Pepper開発者カニササレアヤコが語る芸人とエンジニアの共通点「人を楽しませたい。だから私は両方やる」
雅楽芸人として活躍し、各種メディアで引っ張りだこのカニササレアヤコさん。
この風貌からは想像しづらいかもしれないが、コミュニケーションロボット『Pepper』の開発にも携わるエンジニアだ。
彼女は今、週に5日東京藝術大学で雅楽を本格的に学ぶかたわら、芸人、ロボットエンジニアとして働き、目がまわるような忙しい日々を送っている。
学業、芸能活動、エンジニアの仕事……いずれかに道をしぼる選択肢もあったはずだが、なぜ現在のような働き方にたどりついたのだろうか。
カニササレアヤコが、エンジニアの仕事を続けてきた理由を聞いた。
エンジニアを始めたきっかけは「芸人一本だと将来が不安だったから」
ーー学生時代からお笑い養成所に通っていたのですよね。なぜ、大学卒業後はエンジニアになったのでしょうか?
芸人一本は不安定だし、将来、妊娠出産によるキャリアの中断もあるかもしれない。そう考えると、手に職を付けておきたかったんです。
なので、大学時代にインターンをしていたWeb開発会社にそのまま就職。入社後はRuby on Railsで、SaaS型ECプラットフォームの開発に携わりました。
ーー生活のためにエンジニアになったとはいえ、もともとプログラミングは好きだったんですか?
いえ、勉強を始めたのは就職が決まってからですね。ただ、大学時代は小説を書くゼミに所属していたこともあって、もともと日本語や英語など言語には関心が高かったので、プログラミング言語も「あ、面白い」と思いました。
自分の思いや命令を、機械を通して実行できるのはプログラミングの魅力ですね。
ただ、就職後は働く環境と言いますか、「エンジニアってこんなに話さないの!?」とギャップを感じた部分もありました。後になって、そんな職場ばかりじゃないと気付きましたが、一社目はそうじゃなくて。
同僚とのやりとりはチャットが基本で、ヘタすると一日中誰とも話さない状況。だんだん口がうまく回らなくなってきて、芸人としてこの環境はマズイなと。
週5日、毎日8時間座りっぱなしというのも性に合わなくて、もっと舞台に立ちたい気持ちが強くなったんです。
それで、お笑いもちゃんとやっていこうと思い、残業が少なくて副業OKの会社を探して転職することにしました。
「考えて→作って→楽しませる」全部自分でできる開発の仕事は面白い
ーー二社目でもエンジニアとして働いていたんですよね?
そうです。エンジニアの仕事は嫌いじゃなかったし、場所を選ばずフレキシブルに働けて、将来フリーランスになっても稼ぎやすいのが魅力だなと感じていました。
ただ、一社目の環境にいて気付いたのは、自分は人とコミュニケーションがしたいし、人を楽しませるのがすごく好きということ。
それは、お笑いや音楽でもかなえられるけれど、できればエンジニアとしても実現したい。そう思っていたところ、コミュニケーションロボット『Pepper』のアプリケーションを開発するロボットエンジニアの求人を見つけて、「これだ! 」と思いました。
『Pepper』は、ショップや病院など活躍する場所やシーンによってさまざまなアプリが搭載されていて、設定するセリフや動きも多彩なんです。私は当時そのアプリ開発に携わっていて、数十個は作ったと思います。
ーー実際にやってみてどうでしたか。
一社目では、ある製品の一部分だけを作っていたのですが、『Pepper』の開発では3人くらいの少人数で企画から設計まで、まるっと関われるようになって面白さが倍増しました。
例えば、シナリオ作りと呼ばれる企画工程では、ロボットがどうしゃべってどう動くかを決めるのですが、自分で考えたセリフや動きの通りにロボットが動くのを見るのは本当に楽しくて。
『Pepper』に話し掛けてくれた人のことを想像しながら、肘をこうやって動かす設定にしたらコミカルな雰囲気で和むかもとか、会話の間を置きすぎないようにしようとか。
そう思うと、ロボットと人間のコミュニケーションを考える仕事って、使っている脳みその領域が芸人とかなり近い気がしています。
エンジニアの仕事は、芸人の肥やしにも
ーー18年には「R-1グランプリ」で決勝出場を成し遂げましたよね。芸人の活動が軌道に乗り始めてからも『Pepper』の開発は続けていたんですか?
はい。お笑いの仕事が忙しくなったので、会社は週4日勤務にさせてもらって両立していました。
ただ、その後に会社が『Pepper』開発から撤退することになってしまって……。「ロボット開発に携われないなら」と退職することにしました。
ーーでは、その後もロボット開発ができる会社に転職を?
そうです。二社目で一緒に働いていた先輩たちが独立してロボット開発の会社を立ち上げていたので、その会社に入社させてもらうことにしました。
そこで再びコミュニケーションロボットの開発に携わることになり、今その会社で『Pepper』のほかに、『Kebbi Air』や『Sota』などのロボットの開発をしています。
ーー22年4月からは、雅楽をより深く学ぶために東京藝大に通われているそうですね。
はい。平日は毎日授業があるので、今はエンジニアとして週2日午前中だけ働いている状況です。
ーー学業に芸能活動にエンジニアの仕事に……毎日多忙だと思いますが、ロボット開発を今も続ける理由は?
やっぱり、楽しいからですね。
例えば、ロボットが話すセリフを考えたり、どれくらいのスピードで話させるか検討したりするのが好き。「話すの遅すぎない?」とか、「ちょっとペラペラしゃべりすぎじゃない?」とか考えながら、いろいろ試してみるんです。
会社の人たちもみんなロボットが大好きで、上司はロボットと一緒にサッカー観戦へ出掛けるほどのツワモノ(笑)。企画会議では突拍子もないアイデアも出し合えて、それも楽しいですね。
結局、ロボットづくりも芸人の仕事も、私の中では「人を楽しませる」手段で、何のためにやるかは共通しているんですよね。
あと、エンジニアとして会社で働いていることは心の安定にもつながっています。
お笑いや雅楽だけだと、どこか根無し草のようで不安ですが、エンジニアとして生活基盤をしっかり整えることで、その他のやりたいことにも全力で取り組める。今は生活費に加えて学費も必要なので、安定した収入があることによる安心感は大きいです。
「お笑い×音楽×プログラミング」で新しいものを生み出したい
ーー今後カニササレさんが作ってみたいものは?
今は、「音楽×エンジニアリング」で、AIに雅楽を作曲させてみたいなと思っているんですよ。
雅楽の譜を、洋楽の五線譜に変換して、AIに学習させれば技術的にはできるのですが、かなり手間がかかりそう。やり方自体は分かっているので、もう少し時間ができたら着手したいです。
こうやって、作りたいと思ったものを自分で作れてしまうところもエンジニアの良さですよね。
自分の好きなことや興味のあるものを掛け合わせて新しいものを作れる技術を持っていると、創作意欲も湧いてきますし、自分自身の発想も広がる。芸人の仕事にも生きているなと思います。
ーー今後もエンジニアはずっと続けていく予定ですか?
そのつもりです。思い返すと、エンジニアになった当初は、「きれいなプログラミングを書くのがエンジニアの仕事」くらいに思っていたのですが、今は全然違います。
実際、エンジニアの仕事はめちゃくちゃ幅広いものですよね。企画力やマネジメント力を発揮するシーンもあれば、人脈や調整力を生かして他部署との折衝に尽力するシーンもある。
いずれにしても、人に喜んでもらえるものをつくるために、コミュニケーションをとるのが大事な仕事なのかなと。それが分かってからは、ますますエンジニアの仕事が好きになりました。
私が働く原動力は、この先もずっと「人を楽しませる」こと。だから今後も、できる限りエンジニアを続けながら、自分らしいスタイルで「人を楽しませる」を実現していきたいと思います。
文/古屋 江美子 撮影/赤松洋太 編集/玉城智子(編集部)
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