「人の気持ちが分からな過ぎた」技術者が世界初の感情可視化ツールを開発できた理由【満倉靖恵】
楽しそうに見えて実は退屈していたり、無関心に見えて本当はそうではなかったり。人の感情は目に見えない分、読み解くのが難しい。
そんな感情を可視化することに成功したのが、電通サイエンスジャム、イーライフなどの企業で取締役CTOを務める満倉靖恵さんだ。
満倉さんは、工学・医学博士として人間の脳波について研究。自身の研究成果を、広告・マーケティング分野などのビジネスに応用している。
中でも注目されているのが、彼女が開発した『感性アナライザ』によって人の感情を可視化する取り組みだ。
『感性アナライザ』は、脳波計から取得した感性を分析することができるアプリケーションで、すでに多数の大手企業で導入され、商品開発やPR施策などに活用されている。
また、満倉さんは国内でもめずらしい医工連携型の研究に取り組む研究者・技術者。彼女自身、「自分は人と違う点が多い」というが、「だからこそ、感性アナライザが生まれた」とも語る。
人との違う特性を自身の研究・開発に生かす満倉さんに、エンジニアがイノベーティブなものづくりをするために大切なことを聞いた。
人の感情が全然分からなかった
「見えない感情の可視化」に興味を持ったきっかけは、私自身が人の感情が分からな過ぎたことにあります。
日本人特有の暗黙の了解や、表情と実際の思考が異なることに、物心ついた頃からかなり違和感があったのです。口では「気にしてないよ」と言いながら本当はすごく根に持っていたり、顔ではニコニコしながらも心は笑っていなかったり。
自分があまりにも裏表がない性格だから、本音と違うことを言う人の気持ちが分からなくて、「人の本当の気持ちが見えるようになったらもっと生きやすくなるのに」と思うようになったんです。
それをさらに後押ししたのが、恋愛です。彼が何を考えているのかさっぱり分からない(笑)。だから、よくけんかにもなるわけです。
変な話、コンピューター相手だったら意思疎通は簡単なんですよ。でも、人間が相手だと感情が複雑ですごく難しい。
もしも相手の感情が手に取るように見えたら、人間関係はずっとスムーズになるはず……。当時はまだ若かったこともあり、一直線にそう考えました。
そしてもう一つ、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんとの出会いが、感性アナライザの開発につながっています。
ALSは筋肉が体を動かすのに必要な筋肉が徐々にやせていき、力が入らなくなる病気です。進行すると身動きが取れなくなり、表情もつくれなくなる。やがて目を動かすことすらできなくなり、脳だけが働いている状態になります。
今と比べてALSという病気自体がほとんど世間で認知されていなかったこともあり、初めて知った時は大きな衝撃を受けました。
ものすごい恐怖を感じると同時に思ったのが、感情を可視化できれば、この病に苦しむ人たちの感情を知ることができるということ。
そうした発想と自分のもともとの課題を総合した結果、「感情の見える化」が自分のテーマになりました。
今は医工連携型の研究に取り組んでいます。そもそも私は工学部出身で電気電子が専門でしたが、脳波の研究をしていると、やはり脳の中身が知りたくなるんですよ。
脳波によって感情が変わることは現象論として目に見えて分かったから、今度はなぜ脳波が変わるのかを知りたくなった。
そうなると、脳を直接見たくなるじゃないですか。例えば、直接的に脳を刺激することで脳波がどう変化するかは、頭を開いて見てみないと分からないですよね。
それで医学部に行って、博士号を取ったんです。そうやってデータ面からも、物理的な面からも研究開発を進めたことで、感性アナライザの開発を実現できました。
脳波の計測時はデータを見ながら本人の雰囲気も観察するので、今の私は誰よりも人の感情が分かるようになりましたね。
自分の「本当の気持ち」を客観的に知る時代は近い
現在、私は電通サイエンスジャムのCTOでもあります。きっかけは、2012年頃のある日のこと。「脳波計を見せてほしい」と、謎の3人組が研究室にやって来たんです。
「脳波でこんなことをやりたい」という話を好き勝手してくるものだから、一応話を聞いていたら「実は脳波を使ったビジネスに取り組みたいと思っている」と言われて。
それで感性アナライザの説明をしたら、「一緒にやりませんか?」と。面白そうだったから一緒にやろうと思って、そこでようやく「あなたたちは誰ですか?」と聞きました(笑)
やがてその人たちと現在の電通サイエンスジャムを一緒に作ることになったんです。
実際に、『感性アナライザ』をビジネスの現場で導入してみたら、企業の皆さんがとても喜んでくださいました。
企業にとって、アンケートでは出てこない意見がとれるのは貴重なことです。定性的な調査は、どうしても本心が見えないところがありますから。
例えば、従来のCM評価では、まず30本くらいのCMを見てもらい、あとから印象に残ったものをアンケートで聞いていました。でも、そんなのなかなか覚えていられないじゃないですか。
でも、感性アナライザを使えば、リアルタイムに脳波を見ながら興味関心を計ることができます。これまで定性的にしかできなかった調査を、定量的に行うことができるのです。
なにせ脳波はうそをつけません。被験者が口では「面白いですね」と言いながらも、脳波のデータを見ると「全く興味を示していない」という結果が出ることはよくあります。
現在、感性アナライザは法人利用のみですが、近い未来に個人への展開も考えているので、個人が自分の感情、つまり「本音」を把握できる未来も近いです。
すると、何が起こるか。例えば、「嫌だ」と思った瞬間が分かります。自分の視線を追うアイカメラと感性アナライザを一緒に装着することで、自分が日々どんなものにストレスを感じているかが分かる。
ストレスが一定の数値を超えると自動的に録画する機能も搭載しているので、「これが自分にとってストレス」というものをデータから確認することが可能です。
現段階では脳波計を頭に装着する必要がありますが、もっと簡単なセンサーを使ったアナライザを開発しています。
これが一般に広まれば、自分のストレス状態も可視化されて分かるようになり、うつ病などメンタルヘルス系の病気のリスクは激減するでしょう。
エンジニアの皆さんの中にも、「まだ頑張れる」「もっと頑張るべき」という考えで、自分の本音にふたをしてしまう人がいるのでは?
人はつい自分の本当の感情を無視してしまうので、「こんなにストレスがあって大丈夫か?」と気付けるようにしたいと思っています。
「今の自分はこんなに疲れているんだから、もう休まなきゃ駄目なんだ」とか、「今日はめちゃくちゃハッピーだから、ガソリン満タンだな」とか、一目で分かるのは単純に面白いですよ。
人と違うからイノベーティブな研究・開発ができる
ちなみに、私自身は自分の感情をよく理解しています。「自分が何をしたいか」という主張が常にあるから、あいまいな気持ちがあまりありません。
工学部の学生だった頃も学科に女性は私一人でしたけど、全く気になりませんでした。「工学の勉強がしたいから私はここにいる」という気持ちが明確だったからです。
でも、多くの人はどうやらそうではないらしい。むしろ、心で思っていることと頭で考えていることがばらばらな人の方が多いように思います。
だから私には、人の感情が分からなかったんです。本音で思っていることを言わない、やりたいことをやらない、その意味が全く分からない。
日本人には特有の歩調の合わせ方のようなものがあると思うのですが、私はそういった気質とは少し異なる、特殊なタイプ。
ただ、無理にそういう自分を変えようとしなくてよかったな、と思います。なぜなら、研究者もエンジニアも、新しいものを生み出すのが仕事。
みんなが一緒だったら多様なアイデアは生まれないし、イノベーティブなものづくりもできない。私が感性アナライザを開発できたのは、「人と違う」ことをやめなかったからです。
だから、もしも職場で自分と違う属性や価値観の人に囲まれて肩身の狭い思いをしているエンジニアの方がいるなら、「それはそれでいい」と伝えたいですね。
不機嫌な人をご機嫌に変える技術も実現間近
こういうときに、「みんなみたいにならなきゃ」とか思わなくていいですよ。そうするほど仕事がつまらなくなるし、自分の人生に言い訳するようになりますから。
人の道から外れることさえしなければ、自分を曲げず、やりたいことをやっていいんです。だって、自分の人生ですよ? 他人はおろか、見えない“常識”なんていうものにコントロールされたくないじゃないですか。
それに、エンジニアの皆さんがありのままの自分を貫く方が、面白い技術やプロダクトなど、イノベーティブなものが日本にどんどんあふれていくと思います。
これって、エンジニア個人にとっても社会にとってもすごく大きな意義があることだと思いませんか?
そのためにも、まずは自分の本当の気持ちを理解するようにしてください。
頭で「どうすべき」と考えるのではなく、心が「どうしたい」と言っているかに耳を傾けるんです。きっと近い未来に、『感性アナライザ』がその助けになると思います。
感情の可視化に成功した今、私の次の目標は「人の感情を変える」こと。感情は電気信号によって生じるので、その電気信号を、同じく電気信号によって変えてしまうことができるかもしれません。
例えば、怒ったりうれしかったりするときの脳波が分かれば、現状の脳波を、その脳波に変えればいいだけですよね。そうすれば、理論的には不機嫌な人をご機嫌な人に変えることもできる。それは研究を進める中で、確信に変わりました。
脳波や感情の分野は、奥深いんです。今はまだ全体の40%くらいのことしか解明されていないと言われています。まだまだブルーオーシャンの領域ですから、研究しがいのある分野です。
そうやってやりたいことがたくさんあるから、私はずっとご機嫌でいられるなと思います。
取材・文/天野夏海 企画・編集/栗原千明(編集部)
書籍紹介
『フキハラの正体 なぜ、あの人の不機嫌に振り回されるのか?』(満倉靖恵著/ディスカヴァー・トゥエンティワン)
職場で・家庭で・学校で……あなたは大丈夫? 「フキハラ(=不機嫌ハラスメント)」の被害を受けたり、自分が周囲に与えたりしないために。最新の脳波研究で分かったフキハラのメカニズムと対策を紹介する一冊
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