日本の労働生産性の低さは「SaaS企業とエンジニアの意識」で変えられる【LayerX福島×ナレッジワーク川中】
コロナ禍や少子高齢化を背景に多様な働き方が模索される中、「業務効率化」への関心が高まっている。
しかし、日本は1時間あたりの付加価値で表される労働生産性が主要7カ国の中で最下位。アメリカの就業1時間あたりの付加価値「80.5ドル」の6割にあたる、「49.5ドル」と低迷しているのが実情だ(日本生産性本部調べ)。
この現状への危機感を声高に訴えるのが、法人支出管理SaaSバクラクシリーズの提供を通じて、企業の業務効率化を支援するLayerX CEOの福島良典さんと、ナレッジワーク CTOの川中真耶さん。
今回は、業界をリードする二人に、業務効率化を阻む壁をいかにテクノロジーで突破すべきか論じてもらった。
日本の労働生産性が低い要因は、
「システムをカスタマイズしたがるクセ」にある?
——福島さんは法人支出管理を効率化する『バクラク』、川中さんは営業プロセスの生産性を高める『ナレッジワーク』をクラウドサービスで提供しています。日本の労働生産性の低さに関して、どのような課題意識を持ち、経営をされているのでしょうか。
福島:日本全体で法人支出管理(請求書の処理や、経費申請に関連する事務作業)にどれだけコストを要しているかご存じですか? 実は人件費換算で年間3.3兆円もかけているんです。これは途方もないムダと言わざるを得ません。
川中:『バクラク』が扱う法人支出管理周りと同様、営業活動にも非効率な業務がはびこっています。ある調査によると日本企業の多くが、提案資料の作成や営業資料の検索などの商談準備に業務時間の50%も費やしているのに、顧客対応にかける時間はわずか20%に過ぎません。
本来営業は、顧客の課題を発見し解決するのが仕事であるにも関わらず、いまは提案に必要な情報を集め、資料を作成することに多くの時間を割いている。営業を取り巻く環境に非効率な作業が多く含まれているのは明らかです。
『ナレッジワーク』では、こういった課題を解決し、ワークエクスペリエンス(業務体験)の向上に貢献したいという想いがあります。
——先日、「日本は主要7カ国の中で最も労働生産性が低い」という調査結果が話題になりました。他国に比べて立ち後れている原因はどこにあると思いますか?
福島:法人支出管理で例を出しますと、例えば請求書が紙かPDFで送られてきて、それを経理担当者が1枚1枚確認してシステムに打ち込むような非効率な業務プロセスはどこの国でもあります。日本だけが際立って効率が悪いわけではありませんし、もちろん日本人の能力が他国の人より劣っているからでもありません。
しかし日本固有の問題として思い浮かぶのは、業務システムに合わせて業務を変えるのではなく「システムをカスタマイズしたがるクセが抜け切れていない」ことではないでしょうか。これは他分野でもクラウドサービスの活用を阻んでいる大きな要因だと感じます。
川中:同感です。法人向けクラウドサービスは顧客ごとにカスタマイズをしない代わりに、ベストプラクティスを安価な価格帯でスピーディに利用できるのが売り。
お金や時間、人員などのリソースは、事務作業のような非競争領域ではなく、コア業務に振り分けるべき。それであれば、請求事務や営業事務など、どの企業でも行うような一般的な業務は、クラウドサービスに合わせて標準化した方がはるかに効率が上がります。効率化の基本は「再利用」ですからね。
——クラウドサービスの利用はIT企業が先行しているイメージがあります。それ以外の業界はどんな状況ですか?
福島:IT業界は業務効率化が進んでいて、伝統産業の会社は遅れを取っている……という印象を持ちがちですが、必ずしも実態を反映しているわけではありません。
実際、私達が提供している『バクラク』も、IT系企業に限らず製造業や建築業、サービス業の企業などさまざまな業種に幅広く使っていただいています。
IT業界でも導入が進んでいない企業はありますし、伝統産業の会社でも使いこなしている企業はたくさんあるので、「クラウドサービスはIT企業しか使いこなせない」といった固定観念を捨てることが大事だと思います。
実際近年のクラウドサービスはUXがすごくよくなっていて、「IT=ややこしい、使いこなせない」みたいな状態ではなくなっています。
川中:ナレッジワークはもともと成長IT企業を中心に提供を始めたのですが、いまではメーカーや法人サービスなどの非IT企業の大手企業の利用が増えています。
面白いのは、規模や業態が近い企業がクラウドサービスを使って成果を出しているのを知ると、とたんに導入に前向きになってくれるケースが増えていることです。
横並び意識の強さは相変わらず存在していますが、クラウドサービスを取り巻く環境は少しずつよくなっていると思います。
福島:それはありますね。クラウドサービスの普及には、多くの方々に「自分たちもやれるんじゃないか」と思ってもらうことが大事。実際、導入前は抵抗感をお持ちの方でも、普段の生活ではLINEやメルカリといったITサービスを使いこなしています。
業務向けのクラウドサービスも、実は同じ感覚で使いこなせるんです。
そういった素朴な事実に気付き、いまからクラウドサービスに親しみ使いこなしている企業と、そうでない企業では差がますます広がっていくのではないでしょうか。
日本の生産性の低さは「エンジニアのキャリア選択」にも寄与している
——少子高齢化による働き手の減少は、「人手に頼った生産性向上の限界」を意味しますよね。テクノロジーの活用はもはや待ったなしの状況にあるのは明白なのに、なぜクラウドサービスへの意識はなかなか変わらないのでしょうか?
川中:クラウドサービスの導入に際して「会社の大事な業務を新興企業のサービスに委ねていいのか」「何か問題が起こったら誰が責任取るのか」といった不安をよく耳にします。
けれど、実際は先ほど福島さんが話した通り、単に「食わず嫌い」なだけなのが大半です。まずは小さく試して効率化を実感してもらうことが、必要でしょうね。
福島:この10年で企業の意識は確実に変わると思います。ただ、私の仮説では、労働生産性の低さは、ユーザーである企業だけの問題ではありません。クラウドサービスの提供者、もっと言えばサービスの開発を担うエンジニアにもあると感じています。
——どういうことでしょうか?
福島:日本は経済規模に対して、法人向けクラウドサービスの提供者が少ないのが問題だと感じています。
ある調査によると、アメリカでは企業規模を問わず、一つの会社で100を越えるSaaSを使っているのに対し、日本は平均でも10前後しか使っていません。
これは逆に言い換えると、日本市場にはあと10倍クラウドサービス事業者がいてもいいはずです。つまり、まだまだ競争が激しくないわけです。
その一方で日本のBtoCのサービス市場では、どの分野でも苛烈な競争が繰り広げられています。BtoBサービス提供者の少なさ、提供者間の競争の緩さも、日本の労働生産性向上を抑制していると思います。
川中:SaaSプロダクトをリリースし安定した収益を稼ぎ出すまでに、2年、3年はかかります。しかもこの間、赤字を出しながらも投資を続ける必要もある。
スケールすれば得られる果実は大きいかもしれないけれど、成功するかどうか分からないビジネスにお金と人を注ぎ込むか。それともスケールはあまり見込めないけれど、失敗するリスクが低く確実に収益が取れる受託の事業を営むか。
後者に傾きがちな日本の構造的な問題が、法人向けクラウドサービス事業者の少なさと関係していそうですね。
福島:僕もそう思います。アメリカや中国だと、有望なプロダクトを提供している企業には、一気に人もお金も集まりますが、日本はそこまでのスピード感はありません。これは人の問題だけではないとは思いますが、エンジニア自身のキャリア選択でも、もっと将来への期待値や成長性に投資するという観点を持っても良いと思います。
川中:採用面接などでエンジニアと接していると、確かに自分が使っているサービス、知っているサービスに関心が向きがちで、BtoBサービスへの理解が薄いのを感じます。
実際、エンジニアの取り合いは凄まじいものがありますが、toCを扱う企業に人気が集中しているように思います。当社も、採用でtoC企業に負けることが多いです……。
福島:それはうちも同じですよ! いまの状況は、ごく一部の感度が高いエンジニアがBtoBクラウドサービスの魅力に気付いているだけ。
もっとこの分野で活躍してくれるエンジニアの母数を増やしていかないと、いつまで経っても日本のクラウドサービス提供者は大きくなれませんし、数も増えません。われわれが努力してそこを変えていくんだという気概を持ってやっています。
——とはいえ、エンジニアが「自分が使っているWebサービスに携わりたい」と考える気持ちも分かります。
川中:そうですね。実際に当社でも、営業生産性の向上やセールスイネーブルメントに取り組んでいると言っても、エンジニアにはなかなか響きません。そのため、なるべくエンジニアにとって身近な比喩を採り入れて説明するようにしています。
例えば「エンジニアが日常的に行っているソースコードのシェアやコードレビューのように、チームで知見を共有する開発文化をセールスの現場に持ち込み生産性を上げようとしている」という感じですね。
福島:うちの場合だと「最近、経費精算しました? 楽しかったですか?」って聞きます(笑)。誰にとっても面倒だし、楽しくない作業なのは分かっていますから、「そんな面倒な作業がサクッと終わったらうれしくないですか? まさに『バクラク』はそんな価値を届けるサービスなんですよ」と説明すると、多くのエンジニアは興味を持ってくれます。
川中:やはり、サービスの提供価値を分かりやすく伝えるのは重要です。
ナレッジワークは、「仕事のイネーブルメント」と言われる、社員の能力向上や成果の創出をテーマとしてプロダクトを作っています。生産性が向上することで、自分の成長を感じたり、仕事を楽しめるようになることで、「働くことは楽しいものだ」と感じてもらえる社会を実現したい。
このように、生産性を高めると、どんな負が解消できるのか、具体的なイメージを持ってもらえれば、BtoCもBtoBも本質的な違いがないことが分かってもらえると思います。
福島:もっと言えば、同じBtoBのビジネスにみえても、その会社のビジネスモデルがどういったものかを見極めるのは重要です。
例えば受託開発や人月のようなビジネスモデルの場合、どんなに優秀なエンジニアでも幸せにできる企業は1案件で1社。でもクラウドサービスなら、一つのプロダクトで数百万社で働く人たちを幸せにできます。つまりレバレッジが利くわけです。
企業の生産性という話題はあらゆる場所でディスカッションされますが、「ソフトウエア企業の生産性が高い」は半分真実・半分ウソで、生産性が高いソフトウエア企業というのはプロダクトに投資して、プロダクトでスケールしている会社のみにあてはまります。BtoBでも全く同じことが言えます。
世の中にはびこるムダをなくすためにも、優秀な頭脳はより大きな効果が出る場所で使ってほしいんです。それが企業の生産性向上、ひいては社会の生産性向上につながっていくのだと思いますから。
クラウドサービスは「人間らしいウェットな時間」をつくる
——お二人は、業務効率化、労働生産性の向上の先にどんな世界を思い描いているのでしょうか?
福島:効率化や生産性向上と言うと、どうしても「機械的」「冷たい」など、非人間的なイメージを持たれがちですがむしろ逆だと思っています。
仕事が効率的に回るようになれば、お客さまとのコミュニケーションを増やしたり、社員同士が仲良く働くための活動に時間を割く余裕ができます。
仕事のための仕事をなくし、浮いた時間を「人間らしいウェットな活動」に使う。そこにこそ効率化や生産性向上に取り組む価値があると思います。
川中:その通りだと思いますね。僕たちが効率化を支援するのは、ムダな仕事に翻弄されずに本来取り組むべき仕事に集中してほしいからです。
営業活動において「提案書を書く」ことはあくまでも手段。真のゴールは「顧客の課題を解決する」ことによって売上を立てることにあります。そんな真のゴールに向かって真っ直ぐ進むための合理的な手段を提供するのが、僕らの存在意義。
営業は顧客の声に耳を傾けてナンボですから。福島さんの言う「ウェットな時間」を増やすためというのは、とても分かりやすい表現だと思います。
福島:スマホがあって、機械学習がこれだけ発達しているのに、いまだ一所懸命時間をかけて手入力しているのはストレスのもとです。これをなくしてクリエーティブな働き方をしようというのが、効率化や生産性向上の目的です。
少なくとも人間味のないマシーンのような人をつくりたいわけでも、そんな働き方を目指しているわけでもないですね。
川中:顧客や同僚との関係をよくしたり、できなかった人をできるように支援したりすることだけでも、組織の生産性は上がります。個人の可能性を抑圧するムリやムダをなくせば、企業全体で10倍、100倍の生産性を実現することも夢ではありません。それがあらゆる分野で実現できたら世界は変わると思います。
福島:周囲を見渡して見ると、何度も同じことを繰り返す面倒な作業や、時間と手間がかかる割に結果が伴わない作業ってまだまだあります。
エンジニアって同じ作業を繰り返すことを嫌うので自動化への意識がすごく強いし、そういった成果を挙げるのに慣れているじゃないですか。先ほど川中さんが言っていた「エンジニアの文化を別の領域に転用する」というのはまさにそれです。
川中:そういう意味で、日本の労働生産性向上にエンジニアが果たすべき役割は大きいですよ。何しろ計算を得意とするコンピュータを使いこなして仕事をさせられるわけですから。そのスキルを最大限、活かせる場所で発揮してほしいと思います。
福島:特にBtoBクラウドサービスは将来性の大きさに比べて、エンジニア不足が顕著な分野。数多くのユーザーに効率的な業務環境を届けられるのが、BtoBクラウドサービスの面白いところです。
まだ注目されていないけれど、今後確実に大きくなる市場に足を踏み入れることは、個人のキャリアにレバレッジをかけることにもつながりますから、エンジニアにはぜひこの世界に足を踏み入れていただきたいですね。
川中:同感です。ストレスを生み出すムダな作業を撲滅していきましょう!
取材・文/武田敏則(グレタケ) 撮影/桑原美樹 編集/大室倫子
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