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「社員40人の精子サンプルを解析し続けた」TENGA発、国内唯一の精子観察スマホアプリ開発の舞台裏
2022年4月、不妊治療が保険適用の対象となり大きな話題となった。しかし、不妊治療においては「女性」が主語となりがちな状況はいまだ変わらない。
そんな中、あのTENGAグループが男性向けの性機能サポートや妊活用プロダクトを開発していることをご存じだろうか。
セルフプレジャーアイテムブランドとして圧倒的知名度を持つTENGAでは、ヘルスケア領域に注力するために2016年にTENGAヘルスケアを設立。スマホ用精子観察キットなど、特徴的なプロダクトを多数世に送り出している。
唯一無二のプロダクトは、どのように生み出されてきたのか。企画・開発を担当する牛場英之さんに聞いた。
TENGAヘルスケア
企画・開発担当 牛場英之さん
慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。神経科学領域を学び、脊髄損傷の治療法を研究。新卒で株式会社TENGAに入社した後、2016年11月に設立されたTENGAヘルスケアに出向
性は「楽しむ」以前に「悩み」が多い
——セルフプレジャーアイテムに強みを持つTENGAグループが、ヘルスケア領域に参入した背景を教えてください。
TENGAでは「世界中の人々の性生活を豊かにし、人を幸せにする」というミッションを掲げているのですが、TENGAヘルスケアも根本の思いは同じです。
これまで、TENGAでは「アングラなもの」というセルフプレジャーアイテムのイメージを変えるべくプロダクト開発を行ってきました。その結果、今ではセルフプレジャーアイテムのトップブランドとして認知されています。
しかし、世の中には「性を楽しむには悩みが多すぎる」「パートナーとの性生活が苦痛だ」という人が少なくありません。性という分野に向き合い続けてきたTENGAとしては、そういった意見を見過ごすことはできないと考えました。
そこで、「楽しむ」以前の悩みを解消するためのプロダクト開発に注力すべく、性機能サポートや妊活用の商品を専門とするTENGAヘルスケアの立ち上げに至ったのです。
——セルフプレジャー用の製品とヘルスケア関連の製品は似て非なるものかと思うのですが、実際のところはどうなのでしょうか?
実際のプロダクトを見ていただくと分かる通り、皆さんがご存じのいわゆる『TENGA』によく似た製品も多いです。
例えば、男性の性機能をサポートする『MEN’S TRAINING CUP(メンズトレーニングカップ)』。これは、早漏・遅漏のトレーニングアイテムです。刺激強度の違う五つのカップで段階的にマスターベーションを行うことで、適切なタイミングで射精ができるように鍛えていきます。
カップの内部にはプニプニとした柔らかい素材が使われているのですが、これはセルフプレジャーアイテムの『TENGA』の技術を応用して開発されたものです。
TENGAグループでは長年にわたって性に関するプロダクト開発に取り組んできたため、医師や助産師、性教育の専門家や地方自治体など、さまざまな方面とのパイプがあります。
培ってきたノウハウはもちろんのこと、医療従事者などの専門家と連携しやすい点も、TENGAヘルスケアの強みの一つです。
ーーなるほど。技術的なノウハウはもちろん、TENGAというブランドの強みも生かされているのですね。
はい。セルフプレジャーアイテムを製造している企業はたくさんありますが、性の問題に真正面から向き合おうという姿勢を持っている企業はそう多くないのが実際のところです。
セルフプレジャーアイテムは「アダルトグッズ」と呼ばれるジャンルなので、大々的に売り出すことが難しい。その結果、品質の低いプロダクトをひっそりと販売する……という状況になりやすいんですよね。
技術、予算、販路を持つ大手企業が性の分野に参入しようという動きもありますが、大手であればあるほど企業イメージへの影響を恐れて二の足を踏むケースが多いようです。
その点、私たちには『TENGA』という圧倒的なブランド力がある。性という分野での信頼性は、唯一無二のものだという自負があります。
事実、性機能学会の学術集会で、TENGAヘルスケアのプロダクトについて発表された実績もあるんですよ。
社員40名の精子サンプルを解析し続けて生まれた『MEN’S LOUPE』アプリ
——牛場さんが開発に携わったプロダクトのなかで、特に印象に残っているものを教えてください。
男性向けの妊活サポートプロダクトである『MEN’S LOUPE(メンズルーペ)』のiOSアプリですね。
『MEN’S LOUPE』は、スマートフォンのカメラ機能を活用して自身の精子の観察ができるキット。男性の妊活の最初の一歩として活用してもらうことをイメージして開発したプロダクトです。
最初は興味本位でもいいんです。自分の精子の状態を知ることができれば、妊活への意識が変わったり、早期の医療機関受診にもつながりますから。なるべく気軽に試せるように、『MEN’S LOUPE』は1,500円のキットで4回使用できるリーズナブルな価格設定としています。
私は、『MEN’S LOUPE』で撮影した動画をもとに精子の状態を解析するiOS向けのアプリ開発を担当しました。
——精子の状態の解析とは、具体的に何が分かるんですか?
総運動精子数、精子濃度、運動率、精液量を数値化し、基準値と照合して自身の精子の状態を簡易的に調べることができるんです。
妊活成功の鍵は濃度や運動率が高い「健康な精子」にあるとされているので、自分自身の精子について知っておくことが大切なんですよ。
——スマートフォンのアプリで精子の解析ができる、というのが驚きです。
もともとの『MEN’S LOUPE』はアプリのない単なる観察キットとして発売されたんです。ただ、「精子の状態を数値化できたら便利なのに」という話は当初からあって。それならアプリをつくろう、ということで私が開発に取り組むことになりました。
ただ、どうやったら精子の動きが解析できるのか、その方法がなかなか見えなくて。
『MEN’S LOUPE』の特徴として、精子の乗せ方や、動画の撮影状況で、得られる結果(精子の動画)が大きくブレる。それを鑑みると、完璧に解析するのはとても無理でしたので、どこかで妥協点を見つける必要がありました。
そのため、解析に堪える映像を得るためのハードの検証と、それを解析するソフトの検証を両輪で進めていったんです。
お客さんが雑に撮影しても解析できることを目指し、ソフト面ではディープラーニングでの解析を試みたり、画像解析を専門とする大学の研究室に相談したりしつつ、ハード面では新たな撮影デバイスを検討したり……。この辺りの検討に、4年程費やしました。
最終的には、きれいに撮影する方法をお客さんに分かりやすく指示して解析のしやすい(ノイズの少ない)映像を得る、というかなりアナログな手法に落ち着きました。ノイズが少ないので、解析もベーシックなアルゴリズムで済みましたし、コスト面から考えても、落としどころとしてはちょうど良かったなと思っています。
ただ、精子濃度の解析に必要なパラメーターの検討は非常に大変でしたね。
仮に動画内で10匹の精子が泳いでいたとしても、射精された精液全体に換算すると何匹になるかが分からない。そこを明らかにする換算式を立てることが必要でした。
まずは正しい数値を把握する必要があると思い、会社で精子分析器を購入し、社内の男性陣40人に精液のサンプルを提供してもらって分析していきました。
——えっ!? 牛場さん自らサンプルを分析をしたってことですか?
そうです。40人分の精子を分析器とアプリの試作品の両方で分析し、双方の数値が合うようにアプリ側のパラメーターを調整していく。果てしなく地道な作業でした。
精子って、見る場所によってかなり差があるんです。同じ精液から採取しても、一滴ずつで状況が変わる。そのばらつきをつぶすために一人一人の精液で何度も検討を重ね、ようやくパラメーターを設定することができました。
スマホのカメラを使うアプリなので、機種ごとのカメラ機能の差を踏まえた検証も必要でしたから、2カ月以上かかりましたね。
プロダクトは、チームが納得するストーリーとセットで開発する
——TENGAヘルスケアの開発体制を教えてください。
TENGAヘルスケアはTENGAからのスピンアウトなので、本社の開発部と連携して開発を行っています。
TENGAの技術者たちは、『TENGA』ブランドに誇りを持っている人が多い。なので、性の課題解決のために「意義あるプロダクトなのだ」と思ってもらえれば、みんな前のめりに協力してくれるんです。
なので、チームで一体感を持って開発に取り組むためにも、プロダクトの背景となるストーリーづくりを大切にしています。
——ストーリーとは?
そのプロダクトが「誰に、どう使われるか」というイメージです。
プロダクトを利用する人の立場、ニーズ、そのニーズの背景……それらをくみ取って、アンサーとなるようなソリューションの提供を目指しています。
例えば、「早漏を治したい」というニーズ一つとっても、その背景には「パートナーに満足してもらいたい」「コンプレックスを解消したい」など、一人一人異なる思いがあります。
ただプロダクトを開発するのではなく、そのプロダクトが「どう使われるか」までセットで考えるのが私の仕事。
なので、早漏・遅漏トレーニングに役立つ『MEN’S TRAINING CUP』も、トレーニングプログラムとセットで開発しました。
——ただプロダクトをつくるだけではない点が、性と向き合ってきたTENGAグループならではですね。
そうですね。ただ、今は性に関する悩みを解消するためのプロダクトや使用方法を開発していますが、本来であれば、悩みが発生する前に性について学んでおくことが大事だと考えています。そのための活動の一環として、10代向けの性教育サイト『セイシル』を2019年にローンチしました。
今後はプロダクト開発と並行して、性教育の部分でもTENGAグループが持つノウハウを発揮していきたいですね。そのためにも、医師や大学機関、自治体などとも連携するプロジェクトを進めていく予定です。
多方面からアプローチを続けていくことで、性のオピニオンリーダーであり続けたいですね。
取材・文/上野真理子 編集/秋元祐香里(編集部)
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