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変化するか、「IT土方」以下になるか~SEに迫る3つの転機を斎藤昌義氏×後藤晃氏に聞く

働き方

    SEの「次」を考える~PL・PM以外の未来とは?

    「従来型のSIerはいずれ淘汰される」。そんな言葉が叫ばれるようになって久しい。その予言はいまだ実現されていないが、クラウドやIoTなどの技術革新や、時代に適応していこうとするSI各社の取り組みによって、徐々にだが確実に変化は起きている。それに伴い、SEのキャリアにも多様な道が生まれ始めた。この特集では、その新しい流れを汲みながら、SEの「次」を考えていく。

    世の中には、「変わらなければならない」と言われ続けているのに、なぜか変わらないものがたくさんある。SIerを筆頭に、日本のIT産業を長年支えてきたエンタープライズシステム開発の世界もその一つだ。

    人月を前提とした収益構造の限界や、多重請負構造の不健全さ、ビジネススピードと並走できる対応力のなさを理由に、IT業界は「このままではダメだ」と叫ばれてもう何年が経つだろうか。長時間の残業や徹夜、特定のプロジェクトメンバーへの極端な負担の偏り(いわゆるデスマーチ状態)は、年々減ってきてはいるが、全くのゼロという状況にはほど遠いのが現状。しかも、最近は大規模案件増に伴い、業界全体でITエンジニア不足が喫緊の課題になっているほどだ。

    それゆえ、一部の先鋭的な開発会社に勤めるITエンジニアを除き、多くの業務系SEは従来型の請負開発の中で忙殺されつつも、キャリア形成の面では変化への適応を迫られるという矛盾した状況に置かれている。

    クラウドをベースにした各種デジタルビジネスの隆盛やIoTの台頭などを背景に、「新しいエンタープライズ開発」の担い手へ期待が寄せられる一方で、なぜ「IT土方(ドカタ)」と揶揄されるような、きつい仕事のイメージが根付くITエンジニアが量産され続けているのか。そして、この矛盾した状況下でSE個人が未来あるキャリアを築いていくためには何が必要なのか。

    今回、『システムインテグレーション再生の戦略~いまSIerは何を考え、どう行動すればいいのか?』の共著者である斎藤昌義氏と後藤晃氏に話を聞いたところ、現状を変えるには

    【1】産業構造の転機
    【2】SEの役割の転機
    【3】キャリア形成の転機

    について知っておく必要があるという。具体的にどんな変化が起きているのか、順に説明していこう。

    プロフィール画像

    ネットコマース株式会社 代表取締役
    斎藤昌義氏

    大学卒業後の1982年、日本IBMに入社。営業として一部上場の電気電子関連企業を担当。その後営業企画部門などに在籍し、1995年に独立。産学連携事業やベンチャー企業の立ち上げプロデュース、大手ITソリューションベンダーの事業戦略策定、営業組織の改革支援、人材育成やビジネス・コーチング、情報システム部門の企画・戦略策定などを手掛けてきた。上記の共著の他、『システムインテグレーション崩壊 ~これからSIerはどう生き残ればいいか?』など著作多数

    プロフィール画像

    株式会社フレクト クラウド事業部 チームマネージャー
    後藤 晃氏

    中堅SIerでのIT・業務コンサルティングを経て、2008年に新日鉄住金ソリューションズに入社。大手金融機関の大規模プロジェクトを担当後、クラウド企画、マーケティングを担当。2015年3月にフレクトに入社し、SFA、CRM、MAのコンサルティング、事業戦略やIoTサービスの戦略立案およびマーケティングを担当する。その傍ら、個人事業としてSwanky Consultingを興し、コンサルティング、出版、教育事業などを展開する。経営学修士(MBA)

    【1】産業構造の転機-タイムリミットは2022年?引き金は「利益率の低下」

    対談は、斎藤氏の会社ネットコマース(東京・吉祥寺)にて行われた

    対談は、斎藤氏の会社ネットコマース(東京・吉祥寺)にて行われた

    ―― SEのキャリアを議論する前提として、まずは今、何が起きているのかを理解しておく必要があると思います。お2方は、日本のエンタープライズ向けITシステム開発の現状をどう見ていますか?

    斎藤 表向きは変わっていないように見えても、憂慮すべき現象がすでに起き始めていますね。

    今はどのSIerに話を聞いても「人手不足だ」と言います。受託開発の需要が伸び続けているからです。しかし、それと同時に、彼らは口をそろえて「利益率は下がっている」と言うのです。

    需要があるのに利益率が下がっているという現状は何を意味するか。それは、「人月」と「工数」を売ってきた従来型のSIビジネスが、もはや付加価値を生んでいないということです。だから、多勢が値下げ競争に巻き込まれています。もちろん、それに伴ってITエンジニアに支払われる給料も少なくなるので、どんどん他の会社に人材が流出してしまう。とても良くない負のループになっていますね。

    例えば金融機関向け大規模ITシステム開発の現場に目を向けると、業務効率化やビジネスインフラづくりを目的とするような基幹系ITシステムはどこも一通り作り終えている。今、ユーザー企業が求めているのは、それ以上の付加価値があるサービスづくりを一緒にやってくれるパートナーです。

    最近になってFinTechが取りざたされるようになったのは、そうしたユーザーニーズの裏返し。付加価値を生まない従来型のSIビジネスは、一定のメンテナンス需要こそ維持されるかもしれませんが、もはや儲かる商売とは言えません。

    後藤 今後はもっと厳しい状況になっていくと予測されていますよね。

    ―― 従来型のSIビジネスが価値をなくしていく原因を改めて整理すると?

    斎藤 簡潔に言えば、グローバルオフショアとクラウドサービスの普及、そして人工知能の発達が挙げられるでしょう。

    オフショアの実態で言うと、今はベトナムやミャンマーといった日本と比べて給与水準の低い国が、国を挙げてITエンジニア育成に取り組んでいます。しかも彼らには、ネイティブレベルの英語スキルという日本人にはない強みがある。日本のITエンジニアよりも薄給で、良質なスキルを持つITエンジニアを雇えるのであれば、誰もがそちらを採用するでしょう。同時に、クラウドサービスが本格普及したことで、日本でオンプレミスなITシステムを作ることや、作ったITシステムの保守運用業務という「かつての稼ぎ頭」は機能しなくなっています。

    さらに、さまざまなビジネス領域で注目され出した人工知能は、そう遠くない将来、SIerが人月を掛けてやってきた“知的力仕事”のほぼすべてを奪うでしょう。

    これらを理由に、ビジネスの面でも求人ニーズの面でも、今の活況は確実に終わりを迎えると思いますよ。文系未経験や高卒からITエンジニアになるというキャリアを選択している若者も最近増えていますが、どんなビジネスを手掛けている会社に入るのかを慎重に選ばないと、辛い思いをするはめになると思います。

    ―― 知りたいのは、その終わりが「いつ来るか」です。お2方の見解は?

    後藤 業務系ITシステムにはライフサイクルがあり、一般的にインフラ回りは5年で減価償却期間を迎え、7年でフロントエンドまで入れ替わると言われてきました。こうしたサイクルは今、2000年問題から数えてちょうどふた回りしたところ。7年周期で考えれば、インフラがクラウド化したことによる次の変化は2022年ごろと考えられます。

    斎藤 私は今年後半から来年にかけて、IT業界におけるそうした変化はもっと顕在化すると見ています。現時点で大きく変わっていないように見えるのは、レガシーなITシステムを引きずる数千人月規模のビッグプロジェクトが隠れ蓑になっているからに過ぎません。

    こうした案件が終われば、もう次はない。裏側では、先ほどから指摘しているような変化が着々と進んでいるのです。気づいたときには悪い状況から脱出できないなんてことも大いに想像できます。

    後藤 性質上クラウドに載せにくい、公共性の強い案件こそ残るかもしれませんが、それ以外を扱うSIerはいよいよ変化を迫られることになるでしょうね。それに伴って、プログラマー・SEやインフラエンジニア(ネットワークエンジニア、サーバエンジニア)たちも振る舞い方を変えていかなければならないことは間違いありません。

    進むビジネスとITの同期化。「新しいSI」はすでに始まっている

    『システムインテグレーション再生の戦略』の中で挙げられている、「ポストSIビジネス」の4象限(出典も同著より)

    『システムインテグレーション再生の戦略』の中で挙げられている、「ポストSIビジネスモデル」の4象限(出典も同著より)

    ―― では、すでにその限界に気付いたSIerやITベンダーがやっていることとは?

    斎藤 「ITと一体化したビジネス」の創出です。要は、ITシステムが負うべきKPIを変えるような取り組みですね。

    アジャイル開発やDevOpsを駆使しながら、クライアントニーズに即応できるITシステムづくりができるように、提供するサービス内容なり成果物を変えているのです。IT土方と呼ばれていた、ITエンジニアたちの姿はそこにはありません。

    後藤 それこそが「クラウド時代のモノづくり」ですよね。

    斎藤 ええ。ビジネスの世界では、お客さまの需要の変化に即応して、都度、業務プロセスを変えていくことが求められます。ITと一体化したビジネスにおいて、それはプログラムを書き換え続けることに他なりません。

    これまで通りに工数ベースでいちいち見積もって、下請けに出してウオーターフォールで3か月後に納品……という動きでは、対応できなくなっているのは明らかです。

    ―― アジャイルのメリットは分かりますが、アジャイル型の請負開発はエンタープライズ開発の実情とそぐわないという指摘もあります。「ビジネス価値」との同期化は、やはりコードを書いてからでないと判断できないのでは?と。

    斎藤 従来のSIerの収益構造、つまり納期と工数、受注金額が事前の契約で決まっている中で開発するのを前提とするなら、その指摘はごもっともです。

    従来のSIビジネスにおいて、ITエンジニアのゴールは仕様書通りにプログラムを作り、納期に間に合わせることであって、ビジネスの成功を目指すお客さまとの間にはゴールの不一致がありました。

    そこからビジネスとITが一体化した開発にシフトしていくためには、ITエンジニアも自らのKPIをユーザー企業のビジネスの成功に持っていくことが大事になります。

    その意味で、私は「アジャイルとは手法というより思想である」とも思っているんです。

    実際に、エンタープライズアジャイルの成功例も出始めていますよ。『システムインテグレーション再生の戦略』の執筆時に取材したとあるITシステム会社では、エンタープライズアジャイルを駆使してコスト、納期、品質にコミットし、手戻りを極限まで減らすことで今でも低くない単価を実現していました。もちろん、このやり方で事業を成長させるには、非常に優秀なスキルを持った人材をそろえなければなりませんが。

    それができないSIerや受託開発会社は、やはりこれまでのやり方を根本から改めなければなりません。

    従来のSIerの存在意義には上下する工数需要の調整弁的な役割もありましたが、アジャイル開発では原則、固定されたチームで繰り返しやっていくことになります。ですから、小手先のやり方だけを変えたのではダメで、収益構造から見直す必要があるということです。

    後藤 その点で言うと、私の勤めているフレクトでは、一部の案件で「定額準委任」という契約形態を試みています。

    ―― どのような意味の契約なのですか?

    後藤 例えばあるベンダーのCRMを導入するとしましょう。最初にビジネス上のゴール達成に必要なシステムアーキテクチャをお客さまと一緒に描くのですが、この契約ではその後、基本的に一機能ずつアジャイルでリリースしていきます。

    そしてお客さまは、それぞれの機能がどれだけビジネスの成功に寄与したかを振り返り、翌年も当社と契約を続けるかどうかをご判断されるのです。

    斎藤 プログラムとしての成果物を約束しないということですね? そこが定額準委任と請負の違いだと。

    後藤 そうです。ただ、この辺は相手あっての話でもあります。お客さまの側にも、うまくビジネス要件を整理したり、適切にKPIを設定したり、スピード感を持ってベンダーと協議したりすることが問われますので、お客さまが「納品ありき」と考えている場合は成り立たない契約です。

    斎藤 そのやり方だと、今のところは「客を選ぶ」というのが実情でしょうね。

    後藤 ええ。ずいぶん前からSIビジネスの終焉が語られながらなかなか変わっていかないのは、この辺りにも原因があると言えそうです。

    ―― お話しいただいたような変化が眼前に迫っている中で、SEの役割は今後、どのように変わっていくと考えられますか?
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