MicrosoftやMetaなど、ビッグテックのレイオフが報じられるたび、現地で働く知人や、取材でお世話になった人たちの顔が脳裏をよぎる。
その一人が、牛尾 剛さんだ。
ベストセラー『世界一流エンジニアの思考法』(文藝春秋)の著者であり、米国Microsoft本社でAIを駆使しながら開発の最前線に立つシニアソフトウェアエンジニアである。
そんな牛尾さんに、はっきり言って余計なお世話すぎる質問をした。
「実際、レイオフって怖くないんですか?」
レイオフはまだ「海外の話」と思えても、AIの進化を前に「自分の仕事はこの先どうなるんだろう」と、不安を抱いたことのないエンジニアは少ないはずだ。
牛尾さんほどのエンジニアは、「仕事を失うかもしれない」という不安とどう向き合っているのか。
8割の問題意識と、2割の野次馬心で聞いてみた。
米マイクロソフト Azure Functionsプロダクトチーム シニアソフトウェアエンジニア 牛尾 剛さん(@sandayuu)
1971年、大阪府生まれ。米マイクロソフトAzure Functionsプロダクトチーム シニアソフトウェアエンジニア。シアトル在住。関西大学卒業後、日本電気株式会社でITエンジニアをはじめ、その後オブジェクト指向やアジャイル開発に傾倒し、株式会社豆蔵を経由し、独立。アジャイル、DevOpsのコンサルタントとして数多くのコンサルティングや講演を手掛けてきた。2015年、米国マイクロソフトに入社。エバンジェリストとしての活躍を経て、19年より米国本社でAzure Functionsの開発に従事する。ソフトウェア開発の最前線での学びを伝えるnoteが人気を博す。書籍『世界一流エンジニアの思考法』(文藝春秋)は10万部を突破し、ITエンジニア本大賞2025特別賞も受賞。2026年6月には新著『部下としてのAI~世界一流エンジニアの進化術~』(文藝春秋)を刊行した
「どう考えても、次は俺やろ」と感じた瞬間
ーー単刀直入に伺います。牛尾さんは、レイオフに対する怖さってないのでしょうか?
怖いですよ。めっちゃ怖かったです。特に強い恐怖を感じたのは、3年ほど前でした。
それまでも会社でレイオフはありましたけど、「事業撤退に伴い部門ごと縮小する」みたいなケースが中心でした。個人の能力や成果というより、会社がその事業に注力するかどうかで決まるので、どれほど優秀なエンジニアであっても所属部署の都合で解雇対象になる可能性があったわけです。
でも、3年前のレイオフは様相が異なっていました。
僕自身が解雇対象になったわけではありませんが、かなり身近な同僚が対象になった。しかもどういう基準で選定されたのかが外部からは見えなかったんです。
だからこそ余計に恐怖を感じました。そもそも僕自身が社内で突出してデキるわけじゃないし、周りはめちゃくちゃ賢い人ばかりじゃないですか。「そんなんもう、次は俺やろ」って思いました。
ーーでは、現在はその恐怖を克服した?
いや、今だって怖いですよ。レイオフされるかどうかは自分でコントロールできるものじゃないからです。
どれだけ今の部署で成果を出していても、会社の財務戦略上の理由で削減が行われる可能性は常に存在しますからね。例えば「もっとGPUを買わなあかんから、人員削減を行う」という経営判断が下されるかもしれない。もちろん、そんな話があると言っているわけじゃないですよ。でも、そういうことって個人の技術力とは無関係な領域の決定なんです。
AIだけは「本気で職を奪われる」と感じた
ーーレイオフとは別に、「技術の進化によって仕事を失う」と危機感を覚えた経験はありますか?
AIの登場ですね。「いよいよエンジニアが要らんようになるかもしれない」と思った時期がありました。これまでのキャリアで、そこまでの危機感を抱いたことは一度もなかったので、ある意味では新鮮な体験でした。
ーー過去にも「新しい技術やツールによってプログラマーが不要になる」と言われた局面はありましたよね。
昔から何度も言われてきましたよね。UMLのツールが出た時もそうだし、ローコード・ノーコードが叫ばれた時もそう。
でも、ああいう時に「俺、やばいかも」と思ったことは一回もなかった。「いや、システム開発の文脈を理解するエンジニアがおらんと、現実的には無理やろ」と冷静に捉えていました。
でも今回のAIだけは、マジで食われちゃうかなと思いましたね。
ーーこれまでとは、明らかに違った?
全然違いました。ただ、実際にAIエージェントを徹底的に業務に組み込み、開発の自動化を試みて、死ぬほど使い倒してみました。いわば「AI前提」の開発プロセスを一通り実践してみたんですよ。
そうすると、AIが得意な領域と、決して踏み込めない限界も見えてきた。
ーー使い倒した結果、むしろAIの“限界”が見えてきた?
そうです。今の僕の感覚でいうと、「コーディングエージェントの熱狂期」はもう終わってるんですよ。新しいモデルが出たからどうこうって、僕らの周りでは過度に騒ぐことはなくなりました。
もちろん、AIは極めて強力で不可逆なテクノロジーですよ。僕自身も手でコードを書く機会はゼロになったといっていいです。
でも魔法じゃない。
使い込むうちに「この領域までは正確にこなせる」という境界線が見えてきた。だから僕らの中では、もう普通の文房具。Excelと一緒で「優れた標準ツール」になっただけ。
Excelに新しい機能が出たからって、みんな大騒ぎしないでしょう? AIもそれに近づいていると思います。
AIは「10倍のアーマー」 差がつくのは「本体」
ーーAIが「普通の文房具」として標準化されたら、「AIを使いこなせること」自体は差別化要因にはならないのでしょうか?
そうですね。「AIエージェントを利用すること」自体のハードルは非常に低い。使って、失敗して、「うまくいかへんな、じゃあこうしてみよう」と試行錯誤を繰り返せば、誰でも一定の成果は出せるようになるので、そこは急速にコモディティ化します。
ただ、だからといって「AIを使わなくてもいい」という話ではありません。AIは絶対使った方がいい。スーパーおすすめです。
僕の感覚では、AIって自分の実力を10倍にする「アーマー」みたいなものなんです。もともと基礎体力のあるエンジニアがAIを使ったら、その人の能力が10倍になる。だから結局、差がつくのは「本体」の方なんですよ。
ーーつまり、AI以前に強かった人が、AI以後も強い?
残念ながらそれが現実だと思います。単にエージェントへ指示を出すだけなら、大きな差は生まれません。
自分で強化学習モデルを構築したり、エージェントの挙動を制御するフレームワーク(ハーネス)自体を開発するような専門領域でない限り、利用側の技術は平準化します。
ーーでは、その「本体」の強さって、どこに表れるんでしょう?
僕は、「会社やチームがその時々で最も求めている価値(ハイバリュー)を見極め、確実にデリバリーする力」だと思っています。
単に多くの仕事をこなすことではなく、「今、事業にとって最も重要な課題は何か」を特定し、適切なクオリティー で完了させること。技術的に極めて高度な課題Aがあったとしても、事業側が緊急で求めているのが平易な課題Bであれば、迷わず課題Bを確実に解決する。そうした意思決定と実行力こそが価値になります。
処理速度が向上するほど、人間が「ボトルネック」に
ーーAIを使えば、一人のエンジニアが出せるアウトプット量は爆発的に増やせそうですが。
そう思うじゃないですか。一時期、僕もエージェントを並列で走らせて、「ウェーイ!」って言いながら大量のイシューから一気にプルリクエストを作っていた時期がありました。技術的には問題なくできてしまうんですよ。
でも途中で、「このアプローチには本質的な価値がない」と気付いたんです。
ーー10個の仕事が一気に進むのに、ですか?
結局、最終的には人間が検証しないと、マージできないからです。
僕らのシステムなんて、障害が発生すれば、世界中のエンタープライズ企業に甚大な影響が出ます。そんなミッションクリティカルなものを「ウェーイ」ってそのままマージできないじゃないですか。
そうなると、作業のボトルネックはAIの生成速度ではなく、「人間のレビューおよび意思決定の時間」になるわけです。
だからAI後の世界では、「人間という希少なリソースを、どの思考に配分するか」が問われます。
例えば、世の中にまだ存在しない未踏の領域でサービスを設計する時、「インターフェースをどうするか」「これだとお客さんが使いにくくないか」「このアーキテクチャで長期的な運用に耐えうるか」など、ディープな思考を要する業務というのは並列で処理することなんてできません。人間がものすごく深く考え抜く必要があるからです。
ーーAI時代ほど、人間側の“思考の深さ”が試されるわけですね。
そうです。だからこそ、AI以前に評価されていたエンジニアと、AI以降に評価されるエンジニアの本質って、そんなに変わらないんですよ。
深いドメイン知識を持っているか。実務経験と失敗の蓄積があるか。そうした泥臭い経験の差が、意思決定の精度となって効いてくる。
AIに丸投げすることは、自らの価値を削る行為
ーー「経験や失敗の蓄積」は、AIの知識補完では代替できないのでしょうか?
代替できません。
皆さんも経験ないですか?
自分が全然知らない分野についてAIに聞くと、「すっげーな」って感心するけど、自分の専門分野について聞くと、「なんか浅いな」と感じた経験があるはずです。
エンジニアtypeの編集者だったら、AIに記事を書かせたときに「なんか薄いな」って思ったりしません?
ーーめちゃくちゃあります(笑)
そこが人間の価値なんですよ。AIは知識としては情報を保持していますが「知っていること」と「現実の複雑性の中で実行できること」は本質的に異なります。分散システムにおいても、論文上の知識と、実際に運用でトラブルを経験して痛い目をみたエンジニアの「この構成は障害を引き起こす」という直感や経験値には決定的な差があります。
だから僕は、AIに丸投げして「もうこれは自分でやらなくていい」となるのは、極めて危険だと思っています。
AIに任せることで、自分が理解したり、経験したりするプロセスまで飛ばしてしまったら、自分自身には何も積み上がらない。それって結局、自分の価値を削ることにもなりかねないと思うんです。
ーーでも、AIがものすごいスピードで答えを出してくれると、内容を十分に吟味せず採用したくなる誘惑があります。
そう。ついついブラインドアプルーブ、つまり自分で中身を理解しないまま「これでいい」と承認したくなるんですよ。
でも、大事なのは、自分がちゃんと理解できているかどうかです。
例えばエージェントが出力したコードに対して、「なぜこの設計パターンを選んだのか」「なぜこのメソッド名なのか」を徹底的に対話・確認するといい。複数のアーキテクチャ案が出されたなら、それぞれのメリット・デメリットをAIに問いただし、理解や納得ができなければ自らサンプルコードを書いて検証する。
AIを、自分の理解を「飛び越える(バイパスする)」ために使うんじゃなくて、自分の理解を「補強・深掘りする」ために使うんです。
ーーでも、そこまで一つ一つ理解しようとすると、かえって時間がかかりませんか?
確実に遅くなります。最初は、ですけどね。
コードの背景をいちいち確認していると、1日で処理できるレビュー数は減るかもしれません。でも、二回目は確実に速くなります。一度本質を理解した知識は、自分のコンテキストとして蓄積されるので、次からは強力なショートカットになるわけです。
「深い理解」こそが、最強のキャリアの資産です。
理解が深まるほど、判断は速くなるし、正確になります。そうやって自分の中に理解を積み上げていけば、結果的にAIエージェントも、もっとうまく使いこなせるようになる。理解するプロセスだけは絶対に捨てちゃいけません。
「レイオフされない」より、その後も生き延びられる自分に
ーー自分ではコントロールできないレイオフに対して、エンジニアが取るべき現実的な防衛策とは何なんでしょう?
最大の防衛策は、自分自身への継続的な投資だと思っています。
エージェントはさっさと身に付ければいい。そんなに時間はかかりません。その上で、自分自身の「本体の専門性」をひたすら深めていく。
そうすれば、今の会社や組織へ提供できる価値が最大化しますし、万が一レイオフされたとしても、別の場所で必要とされる可能性が高くなります。
ーーつまり、「レイオフされないこと」を目指すのではなく、「レイオフされても生き残れる状態を作る」わけですね。
そうですね。レイオフって会社の都合もあるので、個人の努力だけで100%回避することはできないんです。
だからこそ、自分を強くして、今いる会社でできるだけ貢献できるようにしておく。ヒットした時にも生き延びられる自分を作っておく。単に震えているより、そっちの方がずっと安全なキャリア戦略ですよ。
未来は予測しない「来た球を打てばいい」
ーー自分に投資するにしても、「これから何が求められるか」を予測して、身に付けるものを選ぶ必要はありませんか?
いや、僕は未来のことを考えないようにしてます。
ーー考えない?
はい。特に技術変化の激しい今は、自分たちが「これでいこう」と思っていても、予期せぬ技術革新や競合動向によって、前提が容易に覆りますよね。そんな時代に「5年後はこうなる」と未来を予測して、そこに自分のキャリアを賭けることの方が、はるかにリスクが高いと僕は考えています。
ーーでも、「この先どうなるんだろう」と不安になってしまう人は多いと思います。
でも、心配しても1円も得しないですからね。むしろ未来のことを心配し過ぎて、今の仕事の生産性が落ちる方が良くないと思いますよ。
変化が起きた局面に直面したら、「じゃあ、こっちの方向に舵を切ろう」と対応すればいい。普通の人なら、それでも十分速いと思うんです。
ーー変化が起きてから動いても、遅くない?
僕はそう思います。未来予測は専門家に任せて、現場のエンジニアは「投げ込まれた球を確実に打ち返す」姿勢で挑めていれば、結果として最も堅実に進化していくと思いますよ。

書籍紹介
『部下としてのAI 世界一流エンジニアの進化術』
著者:牛尾剛
出版社:文藝春秋

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撮影/桑原美樹 取材・文/玉城智子(編集部)