生成AIがコードを書き、文章をつくり、さらにはAI開発そのものにもAIが使われ始めている。
そんな時代に、エンジニアは何を武器にすればいいのか。「人間にしかできないこと」を探すべきなのだろうか。
この問いに対して、「そもそも問いを変えた方がいい」と話すのが、横河デジタル株式会社 代表取締役社長の鹿子木 宏明さんだ。
製造業DXの最前線でAI活用を進めてきた鹿子木さんが重視するのは、「人間か、AIか」という二項対立ではない。
では、AIが当たり前になるこれからの時代、エンジニアは何を問い、どんな力を磨いていけばいいのか。鹿子木さんに聞いた。
横河電機株式会社 執行役員
横河デジタル株式会社 代表取締役社長
鹿子木 宏明さん
1996年4月にマイクロソフト入社。機械学習アプリケーションの開発等に携わる。2007年10月横河電機入社。プラントを含む製造現場へのAIの開発、適用、製品化等を手掛ける。強化学習アルゴリズム FKDPP (Factorial Kernel Dynamic Policy Programming)の開発者の一人。横河電機IAプロダクト&サービス事業本部インフォメーションテクノロジーセンター長を経て22年7月より横河デジタル株式会社代表取締役社長。26年4月より横河電機 執行役員を兼任。博士(理学)。著書『プラスサムゲーム』、『「強いAI」によるAIファーストの実現』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『AGI, the Brain and Manufacturing』(SOUNDS GOOD COMPANY Ltd.)
「人間にしか出せない価値は?」ではなく、問いを変える
――AI自身がAIモデルやコードを自動生成する時代が近づいています。そうなった時、人間のITエンジニアの役割や、人間にしか出せない価値はどこにあると思われますか?
AIが書くコード、AIが作るAIモデル、AIが代筆する文章、AIが描くイラスト……、これらを人類が受け入れるかどうかにかかっていると思います。
そもそも「人間にしか出せない価値は?」という質問は、「なんとなく動く」「なんとなくそれらしい」の世界をすでに受け入れた人の質問になると思うんです。
むしろ、「なんとなくでは許されない仕事は何か?」と考える方が適切なのではないでしょうか。
そう考えると、いろいろありますよね。例えば、人の命や人生に関わる仕事、人の感情に影響を与える仕事などです。
「AIだから安全か危険か」ではない。製造業DXが向き合うリスク
――横河デジタルが取り組む製造業DXは、まさに「なんとなくでは許されない側」の仕事でしょうか?
ええ。製造業DXは命と品質に直結する仕事なので、なんとなくでは許されない仕事だと考えています。
――一方で、横河デジタルは人命や品質に関わるプラントにAIを導入しています。「なんとなくでは許されない仕事」にAIを使うことに、矛盾はないのでしょうか?
まず大前提として、プラント向けのシステムを提供しているYOKOGAWAにとって、安全は何よりも優先される条件です。
一方で、AIには未知の部分も多く、「本当に安全なのか」「重要な設備に適用して大丈夫なのか」と不安を感じる方も少なくありません。
ただ実は、この問題はAI特有のものではありません。
AIが登場するはるか以前から、プラントの運転には常にリスクが存在していました。例えば、手動で操作を行う場面では、人間による判断ミスや操作ミス、いわゆるヒューマンエラーが起こる可能性があります。
つまり私たちが向き合っているのは、「AIだから安全か危険か」という話ではなく、「システム全体として、どうすれば安全性を確保できるか」という本質的な課題なのです。
機器が古くなって突然故障したり、想定していなかった気象の変化、いわゆる外乱が起きたりすることもあります。
こうしたAIとは関係のないリスクに安全に対応するため、プラントのシステムにはこれまでも多くのガードレール、つまりインターロックがつくられてきました。
そしてAIの時代になった。AIには確かに未知の部分も多いですが、YOKOGAWAのAIは自社のプラントシステムに組み込みます。そうすれば、これまでにつくられてきた数々のガードレールをそのまま利用することができます。
これが、AIを使いながらプラントの安全性を担保する仕組みです。
これはプラントシステムメーカーであるYOKOGAWAだからこその利点ではありますが、AIをめぐる一見矛盾したような問題にも、解決できる場合があるということです。
技術を極めるだけでは足りない。
「ビジネスになる技術」を見極められるか
――AIの進化によって、単一のスキルだけでは差別化が難しくなっています。技術者がビジネスを理解しようとするとき、どんな壁にぶつかるのでしょうか?
テレビや家電などで日本企業が世界市場において高い競争力を持っていた時代は、技術者は技術に専念すればよく、ビジネスはビジネスの人が考えればよかった。
一方で今は、「ビジネスになる技術を選ぶ」という目利きの時代になってきたと思います。
ビジネスに対する技術の目利きができて、かつ、その技術を極められるか。この壁には、おそらく多くの技術者がぶつかるのではないでしょうか。私もそうでした。
私が化学プラントの制御に初めて適用されたAIでこの壁を突破できた理由は簡単で、その裏に大量の、ビジネスにならなかった技術提案の山があるからです。
私の場合はアイデアを出すことが好きで、得意とする技術の範囲も比較的広かった。ソフトウエア開発、電子回路、量子物理、線形代数学……。山のように提案して試して、山のように失敗しました。
その中で、AIがビジネスとして成功したということです。
一般化できるかどうかは分かりませんが、私の場合は「アイデア×技術の範囲と深さ×鈍感力」ですかね。
――それだけ失敗を重ねられたということは、横河デジタルには失敗を許容する風土があるのでしょうか?
はい。失敗を前向きに受け止め、挑戦を歓迎する環境です。
「遊び心」がエンジニアの武器になる
――鹿子木さんのお話には、漫画やSFから着想を得たエピソードも多く登場します。AI時代のエンジニアにとって、「遊び心」はどんな武器になるのでしょう?
私の起源は、小学生の時に読んだ『キテレツ大百科』です。ドラえもんの道具をどう実現するか、ということも本気で考えていました。
例えば昨年夏、横河デジタルとYOKOGAWAグループの海外拠点が中心となり、クライアント企業で複数の強化学習AIがお互いに協調動作をして全体最適を実現し、大きな成果を上げました。
こうしたことが実現すると、かつて想像の世界で描かれていたものが、少しずつ現実になっているようにも感じます。昔からよく言われるのは、SFで描かれたものが実現していく、あるいは「人間が想像できたものは実現されていく」ということです。
これは壮大な未来の話だけではなく、実は日々の仕事の中でも同じことが起きています。新しいことをやろうとしていると、いろいろな局面で難しい判断をしなければならないことがあります。
例えば、開発であれば新機能を追加するべきかどうか。デリバリであればプロジェクト戦略を変えるべきか。営業であれば、お客さまから厳しいご指摘をいただいたときにどうするか。
こういったときに、「自分は何を実現したかったんだっけ?」という具体的なイメージがあると、前に進めるわけです。
私が描く将来のイメージは、横河デジタルのVisionと同じ「半歩先を照らし、次世代につなぐ」です。私自身もこれに照らして、「これでは半歩先を照らしていないからやめよう」「次世代につながっているので、この方向で進めよう」と判断しています。
「遊び心だけ」でもダメ。AI時代に失いたくないもの
――逆に、遊び心を持たない、あるいは持てない環境にいるエンジニアは、AIが当たり前になるこれからの時代に何を失っていくと思いますか?
まず誤解のないように言っておくと、遊び心がないこと自体は別に悪いことではないんです。
遊び心と対極にある堅実性や確実性も、尊重すべき大事な資質だと思います。
ただ、これが個人の資質の話ではなく、組織の姿勢の話になると少し違ってきます。
遊び心を許さない組織は、本来なら遊び心があった方が伸びるはずのエンジニアの、成長の機会そのものを止めてしまうかもしれません。
そして組織全体が画一的な仕事しかしなくなると、それは実は一番怖いことです。
創造や進化を失った組織の仕事というのは、裏を返せば、AIに一番自動化されやすい仕事ということになるからです。
今のポジションになって強く感じるのは、組織には「遊び心を大切にする人」と「堅実性・確実性を大切にする人」の両方が混在しているべきだということです。
なので、強いて一つ挙げるなら、遊び心がない組織も、逆に遊び心だけの組織も、失うものは同じです。
多様性という、進化の源泉です。
失敗してもいい。とにかく前へ進む人と働きたい
――ここまで「遊び心」や挑戦することの大切さについて伺ってきました。最後に、鹿子木さんはどんなエンジニアと一緒に働きたいですか?
横河デジタルでは、まず安全性が第一だというお話をしました。ただ、だからといって、すごく堅い会社というわけではありません。
むしろ遊び心にあふれていて、新しいものをつくっていこうという雰囲気があります。それに、失敗してもいいから、とにかく前に進もうという気概がある。
そうした価値観に共感いただける方とは、一緒に挑戦できると思います。
私自身も、そういった若いエンジニアや優秀なエンジニアの方々と、一緒に切磋琢磨していきたいと思っています。
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撮影/桑原美樹 編集/玉城智子(編集部)