのは世界。周辺も含めれば市場規模は「数千億円」

「任天堂のプロダクトは全世界に向けたもの。世界に対してどうアプローチすればいいかは非常に勉強になった」と姜氏。
例えば多言語対応について。Webページであれば無限にサイズも要領も増やせるが、窓という限られたスペースでどうデザイン的に破綻せずに表現するかには、言語コミュニケーションに依存しない、かつ文字で伝えなければならない部分についてはどういうUIにすれば邪魔にならないかなど、任天堂時代の経験が活きているという。
Kickstarterを出発点に選んだのも、世界を意識したことの表れだ。
「Kickstarterではすでに、ガジェットとインテリアの融合を応援する流れがあった。そこを期待して選んだのですが、期待通りに世界中の人が興味を示してくれていて、すごく手応えを感じています」(中野氏)
基本コンセプトの設計から始めて1年半。プロトタイプのフェーズは完了し、来年3月を予定している一般販売に向けて、現在は大阪の工場と量産に向けた話を進めている。
映像はリリース時点で200本を用意する予定。これまでは実験もかねて自社での撮影が中心だったが、今後は開発に専念する意味でも提携カメラマンに依頼するケースが増えるだろうとしている。また将来的にはセミプロが4Kで撮った風景映像を売買するマーケットプレイスを構築する構想もあり、その前提で開発を進めてもいる。
「僕らはデジタル窓というものを扱い始めてまだ1年。既存市場のない領域だし、まずはデジタル窓というモノをきちんと作って世の中に出していくことが先決です。
ただ、その先にはさまざまな可能性を秘めているとも思っています。将来的には、窓に映っている場所へ旅行に行く機会を提供するといったビジネスも考えられる。そうした周辺ビジネスも入れると、市場規模は数千億円になると踏んでいますし、逆にそこまで育てていかないといけないと思っています」(姜氏)
「ハード自体もあくまでコンセプトは『部屋にいながら開放感を得る』というものですから、現在の形にこだわらず、もっと良いハード、もっと良いディスプレイの可能性を追求していきたい。それはもしかしたら今のような窓の形ではなく、壁一面ディスプレイといった形かもしれませんね。
ディスプレイの進化は速く、どんどん安く、薄い高性能のモノが出ていますから、それに合わせていろいろなタイプを提供していけたらいいですね」(中野氏)
閉塞感漂う都会の部屋にもたらされた全く新しい「窓」。その外には、大きな可能性の世界が広がっている。
取材・文/鈴木陸夫(編集部)
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