地球規模で人類が挑む再生可能エネルギー社会の実現には、ソフトウエアエンジニアの活躍が不可欠です。元Googleエンジニアで、ITを使った再エネの効率利用を探求する「樽石デジタル技術研究所」の代表・樽石将人さんが、実践を通じて得た知見や最新の情報をシェアすることで、意義深くも楽しい「再エネ×IT生活」を”指南”します
EVを束ねて巨大な蓄電池に。バッテリーのクラウド化にITエンジニアの知見はどう生きるか【連載:ゼロから始める再エネ×IT生活】
毎回コラムというかたちでお届けしてきた本連載ですが、今回から趣向を変え、ゲストを呼んでの対談形式に。「再エネ×IT」の領域に取り組むプレーヤーに、今この領域にチャレンジすることの面白さ、ITエンジニアにどのような活躍の余地があるのかを聞いていきます。
今回のゲストは株式会社Yanekaraの共同創業者で代表取締役COOの吉岡大地さん。Yanekaraは「地球に住み続ける」をミッションに、「屋根から」エネルギー自給社会の構築を目指す東大発のZ世代スタートアップです。前編では彼らの描く理想の社会、そこにITエンジニアの知見がどう生きるのかを聞きました。
ミッションは「地球に住み続ける」
樽石:吉岡さんと会うのはこれが3回目ですが、しっかりとお話を聞けるのはこれが初めて。なのですごく楽しみにしていました。まずは読者向けにYanekaraの事業について軽く説明してもらえますか?
吉岡:Yanekaraは電気自動車(以下、EV)を蓄電池に変える充放電システムを開発しているエネルギーテックスタートアップです。
一般にスタートアップにはソフトウエアに強みを持って事業をしているところが多いですが、僕らが取り組むのはエネルギーの領域。なのでどうしてもハードウエアが関わってきます。ハードウエアからIoT、そしてクラウドまでを一気通貫で開発しているのが僕らの特徴であり強みになります。
Yanekaraは僕が大学3年の時に1年間休学し、東大の電気系エンジニアだった松藤(圭亮さん。同社代表取締役CEO兼CTO)と一緒に立ち上げました。2019年に創業し、今期で4期目。ちょうど最初のプロダクト「YaneCube」をローンチしたところです。
吉岡:「YaneCube」は業務用EVの充電タイミングを制御するプロダクトで、主に物流会社が顧客になります。今、物流会社にどんどんEVが入ってきているので、それをスマートに制御することで電気代を下げる。なおかつ社会全体でも電力の需給バランスを乱さないタイミングで充電することができます。
樽石:吉岡さんは学生時代をドイツで過ごしているんですよね。
吉岡:はい。高校を卒業してすぐにドイツのフライブルク大学に進学し、向こうで4年間学びました。大学では主にエネルギー政策や電気市場に関する分析をしつつ、いろいろな国へ出ていってフィールドワークや取材をしたりもしました。
樽石:例えばどんな取材を?
吉岡:ヨーロッパでは当時「コミュニティパワー」と呼ばれる草の根活動が広がっていました。村人が少しずつお金を出し合って村のはずれに風車や太陽光の発電機などを設置し、村のエネルギーを自給自足していくというものです。
コミュニティパワーは村で作った電気がそこで暮らす村人の利益や環境にちゃんと還元されるという意味で理想的な再エネの普及のかたちに思えました。けれども一方ではスケールしない、なかなか普及のスピードが出ないという課題もありました。
吉岡:この課題を解決できる事業や技術として社会実装できたなら、電源を持っている人や近くに住んでいる人にちゃんとメリットが落ちる電力システムに変えていけるかもしれない。そのように考えたことがYanekaraの立ち上げへとつながっています。
樽石:Yanekaraで一番興味を引くのが「地球に住み続ける」というワードです。一眼見た時から「ワーディングがすごい。どうやって生まれたのか聞きたい」と思っていました。
吉岡:ありがとうございます。創業の経緯についてもう少しお話しすると、2019年の元旦に僕が一念発起して松藤に電話をするところまでさかのぼります。
「気候変動の問題がいよいよやばい。僕らは若いが、若いなりにできることはないだろうか。二人で一緒にできることをやらないか」という話をしました。
二人とも「起業したくて常にビジネスアイデアを探している」といったタイプではなく、純粋に気候変動の課題を解決したいというところからのスタート。最初の1、2カ月は自分たちが理想とする社会はなんなのかについてひたすら議論し、ミッションを作りました。
その中では「再生可能エネルギーの自給率を上げていく」といったことももちろん考えましたが、最終的には電力だけでなく暮らし自体が持続可能なものに変わっていかないといけない。それを究極的に突き詰めていくと「地球に住み続ける」ということになるだろうと。
吉岡:今、人類として火星に出ていこうという動きがありますし、それに対する投資もたくさん行われています。でもそれよりも前にやっておくべきこと、やれることがたくさんあるのではないか。このように考えて現在のミッションになりました。
樽石:すごくいいなと思いました。僕も共感します。
吉岡:樽石さんは経験豊富なので初期のスタートアップがどんな感じなのか想像がつくと思うんですが、本当に「ないない尽くし」です。お金も場所もない、技術もなかなかない。やる気とミッションだけがあるという感じでスタートしました。
ですから、今いる20人ほどの仲間は皆、何もない中、ただミッションに共感して集まってくれたことになる。そこはこのミッションを据えてやってよかったなと思うところです。
域内回生=みんな大好き「秘密基地」の延長?
樽石:会社を立ち上げる時はビジョン・ミッションといったそもそもの大目的みたいな話と、それを実現する手段、「まず、これをやります」みたいな具体性のあるものを作ってスタートすると思うんですが。Yanekaraでは両者がどうつながっていますか?
吉岡:まず、先ほどのミッションと合わせて「域内回生」というビジョンを作りました。「域内」というのは「地域の中で」ということ。「回生」は「めぐりの中で生きていく」ということです。
吉岡:電力に関する話で言えば、放っておいたら捨ててしまう熱エネルギーを電気エネルギーに転換し、電気として使う。そういったものを地域内で実現していくことをビジョンとして掲げています。
そして、そこにつながる事業として屋根置き太陽光パネルの普及に取り組むことにしました。屋根置き太陽光パネルを普及させるためには蓄電池が必要で、なおかつそれは定置型の蓄電池をやるのではなく、EVにしたらいいよね、と。
EVを蓄電池化する上で解くべき一番の課題はハードウエア的なところにありました。それで充放電器のことをやっているわけです。
これを解決すれば大容量の蓄電池が手に入り、それによって太陽光の経済性が良くなるから、屋根置きの太陽光パネルが世の中に増え、ローカルで再エネを普及できる環境が整う。またローカルで価値を発揮するだけでなく社会全体の電力需給をバランシングするリソースとして使えるようになります。
なおかつ先ほども触れたように僕らは充放電器だけでなくクラウドの制御のシステムも自分たちで作っています。で、クラウドをやり始めたら充放電器だけでなく普通に充電器も制御できるよねということで、普通充電器コンセントを制御できるサービスを出していたりもします。
樽石:「域内回生」というのは平たく言えば「自給自足」。自給自足って好きな人が多いと思うんです。
みんな子供のころに自分だけの秘密基地を作って遊んだことがあると思うんですけど、それをそのままスケールアップしたのが再エネを活用した域内回生のエコシステムなんだろうという気がしていて。
吉岡:ああ、秘密基地。面白いですね。
樽石:個人的にはそこはエンジニアと相性がいいとも思っているんです。秘密基地の延長でいろいろと自前で作ってしまうのが僕らエンジニアなので。
だから「地球に住み続ける」みたいな危機意識ももちろんあるのだけれど、よくよく考えると、それを作ることそのものが子供の時からみんなが楽しんできたものの延長のようでもある。
そこをうまくつなげられるともっと面白いことが起きてくるのだろうな、と。それでいろいろと関わっているんです。こうしていろいろな人に話を聞いたり、逆に話をしたりしているのもそういう理由。「秘密基地みたいなことをもう一回やろうよ」と。
そういう意味で聞きたいのですが、Yanekaraの人たちは普段どんな目をして開発に取り組んでいますか? キラキラと少年の目をした人たちなのか、それとももっと意識高い感じの、スーツを着たビジネスマンだったりするんでしょうか。
吉岡:いやー、もういい意味でギークという感じですね。まず電気にすごく興味がある人が多いですし。ソフトウエアエンジニアの方の一番の関心事は必ずしも電気ではないかもしれませんが、何かしら一つの領域に興味を持って深掘りしていて、すごく知識が深いです。
吉岡:Yanekaraはハードウエアを扱っていることもあり、一般的なソフトウエア開発と比べると開発サイクルが長いです。一つの回路を設計して、試作ができて、それを評価して……とやっているとあっという間に1カ月たってしまう。1カ月かかって改善点が見つかり、そこからまた次のサイクルを回すという感じです。
実証実験も、モノの評価をするので設置してすぐにフィードバックが来るかと言えばそうではない。数カ月置いてようやく課題が見えてきたりします。時間の流れるスピードが遅い分、純粋なソフトウエア系と比べると働き方やカルチャーは違うかもしれない。
でも「一つの領域にめちゃくちゃギークな人たち」というのは変わらないかなと思います。僕らは「色とりどりに尖る」と言っているのですが、何かしらの分野で尖った人たちが集まって、互いに補い合って一つのチームになっている。そんな感じです。
ソフトとハードの融合で爆発的に伸びる
樽石:最近はYanekaraさんに限らずソフトとハードを同じ会社で作り切る動きがある気がしていて。
これまではどちらかと言うとソフトウエア、情報の産業としてハードもやるみたいな話だったじゃないですか。それが最近はリアルとソフトは一体で、混ぜて作っていくという機運が高まっているように見えるんですよね。
樽石:「ソフトと比べて開発に時間がかかる」という話がありましたが、ハードも昔よりは作りやすくなっていますし。だいぶ早くなっていますよね?
吉岡:それはおっしゃる通りだと思います。
樽石:振り返ればソフトウエアの世界も最初は何もないところから始まりました。「1+1」という文字列を解析して、実際に計算するロジックをイチからマシン語で書かなきゃいけないみたいな世界観だった。
そんなところから徐々に作りやすい環境を作っていって、今ではすごくスピードが出るようになりました。そのティッピングポイントは高級言語ができて、ソースコードが共有されるようになって……というあたりだと思うんですけど。
おそらくハードウエアの世界でも、FPGA(プログラムにより内部の回路構成を変更できるデバイス)みたいなものが生まれ、そこに最近は3Dプリンターも出てきて、すぐに実験できるとか、実際に動かすところまで手元でできるようになっている。MATLABを使ったシミュレーションも簡単で相当に作りやすくなりましたよね。
状況としてはソフトウエア業界で起きたインターネットの爆発期と結構似ている。そういう意味では今後が楽しみになってきています。
樽石:でも、作りやすくはなったけれども今までのハードウエアと同じように作っていたら、社会価値としては変わってきません。重要なのはそれと情報、ソフトウエアの開発を組み合わせた仕掛けをうまく作ること。そうするとガーンと伸びる。だからそういう人も会社も増えてきているのだろうな、と。
吉岡:本当にその通りで。今エネルギー業界で使われているハードウエアはメーカーさんが作ったものなんです。それをソフトウエアの会社が制御しにいっている。ここには共通プロトコルがあり、A社のものにもB社のものにも使えるという感じになっています。
でも、やはりハードウエアを作っている会社とソフトウエアを作っている会社が違っていたり、共通プロトコルもそこまでイケているものではなかったりして、扱いづらいという話をよく聞きます。
そこはハードからクラウドまでを一気に作ることで、共通プロトコルなどにはせずに独自の即応性の高いシステムを作ることができる。そのように考えて僕らは一気通貫でやっているわけです。
吉岡:昔のハードウエア会社が作ったモノの性能に縛られて実現できていないことが実はたくさんあります。ちょっとハードウエア的な工夫をしてあげることで解決できたり新しい市場が広がったりという可能性をすごく感じます。
またそこはソフトウエアの力によって可能性が広がるイメージもあります。ソフトウエアのエンジニアがどんどんこっちの世界に入ってきて、リアルなモノをある程度扱いながら、本当の価値はクラウド側で出していく、というような。
テスラがいい例ですよね。ガッツリとハードウエアとしての車を作ってはいるけれど、彼らが一番面白いのはソフトウエアの部分で価値を作っているところじゃないですか。
そういう会社が増えてきているし、日本人が絶対に得意な部分なはずで。そこにもっと人が流れてきてほしいと思いますね。
やりたいのはバッテリーのクラウド化
樽石:ITの世界では「クラウド」という言葉が当たり前のものになりました。各地に散らばっているいろいろな計算資源をかき集めて集合体のようにして扱うと、あたかも一つの巨大なコンピュータのように見えてくる。これがクラウドの基本思想です。
ITもそれを動かす仕組みを突き詰めると実はハードが存在しているわけです。それをうまくつなげるための仕組みを作ってきた人、要するに1990年代とか2000年代初期とかにインターネット技術を作ってきた人たちがいて、今があります。
樽石:正確に言えばこうした動きは70年代ごろから活発になっているわけですが、90年代くらいから爆発的に増えて、今はクラウドというところまで至っている。
おそらくバッテリーも同じだと思うんです。吉岡さんたちが今取り組んでいるのは、要は「EVを束ねましょう」という話でしょう? そこらじゅうにバッテリーがあって、それを束ねて一つのクラウドに見せる。言ってみれば「バッテリークラウド」です。
と思うと、結局基本的なコンセプトは同じ。ハードとソフトの両方が絡むという部分も同じですし。そういう意味では経験が大いに生きると思うんです。
吉岡:完璧なアナロジーとして見ることができると思います。
僕らの業界ではそれを「バーチャル・パワー・プラント(VPP)」と呼ぶのですが。分散しているバッテリーリソース、それはEVでもいいし定置型の蓄電池でもいいのですが、それを群制御クラウドで一括で制御する。
吉岡:再生可能エネルギー、例えば太陽光や風力が入ってくると、常に安定して発電できるわけではありません。風が止まっていきなり発電が止まってしまった時などのためにバックアップの電源が必要になります。
じゃあそのバックアップの電源をどう作るのか。一つは、巨大な産業蓄電池をばら撒くとか、火力発電所を増設してなんとかするとかいった考え方があります。
ですが、僕らとしてはやはりミニマムな社会コストでそれを実現したい。そこで注目したのがモビリティ用途として入ってくるEVなんです。
樽石:ええ。
吉岡:EV、車は24時間あれば22時間くらいはどこかしらの駐車場に停まっています。その遊休資産になっている数万台、数十万台に対してクラウドから一斉に指令を送れば、仮想的にはものすごく大きなバッテリーになります。
これはさっきおっしゃっていたクラウドのインフラと同じ。バッテリーを制御するクラウドソフトウエアがあり、その指令をちゃんとハードウエアに伝えるためのIoTゲートウエイと、アクチュエーターになる充放電器があって。ただ、本当に最後のところはリアルな物理現象が起こって電力の需給バランスが整う。
よりリアルに近いけれども、価値を発揮するのはクラウドの部分の技術。そこが非常に面白いところだと思います。
株式市場のシステム開発経験も生きるはず
樽石:技術的にも今だからできるというところがありますよね。EVも普及してきたのはここ数年ですし。その前まではある程度実験だったし、数もそんなにないからインパクトを出せるほどではなかった。
世の中のトレンドを見るとリチウム電池はこの10年でものすごく値段が下がっていて、電気を貯めやすい環境が整ってきています。
アイデア自体は昔からあったと思うんです。でも経済的に成り立たないよねということでこれまではやられてこなかった。それがいよいよ普及期に入って「これならいけるじゃん」となったのが今かなと。
吉岡:そう思います。
樽石:「ストレージパリティ」という用語もあります。発電した電気をそのまま送るよりも一旦貯めて送った方が経済的に優位な状態、ためた方がお得ですよという状態のことをいうんですけど。
今はまだストレージパリティには至っていません。そのまま送った方が安い。でも、このままバッテリー価格が下がり続けるといよいよ逆転するので、そうすると一気に普及するでしょう。
吉岡:おっしゃるような市場の部分もそうですし、基礎的なハードウエアはもうひと通り出そろった状態です。そこに対してちょっと工夫したハードウエアとソフトウエアが足りないのが今のエネルギー業界。海外では10年ちょっと先を行っているイメージだと思いますが。
今後一番必要なのは、ユーザーインターフェースを提供する部分。あるいは実際のハードウエアを動かすためのソフトウエアのところも工夫の余地がまだまだある。
吉岡:また、ストレージパリティが本当に実現すれば電力市場では刻々と価格が変わることになります。それに対していつのタイミングだったらためた電気を一番高く売れるのかという、トレーディングみたいな領域が出てくる。
それはもちろんソフトウエアを使ってやっていくわけですが、例えば株式市場の市場原理にものすごく詳しい人がエネルギー業界に来たとしても面白いでしょうね。
樽石:安い時に買って高い時に売ればもうかるというのはいわゆる株式市場と一緒ですからね。電気もいずれそうなると。
吉岡:そういうシステム開発をしたことがあるエンジニアとか、そういう市場についてものすごく詳しいトレーダーとかが活躍するかもしれません。
今後は電力市場の中で分散したリソースをいかに収益化していくかというところをソフトウエア、おそらくアルゴリズムが担うことになるでしょうし。いや、実際すでに作られている部分もありますからね。
>>>後編は10月2日(月)に公開予定!こうご期待ください。
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