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クリエーターはビジネスの“しがらみ”にどう向き合うべき?25年以上愛されるRPG『幻想水滸伝』の村山吉隆らが新作『百英雄伝』に込める思い

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    2020年7月、『幻想水滸伝Ⅰ&Ⅱ』『アライアンスアライブ』などを手掛けた村山吉隆さんが、新作RPG『百英雄伝』の制作を発表した。

    開発費を募集するクラウドファンディングは国内外で話題となり、開始からわずか2時間ほどで目標額100万ドル(日本円で約5,200万円)を達成。9カ月経った今では約4億8,000万円が集まっている。

    『幻想水滸伝』とは、シリーズ一作目がPlayStationの発売翌年、1995年に発売されたRPG。仲間キャラクターが108人も登場する上に、108人全員の思いを描く濃密なストーリーが心に残り、初回の発売から26年が経った今でも多くのファンに愛されている。

    『百英雄伝』はそんな『幻想水滸伝』の企画・シナリオを担った村山さんと、同作のキャラクターデザインを担った河野純子さんが25年ぶりにタッグを組んだ作品だ。他にも、幻想水滸伝シリーズに携わったベテランスタッフたちが集結している。そして、開発を手掛ける彼らの胸には「そろそろ自分たちが望む本当に面白いものを作らないか?」という共通の思いがあったという。

    村山さんはなぜ25年ぶりに仲間を集め、新作を作ろうと思ったのか。「自分たちが望む本当に面白いものを作らないか?」という言葉の裏にはどんな思いが込められているのか。そこから「生涯技術屋」を叶えるヒントを探った。

    プロフィール画像

    Rabbit & BearStudios株式会社
    代表 村山 吉隆さん(@BmsMurayama

    1992年にコナミに入社。95年発売『幻想水滸伝』、98年発売『幻想水滸伝Ⅱ』の企画、ディレクション、シナリオを担当。2017年発売『アライアンスアライブ』のメインシナリオライターも務める。新世代のJRPGを制作すべく20年3月Rabbit & BearStudiosを設立

    クリエーターの“わがまま”を全部叶える。『百英雄伝』の出発点

    ――なぜこのタイミングで『百英雄伝』を作ろうと?

    ありがたいことに今でも世界中に『幻想水滸伝』のファンが多くいてくださり、ファン活動が続いていたり、ⅠとⅡを手掛けた僕のところに「続編を作ってほしい」というメッセ―ジが届いたりすることがあって。ずっと、そうしたファンの思いに何かしらのかたちで応えたいと思っていたんです。

    また、去年は『幻想水滸伝』の発売からちょうど25周年で、アニバーサリーコンサートをはじめさまざまなイベントが開催されました。そこで当時のスタッフと再会し、飲みに行くような機会も度々あったんですよね。

    1995年発売の『幻想水滸伝』(左)と1998年発売の『幻想水滸伝Ⅱ』(右)

    1995年発売の『幻想水滸伝』(左)と1998年発売の『幻想水滸伝Ⅱ』(右)
    中国の四大奇書『水滸伝』をモチーフにしたRPGで、仲間キャラクターが108人も登場するのが最大の特徴。主人公含め108人全員がプレイアブル(操作可能)キャラ。システムやシナリオのほか、数多くのゲームの中でもキャッチコピーに定評がある。(Ⅰ:「プレイステーションよ。これがRPGだ!」 Ⅱ:「その強さがあれば、全てを守れると思った」)

    その中で、「僕たちもいい歳になったから、そろそろ自分の好きなものを作りたいし、作らなきゃいけないよね」という話になり、『百英雄伝』の開発を決断しました。

    もちろん『百英雄伝』は『幻想水滸伝』の続編ではなく、あくまで完全な新作です。ただ、数年前からそんなふうに構想していたことが、ようやく昨年くらいから具体的に動き始めてきました。

    ――『百英雄伝』の告知サイトにも、制作メンバーの共通の思いとして「そろそろ自分たちが望む本当に面白いものを作らないか?」という純粋な気持ちがある、と書かれていますね。
    RABBIT&BEAR STUDIOS作品紹介ページより

    RABBIT&BEAR STUDIOS作品紹介ページより

    ゲーム開発に携わる長い年月の中で、僕を含めたそれぞれのメンバーが、それぞれの場所で戦って、ベターな仕事をしてきました。けれど、ベストを目指そうとしても、さまざまなしがらみや制約があって100%実現できないことも多くありました。

    特に僕らが手掛ける「RPG(ロールプレイングゲーム)」というジャンルは、ゲームの中でも非常に開発コストが掛かります。すると「最高に面白いゲームを作ろう」という思いで企画したとしても、市販するために「ここのコストを削りましょう」という話が頻繁に起こるんです。

    例えば「プレイヤーにゲームの世界観を最大限に感じてもらうため、旅のイメージが残るようにプレイヤー自身の操作で移動できるようにしよう」と考えたとします。でも膨大なマップデータを作ったり、読み込みの処理をしたりするのにどうしても大きな負荷が掛かる。だったらコストを削るために、「マップはいくつかのエリアに分割して、ポイントからポイントにワープするシステムにできないか」といった話になるわけです。

    シナリオについても同じです。特に、僕はゲームを作るときに逆算して考えるタイプなんですよ。「クリア時間を大体80時間くらいにして、ストーリーを10章くらいに分けよう。となると1章あたりのプレイ時間は8時間。そのうち20分は最初の街をうろついてもらって、このダンジョンでは何分くらい冒険してもらって……」という感じで。

    そんなふうにロジカルに組み立てていても、「それでは開発コストが足りないので7章までにできませんか?」と。そういうことは何度も経験してきました。

    『百英雄伝』はそうではなく、クリエーターである僕たちがわがままを言いたい放題言える環境で作りたかった。そのために、開発資金をクラウドファンディングで募り、作品の権利を自分たちで保持する選択をしています。

    みんなもういい歳なんだから、こういうことはやれるうちにやっておかないと」。百英雄伝の中心メンバーは、そうした共通の想いを掲げています。

    『百英雄伝』の制作スタッフたち

    『百英雄伝』の制作スタッフたち(クラウドファンディングページより)

    自分に求められていたのは、“面白いゲーム”を作ること

    ――それは、皆さんが「ゲーム会社に所属していたから」自分たちの望む形でのゲーム作りができなかった、ということでしょうか?

    平たく言えばそうなりますね。ただ、「会社に所属しているからできない」「フリーだからできる」という簡単な話ではないと思っています。大前提、僕自身はビジネスにおけるさまざまな条件や制約の中でベターを目指して作るのは、決して悪いことではないと思うんです。

    そもそもゲームとは、エンターテインメントを提供するビジネスです。だから大事にすべきなのは「作ったゲームがユーザーに楽しんでもらえるかどうか」。この一点に尽きます。

    ビジネスを成功させるためにはプレイヤーを楽しませるゲームを作らなければならないし、逆に言えば、どれほどの制約があったとしても、その中で面白いゲームを作ることができれば売れるんですよ。

    ――そのためにはどうすればいいのでしょう?

    クリエーターが会社側の相談や都合をどこまで受け入れるのかを、適切に判断することが必要だと思います。僕自身も、コナミに所属していた頃から「僕に求められているのは単に『ゲームを作ること』ではなく、『面白い(=売れる)ゲームを作ること』なのだ」と理解して行動していました。

    ゲームの内容以外にも「納期はこれくらいでやってほしい」「スタッフはこれくらいの人数でやってくれ」といったことを言わることが多々あります。でも、それによって結果的に面白いゲームを作れなくなると判断したならば、「それじゃ無理です」って突っぱねていましたね。

    誤解してほしくないのは、経営サイドや営業の要求が嫌だとか悪いという話ではありません。僕は僕の、彼らは彼らの仕事を全うするために、それぞれの正義で戦っているわけです。その前提で、クリエーターとしては面白いゲームを作るために譲れないラインをアピールし、折れないことが必要だと思っています。

    村山さん

    とはいえ、このラインはクリエーターによっても違うでしょう。「自分が良いと思うものを100%やり切りたい」という人もいれば、「できるだけ経営の意思に沿おう」とする人もいる。どちらが正しいというものではありません。これを踏まえて今回の『百英雄伝』は、前者のやり方でやるというのがコンセプトなんです。

    でも前者のスタンスでやるならば、「クリエーターはアーティストではない」という点は気を付けなければいけません。逆に後者の選択をするのであれば、会社の判断を無責任に受け入れてはいけない。受け入れるにしても「これは本当に正しいのか?」と必ず考えるべきだと思います。

    この線引きを諦めたり、その線を踏み越えて妥協したりしてしまうと、クリエーターが仕事をやる意味はなくなってしまう。ただ、いいなりの「労働」になってしまいますからね。

    ――『百英雄伝』は前者のやり方で、とのことですが、仰るように一歩間違えればユーザーを置いてきぼりにしてしまうリスクもあるのでは?

    それはあり得ると思います。でも一つ誤解してほしくないのは、僕らのやりたいことをやると言っても、ゲームを作る目的は「ユーザーを楽しませること」に変わりありません。だからユーザーの意見を一切聞きませんという話ではなく、むしろ「皆さんの持っている意見は全部言ってください、全部聞きます」というスタンスでやっているんです。

    ただし、その意見を受け入れるか受け入れないかを決めるのは僕、もしくはコアメンバーです。「僕たちが自分自身の責任の下で決める」。そういう意思決定の仕方をすると、クラウドファンディングの支援者たちにも表明をしているんです。

    ――なるほど。どういった状況下でゲームを作るにしても、ビジネスとして成立させ、かつ一人よがりにならないように、「意見は聞く」。その上で、「受け入れるかどうかの判断を自らの責任でする」というスタンスですね。

    「何をしたくてこの仕事をしているのか」原動力を見失うな

    ――「ユーザーを楽しませるゲーム作り」をする上で、村山さんご自身が工夫していることはありますか?

    いろんなゲームをプレイするようにしていますね。「ゲームを作る人ならゲームをやらなきゃダメでしょう」って思ってるところがあって。

    あるゲームのあるシーンをプレイしたときに、「今の自分は何を感じているのか。この瞬間、感動しているのか、それとも面倒だと思っているのか」。そういったことを考えながらプレイするようにしています。といっても、RPGをプレイするのは苦手なんですけどね(笑)

    村山さん
    ――RPGを手掛けていらっしゃるのに意外ですね(笑)。村山さんと言えば「ストーリーの面白さ」に定評があると思いますが、そこはどのように発想しているんですか?

    シナリオに関しては、僕の場合は「こういうシチュエーションを題材にして、こういうキャラクターがいたら、こんなドラマが生まれそうだ」という所から考えています。

    そして、そのキャラクターの性格、境遇、バックグラウンドを踏まえて「このキャラクターはここでこんなふうに考えてこんな行動をするだろう」というのを想像する。それぞれの立場の人の頭の中へ入っていく感覚です。

    この作り方は昔からずっと同じで、幻想水滸伝の時も100人以上キャラクターがいたのでかなり大変でしたね。

    ――先ほどの「ゲーム作りのスタンス」もあった上で、ゲームという舞台の中で一人一人の感情やドラマをリアルに描かれたことが、『幻想水滸伝』が26年以上も長く愛されている理由なのかもしれませんね。

    『幻想水滸伝』で大切にしていたのは、いろんな人たちのさまざまな姿を描くこと。戦争をテーマにしたゲームでしたが、戦争が良いか悪いかを主張する気はありませんでした。

    仲間キャラクター108人の他に敵キャラなどのNPC(ノンプレイヤーキャラクター)も多くいますが、その中には戦争で家族を失った人、戦争を止めようと奮闘する人もいれば、戦争を望んでいる人もいます。それぞれの考えや人生を描き、そのエピソードを通じて何を思うのかをユーザーにゆだねているんです。

    だからファンの方とお話をしていても、好きな場面は人によってかなり違いますね。多くのものを含んでいるからこそ多様な解釈が生まれて、それがそれぞれの心に残るから、時間が経っても愛されているのかもしれません。

    今回の『百英雄伝』も、いろいろな考え方や価値観を描き、プレイした皆さんはどう思うのか。それを感じてもらいたいという方向性は全く同じです。

    ――最後に、村山さんご自身が今も「錆びない」クリエーターでいられるのはなぜだと思いますか?

    僕はゲームを作るのが好きなんですよ。「ゲームの中にこんな仕掛けを作ったらきっとみんなが驚くだろうな、喜ぶだろうな」というわくわくが、ゲームを作り始めた時からずっと変わっていない。だから今もゲームを作ることが本当に楽しいんです。やはり「錆びない」人でいるためには、この気持ちが不可欠なんじゃないでしょうか。

    今回お話した通り、仕事をしていると意見の相違や社内のルール、人間関係といったあらゆるしがらみがあるものです。それによって、時にはモチベーションが下がってしまうこともあるかもしれません。でも、どんなときにも「自分は何をしたくてこの仕事をやっているのか」。その原動力を見失わないことが大切なのだと思います。

    ・Rabbit&BearSTUDIOS公式サイト:https://rabbitandbearstudios.com/

    取材・文/石川香苗子 編集/河西ことみ(編集部)

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