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「開発しているのは人間の可能性」パナソニックロボティクス推進室・安藤健が挑むロボと人間の“新しい関係性”

働き方

技術で社会課題解決に挑む姿をクローズアップ!

ロボティクス開発者の野望

少子高齢化による労働力不足、コロナ禍に深刻化する人々の孤独や、非接触需要の高まり。今、あらゆる社会課題の解決に活用される「ロボット」を開発する人たちの姿にフォーカス。どんな想いや技術で課題解決に向かうのか、未来を見据える彼らの「野望」を聞いてみた。

人間の代わりにロボットが街中を自動走行しながらモノを届ける。そんな光景が日常になる日が近い。

2023年4月、改正道交法の施行に伴い、公道における宅配ロボットの運行が可能になる。

実用化に向けてさまざまな企業が宅配ロボットの開発に取り組む中、昨年末に「日本初、公道でのロボット単独による販売実証実験を実施」のニュースが流れた。

安藤

22年12月〜23年2月初旬まで、東京・丸の内の指定ルートを巡回しながら、無人でカプセルトイや飲料などの販売を行った完全遠隔監視、操作型自動搬送ロボット『ハコボ』(パナソニックホールディングス)

『ハコボ』と名付けられたこの搬送ロボットを開発したのは、パナソニック ホールディングスだ。

同社のロボティクス推進室の室長を務める安藤 健さんは「人通りが多い丸の内という立地で『ハコボ』を安全かつ効率的に自動走行できたことは、『ロボットが社会インフラとして当たり前のように社会に溶け込むこと』を目指している私たちにとって大きな一歩となりました」と語る。

しかし、搬送ロボットをはじめ、人々の暮らしを支えるロボットがその実力を発揮するには「まだまだ課題は多い」と言う。

ロボットを日本社会のインフラにすべく奮闘するロボティクス推進室の取り組みについて、安藤さんが見据える「ロボットと人間が共生する未来」のイメージとあわせて聞いた。

安藤

パナソニックホールディングス株式会社 マニュファクチャリングイノベーション本部
ロボティクス推進室 室長
安藤 健さん(@takecando

早稲田大学理工学部、大阪大学医学部のロボット研究者を経て、パナソニックへ入社。ロボティクスの要素技術の研究開発から事業開発まで幅広く取り組むとともに、Good Design賞も受賞したRobotics Hubの運営委員長も務める。ヒトと機械の関係やウェルビーイングに関心を持ち、機械学会ロボメカ部門技術委員長、ロボット学会評議員なども歴任し、学会活動も積極的に行っている

ロボットは「便利」を超え、人間の能力を「拡張」させる存在に

——自動搬送ロボット『ハコボ』の実証実験が話題になりましたが、どのような背景から生まれたロボットなのでしょうか?

開発のきっかけは、20年に起きた新型コロナ感染症の拡大でした。当時はステイホームが推奨され、ネットで買い物をする人が急増しましたよね。

それ以前から物流業界の人手不足は社会課題でしたが、コロナを機により一層深刻な問題として注目されるようになっていました。

そこで持ち上がったのが、搬送ロボットのアイデアです。

人手が足りずパンク状態の物流現場。その負担を減らしながら、非接触での買い物も実現するようなことをロボットで実現できないかと考えたことが始まりでした。

未知のウイルスに技術で立ち向かうべく、ロボットだけでなく、AI、クラウド、通信など当社の複数の部門の技術者たちが集まって、プロジェクトを結成。それぞれが培ってきた知見とエネルギーを結集し、急ピッチで『ハコボ』を開発して、宅配ロボの開発では異例とも言える約半年で公道デビューを果たせました。身内ながら、うちのメンバーたち、スゴイな!と思いました。

安藤

(※)パナソニックが開発した安全に止まるために必要な制御システムは、パーソナルケアロボット(生活支援ロボット)に必要な国際安全規格に業界で初めて適合(参照

――実証実験をする上で特に課題になったのは、どんな点でしたか?

「12月の丸の内」での実施を決めたため、時期性と地域性からくる難しさはありました。

クリスマスシーズンの丸の内エリアには、いつも以上に多くの人出が予想されます。

『ハコボ』が路上で人にぶつからないのは大前提ですが、セーフティーゾーンを広く取りすぎると逆に走行できなくなってしまう。利便性と安全性を両立させるために、自動運転機能においては高い技術レベルが求められました。

加えて、丸の内は高層ビルに囲まれていてGPSが届きにくいので、『ハコボ』自体が周囲の状況をセンシングして動かなければなりません。

ところがクリスマスシーズンとなると、街を彩る広告や店舗のディスプレイががらりと変わるので、位置情報のデータ収集も一筋縄ではいかず(笑)

こうした状況で安全な自動運転を実現するのは、空港内やレストラン内など不確定要素の少ない空間と比べて難易度が高かったです。

——改正道交法の施行に伴い、街中でロボットが活躍するシーンも増えていきそうですよね。『ハコボ』のように街で働くロボットに求められるものは、今後どのように変わっていくと思いますか?

安藤

これまでロボットが活躍する場所は工場などに限られていて、そこでは同じ形のモノをいかに早く大量に生産し、運べるかといった生産性や効率性の部分に価値が置かれていました。

ただ、街や家の中で活躍するロボットに求められるのは、それだけではありません。例えば、もともと人間が持ってるスキルや感性をもっと引き出すための補助をするとか、人間の能力を拡張するための存在になっていくと思います。

すると、物を運ぶ、アイデアを表現する、コミュニケーションを取る……いろいろなシーンでやりたくてもできなかったことができるようになる。「ロボットがいたことで、新しくこれができるようになった」という体験が増えて、暮らしや仕事におけるウェルビーイングにもつながっていくはずです。

エンジニアの「想像力」でロボットと人間の新しい関係をつくる

——人間の能力を拡張する存在としてのロボットをもっと暮らしの中に浸透させていくためには、どのような課題がありますか?

まずは、より多くの人がロボットがいる暮らしに価値を感じられる状態をつくっていくことが大事かなと思いますね。

その状態を実現するには、ロボットの力で何でも自動化すればいいというものではありません。暮らしの中で、ロボットがどんな存在であるべきかを想像することが必要です。

例えば、「コンビニのお弁当に食材を詰める」という作業一つとっても、すべてをロボットにさせようとすると大変です。でも、お弁当箱の規格を統一したり、おかずの種類・形を決めたりすれば、ロボットに全て任せられるかもしれません。

そうやって作られたお弁当はどうしても画一的なものになってしまう。お弁当を食べる人にとって、作り手の工夫を感じられる盛り付けが楽しみの一つだとしたら、お弁当に感じる喜びや楽しみをロボットが奪ってしまうことになるかもしれません。

なので、われわれエンジニアにとって大切なのは、ロボットを直接的に利用する人はもちろんのこと、ロボットによって実現されるサービスを間接的に享受する人も含めた人間の感情にまで意識をめぐらせ、人間とロボットの関係性をデザインしていくことだと思います。

ロボットがいると私たちの暮らしがどうなるのか、それは幸せな世界なのか。そんな部分にまで想像力、そして妄想力を働かせて開発していく必要がある点は難しいところになってくると思います。

——安藤さん率いるロボティクス推進室のエンジニアの皆さんは、想像力を養うために普段どんな工夫をしていますか?

エンジニア自らロボットを使う側と丁寧にコミュニケーションをとり、ユーザーの反応や声を聞くようにしています。

例えば、ロボティクス推進室で開発している『cocoropa(ココロパ)』というロボットがあります。

孫が朝起きてきたときに『cocoropa』の頭を押すと、離れて住む祖父母の自宅の『cocoropa』が手を上げる。

祖父母は「おはよう」の気持ちを込めて『cocoropa』の頭を押すと、孫の『cocoropa』が手を上げるといったように、離れた場所にいる人と人が「共にいる」ような感覚で感情やコミュニケーションを交わせるロボットです。

機能としては手を上げるだけのシンプルなロボットですから、こうした製品を「買おう」と思って行動を起こすまでにはどんな仕掛けが必要なのか。

どこを改良すれば使う側の違和感をなくせるのかは、実際に使ってみた人に聞いてみないと分からない部分があります。

なので、『cocoropa』のようなプロトタイプ版であっても公式ホームページに積極的に公開し、ユーザーの反響や声を集め、開発に生かしています。

安藤

「まだプロトタイプ段階の製品を公式HPで公開することはパナソニックのような企業にとってはめずらしい。開発メンバーの顔とコメントも載せているので、開発者の工夫や挑戦を知ってもらえるとうれしいですね」と安藤さん

また、人間とロボットの関係性を考えていくと、例えば、離れていても「ともに居る(共在する)」感覚が生まれるのはどんな心理にもとづくのか。

人間は他者との関係性をどう築いてきた生き物なのか。他者と共在することは人間にとって幸せなのか。ひいては、人間にとっての幸福とは何なのか。

ロボット開発に取り組むエンジニアはそうした概念にも向き合う必要があるので、人類学や人文学の研究者の方々とディスカッションしながら、開発に取り組んでいます。

ロボット開発を通じて、人間の可能性を探求する

――安藤さんご自身は、どんな点にロボット開発の魅力を感じていますか?

安藤

ロボット開発の最大の魅力は、テクノロジーを通じて、人間の身体や環境に物理的にアプローチし、人の役に立てることです。

私自身はもともと、ロボットや機械そのものが好きでこの道を選んだわけではないんですよ。

――安藤さんがロボット開発の道に進んだきっかけは?

大学院で修士過程に進学するにあたってどんなテーマを研究しようかと教授に相談したときに、教授が「ぽっくり死ねる技術があったらいいね」ってふとおっしゃったんですよ(笑)

要は、死ぬときに幸せだと思って死ねたらいいけど、死ぬときにしんどかったらしんどい人生で終わってしまうから、それが避けられたらいいよねと。

それを聞いて、「じゃあ、自分には何ができるんだろう」なんて考えていた時に、静岡がんセンターとの共同研究の話が舞い込んできました。

それは、自力で寝返りが打てなくなった末期がん患者向けに、体に負荷が掛からないように寝返りを打てる機械がつくれないかという相談でした。

「ぜひ私にやらせてほしい」と手を上げ、寝返りロボットの研究開発に携わったのがロボット開発に踏み出した最初の案件でしたね。

――その後も大学でロボット研究者として活躍されていたと思うのですが、なぜ途中で企業へ就職する道を選択されたのでしょうか?

大学では、脳梗塞によって身体に麻痺が残った人のリハビリをサポートする技術の研究開発にも取り組んでいました。

そんなときに、父親が脳梗塞で倒れてしまい……。結果的に父親は一命を取りとめ、現在は元気に暮らしているんですが、いざ自分が研究対象にしてきた疾患に家族がかかってしまっても、私の研究は何の役にも立たないんだと痛感したんです。

その経験を機に「研究に留まらず、テクノロジーを生かしたモノを作り、商品化させ、多くの人の役に立てたい」と思うようになり、パナソニックへ入社することにしました。

なので、私はずっとロボットの先にいる人間に影響を与える技術を開発することに興味を持っているんだと思います。

そもそも、何もニーズがないのにロボットが欲しい! なんて人はいないとも思っていて(笑)

安藤

最期まで自分でご飯を食べたいとか、家事を手早く済ませたいとか、寂しい気持ちを埋めて欲しいとかとにかくたくさんのニーズや欲求が人間の根底にあって、それがロボットというテクノロジーによって実現されるなら欲しいわけですよね。

決してテクノロジーが欲しいわけではなく、その奥には困っていることや期待していることがあるんだと思うんです。

だからこそ、何をどんな目的でどう動かすのか、それが人の能力や感情、あるいは可能性にどんな好影響を与えられるのか模索し、ロボットで実現できることが一番の面白さです。

私にとっては、ロボット開発は人間の可能性を探求しているようなもの。ロボット開発では、その可能性を広げるものづくりができたら本望ですね。

取材・文/夏野かおる 撮影/赤松洋太 編集/玉城智子(編集部)

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