キャリアVol.693

人数が増えても進まない効率化、終わらないストーリー……リンクアンドモチベーションは、初のスクラム開発でぶつかった壁をいかにして乗りこえたのか

さまざまなパートナー企業と共に取り組む開発プロジェクトにおいて、課題となるのがチームビルディングだ。多様なバックグラウンド、存在しない共通言語、エンジニアごとに異なるスキルレベル……どことなく距離感を感じたまま進行していくプロジェクトに、一抹の不安を覚えた経験のあるエンジニアは少なくないだろう。2018年6月に開催されたイベントでは、そんなエンジニアリング組織の課題を解決するヒントが語られた。

登壇したのは、リンクアンドモチベーションが提供するクラウドサービス『モチベーションクラウド』の開発チーム。チーム発足からサービスリリースに至るまでに直面した壁について告白した。

リンクアンドモチベーション

株式会社レクター 代表取締役社長 松岡剛志氏Yahoo! Japan新卒第一期生エンジニアとして複数プロダクトやセキュリティに関わった後、ミクシィへ転職。複数のプロダクトを作成し、取締役CTO兼人事部長に就任。その後BtoBスタートアップを経て、レクターを創業。『モチベーションクラウド』開発において、技術アドバイザーとして参画している

株式会社レクター 取締役 広木大地氏新卒第1期としてミクシィに入社。メディア統括部部長、開発部部長、サービス本部長執行役員などを歴任した後、2015年に同社を退社。現在は技術組織顧問として複数社のCTO支援を行なっている。『モチベーションクラウド』プロジェクトには技術アドバイザーとして参画。著書に『エンジニアリング組織論への招待』(技術評論社)がある

株式会社Sen 代表取締役 CEO 徐福健安氏株式会社グッドパッチに在籍当時、『モチベーションクラウド』の開発プロジェクトに参画。主にUX・UIデザインを手がけた。現在は株式会社Senで代表取締役 CEOを務めている

株式会社グッドパッチ 大角将輝氏フロントエンドエンジニアとして、『モチベーションクラウド』の開発プロジェクトに参画

ウォーターフォールからスクラムへ。崩壊しかけたチームを支えたコミュニケーションの力

治部裕明

『モチベーションクラウド』は、リンクアンドモチベーションが持つ組織人事コンサルティングのノウハウをもとに生み出された、国内初の組織改善クラウドサービスだ。しかし、本格的なテック事業は、リンクアンドモチベーションにとって新たなチャレンジだった。プロダクトオーナーのリンクアンドモチベーション 治部裕明氏は、概要を次のように語る。

リンクアンドモチベーション 治部裕明(以下、治部) 例えばダイエットをしようと思っても、体重計で自分の体重を数値化して目標を設定しなければ上手くいきませんよね。ですが、組織の状況を測定できるモノサシは、これまで世の中に存在しませんでした。そこで、数千社に及ぶ企業で実施したサーベイデータ等をもとに、組織改善に用いるモノサシを作りました。これをクラウドサービスへと進化させたものが、モチベーションクラウドです。

レクター 松岡剛志(以下、松岡) 治部さんがモチベーションクラウドのプロダクトオーナーだったのですが、治部さんご自身はエンジニアではありませんでしたし、プロジェクト開始の頃はいろいろと当惑しましたよね。

治部 今になって振り返れば、「何もわかってなかったな」という反省ばかりです (苦笑) 。

本格的な開発スタートは16年。最初は6名だったのですが「エンジニアが増えれば開発スピードも速くなる」なんていう素人考えもあって、翌年には30名前後まで増員したんです。ところが全然、思うようにいかなくて。

レクター 広木大地(以下、広木) 開発プロジェクトにおいて、技術上の課題と同等に重要なのが「不確実性」との戦いです。現場メンバー間のコミュニケーションはもとより、メンバーとリーダー、リーダーと経営者など、さまざまな部分で認識のズレが起こり得ます。時には、感情的な対立だって引き起こされる。いかにこの「不確実性」と向き合い、組織をリファクタリングできるかがポイントになってくるのです。

Sen(当時はグッドパッチ在籍) 徐福健安(以下、徐福) 私はUI/UXの担当として参画しましたが、当初はまさしく「不確実性のカタマリ」みたいな状況でした(笑)。

プロダクトオーナーに技術知識が不足していて、開発チームは文化の違うメンバーばかりが集まりうごめいているような……。

治部 当時は本当に分からないことだらけで……例えば「アジャイル開発」というワードを、素敵で便利な魔法の言葉、くらいに思っていました。「ちょっと違うからこうしてください」とお願いすれば、エンジニアの方々が何度でも対応してくれるものだと思い込んでいたんです。

松岡剛志

松岡 私たちレクターが参画したのが、ちょうどその頃でした。その頃から、それまでウォーターフォール型だった開発体制をスクラム開発へと切り替えたんですよね。

広木 私たちが参画してからは、とにかく「型」を作ろうと呼びかけていきました。メンバーの役割を明確にして、チーム内のコミュニケーションについても、フォーマットのような「型」を少しずつ作っていく。そうすることで、コミュニケーション上の不確実性を消していったんです。

「今週中にやります」と言ったことができていなかったとしたら、「やる」と本当に言ったのか、それは誰が誰に言ったのか、誰に伝わっていなかったのか……こういう地道な確認作業を皆でやっていき、不確実性の埋め方を体感してもらいました。

グッドパッチ 大角将輝(以下、大角) 私もフロントエンドエンジニアとして参画しましたが、プロジェクトがうまく回っていない時には「なんかもう無理」「精神的にキツいです」といった言葉がメンバーから出ることもあるかと思います。そういう場面でもコミュニケーションの型を意識して、「どの部分が無理なの?」「どういう状況がキツいの?」と具体的に聞いていく。結果、メンバー同士の意見の食い違いによるささいないざこざが原因だったりもするので、当人同士でコミュニケーションをとるきっかけを作ってわだかまりを解消していきました。

松岡 「キツいです」のままでは、解決できない。きちんと言語化していくことが問題解決のアプローチなんですね。

治部 その後はコミュニケーションの改善とあわせて、SPDCA(See、Plan、Do、Check & Action)サイクルを意識的に実行するようになりました。

徐福 振り返りを習慣化するのはもちろんですが、「振り返りの振り返り」というのもやりましたよね。

広木 プロジェクトの振り返りを実施している組織は多いかと思いますが、そもそも何のために振り返っているのか、どこに向かっていたのかを見失い、袋小路に陥ってしまうケースも少なくありません。ですから、「振り返り」がきちんと機能しているかどうか、さらに振り返るんです。

治部 結果、18年の1月頃からようやくスクラムっぽくはなっていきました。

なぜこのストーリーは終わらないのか。チーム改善の裏に潜んでいた第二の課題

松岡 この頃になると、治部さんをはじめとするリンクアンドモチベーションの方々とエンジニアのコミュニケーションもかなりスムーズになりましたね。ですが、まだまだ課題はありました。低空飛行するベロシティ、終わらないストーリー、RSpecに心折れるメンバー……。

大角将輝

大角 RSpecはメジャーなテストフレームワークの一つですが、触れたことがないメンバーももちろんいました。RSpecを使って効率化させよう、という雰囲気が広がる中、「わからない」と言い出せずに挫折してしまう人が出てきてしまったんですよね。

治部 私としては「テストが楽にできるようになる」ととても期待していましたし、エンジニアの方々も乗り気だと思っていたのに、レビューを重ねても一向に進まないんです。1~2週間でできるはずだったことに2カ月くらいかかってしまったりもしました。一体何が起こっているんだ、と思いましたね (笑)。

広木 この頃、着実にチームの雰囲気は良くなってきていました。ところが「せっかくできあがってきたこの雰囲気を、壊してはいけない」という意識も芽生え出してしまった。さらに、スキルレベルの高いエンジニアがジョインしたことで、メンバー間に実力差が生まれていたのです。

結果、ふたを開けてみるとチーム全体が連携できていなかったり、誰かに任せきりになってしまっていたり。皆で一丸になって動ける状況にないと気付いてからは、ではどうすれば良いか、と考えて行動することで突破口を見つけていきました。

チームの変化が、プロダクトを強くする鍵となる

松岡 どうにかリリースにこぎ着けたモチベーションクラウドですが、まだまだ開発は続いていくんですよね?

治部 皆さんのおかげで、「こういう機能があったら、世の中もっと変わるよね」「だったら、こうしようよ」といった会話がチーム内で交わされるようにもなりました。自分たちが「良い」と確信できるものをどんどん形にして、ユーザーに届けていこうという空気が高まっています。

徐福 プロジェクト発足当時の治部さんは、かっちりしたスーツ姿でしたよね。エンジニアとは異なる雰囲気だったので距離を感じたりもしましたが、いつの間にか服装もすっかりラフになって。実はこれって、結構重要な変化だと思うんです。治部さんたちが、開発チームに歩み寄り、変わっていった結果に違いないので。

今では、チーム全員が同じ言葉を使って相互理解をしていけるようになっています。おかげで、このプロダクトが何を目指していて、そのためにはチームとしてどういう考え方をすべきなのか理解できるようになったし、結果的に「じゃあこうしようよ」という発言が自然に出るようになりました。エンジニアたちの意識も、プロジェクトを通じて変わっていったんですよね。

モチベーションクラウド

組織を改善していくためのプロダクトである『モチベーションクラウド』。その開発チーム自ら、試行錯誤を重ねながらも組織改革を実現していったことに、大きな意義があるように感じるイベントだった。

乗りこえてきた困難によって強さを増したチームの力は、プロダクトそのもののクオリティ向上にも影響していくに違いない。今後の『モチベーションクラウド』の進化につながっていくことだろう。

取材・文/森川直樹・秋元祐香里(編集部) 撮影/赤松洋太

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